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- スタンフォード大学経営大学院(GSB)は、教育評価機関クアクアレリ・シモンズの最新の世界MBAランキングで1位を獲得した世界最高峰のビジネススクールだ。
- そのGSBで一番人気の授業は「対人力学(Interpersonal Dynamics)」で、通称「タッチー・フィーリー」と呼ばれている。
- あまりの人気に毎学期開講されることになっただけでなく、MBAの学生以外もオンラインで受講できるようになった。
- なかにはこの講義がきっかけで「現在の仕事の仕方を決めた」と語る卒業生もいる。その人気の秘訣を探ってみよう。
「touchy feely[訳注:感情的にベタベタする、感傷的といった意味合いの慣用表現]」という表現は、過度に情が深く、感情を見せすぎるというネガティブな意味合いで使われることが多い。
だがスタンフォード大学経営大学院(GSB)では違う。スタンフォードGSBで「タッチー・フィーリー」といえば、MBAプログラムで最も人気のあるコース「対人力学(Interpersonal Dynamics)」の通称なのだ。
GSBがBusiness Insiderに明かしたところによると、タッチー・フィーリーは必修科目でないにもかかわらず、同校の学生の95%が履修するという人気ぶりだ。45年連続で最も人気のある選択科目に選ばれ、多くの学生がビジネススクールで履修した最も重要な授業と評価している。
以前は年に1度の開講だったが、あまりに人気なので毎学期開講されるようになったばかりか、MBAの学生以外にも3日間のウィークエンド・ラボとして開放。また、夏には1週間のエグゼクティブ・エデュケーションとしても開講することになった。GSBは国際貢献の観点から、3日間のコースをパリでも行う予定だ。
人気講座「対人力学」とはどんな授業?
「タッチー・フィーリー」とはどんな授業なのか、スタンフォードGSBが詳しく説明してくれた。
このコースは、学生が自身のリーダーシップ・スタイルを確立し、真のリーダーシップ・スキルを磨くのに役立つ、自分を変えるような体験となるように設計されている。より効果的な対人関係を築く能力を高めることに焦点が置かれ、クラスメートやグループメンバーのフィードバックからの学びを第一として進められていく。
学生は「Tグループ」と呼ばれる12人のグループ3つに分けられ、授業のある日の夜はこのグループで3時間をともに過ごす。初回授業への出席は必須で、出席し損ねると自動的に脱落となる。
週2日のコースでは、2回目と3回目の授業も出席しないと履修を継続できない。シラバスで強調されているように「履修すると決めたら積極的に参加すること」が求められる。7〜8週目ごろに開催される週末の合宿も極めてインタラクティブで、履修者は全員参加しなくてはならない。
GSBのシラバスには「本科目は極めて積極的な参加が求められ、時に感情を強く揺さぶられる場面がある可能性がある。しかしセラピーの代替ではないので、留意されたい」との注意喚起がある。また、個人の内面の課題を扱うのではなく、人対人の課題を扱う科目だとの記載もある。
自分を見つめることで磨かれるスキル
現在、本コースを教えるのは6人の講師たち。そのひとり、アンドレア・コーニー(Andrea Corney)はスタンフォードGSBの経営学講師だ。
アンドレア・コーニー
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「『対人力学』の目的のひとつに、学生自身が他者にどのような影響力を持っているのか、よりよく認識してもらうことがあります」とコーニーは言い、こう続ける。
「感情を深掘りしたり、弱さを見せたり、難しいフィードバックのやりとりをするので、学びのプロセスが不快なものとなる可能性があります。ほとんどの学生にとって、こうした行為はコンフォートゾーンから大きく逸脱するものです。本コースでは、こうした新しい行動を試す機会を与え、不快な思いをしても何とかなると学んでもらい、思っているより自分は強靭なのだと自覚してもらう機会にして欲しいと考えています」
学務担当上級副研究科長のブライアン・ラウリー(Brian Lowery)は、ニューヨークとパリで行われる「対人力学ウィークエンド・ラボ」のディレクターであり、エグゼクティブ・エデュケーションコースの共同ディレクターも務める。
ブライアン・ラウリー
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「『対人力学』では、仲間との高次元の絆や親密さを体験できます。人に影響を及ぼすような、自己を熟知するリーダーが必要とされる役職に就く際、ここで身につけたスキルが大きな意味を持ちます」とラウリーは言う。
「学生は、仲間たちから率直で透明性のあるフィードバックをしてもらうという大きな経験を通して、他者の視点から自分を見つめることになります。自分の行動が周囲の人々にどのようなインパクトを与えるのかを学ぶことで、有能なリーダーになれるでしょう。『対人力学』のゴールはそこにあります」
卒業生は「対人力学」をどう生かしているのか?
シナプス・テクノロジー・コーポレーションの創業者であるイアン・シナモン(Ian Cinnamon)は、スタンフォードGSB卒業生だ。「対人力学」のコースのおかげで、自身に対する理解が深まったと言う。
イアン・シナモン
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「私は普段、とても機嫌が良く前向きな人間です。ただ緊迫した状況では、リーダーは単に前向きな見通しを持つだけではダメなんだと理解できたのはいいことですね」とシナモンは言う。「生来の楽観性と弱い面、恐れ、感情を組み合わせることで、仲間にモチベーションを与え、より大きな影響力を与えられると学びました」
また、どんな難局でも直感的に「タッチー・フィーリー」で学んだことを思い起こせるようになったと言う。「たとえ衝突や緊張がある相手でも、その人のモチベーションや感情の核になっているものは何なのかを見極めるようにしています。これはビジネスをするうえで自分の強みと言えるでしょうね」
インパクト・エクスペリエンスCEOのジェナ・ニコラス(Jenna Nicholas)もスタンフォードGSBの卒業生だ。同社はインパクト投資家と起業家、イノベーター、取り残されたコミュニティの架け橋となることを目的としている。
ニコラスは「対人力学」で学んだこととして、「オープンであること、弱い面を見せることの重要性、特に心を開くことで得られる奥深さと敬意」を挙げる。また、「率直なフィードバックを受け入れるゆとりを持つ力、オープンに共有し合うことで生まれる深い友情」が特に印象的だったと話す。
ジェナ・ニコラス
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ニコラスは、特に創業からの数年間のキャリアパスに「タッチー・フィーリー」が役に立ったと言う。インパクト・エクスペリエンスは「歴史的に抑圧されてきたコミュニティで込み入った話をするための場作りをし、コミットして先々もコラボレーションしてもらう」ことが主な仕事だ。
その仕事の根底にある「グループとしての意見」や、想定や先入観を疑うことの重要性を積極的に認めていくことは、まさに対人力学のコースで議論したことでもある、とニコラスは付け加える。
もう1人、スタンフォードGSBの卒業生を紹介しよう。チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ(CZI)でサービスデザインおよびイノベーション担当マネジャーを務めるパトリック・ロビンソン(Patrick Robinson)だ。CZIはマーク・ザッカーバーグと妻のプリシラ・チャンが2015年末に立ち上げた慈善団体だ。
ロビンソンは「対人力学」で学んだこととして、まず、他者とコミュニケーションする際やより良い意思決定をする際に、自分の感情が果たす役割を正しく理解することを挙げる。また、好奇心を持って不快な感情にまで踏み込めばより多くのことが学べると理解できたことも大きい、と話す。
自らをさらけ出すことで人との深いつながりや信頼を得、他者の声に耳を傾けて、人が伝えようとしていることをより良く受け止められるようになるからだと言う。
パトリック・ロビンソン
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「(このコースから)学んだこと全体を通じて、深い表現手段を持ち、情緒的な内容に関わっていくことの重要性を理解しました」とロビンソンは言う。
「自分自身の感情表現を洗練させたり、想定や帰因をはっきりさせることなどで、人に伝えた時に受け止めてもらいやすくなるんです」。また、授業の中で説明のあった語彙のおかげで、相手が自分に何を伝えようとしているのかをよりよく理解できているという。
ロビンソンも、「タッチー・フィーリー」が現在のキャリアに生きている。MBA取得後にCZIで働き始めたロビンソンは、刑事司法改革チームに所属し、大量投獄の根絶に取り組む組織の支援を行っている。「不平等、人種差別、不公平に立ち向かわなければならない」業務なのだ、とロビンソンは言う。
「私は米軍と法務関連業務を経験した後、スタンフォードGSBに入学しました。軍でも法務でも、情緒的意思決定より冷静さや理性が重んじられるんです」とロビンソンは言う。「『タッチー・フィーリー』やそのアプローチを取り入れたリーダーシップ論のコースから学んだことを、毎日の仕事で実践しています」
その一例として、ロビンソンはよく、完全に折り合うことが極めて難しい考え方に直面することがあるが、そんな時には「タッチー・フィーリー」での学びに助けられている、と教えてくれた。
「あのコースで学んだことを応用すれば、多様なグループを率いるのが楽になります。たとえそれが、各人が求める結果にならない時でもね」とロビンソンは言い、こう続ける。
「他者に自分の意見を納得してもらうのではなく、他者の意見に十分に耳を傾けるようにしています。おかげで成果が出ていますよ。ものの見方を捉え直し、どうすれば安心して失敗できるのか教えてくれた『タッチー・フィーリー』とGSBには、本当に感謝しています」
(翻訳・カイザー真紀子、編集・常盤亜由子)