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9月26日、中国で北京国際モーターショーが開幕した。新型コロナウイルスの影響で各国のモーターショーが延期・中止され、北京モーターショーも当初予定から5カ月遅れで規模を縮小して開催された。コロナ禍からいち早く回復に転じ、政府がEV業界の新興を推進している中国でのイベントとあって、会場には各社の先端技術を詰め込んだのEVや自動運転車が並んだ。
日産自動車は2021年発売予定の新型クロスオーバーEV「アリア」を中国で初公開し、2025年までに電動車9モデルを中国に投入すると明らかにした。ホンダは将来の量産方向性を示すコンセプトモデル「Honda SUV e:concept」を世界初公開、トヨタ自動車は燃料電池車(FCV)「ミライ」や自動運転のEV「イーパレット」を披露した。
イーロン・マスク氏が、自動車分野で破壊的イノベーションを起こすためにテスラを創業して17年。中国や欧州では政府主導でEVの普及進み、日本の主要自動車メーカーもEVシフトを迫られている。
一方、中国のEV業界をけん引しているのは、製造業のノウハウを持たないIT企業の経営者たちだ。前回紹介した蔚山汽車(NIO)に続き、今回は、2020年上場した理想汽車と小鵬汽車の創業者と彼らをバックアップしたメガITとのネットワークを紹介する。
「中国EVメーカー、残るのは3社」
コロナ禍が中国でも認識されていなかった2020年1月初旬、フードデリバリー業界で首位に立つ美団点評の王興CEOは「新興EVメーカーは蔚来汽車(NIO)、理想汽車、小鵬汽車の3社が残る」とSNSに投稿した。2018年に上場したNIOが先行し、2車種を発売した小鵬汽車が後を追っているとの評価は、業界内外で共有されていた。だが、理想汽車は資金繰りに苦戦しており、王CEOの投稿には異論が殺到した。王氏は理想汽車の大株主でもあり、「身内びいき」とも見られた。
コロナ禍が落ち着いた初夏、理想汽車がナスダックでのIPOを申請すると、王CEOの年初の投稿が再び注目された。IPOの目論見書で、2019年に24億3800万元(約370億円)の純損失を出していた同社が、2020年1-3月期に赤字幅を2億3300万元(約35億円)に縮小させていることが判明、新車「理想ONE」の販売台数も6月までに1万台を突破していた。
王CEOの見立ては単なる身内びいきではなく、理想汽車のIPOによって同氏の投資家としての評価は爆上がりした。
モデルSの中国初オーナーだった理想汽車CEO
2019年1月、中国の李克強首相と会談するテスラのイーロン・マスクCEO。中国ではテスラがEV業界の活性化に大きく貢献している。
Mark Schiefelbein/Pool via REUTERS
理想汽車の李想CEO(38)の経歴は、自動車情報メディア企業のCEOを経て2015年にEVスタートアップを設立した点で、NIOの李斌CEOと共通している。より正確に言えば李想氏は当初、NIOの共同創業者に名を連ねており、その後自分でEVメーカーを立ち上げた。
彼はテスラのモデルSの中国最初のオーナーでもある。自動車専門メディアの創業者が、好きが高じてメーカーを立ち上げ上場する。日本の自動車業界では考えられないが、中国ではそういう人物が2人もいるのだ。
インターネット黎明期の20世紀末、李想氏は高校生活の傍ら、ホームページの制作やネットでの文章投稿で既に収入を得ていた。芸術家肌の親の理解もあり、高卒後の2001年にガジェットの情報メディアを開設し、起業。ITバブルで有り余る資金は李想氏の企業にも流れ込み、同メディアは今も影響力を保ち、存続している。彼は2005年、ガジェット情報サイトのノウハウを延伸させ、自動車情報サイト「汽車之家」を立ち上げた。
前回紹介したように、NIOの李斌CEOは2000年に自動車情報サイト「易車」を開設したが、当時はネットも自動車も普及前で、李斌氏は会社の債務を個人でかぶってまで、サイトの運営を続けた。
だが李想氏が競合メディアを開設した2005年は、自動車市場が急成長期に入っており、複数のメディアが存続できる環境になっていた。
「易車」のNY上場から3年後の2013年、「汽車之家」もNY市場に上場した。李斌氏がNIOの設立構想を表明すると、JD.comやシャオミのCEOがこぞって支援に回ったが、ライバル企業の李想氏はNIOに出資するだけでなく、共同創業者にもなった。だがその後、李想氏は自分のEVブランドを立ち上げることを選択し、2015年に理想汽車(当時の企業名:車和家)を設立した。
理想汽車が難局を突破した2つの鍵
左から中国を代表するEV自動車メーカー創業者の何小鵬氏、李斌氏、李想氏。いずれもテスラのイーロン・マスクに刺激を受け、EV企業を立ち上げた。
何CEOのWeiboより
李想氏はNYでの上場経験もあるシリアルアントレプレナーだが、それでもNIOの李斌氏や後述する小鵬汽車の何小鵬氏に比べると資金調達力が低く、量産車の開発には苦労した。2018~2019年は新興EV業界のリーダーのNIOさえも経営危機に直面する状況で、理想汽車に期待する投資家は少なかった。
李想氏は2つの“決断”で、難局を乗り越えた。まず純EV路線という理想を捨て、プラグインハイブリッド車(PHEV)の量産に目標を切り替え、コストの軽減と走行距離の向上を両立した。中国メディアの分析によると、NIO、理想汽車、小鵬汽車の中で、1台の販売あたりの黒字が出ているのは理想汽車だけだ。理想ONEの1台あたりの利益は2万5000元(約39万円)。だから量産化を実現した後は、財務が急改善した。
もう一つの“決断”は資金調達だ。7月30日、李想氏は上場記念セレモニーに登壇し、以下のエピソードを紹介した。
2019年に理想汽車の資金繰りが悪化した際、李想氏と同社のCFOは100社以上に接触したがうまくいかなかった。その時、以前からサポートしてくれていたVCの幹部が、「最も手ごわいが金を持っている起業家にぶつかれ」と助言。李想氏は4人にコンタクトし、美団点評の王CEOとTikTokの運営企業であるバイトダンス(字節跳動)の張一鳴CEOから支援を取り付けた。
理想汽車は8月、ラウンドCで王CEOをリードインベスターとして5億3000万ドル(約5600億円)を、さらに2020年6月のラウンドDでは、王CEOが経営する美団などから5億5000万ドル(約5800億円)を調達した。
美団は中国での事業が中心のため、日本ではあまり知られていない。だが、この数年で中国全土に普及したフードデリバリーではアリババ系の企業を抑え、トップシェアに立つ。2018年にはシェア自転車のモバイクを買収し香港で上場、「外出をカバーする総合企業」を目指している。
とはいえ、フードデリバリー、シェア自転車ともにライバルとの競争が激しく、黒字化のめどは立っていない。配車サービスも何度か進出を試みているが、業界トップのDiDi(滴滴出行)に阻まれている。
李想氏は王CEOに救われたが、理想汽車が上場したことで、王CEOの資産は膨らみ、両者はWinWinの理想的な関係になった。
起業、アリババ幹部を経て起業家に戻った小鵬汽車CEO
北京モーターショーには小鵬汽車も出展し、技術や商品を披露した。
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企業勤めを経ずインターネット黎明期に起業し、メディア運営からメーカーに転じたNIOの李斌、理想汽車の李想両CEOに対し、8月27日にNY市場に上場した小鵬汽車の何小鵬CEOは、大卒→テクノロジー企業勤務→起業という道を歩んでおり、IT業界のエリートモデルにより近い。
だが、出自が違っても、EVに賭ける思いやテスラへの憧れは、3人とも同じだ。何CEOは2020年6月、李斌、李想との3ショットと、張飛、関羽、劉備が呂布と戦う「三英戦呂布」のイラストを投稿した。
42歳の何CEOは大学卒業後、5年間の企業勤務を経て2004年にウェブブラウザ「UC」事業で起業した。UC時代に、キングソフト(金山軟件)の総裁で、後にシャオミを創業した雷軍氏から出資を受けたのを機に付き合いが始まり、小鵬汽車もシャオミから複数回資金を調達している。
UCは2014年、IT企業のM&A案件としては過去最高額の40億元(約600億円)でアリババに買収された。何氏はそのままアリババの幹部になったが、同年、訪中したイーロン・マスクと出会ったことでEVに将来性を感じ、起業家数人で小鵬汽車を創業した。
当初はアドバイザー的な役割にとどまっていた何氏だが、2017年にアリババを退社し、小鵬汽車CEOとして舵を取るようになった。同社は2018年11月にSUV「G3」を発売。8月末までに1万8741台を販売した。2020年5月には2車種目となるスポーツセダン「P7」を発売。こちらも同月末までに約2000台を納車した。11月にはノルウェーへの輸出を始めるなど、海外展開も本格化している。
シャオミとアリババの後ろ盾でVCの資金流入
小鵬汽車が上場した8月27日、シャオミの雷軍CEOは何CEOのもとに駆け付け、祝意を表した。
Weiboより
小鵬汽車がEV企業の中でも常に有力視されてきたのは、アリババとシャオミの後ろ盾があったからだ。シャオミの雷CEOは十数年にわたって何CEOをサポートし、8月27日の上場セレモニーにも駆け付けたほか、ウェイボに「何小鵬の上場が心の底から嬉しい」と投稿している。雷軍氏はNIOの創業時の出資者でもあることも忘れてはならない。
何CEOの「古巣」であるアリババも小鵬汽車に3度出資しており、同社が上場申請で提出した目論見書から、アリババの傘下企業が何CEOに次ぐ第2株主であることが判明した。何鵬汽車は2018年にアリババのECサイトTmall(天猫)にも旗艦店を開設し、同年12月のセール時には、Tmall上で「G3」を150台以上販売した。8月の上場では、Tmallがご祝儀として小鵬のEV車購入に使える5万元クーポンを発行した。
強力な後ろ盾がいる小鵬汽車には、ベンチャーキャピタルの資金も流れ込み、株主には著名VCの名が並ぶ。同社は創業以来上場までに少なくとも10回、180億元(約2800億円)以上を調達している。直近でも8月初旬、アリババのほかカタールとアラブ首長国連邦のVCから4億ドル(約420億円)の出資を受けた。
中国IT20年の蓄積をEVに投入
世界の有望ベンチャーに投資する孫正義氏。中国には同氏のような投資家が多くいる。
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2010年代に創業し、量産化・上場にこぎつけた新興EVメーカー3社の創業者は全員がシリアルアントレプレナーで、彼らの挑戦と成長の土台には、シャオミ、アリババ、JD.com、美団点評などメガITの資金があることがよく分かる。
3社だけではない。検索ポータルからAI企業への転身を目指すバイドゥ(Baidu)は、自動運転に巨額の投資を続け、2020年9月にプレIPOラウンドで100億元(約1500億円)を調達したEVメーカー威馬汽車の最大株主でもある。
また、不動産大手の恒大集団もEVに参入し、9月には傘下の「恒大新能源汽車」を上海証券取引所の新興企業向け市場「科創板」への上場させると発表したが、同社はテンセントなどから40億香港ドル(約540億円)を調達する計画で、配車サービスDiDi(滴滴出行)やアリババ創業者のジャック・マーのファンドの出資も受けている。
開発や人材獲得、ブランディングに巨額の資金とノウハウが必要になる新興EV業界は、中国のIT業界の過去20年の蓄積の成果にも見える。ネット社会の波に乗り巨万の富を築いた経営者が新産業にチャレンジし、そのチャレンジをIT出身の投資家が粘り強く支えるエコシステム。日本ではその役割を孫正義氏1人が担ってるが、中国ではこの20年で、孫正義氏的な投資家が何十人と輩出されたということだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。