「やられたらやり返す、倍返しだ!」——第1シーズンから7年の時を経て帰ってきた『半沢直樹』。高視聴率を記録して先ごろ最終回を迎えましたが、東京中央銀行を中心にしたバンカーたちの奮闘に心奪われた人も多いのではないでしょうか。
何を隠そう、私もその一人。自宅になかったテレビをわざわざ買って毎週楽しむほどハマってしまいました。
『半沢直樹』の魅力のひとつはそのリアリティです。銀行内での派閥を含めた社内政治や他部署との連携や縄張り争いを含めた人間関係など、銀行関係者なら「あるある!」と膝を打つような細部の描写は、三菱銀行(当時)出身の原作者である池井戸潤さんならでは。私自身、新卒で12年間強銀行に身を置いていた経験もあり、物語の小ネタも含めて楽しめる作品でした。
ただし「リアリティがある」とはいってもそこはドラマ。銀行関係者ならば「実際にはそうはならないだろう」と思う点も当然あります。
そこで本稿では、もしも『半沢直樹』の帝国航空案件が現実世界で起こったら……という想像を働かせながら、銀行の中枢業務の一つである「融資」と、その際に重要な役割を果たす「貸倒引当金」について解説してみたいと思います。
※以下、『半沢直樹』2020年版第2部のネタバレが含まれます。
鍵は「500億円の債権放棄」
『半沢直樹』2020年版第2部のストーリーは、およそ次のようなものです。
主人公・半沢直樹(堺雅人)が所属する東京中央銀行は、帝国航空に対して700億円にも及ぶ融資をしています。しかし帝国航空の経営は危機的な状況。そこで国土交通大臣の諮問機関である再生タスクフォースは、東京中央銀行ら銀行融資団に対して7割もの債権放棄を要求します。
要求を飲めば、東京中央銀行は500億円もの損失を被ることに。そうはさせまいと、半沢直樹は帝国航空、国交大臣、金融庁、国会議員、銀行の頭取や取締役らを巻き込んで奔走します。
結局、東京中央銀行は「帝国航空の債権放棄」という国からの要請を拒否。すると金融庁検査を通じて検査官の黒崎(片岡愛之助)が送り込まれ、帝国航空の過去の再建案について銀行の重大な過失が見つかってしまいます。
この過失により、東京中央銀行は金融庁から業務改善命令を受けて大ピンチに——。
ドラマ『半沢直樹』第6話の予告動画
TBS公式 YouTubeチャンネルより
「今回の件で万が一うちに落ち度があったと判断されれば、金融庁から業務改善命令が出されることは避けられない! そうなったらもう、うちは沈没だよ! 銀行沈……没(ヴォツ)!!!」
このセリフは、東京中央銀行の大和田取締役(香川照之)のもの。500億円の債権放棄という国からの要請を拒否したことがもとで、東京中央銀行は業務改善命令を受けることになり、さながら銀行が沈没するほどのダメージを負ってしまいます。
出演者たちの迫真の演技も手伝って、まさに手に汗握る展開に私も思わずテレビにかじりついて見ていました。ただし銀行の内実をよく知る立場からすると、ここで多少の違和感を覚えたのも事実です。
業務改善命令といえば、銀行にとってイエローカードをもらうようなもの。業務改善がうまくできなければ一部の業務に対してレッドカードをもらい、業務「停止」命令を受ける可能性もあります。500億円の債権放棄をするよりもよほど手痛いペナルティです。
ドラマでは、東京中央銀行は融資先である帝国航空の再建案の数字を改竄していたことを金融庁に指摘され、業務改善命令を受けることになりました(※1)。
場合によっては銀行の経営に大きく関わるほどのインパクトをもたらす業務改善命令を甘んじて受けてまで「500億円の債権放棄」を拒否する姿勢を貫くなんてことがあるだろうか……。というのも、現実の世界ではこのような場合、銀行は「貸倒引当金」を積んでいるはずだからです。
回収懸念に応じて積む「貸倒引当金」
では「貸倒引当金」とはどのようなものでしょうか? こんな例で考えてみましょう。
銀行がA社に対して10億円の融資をしたとします。すると銀行には、貸付先のA社に対して貸出金という資産(債権)が生じます。
一方、銀行から借入をしたA社は銀行に対して債務を負います。借り入れた融資額の元本と利息を、借入期間に応じて弁済するという義務が生じるわけです。
筆者作成。Illustration/ZET ART
さて、10億円の融資を行った後で、A社の業況が悪化したとしましょう。このままでは10億円全額を回収することは難しく、せいぜい3億円ぐらいしか回収できそうにありません。
もしもこの時、何の会計処理も行わなかったらどうでしょうか?
回収可能性が低くなったにもかかわらず、銀行の資産にはA社への融資残高が「10億円」として残ったままになります。
もしA社が本当に倒産し、貸出金のうち3億円しか回収できなければ、それまで銀行のB/S(貸借対照表)上に10億円と資産計上されていた貸出金がいきなり減少してしまいます。結果、銀行は損失を計上し、急激に財務諸表に悪影響が及んでしまうでしょう。
銀行は預金者から預金を預かる存在です。その経営が急激に悪化するという噂が流れれば、預金者は銀行に駆け込んで、我先にと預金を引き出すでしょう。いわゆる「取り付け騒ぎ」です。
このような金融不安を引き起こさないためにも、銀行はいち早く手を打つ必要があります。取引先がいざ倒産してから「当行もいま初めて貸し倒れたことを認識いたしました」などと言っていては遅いのです。
そこで会計ルール上、取引先の業況が悪化し、貸し出したお金が返ってこないと見込まれれば、貸し倒れる前に損失計上することが決められています(※2)。これが「貸倒引当金」です。
先の例で言えば、A社の経営が悪化し、融資元本の回収が見込めなくなった時点で貸倒引当金を7億円積みます。こうすることで、将来の損失を見込んだうえで銀行の経営ができるようになるわけです(※3)。
『半沢直樹』第7話では、主人公の半沢と大和田取締役が帝国航空に対する500億円の債権放棄をするかどうかをめぐって、次のような会話を交わします。
大和田「ここは政府に逆らわず、債権放棄を大人しく引き受けるべきだ」
半沢「本気でおっしゃっているんですか?」
大和田「超本気。私だってね、500億なんてカネをみすみすドブに捨てるようなことはしたくないよ。そんなふざけたことを認めてたまるか! しかしなぁ、これ以上戦えばうちも何よりも頭取がもっと深い傷を負うことになる。500億円は和平のための手打ちのカネだと思いなさい」
しかし考えてもみてください。もしこれが現実世界の出来事なら、再建が必要なほど帝国航空の経営状態が危なければ貸倒引当金を積んでいるはずです。
大和田取締役は「債権放棄をして500億円をドブに捨てるような真似はしたくない」と言いますが、本当ならばこの時点ですでに引当金を積み、大金をドブに捨てることも覚悟していたはずです(※4)。
銀行の資産の透明化を図った「竹中プラン」
2002年、小泉政権下で経済政策担当大臣・金融担当大臣を兼務した竹中平蔵氏(右)は、不良債権処理を進めるため通称「竹中プラン」を策定した。
REUTERS/Kazuhiro Nogi
日本の銀行において貸倒引当金をどのように計上するかは、バブル崩壊後の銀行の不良債権問題を通じて大きく変わってきました。
バブル崩壊後の1990年代以降、日本の不況が長引いた要因のひとつは銀行の不良債権によるものだったと言われています(※5)。
不良債権とは、ざっくり言うと「融資先の経営悪化や倒産等により、回収が困難になる可能性が高い債権」のこと。融資に対して適切な引当を計上していれば銀行はリスクをコントロールできるはずですが、実際には事はそう簡単ではありませんでした。
1990年中盤以降、銀行の決算が出るたびに不良債権額は増える一方。そうすると、世間や株式市場は疑心暗鬼になります。「銀行の不良債権はもっとあるのではないか」「銀行は引当不足なのではないか」と。
そこでこの疑念を払拭すべく、銀行の資産を透明化しようとした人物がいました。小泉政権下で経済政策担当大臣と金融担当大臣を兼務した竹中平蔵氏です。
竹中氏は不良債権の処理を進めるべく、「金融再生プログラム」という政策(通称「竹中プラン」)を2002年に策定しました。
竹中プランでは、銀行が保有する貸出金等の資産の査定が厳格化されました。連載第22回で解説したDCF(Discounted Cash Flow)法を大口融資先等の貸出債権の査定に導入し、市場価格による査定が徹底されたのもこの時です。こうして、銀行は適切に貸倒引当金を積むようになったのです。
DCF法などが貸倒引当金の計算に用いられるようになったことで、銀行が将来被る可能性のある多額の貸倒れによる損失は、これまで以上に早くP/L(損益計算書)上に計上されるようになりました(※6)。
ちなみに、この連載の第1回では、会計とファイナンスの違いを車の運転にたとえました。会計は「これまで走ってきた道のり(過去)」を示すものであり、ファイナンスは「今後どのような道を進んでいくか(未来)」を考えるものだ、と。
しかし会計の中にも、ファイナンスのように未来を見通す視点も存在します。本稿で扱った「貸倒引当金」は、まさにその一例です。
貸倒引当金は、現時点ではまだ発生していない貸倒れを、将来発生することを見通して今期に費用や損失として計上する会計科目なのです。
では、貸倒引当金はどのようにして計上されるのでしょうか? そして半沢直樹の死闘の行方は——。続きは次回お話しします。
※次回は明日公開予定です。
※1 実はこのストーリーにはモデルと思われる話があります。それはUFJ銀行(当時)です。金融庁検査において、取引先の資料を隠蔽したり改竄したりしていたことで、UFJ銀行は2004年6月に業務改善命令を受けました。このことが契機の一つにもなり、UFJ銀行はその翌月、東京三菱銀行(当時)に実質的に救済される形で経営統合するに至りました。こうして経営統合された銀行が、現在の三菱UFJ銀行です。(参考)金融庁「株式会社ユーエフジェイ銀行に対する行政処分について」2004年6月18日。
※2 会計のルール上では、以下の4つの要件をすべて満たしている場合は、「必ず」引当金を計上しなければならないことになっています。(1)将来の特定の費用または損失であること、(2)その発生が登記以前の事象に起因していること、(3)発生の可能性が高いこと、(4)その金額を合理的に見積もれること。
※3 ここでは銀行の融資先に対する債権を事例に出しましたが、銀行以外の企業でも、取引先に対する売掛金や貸付金にも貸倒引当金が計上されることになります。例えば、連載第15回ではレナウンの倒産時における売掛金の貸倒引当金について書いていますので、そちらも参考にしてみてください。
※4 なお、ドラマの筋書きとは違い、原作『銀翼のイカロス』では、帝国航空は引当金がまだ積まれていないという設定になっています。ですが現実世界では、再建が必要な状況においては貸倒引当金を計上するのが一般的です。実際、帝国航空のモデルである日本航空(JAL)に関しては、JAL再生タスクフォースが登場する前となる2007年時ですでに銀行は貸倒引当金を計上していたという報道が出ていました。
※5 バブル崩壊後の日本経済の不況と不良債権の関係については次の本で詳しく分析されています。小林慶一郎、加藤創太『日本経済の罠』日本経済新聞社、2001年。
※6 資産の透明化に加えて、銀行のB/Sから不良債権をオフバランス化させる動きも加速させていきました。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。