長野県北部の北アルプス山麓に位置し、美しく雄大な山々の眺望を満喫できる白馬村。冬はスキーやスノーボード、夏は登山やトレッキングと大自然を活かしたアクティビティーが楽しめる日本有数のリゾート地は、現在、“サーキュラーエコノミー”と“テレワーク”を結びつけた取り組みを進めている。その背景や狙い、今後のビジョンなどを取材した。
日本有数のリゾート地が抱えていた危機感とは?
1998年長野冬季五輪の会場でもあり、白馬と言えばウインタースポーツというイメージを持つ人は多いだろう。実際、エリア内には10カ所のスキー場があり、“Japow”(Japanとpowder snowを組み合わせた造語)と賞賛されるほど良質なパウダースノーと豊富なコースバリエーションを求め、国内のみならず、世界中からも多くの人々が訪れている。
一方で、この数年は春から秋にかけての“グリーンシーズン”の集客アップにも積極的に取り組んでいる。観光名所や温泉などの豊富な観光資源を活かし、オールシーズンで楽しめる“マウンテンリゾート”化を目指すというものだ。その背景には、ある危機感があったと白馬村観光局の福島洋次郎事務局長は話す。
白馬村観光局の事務局長を務める福島洋次郎氏。前職では白馬東急ホテルで海外営業を担当し、白馬への外国人観光客の誘致に尽力した経歴を持つ。
「近年、外国人観光客数は増加しているものの、日本人を含めた全体の観光客数は減少が続いていました。また、白馬に長年通ってくださるお客様は平均年齢が50~60歳代と高いため、現状のままでは先細りになるのは避けられません。20~30歳代の若いお客様に白馬を認知していただかないと、観光地として終わってしまうという危機感がありました」(福島さん)
そこで、2年ほど前からはテレワークの候補地としてのPR活動も開始した。ただ、テレワークという新しい働き方への注目度がアップするにつれ、全国の様々な自治体も同様の取り組みを始めたことで、ライバルは増加。また、首都圏からのアクセスも約3~4時間と抜群とは言いがたいため、 何か別の特色も打ち出す必要があった。
白馬村だからこそ行き着いた新たな経済モデル
白馬岩岳マウンテンリゾートにはテーブルと電源、Wi-Fiが設置されている。テレカンができるようにとビニールでできた部屋もあった。
そこで着目したのが、持続可能な社会を実現する新たな経済モデルとして世界中で注目が集まっている“サーキュラーエコノミー”だ。
サーキュラーエコノミーは、資源を採掘して生産、消費、廃棄へと至る“リニアエコノミー”や廃棄物の有効活用を探る“リサイクリングエコノミー”とは異なり、そもそも廃棄物を出さない仕組みを構築する経済モデルだ。近年、SDGsを達成する手段として注目が集まっており、今後のビジネスにおいては欠かせないものと見なされている。
もともと白馬村は自然の恵みを主たる観光資源としていることもあり、自然環境保護には意識的だった。
「大きかったのは、雪不足ですね。特に2016年ごろからは、かつては一晩で50〜60センチ降っていた雪が積もらなくなってしまって、危機感が高まったと思います」(福島さん)
2019年9月には、米ニューヨークで「国連気候行動サミット2019」が開催。そこで注目を集めたスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんの行動に触発され、白馬村の高校生有志が気候変動対策を訴える「グローバル気候マーチin白馬」を実施した。白馬村もそれに応えるかたちで、2019年12月に気候非常事態宣言を発表している。
「白馬村以外の人々も巻き込んでこの流れを継続できないかと考えました。行き着いたのが、テレワークとサーキュラーエコノミーを結びつけるというアイデア。白馬の雄大な自然の中に身を置き、自然保護と経済活動の両立のあり方を考えるというコンセプトは、白馬ならではのものになると思いました」(福島さん)
サーキュラーエコノミーの第一人者が集うイベント
具体的な取り組みもすでに始まっている。
2020年9月14日~17日には、サーキュラーエコノミーをテーマにしたカンファレンス「GREEN WORK HAKUBA」が白馬村で開催された。サーキュラーエコノミーへの取り組みをすでに始めていたり、参入を検討している国内企業の担当者約50名が参加。欧州や国内で活躍する専門家によるセミナーやワークショップが行われた。
アムステルダム在住のサーキュラーエコノミー研究家、サスティナブル・ビジネスコンサルタントであるCircular Initiatives&Partners代表の安居昭博氏。これまでに50を超える日系企業や自治体に向けてオランダで視察イベントを開催し、サーキュラーエコノミーを紹介している。この日はオランダでジーンズのサブスクリプションサービスを行う「MUD Jeans」COOとオンラインでつないでインタビューも実施。
1日目と2日目は、専門家によるセミナーが中心のプログラム。Circular Initiatives&Partners代表の安居昭博氏は、サーキュラーエコノミーの概略を改めて説明するとともに、主にヨーロッパでの事例を紹介。一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパン代表理事の中石和良氏は、サーキュラーエコノミーを巡る世界の情勢やビジネスモデルの現状を解説し、ヨーロッパや国内企業の事例を数多く紹介した。
一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパン代表理事の中石和良氏。2018年に一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパンを設立し、企業のサステナビリティ戦略構築やサーキュラーエコノミービジネスモデル構築、商品・サービス企画開発の支援などを行っている。
両氏に共通する認識は「日本の取り組みは遅れている」ということ。ただ、安居氏は自身が居住するオランダと日本のどちらの社会にも長所はあると指摘し、「両国に優劣はつけられない」とも強調。中石氏も、日本でも取り組みを始めている企業はあることに触れて、「横並びで様子見をしていては沈んでしまう。今こそ一歩先に踏み出すべき」と提言。多くの質問が寄せられ、参加者も大きな刺激を受けていた様子だった。
2日目の午後には、実際にサーキュラーエコノミーに取り組む国内企業が活動内容を紹介するピッチを実施。写真のファーメンステーション代表、酒井里奈さんなど、8社の担当者が登壇した。
3日目は、「参加者の所属企業が排出している廃棄物などの無駄をなくすモデルを考える」というテーマで、サーキュラーエコノミーの実践につながるワークショップを実施。屋外ワークスペースを利用したことで参加者の気分が開放的になり、コミュニケーションが活発化。議論も深まって、安居氏や中石氏、白馬村の担当者が高く評価するアイデアも生まれていた。
3日目のワークショップの様子。会場のHAKUBA IWATAKE MOUNTAIN RESORTの敷地内には電源とWiFi完備の屋外ワークスペースがあり、開放的かつリラックスした雰囲気で議論が進んだ。
白馬で生まれたアイデアが全国に広がることを目指す
GREEN WORK HAKUBAで参加者に配られたプログラムと名札ホルダー。プログラムは布製で、終了後は手ぬぐいとして利用可能。また、名札ホルダーはエアバッグの再生素材で制作されている。
今回のGREEN WORK HAKUBAでは、東京や名古屋などから参加者が集まり、サーキュラーエコノミーの現状や実践的な知識を学んだ。大きな特徴の一つは、外部の有識者だけではなく、白馬観光開発の代表や、地元事業者も参加したことだ。地元事業者と参加企業との間でのワークショップでは、共同事業のアイデアも出ていた。
「最終的なゴールとしては、こういったイベントで先進的なアイデアが生まれ、それを地域の事業者が採用して良い循環が始まっていくことだと考えています。また、今後は規模を拡大していって、白馬だけでなく長野県全体、さらには日本全国からも事業者が集まり、サーキュラーエコノミーの知見が共有されていくことを目指しています。そうなってこそ、GREEN WORK HAKUBAは成功したと言えるのだと思います」(福島さん)
2020年7月には、白馬村内に「Snow Peak LAND STATION HAKUBA」がオープン。北アルプスの雄大な山岳風景を眺めながらテレワークが行えるほか、地元生産者による農産物や工芸品、アートなどが揃う週末マルシェも開催され、ワーケーションのハブとなっている。このほか、白馬にはワーケーションに最適なホテルやコワーキングが多数ある。
ヨーロッパのアルプスを思わせる北アルプスの山並みは、スノーシーズンだけでなくグリーンシーズンや紅葉の季節にも雄大な景色を楽しむことができる。
福島さんによると、GREEN WORK HAKUBAは白馬村のサーキュラーエコノミーへの取り組みの核という位置付け。そこから活動の規模や幅を広げていき、まずはサーキュラーエコノミーに参入する企業のワーケーション誘致、さらには全国の自治体による視察の受け入れ、個人でも参加できるイベントの実施なども視野に入れているという。
「日本でサーキュラーエコノミーといえば白馬という状況を作りたいです。気候変動をどうにかしたいという志を持つ企業や自治体、個人が自然と集まってくる場になれば、私たちがマッチングのお手伝いをすることもできます。それによって、サステナブルな社会の実現に少しでも貢献できればいいなと考えています」(福島さん)