『愛の不時着』はなぜ生まれたか。Netflixが韓国ドラマに与えた役割

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画像:Netflix『愛の不時着』

『愛の不時着』『梨泰院クラス』に関する解説記事が30万人以上に読まれた人気ブログ「One more Korea」の著者でもある、韓国在住のブロガーMisaさんがシリーズ形式で解説する「韓国ドラマの強さの理由」。

今回は、2016年以降のネットフリックスなどの動画配信サービス(OTT)が、韓国ドラマにどのような進化をもたらしたのか?について深堀りしていきます。

韓国でNetflixの加入者は300万人を突破

ネットフリックス

KTのIPTVに加入している筆者自宅のテレビ。先月からメニューにネットフリックスへの導線が追加された。一度ログインしておけば、次からは気軽に大画面で楽しめる。

提供:筆者

2011年頃のケーブルドラマの発展に続き、韓国ドラマの制作やビジネスモデルに影響を与えたのが、2018年頃からのネットフリックス の台頭です。


ネットフリックス が韓国を含む世界130カ国に進出したのは、2016年。

進出した当初は、韓国での加入者は6万人程度。この時点ですでに韓国では、IPTVやケーブルTVなどの有料放送の普及率が90%を超えており、それらのサービスで映画やドラマのコンテンツを楽しむことができたため、ネットフリックスの普及は難しいと思われました。

しかし、オリジナルコンテンツの制作に力を入れたり、中小のIPTV事業者との連携を行うことで、ネットフリックスは少しずつ加入者を増やしていきます。

『キングダム』などのオリジナルコンテンツが人気を得ていく中で、大手IPTV事業者側にも交渉力を持つようになったネットフリックスは、ついに2018年にLGテレコムと連携し、2019年に121万人まで加入者を大幅に伸ばします。

コロナ禍のStayHomeも追い風となり、2020年4月には328万人まで急増。2020年8月にはついにIPTV加入者1位のKTとも連携を果たしました。

韓国初のドラマ制作スタジオの誕生(2016年)

ネットフリックスが韓国に進出したのと同じ2016年には、韓国初のドラマ制作スタジオ「スタジオドラゴン」が誕生します。多くのケーブルドラマをヒットさせてきた総合エンタメ企業CJ E&M(現 CJ ENM)が、ドラマ部門を会社として独立させたものです。

スタジオドラゴンが、これまでのドラマの制作会社と異なるのは、制作だけでなくドラマの企画・制作・販売・流通まですべてを行うこと(韓国では、制作会社と区別して「制作スタジオ」と呼ばれることが多いので、ここでもそう呼びたいと思います)。

スタジオドラゴンの特徴

提供:筆者

このような、今までにない形の制作スタジオが誕生した背景には、それまでのドラマ制作会社を取り巻く厳しい環境がありました。

2015年時点で、ドラマの制作会社は500社を超えており、厳しい競争の中で常に苦しい経営を強いられていました。

制作会社の多くは、元々テレビ局のPDだった人が独立して立ち上げた会社でしたが、良い作品を作るということと、海外を含めて資金を集めたり、流通させたりすることは全く別のスキルであり、この両方をバランスよく行える制作会社はほとんどなかったのです。

また、作品作りに関しても、限られた制作スタッフで「安定的にヒット作を生み出す」ということは難しく、常に経営は不安定にならざるを得ませんでした。

こうした制作会社の状況と、その当時、少しずつはじまっていた世界のOTTサービスの拡大を見据えて、CJ E&Mはこのような制作スタジオ形式の会社を設立したわけです。

これは何より、資金力のあるCJ E&Mだったから実現できたこと。

国内のチャネルも確保しつつ、海外販売も含めて収益計画を立て、中長期的な投資も行う。これはとても中小の制作会社には実現できない事です。

スタジオドラゴンは、このような制作会社や人気の脚本家などを豊富な資金力で次々と傘下に収め、年間制作本数が30本を超える国内最大の制作力を持ったスタジオとして台頭していきます。

なお、スタジオドラゴンの場合、実際の制作自体は、買収した子会社の制作会社が行っていたり共同制作という形を取っていることが多く、どちらかと言うと制作そのものというより、企画の部分や、流通の部分に強みがあると言えます。

その後、スタジオドラゴンの成功をモデルに、『梨泰院クラス』を放映したケーブルテレビ局・JTBCからもJTBCスタジオ、『ザ・キング:永遠の君主』で知られるテレビ局・SBSからもスタジオSという制作スタジオが誕生していきます。

Netflixと制作スタジオの提携(2019年)

梨泰院クラス

出典:『梨泰院クラス』JTBC/HPより

ネットフリックスと制作スタジオは、2019年、ついにタッグを組みます。

国内のドラマを牽引していたtvNのほとんどの作品を提供するスタジオドラゴンと、tvNとしのぎを削るJTBCのドラマの企画・投資を行うジェイコンテンツリーがそれぞれ同じタイミングで、ほぼ同じような契約をネットフリックスと締結。

ジェイコンテンツリー:『SKYキャッスル』『梨泰院クラス』『夫婦の世界』などの企画・流通などを行っている。韓国国内では2020年前半にヒット作を連発したため注目を浴びた。

ネットフリックスとスタジオドラゴンの提携

提供:筆者

新規に共同制作する作品については、ネットフリックスに大規模な制作費をもらうことで、海外での独占的な配信権を譲渡。こうして、世界的に韓国ドラマのファンを作りながら、既存のコンテンツを複数のOTTに対して販売するという形で海外輸出を加速させていきました。

このような制作スタジオの新しい取り組みは、以下の観点でドラマ制作に変革をもたらしたと言えるでしょう。

・OTTや放送局に対して交渉力を持ち、これまでとは規模の違う制作費を得ることに成功したこと

・作り手が、制作に集中できる環境を整えたこと

・制作したものが安定的に流通される仕組みを整えたこと

良い作品を作るための環境と、作り続けられるためのビジネスモデルの確立

Netflix × テレビ放送の新たな視聴スタイル

こうした本格的なネットフリックスと制作スタジオとの連携は、ドラマの視聴スタイルにも新たな変化をもたらします。

それは、テレビ放送×ネットフリックスの連動による視聴機会の最大化です。

2016年に韓国に進出した当初は、ネットフリックスとテレビ放送は日本と同じようにまったく別々のものでした。

しかし、2018年頃から「Netflixオリジナル」というブランド名の作品が増えるにつれ、「テレビ放送後、約1時間程度でネットフリックスでも同時に配信する」というテレビ放送との連動スタイルが定着し、今では大半の新作ドラマがこの形で提供されています。すべてではありませんが、特にヒット作を次々と生み出しているtvNとJTBCの作品の多くはこの形です。

こちらは、日本でも大人気となった『愛の不時着』の視聴率の推移を表したものです。

グラフ

NAVER掲載の『愛の不時着』視聴率データより(ニールセンコリア提供:全国基準の視聴率)

「ストーリーが1話ずつ積みあがっていく」というドラマの特性上「途中から視聴者が増えていく」というのは、これまでも見逃し視聴やVODなどの環境がありながらも、なかなか難しいことでした。しかし、ネットフリックスでの同時配信により、最近のヒット作では、初回の視聴率と最高視聴率が15%以上跳ね上がるという「エビぞり現象」が起こるようになりました。

まず、新作ドラマをリアルタイム視聴するドラマファンを唸らせ、「他の人にオススメしたい」と思わせることができれば、その後途中からでも視聴者が増えていく、ということが十分に可能になってきているのです。

視聴のタイミングと視聴のスタイルをテレビ局が決定し、それに視聴者が合わせていた時代から、「いつどこで何を見るか?」は完全に視聴者が選べるようになったことで、作品の選択基準は「面白いかどうか」というシンプルなものになりつつあります。

ヒット作を出し続けることの難しさ

このように、ネットフリックスと制作スタジオの登場により、良い作品を作るための環境と、流通させるビジネスモデルは大きく進化したと言えます。

しかし、特定の作り手が、ヒット作を出し続けることは容易ではありません。

ヒット作制作会社

提供:筆者

このように、視聴率を基準に、ここ1年ぐらいの韓国でのヒット作を見てみると、様々な制作会社がしのぎを削っています。

韓国では、ドラマのトレンド自体が常に移り変わり、視聴者の見る目もどんどん厳しくなるため、特定の作り手が”ヒットメーカー”として君臨し続けるのは容易ではありません。

国内でヒットしなくても大丈夫?

一方で、制作スタジオを中心としたドラマの海外販売が拡大するにつれて、ビジネスの観点で見ると必ずしも、国内でヒットする作品だけが成功というわけではないこともわかってきています。

ネットフリックスでの配信においては「韓国でヒットしなかった作品が、海外では人気になる」というケースも多く見られるようになりました。

「ザ・キング:永遠の君主」は韓国では評価が低かったが、むしろ海外で人気に。

動画:Netflix Japan

『アスダル年代記』『サンガプ屋台』なども、韓国での視聴率に比べ、海外人気のほうが高かった作品です。

最新作の場合、制作スタジオとしては、放送局とネットフリックスでの同時提供を通じて制作費は回収できますし、国内での視聴率が悪くても海外で人気が高ければ、作品の周辺の売上(OSTなど)や過去作品の販売価格の上昇など、ビジネス全体で見ればプラスを生むことも可能になります。

このように、今後は、視聴者も販売方法も多様化している現在では、ヒットやビジネス的な成功の定義も変わってきていると言えます。

韓国産動画配信サービスは広まるか?(2020年~)

ネットフリックスの台頭と、制作スタジオの誕生によるここ2年ぐらいの変化について説明してきましたが、韓国ではすでに次なる変革の動きが始まっています。

次々生まれる韓国産OTTの動き

ネットフリックスの飛躍を受けて、韓国産のOTTサービスの動きも活発です。

『愛の不時着』を放映したケーブルテレビ局・tvNと『梨泰院クラス』を放映したケーブルテレビ局・JTBCは、ネットフリックスに作品を配信する一方で、2社でタッグを組んでTVINGという国内OTTサービスも運営しています。

携帯スクリーンショット

TVINGアプリのVODページ。tvNとJTBCの作品が並ぶ。(月額見放題、1話ずつなどで価格が異なる)

提供:筆者

また、地上波3局とSKテレコム傘下oksusuが運営するWavve(ウェーブ)というOTTサービスもあります。

これまで、オリジナルコンテンツがない事でネットフリックスに水をあけられていました。しかし、今後は2023年までにオリジナルコンテンツに3000億ウォン(270億円)を投資すると発表し、現在、オリジナルドラマ『アリス』がSBSで放送されています。

視聴者の立場では、これら国内産のOTTは、まだ1話ごとの販売が多かったり、同時にネットフリックスでも見られるものが多いため、あえて加入するメリットを見いだせていないのが正直なところ。

しかしネットフリックスの勢いがすごいだけに、最近は韓国国内でも「国内のOTTを育てなければ」「政府も国内OTTの育成をサポートすべきだ」といった論調の記事もよく目にし、今後さらなる戦略が打ち出される可能性が大いにあります。

これら国産のOTTのサービスは、現在は韓国国内がメイン。しかし、国内だけでは利用者が限られているため、当然韓国コンテンツの人気が高い、アジア進出を考えるでしょう。

実際に、WATCHAという韓国のOTTサービスが、今月16日から月額課金型のサービスを日本でも開始しています。

WATCHAは2015年から映画のレビューサイトを日本で運営していましたが、そこで5年間溜めたデータをもとに、日本の映画ファンの嗜好に合わせたレコメンドサービスを行うそうです。

今後、オリジナルコンテンツに力を入れ始めているWavveも同じような動きに出てくるのではないでしょうか。最新の韓国ドラマを配信する韓国産OTTが、直接日本でサービスを開始することになれば、日本のプラットフォームにも影響があるでしょう。

韓国最大のSNS発「カカオTV」の挑戦

一方で、コンテンツ自体の新しい形も生まれつつあります。

2020年9月、韓国最大のSNSサービスとして利用者5000万人という圧倒的に人口をカバーしているKakao(カカオ)が、オリジナル制作したドラマ・芸能・映画などを配信するカカオTVチャンネルをスタートさせました。

これまでもKakaoページというウェブ小説・漫画のプラットフォームや、MelOnという音楽配信サービスも展開していましたが、ついにオリジナルの映像制作と配信にも乗り出したのです。

現時点では、広告を見れば動画視聴は無料で、プロが制作するモバイルに最適化された20分前後の作品が中心という形でYouTubeとネットフリックスの間のようなポジションを取っています。

カカオTV

カカオトークのアプリからすぐにアクセス可能。1話20分ほどのドラマも無料で視聴できる

提供:筆者

このような形のコンテンツが本当に普及していくのか……と今の段階では思いますが、注目すべきは、カカオTVのコンテンツを制作するカカオMの代表を務める人物が、なんと『愛の不時着』放映などで知られるtvNをドラマ王国に育て上げた時代にCJ E&Mの代表を務めていたキム・ソンス氏であること

「もはやTVだけに固執する必要がない」「デジタルプラットフォームでコンテンツ事業を展開してみたい」ということで、2019年からカカオMに移籍をしています。

キム代表が移籍して、まず力を入れているのは人材集め。tvNのコンテンツを強化するために、地上波から人気PDを引き抜いたように、カカオMにも地上波からPDを迎え入れています。また、俳優マネジメント会社7社、映画会社2社、ドラマ制作会社4社などを買収しています。

10年前に、今のケーブルドラマの基礎を作った人物が仕掛ける新サービスということで、目が離せません。

なお、カカオMの戦略の一つが、芸能人(俳優・歌手・タレント)のデジタルIPを保有・活用すること。直接、芸能人のマネジメントも行い、スターたちが直接運営するデジタルチャンネルを開設・運営する計画も掲げています。

実は、この動きはカカオM以外でも見られます。芸能事務所が作家やPD/監督を迎え入れ、自らドラマや映画製作に乗り出すケースが出てきていて、チュ・ジフンやウ・ドファンなどが所属する芸能事務所、キーイーストは『ハイエナ』や『サイコパスダイアリー』などの制作に参加。Netflixオリジナル作品として公開中の『保健教師アン・ウニョン』の制作にも参加しています。

芸能人の権利を保有する会社がコンテンツ制作に乗り出すことで、今後、今までにない形のコンテンツが生まれる可能性もあるのではないでしょうか。

(文・Misa

One more Korea”より転載(2020年9月22日の記事)


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