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猛暑、ゲリラ豪雨、台風による甚大な被害、そして冬の雪不足。日本に暮らしていても気候変動の影響を実感することが増えている。
世界に目を向けると、ここ数年、国家レベルで「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」への取り組みを始めている。サーキュラーエコノミーとは何か、なぜ今企業でも関心が高まっているのか。さまざまな角度からサーキュラーエコノミーについて取り上げていく。
第2回は、コンサルティング企業としていち早くサーキュラーエコノミーに着目し、調査レポートや著書を発表しているアクセンチュアに聞く、「無駄を富に変える方法」。ビジネスコンサルティング本部 ストラテジーグループ 公共サービス・医療健康 プラクティス日本統括 マネジング・ディレクターの海老原城一さんが、世界の事例を交えつつ解説する。
サーキュラーエコノミーで4.5兆ドルが生み出される
まずは下のデータを見てほしい。アクセンチュアの試算によれば、サーキュラーエコノミーを実践することで2030年までに全世界で新たに4.5兆ドルもの経済価値が生み出されるという(図表1)。
アクセンチュア提供
サーキュラーエコノミー(循環型経済)とは従来の資源を、調達、製造、利用、廃棄というリニア(直線)型経済システムの中で再活用を前提とせず「廃棄」されていた製品や原材料などを新たな「資源」と捉え、廃棄物を出すことなく資源を循環させる経済の仕組みのこと(図表2)。
サーキュラーエコノミーへの転換は、世界経済の中で産業革命以来250年間続いてきた「生産と消費」の在り方において、史上最大の革命となる可能性がある。
アクセンチュアでは、サーキュラーエコノミーこそが、環境への影響を極小化して世界経済の成長と人類の発展を可能にする有力なソリューションだと考えている。
図表2。リユース・エコノミーは、「閉じた輪」になっていない。
オランダ政府 From a linear to a circular economyより
地球の資源に限りがあるにも関わらず、世界の資源利用量は増え続けている。世界の資源利用量は、2000年前後と比べて、10.26倍という調査結果もある(図表3)。
アクセンチュア提供
サーキュラーエコノミーのコンセプトは数十年前からあったが、アクセンチュアでは「無駄」を「価値ある資源」として定義し直すことで、4.5兆ドルの経済効果を創出する機会があることを指摘。この潜在的な価値を4つに分類し、「4つの無駄」として次のように特定した(図表4)。
1. 資源の無駄:化石燃料やリサイクルできない素材を使っている
2. キャパシティの無駄:十分に利用されていない(シェアや共同利用の可能性がまだ残っている)
3. ライフサイクルの無駄:耐用年数が過ぎる前に利用されなくなっている
4. 潜在価値の無駄:廃棄製品から回収ができずリサイクルができない
アクセンチュア提供
日本でも注目され始めた3つの理由
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アクセンチュアが日本で書籍『サーキュラー・エコノミー デジタル時代の成長戦略』を刊行したのが2016年。ヨーロッパではすでに認知が高まっていたが、それから4年が経ち、日本でもようやくこれが経済モデルだと理解されるようになってきた。その背景には次の3つが考えられる。
1. 資源価値の高騰や環境問題への関心の高まり
海洋プラスチック問題をきっかけに、経営層がサーキュラーエコノミーへの取り組みを喫緊の課題として認識しているという声が、アクセンチュアにも多く届くようになった。サーキュラーエコノミーはCSRでもリサイクル活動でもなく、 サステナブルな成長に向けて企業全体が取り組むべきビジネスモデルであるという認識が高まっている。
2.消費者の価値観の変化
かつては「自分専用のもの」や「新品のもの」に価値があるとされていた。しかしミレニアル世代をはじめとして、所有や購入への欲求は根本的に下がりつつある。所有ではなく「利用の瞬間」を大事にし、そこに価値があると捉える傾向が出てきた。
「消費者がわがままになった」とも言えるが、例えば車を買うことが目的ではなく、車で家族と週末に出かけるといった「体験」をより重要視する傾向があるということ。車を所有しなくてもレンタカーやシェアードカーを利用するなど、自分のライフスタイルに合わせて使い分けたほうが便利だし安いという考えだ。
3. IoT技術の進展
支える技術の進化も大きい。例えばレンタカーやシェアードカーを利用するとき、リアルタイムに車の稼働状況が分かり、走行距離に応じた課金がされ、またスマホ一つで鍵が開く。しかもそれらを可能にするのに多大なコストは不要だ。IoT技術が進んだことも、サーキュラーエコノミーを後押しする要因になっている。
サーキュラーエコノミーの5つのビジネスモデル
アクセンチュア提供
アクセンチュアでは無駄の概念を再定義し、これをサーキュラーエコノミーに転換するために、5つのビジネスモデルに分類して定義している(図表5)。
これらの5つのモデルは単独でも、組み合わせても「取って、作って、捨てる」という一方通行型経済モデルを、サーキュラー型経済モデルに転換するのに役立つ。むしろ、5つのモデルが連携して最大の価値を創出するとき、最大の影響力を生み出す。
モデル1. サーキュラー型サプライチェーン
モデル2. シェアリングプラットフォーム
モデル3. PaaS(サービスとしての製品)
モデル4. 製品寿命の延長
モデル5. 回収とリサイクル
この5つはサーキュラーエコノミーのバリューチェーン全体をカバーするものとなっている。それぞれ企業事例をもとに、説明していこう。
モデル1. サーキュラー型のサプライチェーン
撮影:小林渓太郎
現在、企業が最も多く採用しているサーキュラーエコノミーのビジネスモデルの1つ。
現在のところ、再生もリサイクルもできない一方通行型の原材料を、環境への影響が少ない原材料に置き換える動きだ。
スポーツシューズやスポーツウェアを扱う多国籍企業、ナイキでは原材料のイノベーションが進んでいる。ナイキが製造するスポーツシューズとスポーツウェアのおよそ73%がリサイクル素材を含んでおり、製造廃棄物の99.9%は廃棄処分されず再生されている。例えばナイキのフライレザー素材は、少なくとも50%が革のスクラップをリサイクルした天然皮革繊維からできている。
モデル2. シェアリング・プラットフォーム
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製品と資産の稼働率を最大に上げる方法は、共同所有、共同利用をすること。
共同所有、共同利用は今のところ住宅や自動車といった高額なものがよりその恩恵を享受でき、大企業の場合、シェアリング・プラットフォームを作るには、既存のビジネスモデルを大きく変えたり、実験的に新しいベンチャーを立ち上げたりする必要がある。
フィンランドを拠点とするスタートアップ企業イーレント(eRENT)社は、建設機器と機械管理のためのプラットフォームを提供。一つのデジタルチャネルを通じて全国の建設機器の情報を集め、遊休資産と新しい需要を結び付けて、効率の悪かったプロセス(倉庫に電話しレンタルの予約をするなど)の生産性を高めた。これらのさまざまなテクノロジーによって、イーレント社の顧客は施設費用と機器費用を平均20%削減することができた。
日本ではメルカリやスペースマーケットなどもここに当てはまる。
モデル3. PaaS(サービスとしての製品/Product as a Service)
(写真はイメージです)
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企業が製品の所有権を持ったまま、その価値を「製品サービス・システム」上で顧客に提供する。これにより、企業の関心は量(製品を売ること)から性能(製品の機能を売ること)に転換していく。
PaaSモデルは、企業が顧客と長期的関係を築いて付加サービスを売り、企業側は得られたユーザー情報を新たな事業につなげていくことを前提にしている。
レント・ザ・ランウェイ社はアメリカを拠点とするeコマース企業で、ブランド物のドレスやアクセサリーのレンタルサービスを提供。本サービスには定額プランがあり、月額料金を払うことで継続的に新しい衣服をレンタルできるほか、送料、ドライクリーニング、レンタル保険料などの追加料金は発生しない。2015年、サーキュラー型で包装問題を解決したことで、配送時の無駄を900トン以上削減した。
モデル4. 製品寿命の延長
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例えば携帯電話は、実際にアップグレードが必要なのはバッテリーやカメラといったものなのに、新機種に買い換えるしか選択肢がないため、製品寿命がまだ残されているにも関わらず、廃棄されている……。「製品寿命の延長」とは、修理や部品交換ができるようにする、または二次市場で再販できるようにすることで、意図的に製品の使用期間を延ばすこと。製品寿命の延長に取り組むメリットは、企業の既存のビジネスモデルを大きく変えなくても、新しい収益源が生まれることだ。
アウトドア用品、登山用品などの製造販売を行うパタゴニア社は、北米最大の修理施設を持っており、「2018年だけでも7万件の修理を行った」という。これにより、ブランドロイヤルティが高まり、顧客から製品フィードバックを得やすくなるという点もある。
ファッション産業では、高級ブランドやH&Mでもこのモデルを積極的に導入し、環境への意識が高い消費者に向けて、古着の再販を進めている。
世界最大の低価格ブランド家具メーカーであるIKEAは、フランスとベルギーで「セカンド・ライフ・フォー・ファニチャー」という取り組みを通じて、クーポンと引き換えに顧客から家具を回収し始めている。
モデル5. 回収とリサイクル
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このモデルでは、寿命を迎え、現在の用途では機能しなくなった製品から素材と資源を回収する。回収された資源は、できるだけ高い価値を維持した状態で、できるだけ長期にわたり利用されることが理想だ。
例えば自動車から回収したスチールを、付加価値の低い製品にダウンサイクルするよりも、新しい自動車の製造に使ったり、より価値の高い製品にアップサイクルしたりするといったことも含まれる。現在、多くの企業で回収とリサイクルは採用されている。
OECDが1994年に提唱した「拡大生産者責任」制度によって、企業は消費者に働きかけ、返品を促し、長期的な行動変化を後押しするインセンティブを提供する必要が出てきた。例えばアップル社の「ギブバックプログラム」では、顧客が使用済みの製品を持ち込むと、将来の購入時に利用可能なクレジットまたは割引クーポンがもらえる。
サーキュラーへの移行は「企業を解体するほど」の大改革
撮影:今村拓馬
現時点で、残念ながら日本の大企業はサーキュラーエコノミーの分野で世界に遅れを取っている。これまでものづくりを中心にしていた企業が、サーキュラーエコノミー型のビジネスに移行するのは、会社を解体するほどの意思決定が必要になるのだ。
例えば自動車産業なら、従来の系列店や販売店でノルマを課して売り上げを伸ばすというガバナンスモデル自体を、トップ主導のもと抜本的に変えなくてはならない。
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企業の収益構造自体を覆すような経営判断と言えるが、自社の存在意義とは何なのか、基本に立ち返ることでサーキュラーエコノミーへの移行もポジティブに捉えることができる。
日本のものづくり企業の代表格とも言えるトヨタ自動車は2019年、シェアリングエコノミーの企業であるUberに出資した。彼らはものづくりの会社ではなく、「移動を提供する会社」と位置付け、人が移動することに対して価値を提供できるビジネスにうまくシフトできる準備を進めているのではないか。
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企業内で新たなビジネスを創出する際は、短期で成果を出すことが求められるため、これから企業がサーキュラーエコノミーに取り組むなら二つの方法が考えられる。
一つは自社内に別の組織を作ってそこで新しい事業として始めること。もう一つはすでに新しい取り組みをしている企業に出資する、あるいは買収すること。
気候変動への対応といった大きな社会課題の解決と、自社のビジネスをどう連動させていくか。過去の成功体験に依存しないチャレンジが求められている。
海老原城一:アクセンチュア株式会社 ビジネスコンサルティング本部 ストラテジーグループ 公共サービス・医療健康 プラクティス日本統括 マネジング・ディレクター。東京大学卒業後、アクセンチュア株式会社入社。公共事業体の戦略立案や、スマートシティの構想立案、サーキュラー・エコノミーの戦略策定などの業務に多数従事。東日本大震災以降は自社の復興支援プロジェクトの責任者を務める。
(文・池田純子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・高阪のぞみ)