GAテクノロジーズは2018年、マザーズに上場した。サッカーではプロになれなかったが、起業し、上場にこぎつけた樋口龍(37)はビジネスの世界で「プロ」と呼ばれる資格を手に入れたといっていいだろう。
樋口がプロになれたのは、サッカーをやめたときに思考を変えたからだ。その後は「世界的なビジネスパーソンになる」「テクノロジーでイノベーションを起こす」という高い目標を忘れず、全身全霊でコミットしてきた。
「20〜21歳で、いや、18歳でビジネスの世界に入っていればと思うこともある。それくらいビジネスは楽しい。もっとも、あの頃の僕にそう言っても伝わらなかっただろうけど」
不動産企業からテクノロジー企業への脱皮を図る過程で、大きな支えになったものとして、樋口は2点を挙げる。
「エンジニアを採用し、リアルの組織にどうITを入れていくか模索していた2015年、不動産テックのリーディング企業と縁ができ、2016年8月に出資を受けた。開発組織の作り方、マーケティングなど多方面にサポートしてもらった」
その企業は数年前に不祥事が発覚し、不動産業界の信頼を揺るがした。樋口は「やったことは悪い。だけど、うちがあるのはその企業から受けたたくさんの助言のおかげでもある。だから、恩を忘れず、僕たちが業界を変えていきたい」
持ち込まれたM&Aはやらない
コロナによって急速に進んだキャッシュレス決済とEC。不動産サービスにもDXが訪れている。
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もう1点は積極的なM&Aだ。GAテクノロジーズは上場後1年で3社を、その後も2社をM&Aしている。
上場から数カ月も経たない2018年10月、賃貸分野の不動産テックスタートアップ「イタンジ」を買収したと発表したときは、大きなニュースになった。
不動産賃貸事業は入居者と不動産の所有者・管理者の間に仲介業者が存在する。中間業者を挟むことで書類の作成や日程調整、問い合わせへの対応などのコストが増える。しかも書類のやり取りは主に紙ベースのため、消費者の利便性も悪くなっている。その中間業者の役割のデジタル化に取り組むのがイタンジだ。
スマートフォンから内見を予約して、業者の付き添いなく自身で内見し、賃貸契約までスマホで完結できるサービス「OHEYAGO(オヘヤゴー)」も、その一つ。狙いは中間コストを下げ、消費者の利便性を高めることだったが、非対面・非接触を推奨するニューノーマルの潮流を捉え、利用者が広がっている。
樋口はこう説明する。
「『リアル×テック』企業は、創業時にどちらかに強みを持ち、持っていない方を強化していく。創業時に不動産営業というリアルを強みとしていたうちは、M&Aも使ってテックを取り入れていく。グーグルやアマゾンなど、海外のメガITはどんどんM&Aをやっており、グローバルな企業をつくるなら、当たり前の手法」
「ただし」と付け加えた。
「全部自分から仕掛けている。持ち込まれたものはやらない。持ち込まれたものは課題がある訳だから」
M&Aは5つの要素を判断の軸にしている。
GAテクノロジーズ決算発表資料より
GAテクノロジーズのM&Aは、「提携不動産業者獲得」「優良顧客獲得」など5つの要素で足りない部分を強くできるかを軸にしている。樋口はM&Aで取得した事業は自らマネジメントに入る。
「できあがった事業を取得するのではなく、買った後に一緒に大きくしていく。そして小さいM&Aを繰り返して確度を上げていく」
中国人向けインバウンド不動産事業「神居秒算」を運営するNeoXに声を掛けた際、何書勉社長からは「もう少し大きくなってから」と言われた。だが樋口は、「今一緒になった方が、成長をスピードアップできる」と説得した。
買いたい企業の創業者を口説くとき、欲しい人材を採用するとき、20代でのセールスの経験が役に立っていると実感する。相手が求めていることを汲み取り、相手に響くよう伝える。
「ビジネスの根幹は責任感があるかないか。そして顧客のことを考えられるかどうか。それはどの業界でも変わらない」
10年で国内トップ、20年で10兆円企業へ
2018年にマザーズに上場。創業から20年で世界的企業になることが目標だ。
提供:GAテクノロジーズ
「世界的なサッカー選手」という夢を追っていた樋口は、24歳になって「今からプロになれても世界的選手にはなれない」と逆算し、ようやく区切りをつけた。2回目の人生では、「世界的な企業」になる期限を、創業時に定めた。
「アリババ、テンセント、グーグル……。今グローバルを担っているIT企業は、20年前に生まれている。だから創業20年で時価総額10兆円を超える状況になっていないと世界で戦えない」
世界的な企業になる通過点として、創業10年目、つまり2023年の国内での業界トップも目指す。
ITの時代に入り、アメリカではGAFA、中国ではBATに続き、バイトダンスやシャオミなど、海外で名をとどろかすベンチャーが続々と生まれているが、日本はその流れから取り残されている。
「世界の時価総額ランキング上位50社に入っているのはトヨタ自動車だけ。そして日本で創業20年で時価総額が兆(円)を超えている企業って、21世紀は楽天とエムスリーくらい。日本の学生がベンチャー志向でないと言われるが、それは100%経営者に責任がある。日本の時価総額ランキング上位10社に創業20年のテックベンチャーが入ってこないと、日本経済の活性化につながらない。僕はそこを目指している」
変えられるのは外的要因ではなく自分だけ
中国人向けインバウンド不動産事業「神居秒算」も買収した。運営するNeoXの何書勉社長(左)を自ら説得、目指すところが同じだと意気投合したという。
提供:GAテクノロジーズ
小1から18年間サッカーに没頭し、ビジネスに転向して13年。違うフィールドで戦う中で、サッカーの経験が生きる場面はあるのか。
「チームワークを学べたとか、いろいろあるとは思うけど、一番大きいのは一つのことをやり続けて向き合った結果、自分自身の至らない点に気付けたということ」
1回目の人生で挫折し、2回目の人生をスタートするとき、「なぜ駄目だったか」を書けるだけ書きだした。
自身の課題を整理せずビジネスの世界に入っていたら、気付く機会はもっと遅くなっていたかもしれない。
他責ではなく自責というのも、再スタートにあたって誓ったことだ。2007年に不動産業界に入った樋口は、リーマン・ショック後の大不況も経験しているが、大変だったという記憶は薄い。今回のコロナ・ショックも同じだ。
「外的要因はコントロールできない。コントロールできるのは自分だけ。仕事をする上で、常に意識している」
(敬称略、完)
(文・浦上早苗、写真・竹井俊晴)
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。