CJ ENMが製作したドラマの例。(左上:『愛の不時着』左下:『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』中央:『ミスター・サンシャイン』右上:『サイコだけど大丈夫』右下:『ザ・キング:永遠の君主』)
画像:CJ ENMのサイトより引用
『愛の不時着』『梨泰院クラス』に関する解説記事が30万人以上に読まれた人気ブログ「One more Korea」の運営者でもある、韓国在住のブロガーMisaさんが「韓国ドラマの強さの理由」をシリーズ形式で解説。今回は、「韓国ドラマが、視聴者との対話を繰り返しながら、クオリティをアップデートし続けてきた歴史」について。
韓国では2011年以降、多チャンネルの時代になり、非地上波の総合編成・ケーブルチャンネルがドラマ制作に力を入れるようになりました。その中でも、総合エンタメ企業「CJ E&M(現・CJ ENM)」が果たした、クオリティの高いドラマ作りへの取り組みと、その中での現場の作り手たちによる挑戦について、深堀りしていきます。
CJ ENMとは:韓国のサムスングループから分離・独立した「CJグループ」の総合エンターテインメント企業。ケーブルテレビ「tvN」、音楽チャンネル「Mnet」を抱える他、ドラマ制作会社「スタジオドラゴン」の親会社でもある。
1. 地上波から優秀なプロデューサーを引き抜く
2011年以降、ケーブルドラマの発展を牽引したCJ E&Mが、海外にも輸出できる良質なドラマ作りのためにまず取り組んだのが優秀な人材の確保です。
地上波より制作費が確保しやすいなど、作り手にとっても魅力的な環境であることと、親会社の資金力を武器に、地上波から優秀なPD(プロデューサー)を次々と引き抜きます。
この当時、地上波から移籍したPDのインタビューなどを見ると、地上波ではすでに、良い作品を作るために新しいチャレンジをすることが難しくなっていたことがうかがえます。そんな環境に、違和感を感じていた人気PDたちにとって、ケーブル局の新しい環境と、地上波よりかなり高い額を提示されたと言われる報酬は魅力的だったでしょう。
その後、『梨泰院クラス』を放映したことで知られるケーブルテレビ局、JTBCも同じように引き抜きを積極的に行い、tvNと共にケーブルドラマの時代を作り上げていきます。
実はこの時、地上波、特に公共放送のKBSからケーブル局に移籍したPDたちが、今のヒットドラマを作り上げていると言っても過言ではありません。
ヒット作を生み出したこの4人のPDは、実はKBS同期。
提供:筆者
また、CJ E&Mは、2017年にO'PEN というドラマ・映画の新人作家を発掘、育成してデビューまでをサポートする事業も開始。2020年までに130億ウォン(約12億円)を投資する、と発表しました。
当時、CJ E&Mの代表を務めていたキム・ソンス氏は、のちのインタビューで「良いコンテンツを作るために良い人を集めて、良い環境とインフラを作ることが最も重要である」と話していて、目の前の作品への投資だけではなく「中長期的に良いコンテンツを生み続けられる仕組み」に投資を行っていたことがわかります。
2. “恋愛要素ナシ”常識を打ち破ったドラマ『ミセン』
この時期を象徴する作品が、2014年にtvNで放送された『ミセン』です。
それまで中心だった恋愛要素がほとんどない社会派ドラマとして、当時としてはとても斬新で、社会現象を巻き起こしました。
動画:Cinemart Channel
私のような、往年の韓国ドラマ好きにとっても『ミセン』は韓国ドラマの新たな時代の幕開けという印象を受けた作品だったと言えるでしょう。
原作漫画を執筆したユン作家は、制作発表会でこの作品が地上波ではなくケーブル局(tvN)で制作することになった裏話を話しています。
地上波の担当者との会話の第一声は「ラブラインが無いのならダメだ」だったそう。
作家は「内容にラブラインを入れてしまうと、話が変わってしまう。ラブラインはあっても雰囲気程度」と考えていましたが、地上波でそれは受け入れられなかったのです。
一方で、実際に制作したキム・ウォンソクPDは、「作家の意向を尊重する」と約束をしてくれたので、tvNでの制作となったのです。
実は、キム・ウォンソクPD自身も、元々は地上波・KBSの出身。2011年からCJ E&Mに移籍しています。
地上波で制作をしてきたPDたちが、これまでの当たり前を崩し新しいチャレンジをしようという努力が、この時代に新しいドラマの形を生み出していったことがよくわかるエピソードです。
『미생(ミセン)』(tvN/HPより):写真左がキムPD
3. 知名度のない俳優もキャスティング。より良い作品への挑戦
こうして、この頃、医療・刑事といった職業モノや、恋愛要素の無い社会派ドラマ、そしてファンタジーまでジャンルの多様化が一気に進みました。
また、現在ドラマのPDとして韓国で最も支持を集めるシン・ウォンホPD(『応答せよシリーズ』『刑務所のルールブック』『賢い医師生活』など)もこの時、KBSから移籍しています。
このシン・ウォンホPDもまた、常に視聴者を見ながら、新しいチャレンジを続ける革新的なPDです。
KBS時代は、実はバラエティ担当だったシンPD。ドラマ制作は移籍後の『応答せよ1997』が初めてでしたが、新しい感覚でそれまでのドラマ制作の常識を覆す取り組みを行います。
シンPDは「ドラマには人気俳優が必須」という概念を覆し、知名度のない俳優を次々とキャスティングしました。映画や演劇などで知名度はなくても、演技力のある俳優を発掘し、ぴったりな配役を与えてその魅力を引き出したのです。
そのため、シンPDのドラマに出演したのをきっかけにスターになった俳優が数多くいます。
『応答せよ』シリーズの出演者は、このドラマがきっかけで一気にスターに。
『응답하라1988(応答せよ1988)』(tvN/HPより)
このように、作り手が、作品の力と視聴者が新しい変化を受け入れる目があると信じること。
そんな姿勢で、前例にとらわれずより良い作品を追求する作り手たちのチャレンジが、それまでになかった新しいスタイルのドラマをどんどん生み出していきます。
一方、地上波もこれに刺激を受け、2016年頃までは地上波でも『シークレットガーデン』『太陽の末裔』など、ヒットドラマが生まれていきます。
しかし、2016年にtvNで『トッケビ』がヒットした以降ぐらいからは、圧倒的に「ドラマはケーブル・総合編成局(主にtvN、JTBC)が面白い」という認識が確立していきました。
4. 作品の進化を支える韓国視聴者の批評文化
アカデミー作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』。授賞式でポン・ジュノ監督は「率直な意見をくれる韓国の観客たちに感謝したい」と述べた。
画像:Getty Images
ここで、韓国ドラマの進化に重要な役割を果たしている、韓国の視聴者による批評文化にも触れておきましょう。2011年以降、それまでの常識を打ち破る新しい作品が次々と生まれていきました。
しかし、いくら優秀な作り手を集めても、時代とともに移り変わる視聴者のニーズをとらえた作品を生み出し続けるのは、容易ではありません。
ドラマには「このパターンがヒットする」という永遠の法則は存在しないため、面白い作品を作るためには「いかに変わりゆく視聴者のニーズを敏感に捉えられるか?」が重要となります。
2020年のアカデミー賞授賞式でも『パラサイト』のポン・ジュノ監督が「躊躇せずに、率直な意見をくれる韓国の観客たち、映画ファンに感謝したい」と述べていましたが、これは、そのままドラマでも同じことが言えます。
日本人の3倍も映画を見ると言われる、作品を観る目に肥えた韓国の視聴者の指摘は、容赦がありません。単に「面白い、面白くない」といった感想だけではなく、役者の演技・脚本・演出の細部にわたって分析し、具体的な指摘を行います。
ここには、「ファンだからこそ厳しい意見を言う」という韓国のファン文化がよく現れています。この視聴者の活発な批評文化が、良い作品作りを支えていると言っても過言ではありません。
NAVERの番組別視聴者掲示板では、リアルタイムで視聴者の反応を知ることができる。ブログやYouTubeでの作品分析も盛ん。
画像:ⓒ NAVER Corp.
また、作り手たちも、これら視聴者の声を非常に良く分析しながら作品作りに活かしていることがドラマの制作発表会やインタビューからうかがえます。
ドラマの重要な要素である脚本や役者の演技が、視聴者を唸らせるレベルであるのも、こうした厳しい視聴者の目にさらされながら努力を積み重ねてきた結果。
一方、作り手側も、ドラマのクリップ映像や予告編はもちろん、メイキングやインタビュー動画、制作発表会の様子など「作る過程」や「作り手の想い」まで積極的に発信しています。
視聴者の「もっと面白い作品を観たい」という高い期待と「視聴者の期待を超える作品を作りたい」という作り手側のあくなきチャレンジ。両者が常に、相互に刺激し合うことで、作品の品質がどんどん高まっていく仕組みがあることが、韓国ドラマが面白い理由であり、強さの本質だと私は考えます。
4作品の進化を支える韓国視聴者の批評文化品が生まれる理由について、日本ではどうしてもネットフリックスや制作スタジオなど、ここ数年で生まれた新しい仕組みが注目されがちです。
しかし、それらの変化は、どちらかというと、作品を届ける流通のしくみやビジネスモデルの進化という側面が大きいと私は考えます。面白い作品が生まれる仕組み自体は、特にここ10年のCJ ENMを中心としたドラマ制作環境への投資、そして現場の作り手たちが常に視聴者と向き合いながら、進化したドラマを作るために行ってきた挑戦によって築き上げられてきたものなのです。
次回は、ネットフリックスなどの動画配信サービス登場以降の韓国ドラマのさらなる進化について深堀していきたいと思います。
(文・Misa)
“One more Korea”より転載(2020年9月21日の記事)