“巨大なNTT”への回帰か、携帯料金の値下げか。「4.3兆円」ドコモ完全子会社化の背景

NTTドコモ 5G

2020年から5Gの本格運用を進めるNTTドコモ。そんな同社の大株主・NTT持株が「ドコモ完全子会社化」を持ち出した。

撮影:小林優多郎

9月29日、NTTが移動体通信事業者のNTTドコモ(以下、ドコモ)を完全子会社化することを正式に発表した。公開買付(TOB)によって全株式の取得を目指しており、買付価格は1株あたり3900円。約4.3兆円で全株式を取得する。

ドコモ新旧社長

ドコモの吉澤和弘社長(左)と新社長に就任する井伊基之ドコモ副社長。

出典:NTT/NTTドコモ

完全子会社化によって、機動的なサービス・ソリューションの提供、次世代通信「6G」開発などでのグローバルにおける競争力強化も狙う。

完全子会社化に伴い、ドコモの吉澤和弘社長は退任し、NTT出身の井伊基之副社長が社長に昇格する(異動は12月1日付け)。

狙いは携帯キャリア3社間で弱まるドコモの“競争力強化”

NTT 全株取得スライド

公開買付は11月16日までに全株取得を目指す。

出典:NTT/NTTドコモ

NTTは、もともと6割強のドコモ株を保有し、連結子会社としていた。今回、完全子会社化とすることで、市場におけるドコモの競争力強化をはかることが最大の狙いだ。

ドコモは1980年代後半に設立され、移動体通信事業を担ってきた。固定のNTT東西、モバイル通信のドコモという役割分担だったが、モバイル通信が主流となり、ドコモはNTTグループの稼ぎ頭へと成長した。

ライバルとなるKDDIやソフトバンクはモバイルを中心に、固定事業を加えた通信全体をカバーする事業を展開するが、NTTとNTT東西はいわゆるNTT法によって規制されており、ドコモと一体となった事業は行えなかった。

NTTの澤田純社長は、こうした状況を「競争上、ドコモだけ(他社に対して)ビハインドの状態」だと表現した。

今後、NTTグループとドコモのリソースを集中し、グーグルやアップル、アマゾン、Facebookといったグローバルのプラットフォーマーとの競争に対しても、立ち向かえる体制づくりも狙う。

「巨大なNTTへの回帰」に問題はないのか

NTTドコモスライド 子会社化背景

背景として、通信事業での競争激化だけでなく、プラットフォーマーをはじめとした異業種との競争が加速したことも挙げられる。さらにニーズの多様化、高度化、複雑化に対応するために、モバイル事業だけではカバーしきれなくなった。

出典:NTT/NTTドコモ

ただ、NTTがドコモを完全子会社化することは、通信業界に波紋を呼ぶできごとだ。実際、「巨大なNTTへの回帰」を警戒する声も聞こえてくる。

ここ数年は競争激化によってドコモのシェアは減少しており、澤田社長は、設立時は「シェア100(%)だったのが、今は40(%)になった」とも言う。確かに、KDDIとソフトバンクが3割ずつのシェアとなっており、決して「圧倒的」ではない。

売上高・利益にいたっては2社の後塵を拝している。こうした点を理由に、澤田社長は完全子会社化に問題ないとの認識を示す。

NTTの澤田純社長

NTTの澤田純社長。

出典:NTT/NTTドコモ

NTT東西の固定網はブロードバンド回線では7割という圧倒的シェアだが、他社に対して開放する卸構造になっている。ドコモを含めて「公正に、同じ条件で卸している」と澤田社長は強調。

「ドコモだからといってNTT東西を有益に利用できることはないし、法的にも(有利な条件には)できない」(澤田社長)ことから、NTT東西のシェアが高くともドコモの完全子会社化には影響しないとの考えだ。

「総務省にも話しており、法制度上の問題はないとの認識」と澤田社長。実際、NTT法上は、NTTによるドコモの完全子会社化に関する規定はない。

総務省は基本的に「社会環境に合致した健全なやり方を期待する」(武田良太総務大臣、9月29日の閣議後記者会見より)という考え方で、公正な競争を重視する立場。NTT側では今回の取り組みが公正競争上も問題ないと判断した。

NTT/ドコモ両社は「携帯電話料金値下げ目的の子会社化」を否定

菅義偉氏

菅義偉首相は、首相就任前から携帯電話料金について言及してきた。

Nicolas Datiche - Pool/Getty Images

「携帯料金値下げ」の文脈で語られることもある今回の完全子会社化だが、澤田社長はこの見方を否定する。

NTTでは、市場環境の変化や新たな競争軸など、ドコモの成長を検討する中で2020年4月から検討を続け、6月に正式にドコモへ申し入れをした、という。「料金値下げをするために(完全子会社化を)するわけではなく、直接リンクはしない独立事象」(澤田社長)だとする。

単純な値下げを目的とするには、確かに完全子会社化はあまりに影響が大きい。逆に政府の値下げ圧力を利用して完全子会社化を目論んだ、とも邪推したくなる。

「(完全子会社化によって)ドコモが強くなり、KDDIやソフトバンクが競争上負けるかもしれない。そこで競争が活性化して料金も下がっていくことが必要なのではないか」という澤田社長の発言は、政府への牽制とも受け取れる。

澤田社長は「安価なサービスを出すのは、政府に言われたからとかではなく、いいサービスを提供して競争に勝つ、という点で積極的に取り組んでいるから」と強調。

ドコモの吉澤社長も、「継続して値下げをしているが、企業価値も継続的に向上させなければならず、並行して還元もしていくのが基本的な考え方」と話し、値下げありきではない点を指摘する。

次世代通信「6G」も見据えて国際的な競争力向上も目指す

ドコモが実現すること

ブランド力のあるドコモを中核に、総合的なサービス・ソリューション、ネットワークを提供する

出典:NTT/NTTドコモ

NTTは、ドコモの完全子会社化と並行して、同じグループ会社であるNTTコミュニケーションズとNTTコムウェアをドコモの傘下として再編することも検討。それぞれのリソースや知見を活用して、新たなサービス、ソリューションの開発も目指す。

次世代通信「6G」やIOWNなどの研究開発も、NTTの研究所と協力することで、国際競争力も高まる可能性はある。

NTT持株スライド

NTTコミュニケーションズとNTTコムウェアもドコモに移管するなどの体制強化も検討していく。NTTデータの完全子会社化は検討していないという。

出典:NTT/NTTドコモ

今回の完全子会社化をにらみ、ドコモの経営体制にも変化がある。

6月にNTTからドコモ副社長に就任した井伊基之氏が12月1日より社長に就任するのは、NTTの影響力を強める体制にほかならない。そもそも吉澤社長が2020年5月に「続投」して社長就任5年目となったことは、ドコモの慣例からはイレギュラーだった。しかし、今から思えば、6月に副社長になった井伊氏に対して社長就任の打診があったのは夏ごろで、吉澤社長の5年目はこの完全子会社化を想定したものだったのだろう。

ドコモの完全子会社化が、市場にどのような影響を与えるのか。公正な競争環境の維持は必要だが、単に国内企業だけの競争が激化すればいいわけではないし、ただ値下げすればいいわけでもない。

新たな競争軸で日本市場が活性化につながるか、注視が必要だ。

(文・小山安博


小山安博:ネットニュース編集部で編集者兼記者、デスクを経て2005年6月から独立して現在に至る。専門はセキュリティ、デジカメ、携帯電話など。発表会取材、インタビュー取材、海外取材、製品レビューまで幅広く手がける。

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