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猛暑、ゲリラ豪雨、台風による甚大な被害、そして冬の雪不足。
日本に暮らしていても気候変動の影響を実感することが増えている。世界に目を向けると、ここ数年、国家レベルで「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」への取り組みを始めている。サーキュラーエコノミーとは何か、なぜ今企業でも関心が高まっているのか。
さまざまな角度からサーキュラーエコノミーについて取り上げていく 第3回は、コロナ禍で市場は大打撃を受けたにもかかわらず増え続けているESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視、選別して行う投資のこと)。
なぜ不透明な時代にあって、ESG投資に注目が集まっているのか。ESG投資の今と可能性について積極的に発信を続ける三菱UFJリサーチ&コンサルティングの吉高まりさんに聞く。
「気候変動に対する企業の向き合い方」を投資家は見ている
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 経営企画部副部長プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジストの吉高まりさん。
撮影:今村拓馬
地球の平均気温は、人類がもし何もしなければ2050年に1.5度から2度、世紀末には4度気温が上がる —— そんなシナリオがある(図表1)。
出所:IPCC “Special Report: Global Warming of 1.5 ºC”, FAQ1.2, Figure 1
私は、10年以上前から国連気候変動枠組条約の締約国会議である「COP(コップ、Conference of the Parties)」に参加しているが、このような場ではすでに温室効果ガス削減の有効性、例えば化石燃料使用廃止などについては当然のこととして議論は一段落し、今はすでに起きている気候変動に対してどう適応していくかという話題が注目されている。
下図のように、世界経済フォーラムで挙げられるグローバルリスクは、2019年、2020年と2015年、2016年を比較すると、環境に関連する項目が増えていることが見て取れる(図表2-1、2-2) 。
青字が環境に関係する項目。
出所:世界経済フォーラム「第15回グローバルリスク報告書2020年版」を基に三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
2015年はMERS(中東呼吸器症候群)が問題視された年であった。
出所:世界経済フォーラム「第15回グローバルリスク報告書2020年版」を基に三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
気温をたとえ1.5度の上昇に抑えても、水温は上昇し氷河は溶けて、海面が上昇する。これらは、例えば水産資源や漁業に影響を与える。つまり気候変動によって資源のバランスが崩れ、これまで当たり前に使用できた自然資源が限られてくる(図表3)。
それゆえ、必然的にサーキュラーエコノミーが加速せざるを得ないと見ているESG投資家がいるのだ。
出所:環境省「IPCC「1.5℃特別報告書」の概要」(2019年7月版)を基に三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
ESG投資とは何か?
出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
ESG投資とは、環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視、選別して行う投資のことだ(図表4)。
2006年、国連により「責任投資原則(Principles for Responsible Investment = PRI)」が定められた。機関投資家(信託、年金、生保など個人の資産を預かり運用をする)の投資の意思決定プロセスに、ESG(E=Environment、S=Social、G=Governance)課題を反映させるべきとした国際的なガイドラインだ。
これまで投資家は、収益や業績見通しなどの財務情報で投資判断をしてきたが、ESG投資は、それに加えて財務以外の情報との統合評価となる(図表5)。
企業側は、ESG投資家に向けて「我々は明日の業績で株価を上げるためだけではなく、将来を見通して長期的に成長するビジネスをしている」と表明することが求められる。
出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
ESG投資と一口に言うが、これまでも投資家は基本的に「G(ガバナンス)」について評価はしていた。法令を遵守しているか、粉飾決算などコンプライアンス違反はないか、正当に役員報酬を出しているか。
この「G」は当然の企業経営の基礎的なエンジンとして、「E」「S」の情報で評価をしていくのがESG投資の考え方だ。言い換えると、「EとSは将来のGにほかならない」ということ。
例えば現在、CO2削減の目標設定は各企業において義務になっておらず、LGBTへの対応も法律で定められているわけではない。しかし、将来は義務化される可能性もあり、法令になっていなくとも対策を怠れば、評判リスクとして経営に影響がないとは言えない。
経営陣が環境対策、社会問題に対してどのようなスタンスを取っているのかが、問われていく。 もちろん、将来リスクに感度の高い経営であれば、それに対応してビジネス機会も創出できる。それが将来の成長戦略につながり、ESG投資家の求める情報なのだ。
コロナでESG投資が追い風に
出所:The Global Sustainable Investment Alliance “Global Sustainable Investment Review 2016”, “Global Sustainable Investment Review 2018”を基に三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
図表6を見てほしい。2018年の時点でもヨーロッパ、アメリカでのESG投資額は増加しているが、日本ではその成長率は300%以上で、世界で最も伸びている。さらに、コロナ禍で金融緩和、つまり低金利の影響で世界的にお金が余っており、ESG投資に資金が流れている。なぜなら、財務情報による業績評価が難しくなり、ESG経営に優れた企業のパフォーマンスが良いということで、逆にESGに着目した評価に注目が集まっているのだ。
この状況下でも、従業員の雇用継続など、労働環境・感染対策をしているかといった「S」の部分がきちんとできている会社が評価されている。次世代を見据えた経営ができているか問われているのだ。
2015年がサーキュラーエコノミーの「節目」
サーキュラーエコノミーはESGの「E」に当たる。現在、サーキュラーエコノミーのイニシアティブをとっているのはEU。2015年に欧州委員会が「サーキュラーエコノミーパッケージ」を採択したのは大きなニュースになった。これは、ビジネス、消費者ともに、資源をより持続可能な形で使う循環型の経済に移行させることを手助けするという提案である。
SDGs(持続可能な開発目標)が国連サミットで採択されたのも2015年。2020年以降の地球温暖化対策を定めた「パリ協定」の採択も2015年。2015年を節目に大きくサーキュラーエコノミーの認知は広がっていったと言えるだろう。EUではサステナブル投資関連への規制の動きも始まっている。
CSR担当から経営層へ
2020年7月、テスラが時価総額でトヨタを抜いたのは大きなニュースになった。
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日本の企業でも、この数年で経営層の意識が大きく変わり始めた。
私が日本の企業向けにESG投資について話し始めた2015年頃は、関心を持っているのはCSRや環境の担当部門だった。徐々にIR担当に移り、今は経営層に向けて話をすることがほとんどだ。有価証券報告書の中に、気候変動に言及する事例も増えている。
なぜテスラの時価総額がトヨタを抜いたのか。それは投資家が気候変動に対するリスクをビジネスチャンスと見て、期待感で動いているから。そういった感度を持つことが必要なのである。
2000年、3Rで優位だった日本
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もともと日本は2000年に公布された「循環型社会形成推進基本法」から3R(Reuse、Reduce、Recycle)を進めてきた。日本でサーキュラーエコノミーというとこの3Rと混同されがちだが、3Rの一部は出てしまった廃棄物をどうするかが前提(下図のReuse Economy)なのに対し、サーキュラーエコノミーは廃棄物自体をゼロにして資源を循環させることだ。
オランダ政府 From a linear to a circular economy
まず日本がすべきなのは「自給率」を少しでも上げること。これは農業に限ったことではない。今、GAFAMは再生可能エネルギーへの投資を拡大しており、例えばアップルやマイクロソフトは、再生可能エネルギー100%で事業運営をしている。
また、アップルがサプライチェーンに対して、再生可能なエネルギー資源100%で生産するよう求めているのは、化石燃料資源に依存していると、エネルギー市場や地政学的なリスクなどに事業経営が左右されてしまうからだ。海外では、コストの低い地産地消の再生可能エネルギーに代替することで、エネルギー調達のボラティリティー(価格変動)のリスクを下げることもできる。
次に期待できるのは、素材産業のイノベーションだ。環境に良い素材を作る、廃棄物を元の素材に戻す。日本の得意なモノづくりの技術を活かして徹底的に追究していけば、いったん輸入した資源も使い続けられる。そういったイノベーションやビジネスモデルに打って出る企業が出てくることをESG投資家も期待する。
活路はR&Dにある
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サーキュラーエコノミーに関して、日本に求めることは大きく2つある。1つ目は、今規模が小さなマーケットであっても、R&Dへの投資を継続すること。2つ目は消費者の意識改革だと思っている。
例えば、人口増加社会での栄養源として、将来的にさらに伸びると予測される「代替肉」。そこに対して10年後、30年後を見通し、投資ができるかどうか。また同時に、長期戦を覚悟して消費者を啓蒙していく必要がある。
コロナでもはっきりしたように、将来起きるリスクやビジネス機会について正しく予測することは不可能だ。そこにチャレンジをしているのがヨーロッパであり、アメリカである。
欧州委員会は2020年3月にも、サーキュラーエコノミー推進に向けた新しい行動計画を発表。
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EU諸国とアメリカでも、アプローチに違いはある。アメリカは、マーケットドリブン。海洋プラスチック問題を税金で解決できるかと言えば、できない。
それなら新しい技術を使って循環型経済に商機を見出し、新しい成長するビジネスを生もうという発想だ。逆にヨーロッパは「スタンダードドリブン」。先述した「サーキュラーエコノミーパッケージ」のようなスタンダードをつくって、そこからマーケットを生み出していく。
ダイキン、エアコンをサブスク化
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サーキュラーエコノミーで評価され始めた日本企業を一部紹介したい。
例えば日本環境設計は、衣料ごみから、ケミカルリサイクルの技術で再生ポリエステルを生産している。再生された糸・生地・最終製品は、ブランド商品としてさまざまな企業とのコラボ商品として採用されている。
また、ダイキン工業は、アフリカにエアコンをサブスクリプションで提供するサービスを始めた。これは、未電化地域でのLEDランタンのレンタルサービスを提供しているWASSHAという日本のベンチャー企業と協業して行っているものだ。
省エネ機器は高価なため、途上国では個人では手が出ないが、省エネ機器普及のために同社はこれらをリースして使用料を払ってもらい、各自での機器の廃棄を削減する。いずれも物をサービス化した事例だ。
日本企業は高品質で壊れないものをつくる点では他国に抜きん出ており、消費者側にもそういうマインドがある。しかし、特にこれからアフリカなどをマーケットを拡大していく際、これまでのようなワンウェイのビジネスモデルのままでは厳しくなるだろう。コロナでさまざまなパラダイムシフトが起きている今は、ビジネスモデル転換のチャンスでもある。
変化するミレニアル、Z世代
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ここ10年ほど、 慶應義塾大学大学院で環境ビジネスデザイン論を教えている中で、学生の関心が変わってきているのを感じている。環境ビジネスについては、以前は廃棄物処理をテーマにしたものが多かったが、今はクリーンエネルギー、あるいはシェアリングビジネスを、ITを使っていかに 資源を再生循環させビジネスにするかというものが増えている。
結局、自分たちや将来世代が存続するために、無駄な資源を使わず、廃棄物を出さず、コストを最小限にして、効率良くかつ、気持ち良く生きていけるようにビジネスを作っていくこと。それが持続可能な経済の本質であり、資源のない日本に求められる必須条件でもあると思う。
(文・池田純子、写真・今村拓馬、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・高阪のぞみ)
吉高まり:IT企業、米国投資銀行勤務の後、世銀グループ国際金融公社環境技術部などに従事。米国ミシガン大学環境・サステナビリティ大学院(現)科学修士。 博士(学術)。2000年クリーン・エネルギー・ファイナンス部立ち上げのため三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。以降、気候変動を中心とした環境金融コンサルティング業務に長年従事し、2020年5月より現職。現在は機関投資家、政府省庁、事業会社等にSDGsビジネス及びESG投資の領域について調査・アドバイス・講演等を実施。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科非常勤講師、環境省中央環境審議会地球環境部会臨時委員等。