「Crew-1」のメンバー。左からシャノン・ウォーカー宇宙飛行士、ビクター・グローバー宇宙飛行士、コマンダーのマイケル・ホプキンス宇宙飛行士、そして野口聡一宇宙飛行士。
NASA
9月29日(日本時間30日)、米スペースX開発の民間宇宙船「Crew Dragon(クルードラゴン)」運用1号機の打ち上げ日が、日本時間10月31日午後3時40分と発表された。
この打ち上げ計画「Crew-1」では、NASAの3人の宇宙飛行士に加え、初の国際パートナーとして、JAXAの野口聡一宇宙飛行士を国際宇宙ステーション(ISS)へと運ぶことになる。
スペースシャトルの引退から9年。NASA支援による民間宇宙船の開発開始から6年。そして、イーロン・マスクCEO率いるスペースX創業から18年。
遂に、民間宇宙船が恒常的にISSまで人を乗せて飛行する任務に就くことになる。
世界に「困難からの回復」を示したい
宇宙船「レジリエンス」の模型を持って会見に望む野口宇宙飛行士。
オンライン記者会見をスクリーンショットで撮影
NASAの会見に続いて、30日午前9時にはJAXAの記者会見が開催された。そこで、現在ヒューストンに滞在している野口聡一宇宙飛行士から、現在の心境などが語られた。
クルードラゴン宇宙船では、「初めて搭乗する宇宙飛行士が宇宙船を命名する」という新たな伝統が作られようとしている。
5月に行われた有人飛行試験「Demo-2」で使われた機体名は「Endeavour(エンデバー)」。これに続いて、Crew-1のチームはみずからが搭乗する宇宙船を「Resilience(レジリエンス:強靭さ、困難から回復する力)」と命名した。
これは、世界が新型コロナウイルスの流行に苦しむ中で宇宙への挑戦を続けることで、「困難からの回復」を身を以て示そうというクルー達の決意のあらわれだという。
Crew-1は、コマンダーで軍人出身のマイケル・ホプキンス宇宙飛行士に加え、同じく軍出身のビクター・グローバー宇宙飛行士はアフリカ系アメリカ人、シャノン・ウォーカー宇宙飛行士は女性で物理学の博士号を持つ科学者出身、そして野口宇宙飛行士は元航空エンジニアで日本から参加と、それぞれバックグラウンドが異なる
野口宇宙飛行士は、Crew-1のチームを多様性のあるチームだと紹介。そして何より、
「この多様性こそが強靭性(レジリエンス)を生む」
と語った。
新型宇宙船の完成を長く待ちながら結束を固めてきたこの強靭なチームは、10月31日、ハロウィンの日の午後、ISSに向かって出発する予定だ。
なお、4名の宇宙飛行士たちは、長期滞在クルーとして約6ヶ月間ISSに滞在することになる。
宇宙船開発競争を制したスペースXの実力は?
Demo-2打ち上げ前のクルードラゴン。今回(Crew-1)は、現地時間の深夜2時すぎの打ち上げとなる。
SPACEX
クルードラゴンは、NASAが民間企業から宇宙飛行士輸送を調達する「コマーシャルクルー計画」の元で開発された新型宇宙船だ。
この開発計画は、2011年にスペースシャトルが退役した後、ISSへの有人輸送手段がロシアのソユーズ宇宙船しか残されていないというリスクを解消するために、2010年のオバマ政権下でスタートした。
さかのぼれば、コスト高のスペースシャトルを退役させ、地球低軌道(高度2000キロメートルまでの領域)への宇宙輸送は民間に移譲し、NASAは月・火星などより遠く、困難な探査を目指すという目標自体は、ブッシュ政権時代から掲げられていたものでもある。
NASAは2014年、ボーイングとスペースXの2社を宇宙船開発企業として選定。
2社は42億ドル(ボーイング、約4435億円)、26億ドル(スペースX、約2745億円)の開発費を受け取って宇宙船を開発し、2024年までに12回、述べ48名の宇宙飛行士をISSに送ることを目標としている。
ただし当初、民間宇宙船の初の有人飛行の目標は、2017年だった。計画は大幅に遅れたのだ。
スペースX側で計画が遅延した要因は、2016年の通信衛星打ち上げ失敗に伴うロケットの設計変更。そして、2019年のクルードラゴンの火災などがある。特に宇宙船の火災事故の痛手は大きく、さらなる大幅な開発遅延が懸念されていた。
だがスペースXは比較的早くこの問題を克服し、2020年1月に新型宇宙船にとって重要な機能である飛行中断機能の試験に成功。同年5月には、NASAのボブ・ベンケン宇宙飛行士とダグ・ハーリー宇宙飛行士が搭乗して有人飛行試験「Demo-2」を実施し、クルードラゴンは民間開発の宇宙船として初めて、人を乗せて国際宇宙ステーションへ飛行する能力を証明した。
Demo-2打ち上げ時、クルードラゴン宇宙船を搭載した状態でロールアウトしたFalcon 9ロケット。
NASA/Bill Ingalls
こうして、宇宙船開発では30年来の経験を持つボーイングが足踏みする中で、設立から18年の新興企業スペースXが宇宙船開発競争で先駆けとなったのだ。
失敗や開発遅延を経験しながらも宇宙船開発を成功させたスペースXという企業の力について、野口聡一宇宙飛行士は、著書『宇宙に行くことは地球を知ること』(野口聡一・矢野顕子著 光文社新書)で次のように評価している。
「レジリエントな組織、つまり変化に対応して適応する強靭な組織」
また、
「トラブルの原因をピンポイントに突き止めるエンジニアリングセンスは、実際にハードウェアを作って打ち上げることで培われるもの」(同書より)
と、衛星打ち上げロケットFalcon9、ISSへの物資輸送を担ったドラゴン輸送船を高頻度で打ち上げ、運用してきた経験が、すぐに有人宇宙船の開発現場でも活かされる組織になっているとみている。
2021年までに7回の打ち上げ。春には、JAXA星出宇宙飛行士も
野口宇宙飛行士によれば、クルードラゴンの船内は中継で見えない部分まで含めすべてデザインが統一されているという。
SPACEX
Crew-1以降、クルードラゴンは定期的にISSへ宇宙飛行士を送る任務を本格的に開始する。
宇宙船に搭乗できる宇宙飛行士の人数がソユーズの最大3名から、4名に増える(クルードラゴンの搭載能力は最大7名)ことで、ISSで科学実験を行う能力が高まることが期待される。
日本時間9月30日未明に行われたNASAの会見によれば、クルードラゴンは現在、NASAによる宇宙船としての認証の最終段階に入っているという。
今後、2021年いっぱいまでに、スペースXは7回のドラゴン宇宙船の飛行を予定。
今回のCrew-1に続いて、2021年春ごろにはJAXAの星出彰彦宇宙飛行士が搭乗するCrew-2、2021年秋ごろに同じく有人飛行のCrew-3が計画されている。
残り4回の打ち上げは、無人で行なわれ、ISSへの物資輸送を担う予定だ。
クルードラゴン飛行中は、スペースXの宇宙船内からの映像中継も予定されているという。野口宇宙飛行士も日本語でレポーター役を務めると意欲を持っている。
SPACEX
スペースXによる民間宇宙船による商業飛行が実現しようとしているとはいえ、ソユーズしか頼れる宇宙船がない状態を長く経験した状況を考えると、アメリカ国内で開発できた宇宙船がクルードラゴンだけという状態にもリスクを感じる側面はある。
足踏みを続けているボーイングは、宇宙船開発を断念したわけではなく、2021年6月以降に有人飛行試験を実施する計画だ。
スペースXとボーイングが交互にうまく宇宙飛行士輸送を担うという、コマーシャルクルー計画が目指した状態を達成するには、まだ少し時間がかかりそうだ。
また、もともとのNASAの構想では民間宇宙船が低軌道までの打ち上げを担い、月や火星などその先の探査についてはNASAが主導して開発するSLS(Space Launch System)が担うことになっていた。
月探査「アルテミス計画」や新宇宙探査拠点「ゲートウェイ」構築といったNASA肝いりの宇宙開発事業において主力となるはずのSLSだが、初打ち上げは2021年までずれ込み、前NASA長官の開発中止を示唆する発言が報道されている状況だ。
スペースXだけでなく、その先の宇宙計画の担い手も、レジリエントに力を発揮していくことができるのか。
この先の宇宙開発の進展に向けて、多くの壁があることを認識しながら、コマーシャルクルーの第一歩となる打ち上げを見守る必要があるだろう。
(文・秋山文野)