防衛省初の中途採用に1500人応募。元メガバンク、元報道キャスター…異色の人材が国家公務員になった理由

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中途採用で2020年6月以降に防衛省に入省した2人。

撮影:横山耕太郎

防衛省では2020年、民間企業で働く会社員や地方公務員などを対象とした中途採用を初めて実施した。

残業の常態化など激務が問題視される国家公務員。防衛省では人材流出への危機感もあり、2019年末に中途採用の募集を始めたところ、約1500人から応募があった。その中から採用された10人は30歳代が中心で、メバガンクや総合商社に勤務していた人材もいたという。

高倍率を勝ち抜いた人材は、どんな人物なのか?

入省したばかりの中途採用者2人に、なぜ防衛省に転職したのか聞いた。

メガバンクの為替取引担当から転身

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防衛省に中途採用で入省した佐藤仙一さん。

撮影:横山耕太郎

「銀行員として経済指標の分析や国力比較を自分なりに行っていましたが、日本の経済はここ数十年、明確には上向いていないと感じています。

『このままだと日本の立ち位置はどうなってしまうのか』と感じており、少しでも直接的にアプローチすることはできないかと思っていました」

防衛省整備計画局・情報通信課に2020年8月に配属された佐藤仙一さん(33)は、メガバンク出身の元銀行マンだ。

東京大学大学院理学系研究科で、銀河を観測し、星の運動や分布を研究。卒業後はメガバンクに就職し、都内の支店での法人営業を経て、本社で為替取引などを担当した。

特に転職は考えていなかったが、新聞で防衛省中途採用の記事を読んで興味を持ったという。

「国防の観点から、サイバー・電磁波・宇宙の分野などで人材が求められていると書かれていました。宇宙に関わる仕事ができるかもしれないと思い応募しました。銀行では情報収集が大事な仕事で、日本の国防について漠然と不安に感じていたことも応募の動機です。

採用面接では、日本の周辺で有事が起きた場合について意見交換したのが印象的でした」

年収の減少は「覚悟した」

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佐藤さんは「メガバンクでも若手社員の転職は珍しくない」と言う。

撮影:今村拓馬

メガバンクから防衛省に転職し、年収は「減少を覚悟した」という。しかし佐藤さんは「給与だけでなく、自分のやりたいことをやるのが一番だと思った」と話す。

「メガバンクから他に転職する人は珍しくありません。先のことを考えると、メガバンクでも上のポストに昇進できる機会が十分にあるわけでもありませんし、積極的にチャレンジしている同期の中には、外資系銀行やコンサルに行く人もいました」

佐藤さんが防衛省に入省してからまだ数カ月だが、同じ大組織ながらメガバンクと防衛省の違いを実感している。

メガバンクでは同業他社が明確にいて、お客さんの取り合いがあるので、大きな組織といっても、それなりのスピードで意思決定が求められました。

一方で行政機関では競合がいないこともあってか、重要な話に関して、意思決定までにじっくり時間をかける必要のある案件が少なからずあります」

佐藤さんは現在、サイバー防衛に関する部署で働いている。

「自分のスキルを生かせればと思っています。宇宙に関する仕事に興味がありますが、それにとどまらず広く国防に関わっていきたい」

TV局キャスター、ベンチャーを経て防衛省へ

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2020年6月に防衛省に入省した喜久山愛里さん。

撮影:横山耕太郎

一般職で採用され、2020年6月から防衛省大臣官房秘書課で働く喜久山愛里さん(34)は、テレビ局の報道番組のキャスターやベンチャー企業などを経て、防衛省が5つ目の職場という。

ベンチャー企業では社員3人から60人ほどに成長する過程に携わり、人事、総務、法務、経理などを担当。その中で、もっと大きな組織で勉強したいと思うようになったという。

今は未就学児2人の子育て中なので、子育てと仕事を両立できる職場を探していました。もちろん就業時間は100%の力でやりますが、朝と夜の子どもの世話に体力の余力が必要です。呼び出しでいつでも行けるわけではないので、その点も考慮してもらえる職場を選びました」

喜久山さんが担当しているのは、防衛省本省のワークライフバランスや、障害者雇用の定着を図る取り組みなどだ。

「データ処理をする場合、民間だとすぐに外部のアプリやHRツールを使えます。防衛省ではセキュリティー面の考慮もあると思いますが、メールでのやりとりが中心で、時間がかかってしまいます。すぐにはできないと思いますが、業務効率化については今後改善の余地があると感じています」

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東京・新宿区にある防衛省。厳重な警備体制が敷かれていた。

撮影:横山耕太郎

働き方改革の遅れを指摘されることも多い国家公務員だが、実際にはどう感じているのか?

「いろいろな制度が整っており、多様な働き方ができる環境だと思います。ただ、多様な働き方をもっと推進するための仕組みや雰囲気作りも必要だと感じています」

これまでも転職を重ね、スキルアップしてきたという喜久山さん。今後のキャリアについては、どのように考えているのか?

将来にわたって転職の可能性がないとまでは言い切れませんが、何よりまずは防衛省でしっかりと吸収したいと思っています。防衛省では2~3年のスパンでいろんな仕事ができるので、多くの経験が積めると思っています」

「商社で駐在」など民間の知見生かす

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中途採用を担当した防衛省大臣官房秘書課の森田陽氏(2020年7月の取材当時)。

撮影:横山耕太郎

防衛省が中途採用に本腰を入れ始めたのはなぜか?

中途採用を担当した(2020年7月の取材当時)防衛省大臣官房秘書課の森田陽氏はこう話す。

「宇宙、サイバー、電磁波など、今まで国防の対象だった分野以外にも、範囲がどんどん広がり、重要性が増してきています。政策立案を行うために、より多様なバックグランドを持つ人材が必要になっています

制度の変更により、これまで知見の少なかった分野でも意思決定が求められる場面もある。

「例えば、2016年に防衛装備移転三原則が制定され、装備品の海外移転が可能になりました。これまでは禁止されていたので、その分野の知見を持つ職員は少ないのが実情です。

中途採用の応募者の中には、商社で駐在経験がある人もいました。そうした省内にはない民間の知見も取り入れていく必要があります」(森田氏)

中途採用の情報は防衛省のHPに掲載しただけでなく、転職情報サイトのエン・ジャパンにも掲載するなど、広報活動にも力を入れた。

「初の大々的な募集だったので、応募は500件程度を予想していたのですが、約1500人から応募があり、『こんなに興味を持ってくれる人がいるのか』と驚きました」(森田氏)

人材流出に強い危機感

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30歳未満の国家公務員は、離職意向が高いことがわかる。

出典:内閣人事局「国家公務員の⼥性活躍とワークライフバランス推進に関する職員アンケート」

中途人材の採用を強化した背景には、民間への人材流出への危機感もある。

コンサル会社「ワーク・ライフバランス」が2020年6〜7月、全国の官僚に対して行ったインターネット調査では、1カ月の残業が100時間を超える残業をした官僚は全体の約4割にのぼっており、残業が常態化している。

内閣人事局が行った国家公務員約4万5000⼈を対象とする調査(回答者のうち管理職13%、非管理職87%)では、30代未満で「数年以内に辞職」を考えている割合は13%にのぼり、若手の人材流出が課題となっている。

(防衛省への)入り口を閉めていれば、出ていくだけになってしまうという危機感がありました。新卒で入省し働き続けるのが当たり前の環境で、中にいると気がつかないこともある。

例えば、勤務時間が終了してから上司の書類チェックが行われ、対応するために残業せざるを得なくなるケースなど、これまで当然のように行われてきた働き方でも、外部から指摘されて初めてそれが問題であることに気づかされるもあります」(森田氏)

森田氏は中途採用による外部人材の登用で、防衛省のワークライフバランスの改善につなげたいとする。

残業が仕方ない時期も確かにあるのですが、仕方ないという言葉で片付けてしまうことで、本当はそうではない部分まで見過ごされていると感じています。中途採用の視点を生かして、そうした問題を解決していけたらと考えています」

防衛省によると、今後も中途採用は続けていく方針という。

編集部より:喜久山さんの所属について、正しくは防衛省大臣官房秘書課の誤りでした。訂正いたします。2020年10月7日16:50

(文・横山耕太郎

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