米Amazon デバイス&サービス担当シニア・バイス・プレジデントのデイブ・リンプ氏。発表会はアマゾン本社の隣にある「The Sphere」から行われた。
出典:アマゾン
アマゾンは9月25日、スマートスピーカー「Echo」シリーズをはじめとしたハードウェア製品のリニューアルを発表した。ボディーが球形になったことが目を引くが、自社製の半導体「AZ1」を搭載するなど、中身も大きく変わっている。
そして、ビジネス上の大きなトピックとして、「クラウドゲーミングサービス」への参入表明をしたことも注目が集まっている。
日本でのサービスはまだ先だが、クラウドゲーミングへの参入はグーグル、マイクロソフトに続くもの。これで、大手クラウド事業者がそろって、クラウドゲーミングに参入したことになる。
アマゾンのデバイス事業はコロナ禍でどうなったのか? そして、新戦略の意味するところはなにか?
同事業を統括する米Amazon デバイス&サービス担当シニア・バイス・プレジデントのデイブ・リンプ氏に単独インタビューした。
「コロナでKindle、Fireタブレットが伸びた」
小型の「Echo Dot」シリーズ。
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コロナ禍においては、世界的に在宅時間が伸びた。このことは、アマゾンのデバイス事業にも「大きな影響があった」とリンプ氏は言う。
「特に日本で伸びたのはKindle、Fireタブレットです。おそらく、それだけ読書をしたい、という方が増えたのでしょう。
また、子ども向けのFireタブレットも伸びています。自宅学習の機会も増えたこともあり、子供たちにとっては良いパートナーとして、需要が伸びています。
Echo、特にディスプレイ搭載のモデルも伸びましたね。コミュニケーションをしたい、という需要が増えたためと思われます。
もちろん、Fire TVも需要が劇的に増えました。日本でも新モデルが出ます。家にいる時間が増えた関係で、ストリーミングの利用時間も増加中です。」(リンプ氏)
Fire TVは「巣ごもり」需要でヒット。日本でもHDR対応の新モデルが発売された。
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「球体ボディーになったEcho」の秘密はスピーカーに
今回、日本で発売される新製品の中では、「Echo」シリーズのリニューアルが目立つ。
茶筒やホッケーパックのような円筒形だったEchoが、それぞれサイズの異なる球形のデザインに大きく変わった。非常に「かわいい見た目」だが、この変化にももちろん理由がある。
新型Echo。1万1980円(税込)。デザインが球形に変わった。
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「球形になったのには2つの理由があります。
1つは過去のリサーチに基づきます。3年前に(日本では2018年発売)「Echo Spot」という丸いディスプレイを搭載した、球形の製品を出したことを覚えてますか?
あれは非常に好評でした。それ以来、『将来の製品で同じようなデザインを使えないだろうか』と考えていたんです。
2つ目は音質。我々のオーディオ開発チームが、球形のボディにスピーカーを搭載する上手いアーキテクチャを考えついたんです。ですから、以前のモデルよりもかなり良い音になっていますよ。同じフットプリントでありながら、置いた状態での音質が格段に向上するんです」(リンプ氏)
「音声特化」半導体を開発、消費電力を低減
新プロセッサー「AZ1」。アマゾンも自社製品に合わせ、積極的に半導体設計を手掛けるようになってきた。
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今回のEchoは、中身が大きく変わっている。
使っている人の方を自動的に向く機能を持った「Echo Show 10」(10インチディスプレイ搭載)と、スタンダードモデルである「Echo(第4世代)」に、自社開発の半導体である「AZ1」を搭載した。
AZ1は音声認識や画像認識に特化したプロセッサーであり、新モデルで「高速音声認識」を実現する原動力となっている。
新製品の「Echo Show 10」。顔を認識し、話している人の方向を自動的に向く機能があるが、これもAZ1を使った低消費電力での顔認識技術の賜物だ。
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「AmazonはAWSなどで独自半導体をいろいろ開発して使ってきましたが、デバイス部門では、AZ1が2つ目になります。以前のものはカメラ事業で、Blink(ホームセキュリティカメラ)に使いました。
半導体を作った理由は『もっと我々の用途に適したアーキテクチャをつくれる』と思ったからです。
これまで我々は一般的なSoC(システム・オン・ア・チップ)を使ってきましたが、それらはあくまで汎用的な処理を前提としたもので、音声認識を前提としたシステムではありません」(リンプ氏)
では、改善ポイントはどこなのか? 重要なのは「速度だけではない」とリンプ氏は言う。
「私たちは、音声認識と画像認識を、より低消費電力かつ高いパフォーマンスで実現したい、と考えていました。チームは数年前からこの課題に取り組んできました。
AZ1は私たちにとって第1世代のプロセッサーで、基本的には私たちの開発したロジックを別のチップに埋め込んだものです。
今回の製品では、MediaTek社のチップに組み込まれています。非常に高速で、非常に低消費電力で、非常に小さなスペースで動作し、音声認識製品を作るには向いたものです」(リンプ氏)
今回の新製品より、素材は100%、リサイクル布製品とリサイクルアルミニウムで作られ、パッケージではパルプを使用していない。
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今回、アマゾンは環境対策も強調している。新製品は100%、リサイクル布製品とリサイクルアルミニウムでつくられ、パッケージではパルプを使用していない。
AZ1の効果もあってか、今回の新製品では消費電力が下がっているという。ちなみに、AZ1は従来比で消費電力が20分の1とのこと。なお、既存のEchoについても「Low Powerモード」をアップデートで提供する。
宅内での成功を自動車へと広げる「Echo Auto」の日本投入
Echo Auto。スマートフォンとBluetooth接続して使う「車の中のためのEcho」だ。
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もうひとつ、日本に初登場する「Echo」がある。自動車向けの「Echo Auto」だ。
2018年に発表され、アメリカでは2019年11月から本格販売がスタートしていたが、日本では2020年秋からの販売となる。「これが日本でも成功するという信念がある」とリンプ氏は断言する。
Echo Autoの設置例。自動車の中に設置し、音声認識で操作する。
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「私たちが家庭で見てきた“アンビエントな、環境に溶け込むユーザー体験をもとめるニーズ”は、もっと色々なシーンへと広がると確信しています。
自動車はその1つで、極めて普遍的なニーズです。
パンデミックでは車の運転は減り、通勤も減りましたが、たとえそれが以前の数分の一になったとしても、人々は多くの時間を車の中で過ごすします。
では、車の中で何をするのか? 音楽やポッドキャストを聴いたり、オーディオブックを聴いたり、友達と電話をしたり……。もう、(通話するジェスチャーをして)運転中に携帯電話を取りたくないでしょう?
アメリカでは、そうした人々にEcho Autoが受け入れられました。日本でもそうなると確信しています」(リンプ氏)
クラウドゲーミングに自信。日本展開は「コンテンツをそろえてから」
クラウドゲーミングサービス「Luna」を発表。まずはアメリカで、プレビューサービスとして展開。利用料金は月額5.99ドル(約630円)。
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今回の発表での最大のサプライズは、アマゾンがクラウドゲーミングサービス「Luna」を発表したことだ。
クラウドゲーミングとは、ゲーム自体はサーバーで動かし、映像や音、コントローラーの操作をネットでやりとりするもの。
ゲーム機を使わず、スマホやPC、テレビなどでもリッチなゲームができる。ただし、通信環境に依存する、という大きな課題がある。
別売の専用コントローラー。この他、キーボードやマウスも利用可能。
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アマゾンはこのサービスに、相当の自信を持っているようだ。だが、よくある「名目上のテスト」運用ではなく、かなりしっかりした「テスト」としてサービスを始めるつもりとみられる。
「実はもう、Lunaのベータテストは6カ月間続けているんです。アマゾンの社員向けにやってみたのですが、より多くの顧客に提供できるレベルに達したので、 まずはアメリカで、一般向けのプレビューから始めます。
ここからの一般展開がどうなるか読めない部分はありますが、少なくとも数週間で製品に、ということはないでしょう。期間をかけてプレビューします。とはいえ、私はかなり楽観的なに考えていますが」(リンプ氏)
インタビューは発表会後、オンラインで行われた。
スクリーンショット:西田宗千佳
では、日本展開はいつになるのか? 時期は明示しなかったが、その展開条件は「インフラなどの技術面だけではない」とリンプ氏は言う。
「次のステップは米国内での普及です。そこからさらに、別の国へと移行していく中で非常に重要になってくるのが“コンテンツの充実”です。
ゲームでは地域性のあるものが多数あります。どこでも通用する一般的なゲームもたくさんありますが、アメリカ人にとって最高のものもあれば、日本人にとって最高のゲームもあります。サービス展開をする際には、開始前からコンテンツを充実させておきたいと思っています。
とはいえ、最初のステップはアメリカでのパブリックプレビューの成功です。その後の展開については“様子を見ていてください”というところですね」(リンプ氏)
(文・西田宗千佳)
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西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。