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200,000,000時間 = 8,300,000日 = 22,800年
これは、世界中の女性や女の子が、水汲みのために毎日費やしている時間だ。
国連の持続可能な開発目標(SDGs)の6番目の目標である「安全な水と衛生の保証」は、2030年までにすべての人の安全で安価な水への普遍的、かつ衡平なアクセスの達成を目標としている。今もなお、世界では3人に1人が安全な飲み水を手にすることができない。水を求めて、湖や川へ歩き、多くの時間を費やすことは、珍しくない。
水汲み労働で奪われる教育・経済の機会
世界的に見ると、性別役割分業や慣習・文化の影響で、水汲みの負担は、女性や女の子にのしかかっている。実際、家に水道がない家庭の8割では、女性や女の子が水汲みを担っている。
国連によると、マラウィでは女性は水汲みに毎日、平均で54分を費やしているのに対して、男性はわずか6分に留まっている。ギニアとタンザニアでは女性の平均時間は20分、男性の2倍だと推定されている。
数々の研究で、この水汲みに費やす時間は、教育や経済活動の機会を奪っていることが、明らかになっている。
タンザニアでの調査では、水汲みにかかる時間が約30分から15分以内に減ると、学校への出席率が12%増加したことが報告されている。アメリカとメキシコの国境地域で実施された研究も、水資源の減少は、女性のキャリアへの投資を阻む要因だと結論づけている。
またパキスタン政府が農村部で水の供給プロジェクトを実施したところ、対象地域の学校への入学が80%増加したほか、世帯収入も平均で24%増えた。この成果は、水へのアクセスが確保されたことで、毎日女性や子どもが水汲みにかけていた2〜6時間もの時間が半減し、その時間を経済活動や教育に投資できるようになったからだと、分析されている。
気候変動で消える湖。水不足が負担を深刻化
気候変動による気温上昇や雨量の変化は、深刻な熱波や干ばつをもたらす。海面上昇は川などの真水に塩水が流れ込む要因となり、生活用水の不足を助長する。2025年までに、世界の半数の人が水不足に直面すると予測されている。これは遠い未来ではなく、5年後の現実だ。
アフリカのチャド湖。この美しい湖も、気候変動の被害で枯渇が急激に進んでいる。
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アフリカのチャド湖は、チャド、ナイジェリア、ニジェール、カメルーンの4カ国にまたがり、かつて世界で6番目の面積を誇った湖だった。しかし、1960年代から水がどんどん減少し、今は10分の1の大きさにまでなってしまった。国連環境計画は、縮小の要因として、気候変動による干ばつを挙げている。チャド湖に水を頼る3000万人以上の人にとって、気候変動は死活問題だ。
気候危機の中、チャド湖のような重要な水資源の枯渇は、加速している。そして、身近な水のソースが絶たれると、女性や女の子は水汲みのためにさらに遠い場所に、時間をかけて出向かなければならない。
特に長距離の移動では、性的被害(Gender based violence)にあうリスクが高まることも明らかになっている。女性や女の子への水汲みの偏った負担は、教育や経済活動への機会を奪うだけでなく、身体的な危険にさらすことにもつながっているのだ。
気候変動は既に存在しているリスクを拡大し、社会・経済的に弱い立場にいる女性や女の子が、より深刻な影響を受けることが、水不足の問題を見ても分かる。
貧困層の7割が女性、農業や自然資源に依存
貧困層の女性たちの多くが、農業や自然資源に依存した生活をしている。気候変動の影響は彼女たちの生活をさらに苦しくしている。
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さらに気候危機は、貧困層にとっては死活問題でもある。貧困層の4人に3人もが、農業や自然資源に頼って生きている。貧困層の7割は女性だ。気象条件が不安定で予測しづらくなり、異常気象により対応の範囲をはるかに超える災害が増える中、多く農家、特に女性の農家は危機にさらされている。
気候変動に対応するには、保険などの金融サービス、改良された種や器具を購入する手段、天気予報や最適な農業の手法に関する情報へのアクセス、また、それらを理解するための教育などが不可欠だ。しかし、これらすべてにおいて、ジェンダー格差が存在している。
女性の農家は男性と比べると生産高が平均して2〜3割低い。これは、女性のうかの生産効率が問題ではなく、既存の制度や慣習により、女性が男性と同じ機会を与えられていないためだということが明らかになっている。
多くの途上国では、女性は法律・制度や慣習によって土地を所有することができず、土地の所有者の女性の割合は1〜2割に留まっている。所有権がないと、自ら土地の使い方の決断をすることが難しく、生産高や収入の増加のために必要な投資もしづらい。
銀行口座なし、低いネット利用率という障壁
気候変動によって生活的危機に陥ってしまうかもしれない女性たちを助ける仕組みが必要だ。
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女性は男性に比べて、保険や融資などの金融サービスを受けられないことも多い。低所得国の農村地域に住む女性のうち、銀行口座を持っていない人は8割にものぼる。
低・中所得国の女性は男性に比べて、携帯電話の所持率が8%低く、携帯電話からのインターネット利用率も20%低い。携帯所持への壁には、価格、リテラシー、安全性や、家族からの許可がないことが挙げられている。正しい情報を入手し、読解できないと、金融や農業商品を活用できない。適切な機材や肥料などを利用できないと、生産高を上げることができず、貧困のループから抜け出せない。
国連は、女性が男性と同じリソースを手にすることができれば、農業生産高は男性と同様になり、途上国の生産高を2.5〜4%も押し上げ、その結果、栄養不良の人が1億5000万人も減少するとしている。農業分野でのジェンダー格差の是正は、女性のみならず社会全体にポジティブな影響を与えるのだ。
言い換えれば、このジェンダー格差が改善されなければ、気候変動で深刻化する干ばつや洪水が、女性に大きな負担を与え続け、社会全体の食料の安全保障の問題にもつながるということだ。
気候変動は気象条件を変えるため、特に自然資源に頼っている人や産業への影響が大きい。その影響は、既に存在している社会・経済的な構造の中で起きるため、水や農業の問題からも分かるように既にジェンダー格差はあり、さらにその格差を拡大させることにもつながる。
気候変動によって災害の頻度や被害は増加しているが、災害の死者数は男性より女性のほうが多く、その差は男女の不平等な社会的、経済的地位と関係していることも明らかになっている。
日本が批准しているいるパリ協定(※)の前文にも、これらのような既存の格差や構造、そして女性への影響を考慮しなければいけないと記されている。
※パリ協定:1997年に採択された京都議定書以来18年ぶりとなる気候変動に関する国際的枠組み。気候変動枠組条約に加盟する全196カ国が参加。排出量削減目標の策定義務化や進捗の調査など一部は法的拘束力があるが、罰則規定はない。
気候変動は既に、水や食など生活のあらゆる面に影響を与えている。多くの国で、女性が家庭のケアと生計の支えの両方を担っている中、公平な機会を与えるだけでなく、女性が培ってきた経験やノウハウから学び、活かす仕組みが不可欠だ。
(文・大倉瑶子)
大倉瑶子:米系国際NGOのMercy Corpsで、官民学の洪水防災プロジェクト(Zurich Flood Resilience Alliance)のアジア統括。職員6000人のうち唯一の日本人として、防災や気候変動の問題に取り組む。慶應義塾大学法学部卒業、テレビ朝日報道局に勤務。東日本大震災の取材を通して、防災分野に興味を持ち、ハーバード大学大学院で公共政策修士号取得。UNICEFネパール事務所、マサチューセッツ工科大学(MIT)のUrban Risk Lab、ミャンマーの防災専門NGOを経て、現職。インドネシア・ジャカルタ在住。