Knotの遠藤弘満社長とファッションジャーナリストの軍地彩弓さん。
撮影:今村拓馬
ファッションエディターの軍地彩弓さんが小売りや消費の次のトレンドを探るための対談連載1回目は、国産腕時計メーカーのKnot(ノット)。前編ではKnotがなぜメンバーシップ制という形をとったのか、新しい顧客との関係を中心に遠藤弘満社長に聞いた。
後編では、国産にこだわった遠藤社長の思い、そして「メイド・イン・ジャパン」が抱える課題などを聞いた。
軍地彩弓(以下、軍地):メーカーはどうしてもこれまでピラミッド構造になりがちで、ものづくりを担う職人さんは下請けという扱いでした。しかし、御社では職人さんを大切なパートナーと位置づけ、新たなものづくりのネットワークの形をつくられています。着物の組み紐をベルトという製品に生まれ変わらせたのも、新しい発想ですね。これは、職人さんにとっても嬉しいことですよね。
遠藤弘満(以下、遠藤):プロジェクトスタート時のコンセプトは、「カスタムオーダー」「プライスバリュー」の2つでした。実は「メイド・イン・ジャパン」は、最後に付け加えたものなんです。「パートナー構想」は創業時にはありませんでした。
しかし、彼らと何度も話し合いを重ねるうちに、日本のものづくりに対する使命感が芽生えてきたんです。職人さんがいなければ、Knotの製品はつくれません。私たちにとって、彼らはかけがえのない大切な存在であるという思いから「パートナー構想」が生まれたのです。
軍地:現在、アパレルの97%が海外生産で、日本の製造業はガタガタになっています。知人が縫製工場を営んでいるのですが、Tシャツ1枚を縫製する単価が100円を切る状態です。そんな地方の工場は次々と倒産していく。日本のものづくりの再生は、「メイド・イン・ジャパン」の一言で表せるほど簡単なものではないですよね。
遠藤:私が常にスタッフに伝えているのは、Knotの発展がお客様やパートナーの喜びにつながらなければならないということ。これを当社では、「Knotゴールデンサークル」と呼んでいます。この構造を確立しなければ、ビジネスとして長続きしないと考えています。
1万4000円実現した流通の無駄排除
軍地:御社では時計の1万4000円という価格を実現するためにどのような工夫をされたのでしょうか?
遠藤:流通の無駄を徹底的に排除しました。卸業者や輸入代理店などの中間流通を排除し、消費者に直接販売することで低価格を実現しています。また、ベルトに関して言えば、仮に牛革1枚から500本つくれても、100本しかオーダーがなかったら400本余りますよね。
そうなると、余剰分の原価を販売価格に上乗せしないといけなくなる。そこで、パートナーさんと何度も話し合いを重ねた結果、500本分すべて買い取ることにしたんです。これが、ベルトをリーズナブルな価格で提供できる理由のひとつです。
先ほど「Knotゴールデンサークル」の話をしましたが、販売価格を高くするとお客様には喜ばれない。一方で、大切なパートナーさんを決して苦しめるようなことはしてはならない。そこで、発注量を保証することでパートナーさんのリスクを最小限に抑え、ベストプライスで提供できる仕組みを考えたのです。
軍地:それが岩盤を崩すということですよね。自分たちの常識としてミニマムロットがあるとメーカーが言う。ミニマムロットがあるから、新規参入ができない。インスタグラマーなど若い子が商品を作って売るときに、一番の壁となるのがミニマムロットです。多品種少量生産と一言で表せるほど、たやすいことではないですよね。
製造業の国内回帰は簡単ではない
軍地:現在、コロナで素材の輸入ができないからといって、製造を国内回帰させる動きがありますが、これも簡単なことではないですね。
遠藤:現場に行けば分かります。工場が残っているからといって、モノが作れるわけではないですし、ブランクがあると技術力が落ちているかもしれない。また、メーカーとの信頼関係も大切です。
いろんな工場を訪ねたときに、職人さんたちから冷たい目で見られることが多々ありました。なぜなら、過去にメーカーから安く買い取られるなど冷遇された経験があるからです。彼らから見れば、都合のいい時だけ現れて、また落ち着いたら中国生産に戻すのだろうと。だから、急に戻ってきても快く引き受けることはできないという思いがあるのでしょう。
Knotは中間流通を排除し、消費者に直接販売することでリーズナブルな価格での販売を実現している。
撮影:今村拓馬
軍地:さらに言うと、地方は職人の高齢化で存続すら危うい。さらに、縫製工場の年収が200万円切るような環境では若者も入ってこない。若者は都市部に流出していく。そんな人材の空洞化が何十年も地方で続いています。サプライチェーンの危機により、製造をグローバルからローカルに戻す流れがあるにしても、やはり職人の人材育成に投資をしてこなかった政府の責任は大きいと思います。
遠藤:2020東京オリンピックが決まった時に、「メイド・イン・ジャパン」の世界を盛り上げようとしましたけど、経産省の方々は現場のことを何も分かっていないと感じましたね。
軍地:「メイド・イン・ジャパン」だと持ち上げるけれど、この穴を埋めるには、血のにじむような努力、糸をつむぐような対話の積み重ねが必要だということですね。昔は中間マージンなど搾取が多かった。日本のものづくり技術はもっと高く評価されるべきだと思います。
職人のために「売れる仕組み」をつくる
軍地:ところで、いま若い子たちが気軽にD2Cに参入していますが、遠藤さんは1990年代からの知見があるからこそ今があると思います。ご自身の知見を活かされた点はどんなことでしょうか?
遠藤:今までのものづくり業界には、「流通カースト」が存在していました。職人さんは下請けという低層に置かれ、一番上はお客様ではなくバイヤーでした。もっと彼らが報われる構造に変えていかねばならない。そういう思いに至ったのは、過去に輸入代理店業を経験したことが大きいですね。客観的に日本を見ることで、日本製品の良さに改めて気付いたんです。
政府が「メイド・イン・ジャパン」をPRするための施策をいろいろ打ち出していますが、職人さんのために本当にやるべきことは、「売れる仕組みを提供すること」。例えば、組み紐に関して言えば、いまは着物を日常的に着る人はいないわけですから、そのままでは売れない。技術を活かして時代のニーズに合った製品に生まれ変わらせることが重要なのです。
「クールジャパン」や「MORE THAN プロジェクト」には数億円の予算があります。例えば、パリコレに出展して日本製品をPRするための費用を出してくれるというのですが、そもそもそんなことができる企業はサポートなんていらないですよね。それよりも、例えば自動車メーカーに費用を払って、ヨーロッパで売る自動車のシートに素材メーカーのタグを付けてあげる。この方がより現実的に日本ものづくり技術のPRにつながると思うんです。
Knotでは時計本体だけでなく、ベルトも全て国内での製造にこだわっている。
撮影:今村拓馬
軍地:まさに、そうですね。
遠藤:日本の技術はこんなに素晴らしいんだよと紹介することも大事ですが、そんなきれいごとだけでは、本質的な課題解決にはつながらない。安定した売れる仕組みを提供することが大切です。D2Cは先行投資も少なくてすむので、始めるスタートアップが多いと思います。最小投資で最大効果を得る直販ECもありますけど、それは本当の意味で職人さんのためになっているのかを考えなければ長続きしないでしょう。
これからの価値は「オネスト」
軍地:何事も正当に評価する。すべてにおいて、「正直に」ということですよね。ここまで原価率をあらわにする時代は今までありませんでした。これからは、ユニクロの500円のTシャツの背景に何があるのか。Knotの5000円のベルトの背景に何があるのかを消費者が考えて選択するようになるということですよね。
遠藤:私が社員によく言うのが、「嘘は必ずバレる」ということです。
軍地:まさに、これからの価値は「オネスト」ですよね。今までのブランドには偽りや誇張があった。ある意味、膨らし粉のように商品価値をより高く見せるイメージをつくって、私たちメディアが伝えていた。
今からの時代は、つくる人にとっても、消費者にとっても「正直に」。これはかなり覚悟のいることだと思います。
遠藤:当社の社員はKnotの哲学や社会的意義に共感して働いてくれています。いまの時代、入社してみて実態が違っていたら、すぐに辞めてSNSに書き込むでしょうから。
軍地:御社は離職率も少ないんですよね。
遠藤:おかげさまで、ここ3年くらいは離職率一桁台です。
軍地:最近の学生たちはネットの口コミを見て、働きたい企業かを見極めていますよね。モノやサービスを提供するだけでなく、社内外に対してオネストであることが、企業にとってより重要になってくるのではないかと思います。
遠藤:ローカル回帰の話もそうですが、コロナを機に、改めて気付かされたことは多い。私自身、企業のビジョンを改めて見つめ直すきっかけになりましたし、今後、アフターコロナ時代に生き残れる会社にしていこうと決意を新たにしました。もちろん、現時点ではストレスもありますが。
インスタにショッピング機能が加われば
軍地:今後5年、10年先を考えると今は変わるチャンスともとらえられますよね。御社はD2Cブランドですが、リアル店舗も10数店舗展開されてらっしゃいますが、今後さらなるグローバル展開を目指してらっしゃいますか?
遠藤:現在、海外では台湾、韓国、タイ、ベトナム、シンガポールの5店舗を展開しています。創業以来、アジア圏からの問い合わせが非常に多く、特に韓国は4、50社からオファーがありました。
軍地:韓国の文化とD2Cブランドはマッチしますよね。
遠藤:はい。結果論ですがアジア進出はとてもスムーズでした。一方で、いまだにアメリカ、ヨーロッパは入り込めていません。ここ表参道店は、売り上げの30%がインバウンドで、そのうちの7割がアメリカ、ヨーロッパの欧米です。欧米は参入障壁は高いですが、参入できれば必ず結果は出るだろうと予測しています。
「アジア圏だけでなく、欧米でも展開していきたい」と語る遠藤さん。
撮影:今村拓馬
軍地:欧米にはKnotのフィロソフィーに共感する方が多そうですよね。今後もトライしていこうと?
遠藤:はい。欧米では、ディストロビューター(販売代理店)を介さずに、後発の越境ECをつくって攻めようと考えています。
軍地:アメリカ発のD2Cシューズブランド「オールバーズ」もそうですよね。ディストロビューターをできるだけ排除して現地法人をつくっています。商品を売ったあとの設計をするのがD2Cの特徴だと思うのですが、韓国はそれができていますよね。
遠藤:韓国はサングラスブランド「ジェントルモンスター」のモデルができたことで、D2Cが活性化してきました。台湾はまだそういったローカライズブランドがない。
軍地:「誠品書店」(台湾の書店とテナントの混合施設)のような店舗はリアル中心でもコミュニケーションは良かったりするので、国ごとの相性はありますよね。越境ECが今の日本のブランドの障壁になっていて、そこにトライしていくということですね?
遠藤:はい。例えば、インスタには直接ECサイトから商品を買えるショッピング機能が加わりますよね。そうした流れが主流になると、自社サイトのASP(Application Service Provider)があまり関係なくなり、より海外へアプローチしやすくなるかと思います。あとは、決済の問題ですね。台湾は代引きが一番高いシェアを占めているんです。
軍地:カード決済ではないんですね。
遠藤:カードのトラブルが多発して、審査の基準が引き上げられたんです。そのため、若い子がカードを持てなくなった。今後、LINE Payのようにショッピングの代金が携帯料金に課金される形になれば整備されてくると思います。越境ECをやっていくうえで、どれだけローカライズ化していけるかが重要なポイントになると思います。
時計本体とベルトの組み合わせで、自分だけの楽しみ方ができる。
撮影:今村拓馬
軍地:今後、欧米に売っていくとなると、ますますメイド・イン・ジャパンが明文化されていきますね。先ほど、自動車にレザーメーカーのタグを付けるお話がありましたが、私たちは「ハリスツイード」や「メリノウール」など海外の素材の名前を知っていますよね。
一部の欧米ブランドは、素材メーカーの名前を公表しています。そうすることで、職人さんたちにも有名ブランドの仕事をしているという誇りが芽生え、ブランドの価値も上がるという相乗効果が生まれる。時代とともに確実に業界の流れが変わってきています。
経済産業省のアパレルサプライチェーン委員会のメンバーだった時にそういう話をしたのですが、Knotがメイド・イン・ジャパンの職人たちにも光を当てられる存在になっていければいいですね。
遠藤:おっしゃるように、ヨーロッパではブランドが素材の名前をきちんと出している。一方、日本はメーカーが素材メーカーを囲い込んで表に出したがらない傾向にあります。我々のように素材メーカーの名前を出すのは、従来のメーカーから見たら信じられないことだと思います。
創業時に完成させていた“戦略的ストーリー”
軍地:2014年の創業から6年。グローバル展開も含めて、ここまで成功されているのはすごいと思います。なぜ、こんな短期間で成長できたのでしょうか?
遠藤:創業前に“戦略的ストーリー”を自分の中で完成させてからスタートしたからだと思います。あとは、ひとつひとつのパーツを埋めるために行動あるのみでした。もちろん、計画通りにいかないこともありましたが、クラウドファンディングでスタートすることも、創業から1年以内にリアル店舗をオープンすることも、すべてストーリーとして具体的に描いていたことです。
ベンチャーはアイデアがよければ、小さな成功はできます。でもその後、スケールアップできるかどうかは、ストーリーをどれだけ明確に固めてからスタートできるかにかかっているのではないでしょうか。
撮影:今村拓馬
軍地:ITプラットフォームはエンジニアがいればできますが、御社はパートナーである職人さんとの関係をひとつひとつ築いてものづくりをされている点がすごい。
遠藤:創業当初、さまざまなベンチャーのピッチイベントに参加しました。2014年当時はファクトリエやオーマイグラス、ファブリック東京など、ものづくりベンチャーが多い時代だったのですが、大きく2グループに分かれていました。デジタルありきのベンチャーとECを手段としてとらえたベンチャーです。いま生き残っているのは、後者のグループ。デジタルありきで、ものづくりの知見がないベンチャーは消えていきました。
軍地:当時、俺たちがレガシー業界を変えてやるというようなテック系のベンチャーが次々出てきて、そんなに簡単な話ではないと私も思っていました。アパレルは遅れているからデジタルがわからないと上から目線で言われがちでした。
遠藤:僕が創業したのは40歳のときだったので、そういうピッチイベントの登壇者の中でも年長者だったんです。アップルウオッチが出てきた時代に、40歳のおじさんが日本製のアナログウオッチベンチャーを始めるなんて頭がおかしいのではと、他のスタートアップの若い子たちに陰口を言われることもありました。
軍地: 彼らの言い分もわかりますが、流れはそう簡単ではない 。何でもデジタルなら上手くいくみたいな考えで、そこには芯がない。「失われた30年」の時代 の経験値は無駄ではなかった。 私たちは人脈ができたし、日本のものづくりの良さを改めて知りました。
遠藤:ECはこれからますます需要の高まるツールであることは間違いありません。しかし、あくまでも当社のベースはものづくりです。Knotの意味は「つなぐ」。文字通り、日本の伝統技術と世界の人々をつないでいくこと。これが私たちの使命です。
遠藤弘満:1974年東京生まれ。米国特殊部隊用腕時計「 LUMINOX 」を日本に定着させ、「SKAGEN」 「noon」 「BERING」などの時計を年間20万本市場へと成長させたウォッチプロデューサー。2014年、腕時計離れが進むマーケットで、「日本の伝統文化や技術をリストウェアを通じて世界に伝える」ことをテーマに、日本初のカスタムオーダーウォッチ「Knot」を設立。2015年、日経ビジネス 特集 次代を創る100人「INNOVATORー革新なる人々」に選出。Knotが生まれるまでを描いた書籍『つなぐ時計』に詳しい。
軍地彩弓:大学在学中から講談社でライターを始め、卒業と同時に『ViVi』のライターに。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。