REUTERS/Gonzalo Fuentes
- ネットフリックスの急成長の秘訣は、その型破りな企業文化と人事方針にあると言われている。とりわけ、パフォーマンスが冴えない人材を容赦なく解雇したり、社員に対して率直なパフォーマンス評価を下す点はネットフリックスの過激な一面だ。
- こうした世間の見方に対し、同社CEOのリード・ヘイスティングスは「世界の舞台でトップに立つためにはオリンピック選手並みに優秀な人材が必要だ」と説明する。
- 本稿では、ヘイスティングスが語るこだわりの仕事哲学と、「クリエイティブな組織の作り方」を紹介する。
解雇はつらいが、不名誉なことではない
ニック・カールソン(以下、カールソン):ネットフリックスの「キーパー・テスト」については詳しく伺いたいと思っていました。キーパー・テストとは、例えば自分の部下が競合他社からすごく良い条件で他社に引き抜かれそうになっている時、自分は必死になって引き留めようとするかということですよね。
もし、部下に他社に移ると言われてホッとするか、悪く言えば別によそへ行ってもらってもかまわないと思うのであれば、上司はそういう部下には会社にいてもらっては困るということですよね。端的に言えばクビにすべきだと。
これは部外者から見ればネットフリックスの最も過激な一面だと思います。「そうか、ネットフリックスではそこそこの人材、超優秀と呼べない人材はすぐにクビになるということか」と思われるでしょうから。
そこで改めてお尋ねしたいのですが、そうやって人を解雇するのはつらくありませんか? つらいと思うのが人として普通の反応だと思うのですが。
リード・ヘイスティングス(以下、ヘイスティングス):それはもちろん、つらいです。
例えばオリンピックで優勝するようなチームの監督をしているとしましょうか。ホッケーのアメリカ代表とか、あるいは他の国の代表チームを率いているとしましょう。オリンピックで金メダルを獲ろうと思えば、すべてのポジションに最高の選手を配置しなければいけませんよね。
オリンピックで優勝するには、正しいことをする、つまり大きな決断をするという精神的なタフさが必要です。ネットフリックスが映画やテレビという世界の大舞台でトップに立って、顧客から最も愛される会社になるためには、最高のコンテンツと最高のサービスを提供できなければなりません。それを実現するには、オリンピック選手並みに優秀な人材が必要なんです。
オリンピックの代表チームから外されるというのは、とてもつらいことでしょう。それは間違いありません。でもそれは不名誉なことではない。最高レベルの人たちと戦うガッツがあったわけですから。これがわれわれのやり方です。もちろん、退職金は手厚く支給します。
しかし、誰かを解雇すること自体が目的ではありません。目指すべきゴールは、そのポジションに最もふさわしいスター選手を配置することです。ですから、機会費用として考えてみてください。あるポジションに最高の人材を配置することができれば、チーム全体にとっても望ましいですよね。
カールソン:もう少し具体的に伺いたいのですが、ネットフリックスはカリフォルニアで事業を展開していますよね。カリフォルニアは労働法が厳しい州です。ネットフリックスに入社した人が、ある日「キーパー・テスト」で適材とされなかったからクビになりました、ということは実際に起こるのですか?
もっと言うと、違法な契約解除でネットフリックスが訴えられることはないのですか? 会社をクビになったら納得できないという人は多いでしょう。そういった法律面については、ネットフリックスではどのように対処しているのですか?
ヘイスティングス:まず、われわれは寝耳に水のような形で社員を突然解雇するようなことはしません。時間をかけた対話の中で決まります。
また、社員はいつでも好きな時に上司に「もし私が会社を去ると言ったら必死に引き留めますか」と聞いてもいいことにしています。ですから、上司と部下の両方にとって、基本的には驚くようなことはないようにしています。
法律的なことで言えば、離職の際には非常に手厚い退職金を支払っていますから、訴えられることはめったにありません。手厚い退職金というのは理にかなっていると思います。適任者だと思って採用したのに結果的にうまくいかずに退職してもらうわけですから。
一生懸命努力してくれたし、その努力には敬意を表するという意味で、退職金はしっかりと支払って、そのお金を自分に最も適した仕事を探すために使ってもらうということです。
「この人材はこのポストに最適な人材か」
カールソン:次の質問にはすでに答えが出ているかもしれませんが、もう一度お聞きしたいと思います。
あなたの著書『No Rules Rules』(邦訳は『NO RULES(ノー・ルールズ)——世界一「自由」な会社、NETFLIX』と題して2020年10月刊行予定)で使われている最大のメタファーは、「自由と責任」です。
あなたは「自由と責任」を部下に与えているということですが、もしあなたが「これだと思うドキュメンタリーがあれば買い付けてきなさい」と言ったとして、どの作品を選ぶか自分で判断するということは、ある意味でポーカーのチップを持たされているようなものですよね。チップで作品に賭けるわけです。
テーブルに着いて、手元にあるお金で作品に賭ける。そして、手持ちのチップが増えることを願う。ですが、手持ちが減ってきていることにはどうやって気づくのでしょうか?
ヘイスティングス:たとえを使って説明してみましょうか。例えば前年に続けて間違った意思決定をしてしまったとします。普段はとても成績がいいのに、ある年に4作品続けて失敗作を買い付けてしまったとします。
すると上司にはこんなふうに言うでしょう。「いま私は黄色ゾーンですかね? 前ほどは私のことを一生懸命引き留めたい部下だとは思わなくなりました? アニメーション映画にばかりこだわりすぎたのがいけなかったんでしょうか。今度は違うジャンルの映画にも目を向けて、挽回したいと思います」と。
最終的にはそういう話し合いの中で、上司はその部下の今後のパフォーマンスを予測します。スポーツでもそうですよね。ある選手がずっと成績が悪く、この先もシーズンを通して全試合で成績が悪そうだと判断すれば、チームが優勝するためにはその選手には去ってもらう決断をしなければなりません。
しかし、その時はたまたま成績が悪かったけれど、来シーズンは絶対に良い成績を残してくれると思えれば、監督はその選手を必ず残します。
過去の成績というのは判断材料のひとつにすぎません。監督にとっては「この人材はこのポストに最適な人材だろうか」というのが判断の分かれ目なのです。その部下がそのポストに必要だと判断できれば、前年の成績が振るわなくてもかまわないんです。
意外にも、離職率は低い
カールソン:社員を解雇する時のことについて伺います。ネットフリックスでは、誰かを解雇する時は堂々と解雇すると聞いて非常に驚いたのですが、これについて詳しく教えていただけますか? 人前で堂々と誰かを解雇するというのはどういう意味なのでしょうか。
ヘイスティングス:その表現についてはちょっと分かりませんね。私たちが使っている言葉とは違うので。私たちは敬意を持って社員を解雇します。
その人は努力して社内のレベルの高い人たちと切磋琢磨してきたわけですが、私たちは経営的に判断したということです。私たちは決して理由もなく社員を解雇するわけではありません。本人にも周りの社員にもそういうふうに思ってほしくありませんし、不安に思ってほしくもありません。
ですから、辞めてもらわなければならない人に敬意を払うと同時に、その人が恥をかかずにすむように配慮しています。周りの従業員に対しても、これはよく考慮したうえで会社が下した決断なのだとはっきり示すようにしているのです。
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社員を本当に解雇する時には、十分時間をかけて判断しています。これはある意味では過激な会社方針ですから。とはいえ、実際には離職率は非常に低いんですよ。年間5~6%くらいです。これはそもそも、当社に入社してくるのは自分に本当に自信があって能力の高い人材だけだから言えることです。
だから絶対数で言えば、会社を辞めてもらわなくてはいけない人の数はそれほど多くありません。これが当社では非常にうまく機能しています。というのも、他の能力の高い人たちと喜んで働きたいという人が引き寄せられてきますから。
なぜ業績連動ボーナスがないのか
カールソン:ネットフリックスの方針の中で、一般常識とは異なる制度についてもお聞きしたいと思います。
まず、業績連動ボーナスがないことです。これはなぜでしょうか? 社員に良い仕事をしてもらうためには、業績連動ボーナスを出すのはモチベーションを高めるのに有効な方法ですよね。「仕事で良い成績を収めたらボーナスを払いますが、出来が悪ければ多くの報酬は約束できません」というのが一般的だと思うのですが。
ヘイスティングス:当社にとっての業績連動ボーナスは、年末に報酬調整という形で社員に示しています。つまり、その年に非常に良い成績を収めたら、その社員は翌年の年俸が引き上げられます。そういう意味では、素晴らしいパフォーマンスに対して報いる制度はあります。
また、当社ではどの仕事に対しても報告書を書くことを義務づけていません。業績連動ボーナスをそのつど出すにはそういう書類を書いてもらう必要が出てきますが、社員にはフレキシブルに仕事をしてほしいと思っているので、そういう書類仕事は要求しません。
営業の電話を何本かけたとか、営業日報を何本書いたとか、そういうことを基準にしてしまうと、業績に対する報酬がひとつひとつの細かい報告をもとにしたものになってしまいます。ですから、私たちは翌年からの昇給という形での報酬体系にしています。
厳しいフィードバックは「腕立て伏せ」と同じ
カールソン:他にもネットフリックス独自の方針がありますよね。「率直なパフォーマンス評価をする」というものです。社員を呼び止めてその場で率直なフィードバックをするそうですね。誰か目の前の社員を呼び止めて、その場で厳しいコメントを言ったりすると、場合によっては泣き出す人もいるのでは?
率直なフィードバックは生産的な行為であって、その人を批判しているわけでない、会社にとっては良いことなのだとスタッフ全体にどうやって理解してもらうのでしょうか。
ヘイスティングス:誰かにフィードバックを受けると、逃げの気持ちと恐れの気持ちが刺激されるものです。ですが、フィードバックをする時はポジティブな意図を持ってしなければいけません。誰かを打ちのめそうというわけではなく、もっと良い仕事をしてもらうための手助けとなるようにフィードバックをする。まずそれが一点。
次にフィードバックを受ける側ですが、私たちはよく「腹筋や腕立て伏せをするようなものだ」と言っています。腹筋や腕立て伏せは痛みを伴いますが、それは強さを生み出すものです。そして痛みを伴うということは、人間だという証でもあります。痛みは消えてなくなったりはしませんが、自分をもっと強くします。ハードなエクササイズと同じです。
ですから、フィードバックをする側はポジティブな意図を持って行うこと。フィードバックを受ける側は、痛みを受け入れつつもそれが自分を強くするエクササイズだと受け止める。この相乗効果によって非常に効果的なコミュニケーションがとれ、より高いパフォーマンスを発揮できるようになります。
社員は学ぶことに対して非常に意欲的です。みんなもっと有能になりたいと思っているし、そのために痛みも進んで受け止めようとしています。
カールソン:では最後になりますが、企業文化を醸成すること以上に、何か仕事の上で信条にしていることはありますか?
ヘイスティングス:これはクリエイティブな会社にはよくあることだと思うのですが、私たちの仕事は航空会社のような安全第一を旨とするビジネスではありません。100万台のノートパソコンを品質のバラつきなく生産するメーカーの経営方針ともまったく異なるものです。
私たちの仕事はイノベーションに非常に重きを置いていますから、間違いを犯すのは当たり前のこと。そして高いレベルのイノベーションを実現しようと思えば、創造性を高める方法を追求する必要があります。
カールソン:今日はお時間いただきありがとうございました。
ヘイスティングス:こちらこそ、ありがとうございました。私たちの「ノー・ルールズ」という方針について少しでも理解いただけたら嬉しいです。
(完)
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)