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- グーグルが1兆ドル規模の事業に成長した秘訣は「OKR」と呼ばれる目標設定手法にある。今やSlackやDropboxなど、有名企業の多くがこの手法を導入している。
- OKRはシンプルだ。長期目標を設定し、各目標達成に対する進捗度合いを測る成果指標を選ぶ。しかし、マスターするには時間がかかる手法でもある。
- 仕事とプライベート双方でのOKRの活用の仕方を、SlackやDropboxのリーダー、グーグルの元プロダクトマネジャーに聞いた。
1999年、卓球台の周りにグーグルの社員が集まっていた。会社の将来を変えるプレゼンテーションを聞いていたのだ。
インテル出身で新しく役員として加わったジョン・ドーアが、グーグルの若い社員たちにOKR(Objectives and Key Results:達成すべき目標と、目標達成のための主要な成果)を紹介した。突拍子もない思考法だったが、これが後に、グーグルを一介のスタートアップから1兆円ドル企業へと変身させることになる。
OKRでは、長期目標とその目標達成の進捗を測るいくつかの成果指標を決める。
ドーアは2017年の著書『Measure What Matters(邦題:Measure What Matters——伝説のベンチャー投資家がGoogleに教えた成功手法 OKR』の中で、この目標設定手法をグーグルに紹介した時、共同創業者のセルゲイ・ブリンから「組織をまとめるための何らかの原則が必要だけど、今はそれがないから、この手法を使おうか」と言われた、と書いている。
グーグルは今もこの手法を活用している。もうひとりの共同創業者であるラリー・ペイジはドーアの著書の序文で「OKRのおかげで私たちは10倍成長を遂げ、しかも何度もそれを繰り返すことができた」と述べている。他にも、Slack、Dropbox、ビル&メリンダ・ゲイツが後援する貧困撲滅のためのOneキャンペーンでもOKRは活用されている。
OKRがあれば、想定外の状況でもリーダーが進捗を確認し、組織が目標からブレないようにする力になってくれる。
では、ビジネスで成功するためにリーダーや社員たちはOKRをどんなふうに活用できるのか。Slack、Dropbox、Oneキャンペーンのリーダー、元グーグルのプロダクト・マネジャーらにポイントを聞いた。
OKRではこの2つの問いに答えよ
そもそもドーアにOKRを教えたのは、インテルのOKRを考案し、「OKRの父」とも称されるアンディ・グローブだ。グローブは1970年代にインテルで講座を持っていた時、OKRは次の2つの質問に答えられなければならないと言った。
インテルの会長兼CEOを務めたアンディ・グローブは、「OKRの父」としても知られる。
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- どこへ行きたいのか?
- 何を見ればそこに到着したと分かるか?
行きたい場所が「目標」であり、そこに着いたと分かるための指標が「成果指標」だ。インターネット起業家のニケット・デサイー(Niket Desai)は、当時プロジェクトマネジャーだったグーグルを退社し、その後法律事務所向けの勤務時間管理ツール「Time by Ping」を創業したが、その会社でも体系化のためにOKRを使っている。
「方向性を決め、それに合わせて設けたマイルストーンに沿って仕事をするよりも、私たちはつい目の前のことでTo-Doリストを作ってしまいがちですよね」とデサイーは言う。
自分が思うよりも高い目標を
目標を簡単に達成できてしまうようなら、目標の高さが足りなかったと言える。例えばグーグルのミッションは「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」という崇高なものだ。
デサイーはいくつものOKRを書いてきたが、マスターするには時間がかかるという。具体性が大切だ。
「例えばダイエットを新年の抱負とした時、単に『ダイエットをすること』ではなく、『幸せになるためにより健康的な生活をする』という目標を設定するのです」
この目標を達成するまでのマイルストーンは、方向性を持ち、かつ数値化できなければならない。「減量もそうですが、それ以外に『1週間のうち4日は歩く』とか『1週間に10回は食事を600キロカロリーに抑える』とかですね」とデサイーは言う。
アウトプットよりアウトカムに注目する
Dropboxのインフラ担当バイス・プレジデントのアンドリュー・フォン(Andrew Fong)は、OKRを導入すると、業務時間を増やすことなくより賢く仕事ができるようになるという。社内のマイルストーンより、社外にもたらす効果に注目しよう。
「仕事のアウトプットではなく、どのようなアウトカム(効果)をもたらすかに注目するのがポイントです。成果指標は進捗を確認するためのもの。アウトプット自体を評価対象としてしまうと、必ずしも顧客や事業のためにならないおそれがあります」とフォンは言う。
「例えば、単に『◯◯の機能をつくる』という目標を設定するのではなく、『全ユーザーに対してこの機能をリリースする』というような目標を設定します。『ユーザーの〇%にこの機能を使ってもらう』だとなお良いですね」
フォーカスは狭く
OKRは、すべてのタスクが急を要するように思える際、思考を整理するのにも役立つ。設定する目標は3個前後にしよう。これより多いと、余裕がなくなってしまう可能性がある。
OneキャンペーンではOKR導入以前、目標を多く設定しすぎていた。Oneの元チーフ・エグゼクティブであるデビッド・レイン(David Lane)は、前述のドーアの著書の中で「なんでもやろうとしないための規律が必要だった」と語っている。
社員にもOKRを書かせることで人材育成に
会社がOKRを毎年発表するだけでなく、社員がその年の自身のOKRを書くのもお勧めだ。
デサイーは言う。「OKRを導入することで、会社が何に注力するのかが明らかになる。これが次世代リーダーの戦略的思考を育てることにつながるんです。それに、本人たちのキャリアにもプラスです」
OKRを昇給の根拠に
世界的な不況下で昇給を求めるのは難しい。グーグルはOKRを業績評価には使っていないが、社員が自分の目標を思い出すのには有用だ。
グーグル・ベンチャーズ(グーグルの投資部門)のシニア・オペレーティング・パートナーであるリック・クラウ(Rick Klau)は2012年の社員向けワークショップで、「OKRは自分の仕事の貢献度合いをまとめるのに有用です」と述べている。もしこの景気後退局面で昇給が望めないなら、昇進を求める根拠としてOKRを使うことができるだろう。
経営者ならOKRを公開しよう
従業員であれチームであれ会社であれ、OKRは公開してこそ意味がある。こうすることで、全員の足並みがそろうからだ。デサイーはTime by Pingを立ち上げた際、この手法が本当に役に立ったと述べている。
「小さな会社を立ち上げて運営に四苦八苦している時にコロナ禍が始まって、大混乱に陥りました。でもそんななか、何をするべきか簡潔に伝えるのにOKRが役に立ちました」
会社のOKR作成に社員も関与させる
自分が手を貸してできあがったものであれば、人は他人事には思えないものだ。あなたが管理職であれば、部下に部署の目標設定を手伝ってもらおう。Slackのアジア太平洋地域のヘッドであるマット・ループ(Matt Loop)は、OKRを作成する際に他の社員からの意見を入れている。
「OKRを課されることになる1人ひとりにも目標設定に参加してもらうために、OKR設定のプロセス全体を可視化しました」とループは言う。
方針変更にも対応できる
危機に直面した時、新しい目標が必要になることがある。貧困の撲滅を目標に掲げるOneキャンペーンも、パンデミックにより方針変更を余儀なくされた。
そこでONE Worldキャンペーンを企画し、新たに次の3つの目標を設定した。すなわち、誰もが適切な治療と予防接種を受けられるようにすること、アフリカの経済崩壊を回避すること、次のパンデミックに備えること、だ。
「(OKRによって)一方で士気を保ちつつ、他方では実務的かつブレることなく迅速にコロナに対応できました。このバランスが保てたことでかなり助けられました」とOneのスポークスパーソンは語ってくれた。
大きな目標を見失わずにいられれば、方向転換しても元の目標に向かっていけるのだ。
失敗しない手法など存在しない。だが、急成長する企業の多くはOKRを採用していた。グーグルの共同創業者であるペイジはかつて、アルファベットのCEOであるサンダー・ピチャイにこんなことを言っている。
「現実離れした高い目標を設定すると、たとえそこまでは到達できなかったとしても、けっこう大きな進歩を遂げられるものだ」
(翻訳・田原真梨子、編集・常盤亜由子)