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加藤官房長官、過去の政府見解と異なる説明。日本学術会議の任命拒否で(詳報)

加藤勝信官房長官は「首相が会員の人事等を通じて一定の監督権を行使するっていうことは法律上可能」「直ちに学問の自由の侵害ということにはつながらないと考えている」と述べたが…。

加藤勝信官房長官は「首相が会員の人事等を通じて一定の監督権を行使するっていうことは法律上可能」「直ちに学問の自由の侵害ということにはつながらないと考えている」と述べたが…。

REUTERS、Business Insider Japan

国の特別機関「日本学術会議」が新会員として推薦した6人の研究者について、菅義偉首相が任命を拒否していた。日本学術会議の推薦者を首相が会員に任命しなかったのは、現行制度では初めて。この問題は10月1日に「しんぶん赤旗」が報じ、他の報道機関も相次いで伝えた。

任命拒否の理由について、加藤勝信官房長官は「首相が会員の人事等を通じて一定の監督権を行使するっていうことは法律上可能」と述べたが、中曽根政権下(1983年)では政府高官が「実質的に首相の任命で会員の任命を左右するということは考えていない」と国会で答弁。従来の政府見解と齟齬が生じる事態となっている。

日本学術会議とは? 菅首相が任命しなかった6人とは?

東京・六本木にある日本学術会議。

東京・六本木にある日本学術会議。

撮影:吉川慧

共同通信によると、菅首相が任命を拒否したのは以下の6人だ。

  • 松宮孝明・立命館大教授
  • 小沢隆一・東京慈恵医大教授
  • 岡田正則・早稲田大教授
  • 宇野重規・東京大教授
  • 加藤陽子・東京大教授
  • 芦名定道・京都大教授

過去に政府が推し進めた安全保障関連法や特定秘密保護法などに反対を表明した研究者が含まれていることから、政府による恣意的な人事介入ではないかと批判が出ている。

日本学術会議は1949年設立。人文・社会科学、生命科学、理学・工学の全分野の科学者を内外に対して代表し、210人の会員で構成される。

科学の向上・発展をはかり、行政・産業・国民生活に科学を反映・浸透させることを目的とする。政府へ政策提言や答申・勧告も出すことから、科学技術行政にも大きな影響力を持っている。

会員の任期は6年で、3年毎に半数が改選される。「しんぶん赤旗」によると、日本学術会議は8月31日に推薦者105人の名簿を内閣府に提出した。

ところが、新しい学術会議が発足する総会直前の9月28日夜、内閣府は任命しない理由を明かすことなく6人の研究者を推薦名簿から外したという。

加藤官房長官「会員人事で一定の監督権行使は法律上可能」

加藤勝信官房長官。

加藤勝信官房長官。

REUTERS/KIM KYUNG HOON

政府はなぜ日本学術会議が推薦した6人の任命を拒否したのか。

そもそも、日本学術会議の会員については「日本学術会議法」で以下のように定められている。

  • 【17条】日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。
  • 【7条-2】第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。

政府のスポークスマンである加藤官房長官は1日の記者会見で報道陣から「学問の自由の侵害にあたるのでは」と指摘され、問題への認識を問われた。

これに対し、加藤氏は「コメントは差し控える」とした上で、「内閣総理大臣の所轄であり、会員の人事等を通じて一定の監督権を行使するっていうことは法律上可能」との見解を述べた。

ところが、この加藤官房長官の発言は、過去の政府見解とは齟齬が生じる内容だった。

1983年、政府高官が「首相は会員の任命を左右しない」と国会答弁

中曽根康弘元首相。

中曽根康弘元首相。

REUTERS/TOSHIYUKI AIZAWA

話は1983年5月12日の参院・文教委員会にさかのぼる。

この国会では、日本学術会議法の改正案が審議されていた。時の中曽根康弘内閣は、それまで選挙で選ばれていた日本学術会議の会員を「推薦制」とし、推薦された者を首相が任命する方式に変更しようと法改正をすすめた。

この時、日本社会党など野党は「政府からの独立性が失われるのでは」と懸念を指摘した。

これに対し、当時の手塚康夫・内閣官房総務審議官は「実質的に首相の任命で会員の任命を左右するということは考えていない」と否定していた。

私どもは、実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません。

確かに誤解を受けるのは、推薦制という言葉とそれから総理大臣の任命という言葉は結びついているものですから、中身をなかなか御理解できない方は、何か多数推薦されたうちから総理大臣がいい人を選ぶのじゃないか、そういう印象を与えているのじゃないかという感じが最近私もしてまいったのですが、仕組みをよく見ていただけばわかりますように、研連から出していただくのはちょうど二百十名ぴったりを出していただくということにしているわけでございます。

それでそれを私の方に上げてまいりましたら、それを形式的に任命行為を行う。この点は、従来の場合には選挙によっていたために任命というのが必要がなかったのですが、こういう形の場合には形式的にはやむを得ません。そういうことで任命制を置いておりますが、これが実質的なものだというふうには私ども理解しておりません
手塚康夫・内閣官房総務審議官——参院・文教委員会/1983年5月12日

さらに手塚氏は、首相による「形式的な任命」について、日本学術会議の会員が特別職の国家公務員にあたるため、法律上「任命」が必要だとし、あくまで首相による任命は「付随的な行為」に過ぎないと説明している。

国家公務員になるかどうかというのが学術会議が最初にできたとき問題になったようでございますが、そのときに、国家公務員である、しかもそれは特別職ということで人事院も判断しているところでございます。

その中で、国公法の中で、就任について選挙によることを必要とする職員ということで、この場合にはそのままでいわば特別職になるということで、実際には任命行為を行っていない。ただ、今度のような形になりますと、それで読むことはもちろんできませんし、いま参事官からも申しましたように、付随的な行為として形式的な任命を行わざるを得ないということでございます。
手塚康夫・内閣官房総務審議官——参院・文教委員会/1983年5月12日

「形式的な発令行為」「内閣法制局でも詰めた」とも

出典:第98回国会、参議院・文教委員会第8号/昭和58年5月12日

出典:第98回国会、参議院・文教委員会第8号/昭和58年5月12日

撮影:吉川慧

改正法案の内容を説明した高岡完治・内閣官房参事官も、推薦者を「そのとおり内閣総理大臣が形式的な発令行為を行う」と解釈していると述べ、この点は内閣法制局でも「十分詰めた」と説明している。

ただいま御審議いただいております法案の第七条第二項の規定に基づきまして内閣総理大臣が形式的な任命行為を行うということになるわけでございますが、この条文を読み上げますと、「会員は、第二十二条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣がこれを任命する。」

こういう表現になっておりまして、ただいま総務審議官の方からお答え申し上げておりますように、二百十人の会員が研連から推薦されてまいりまして、それをそのとおり内閣総理大臣が形式的な発令行為を行うというふうにこの条文を私どもは解釈をしておるところでございます。

この点につきましては、内閣法制局におきます法律案の審査のときにおきまして十分その点は詰めたところでございます。
高岡完治・内閣官房参事官——参院・文教委員会/1983年5月12日


今回の改正法案のこの制度の改正は、内閣総理大臣の任命制をとるということが目的では毛頭ございません。選挙制を推薦制に変えるというのが今回の改正法案の骨子でございます。
高岡完治・内閣官房参事官——参院・文教委員会/1983年5月12日

中曽根首相も「形式的任命にすぎない」と答弁していた

当時の中曽根康弘首相の国会答弁の議事録(出典:第98回国会、参議院・文教委員会第8号/昭和58年5月12日)

当時の中曽根康弘首相の国会答弁の議事録(出典:第98回国会、参議院・文教委員会第8号/昭和58年5月12日)

撮影:吉川慧

さらに、当時の中曽根康弘首相も、

「政府の行為は形式的行為」
「学会、学術集団からの推薦に基づいて行われるので、政府が行うのは形式的任命にすぎない」「実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもの」
「学問の自由独立というものはあくまで保障される」

と答弁している。

これは、学会やらあるいは学術集団から推薦に基づいて行われるので、政府が行うのは形式的任命にすぎません。したがって、実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。
中曽根康弘首相———参院・文教委員会/1983年5月12日

こうした国会での議論を踏まえて、参院・文教委員会では、

  • 「会員の部別・専門別定員、推薦等に関して政令を定めるに当たっては、日本学術会議の自主性尊重を基本として十分協議すること」
  • 「内閣総理大臣が会員の任命をする際には、日本学術会議側の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うこと」

などを記した附帯決議が可決されている

加藤陽子氏「決定の経緯を知りたい」

菅首相は、なぜ日本学術会議の推薦者の会員任命を拒否するという決定を下したのか。任命拒否を決めた合理的な理由とプロセスもあわせて公表されるべきだろう。

日本近現代史研究の第一人者であり、日本学術会議の会員の任命を拒否された6人のうちの一人である加藤陽子・東大教授は、毎日新聞へのコメントの中でこう述べている。

「今、多くのメディアは、任命されなかった私たち6人に『なぜ任命されなかったのか』を尋ねている。(中略)しかし、『なぜ任命されなかったと考えているか』を被推薦者に尋ねる思考回路は本末転倒でもある。首相が学術会議の推薦名簿の一部を拒否するという、前例のない決定をなぜしたのか、それを問題にすべきだ。この決定の背景を説明できる協議文書や決裁文書は存在するのだろうか」

「私は学問の自由という観点からだけでなく、この決定の経緯を知りたい」

「官邸が従来通りに、推薦された会員をそのまま承認しようとしていたにもかかわらず、もし仮に、最終盤の確認段階で止めた政治的な主体がいるのだとすれば、それは『任命』に関しての裁量権の範囲を超えた対応である。念のため、付言しておく」
毎日新聞/2020年10月1日

(文・吉川慧

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