世界最高峰のAI技術者は、いかに学び、いかにビジネスを変えるのか。パナソニックの商売を動かし始めた33歳の挑戦

阪田隆司さん

世界中のデータサイエンティストが集う「Kaggle(カグル)」というコミュニティにおいて最高位となる「Grandmaster」の称号を持つ阪田隆司さん。300万人以上が参加するKaggleの中で、「Grandmaster」は日本人では9人目(2019年6月時点)。

いま、企業ではさまざまなデータを解析することにより、業務効率を改善したり、製品の歩留まりをアップしたりするといった取り組みが広く行われている。日本最大規模の製造業であるパナソニックでも、AI・機械学習のスペシャリストが事業部門と連携し、さまざまな取り組みを行っている。

パナソニックは、AI・機械学習とどう向き合い、どう活用しているのか。パナソニックのテクノロジー本部 デジタル・AI技術センター データアナリシス部の阪田隆司さんに聞いた。

AI技術で人々のくらしをアップデートする

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阪田隆司さん。2012年京都大学工学研究科航空宇宙工学専攻修士修了後、パナソニック入社。情報システム部門に配属以来、工場やIoT製品のデータ分析・活用業務に従事。デジタル・AI技術センター に異動後、機械学習の事業応用と並行して研究活動にも取り組む。

「パナソニックはいま、『くらしをアップデートする』というメッセージを発信しているとおり、人の生活にフォーカスした AI の活用を考えています。分かりやすくいうと人のセンシングデータです。例えば、人はどういうような状況で、どういうふうに行動するのか。例えば、社内で人の行動ログを集めて分析し、そこから仮説を発見していく、といったことに実際に取り組んでいます」(阪田氏)

これまで、AI・機械学習技術を使ってパナソニック社内でさまざまな実績を生み出してきた。その一つが、製造工程での不良問題の解決だ。

ある製品の製造工程で、原因不明の不良が発生していた。事業部にデータ活用によるアプローチを提案した阪田氏は機械学習を利用して、データから不良が出る原因を見つけ出し、製造プロセスの改善に貢献。製造コストの削減を実現した。ここでの実績が、データを使うことで不良率を下げ、コスト削減もできる、という指針になった。

「私が情報システム部門に入ったとき、部署内ではこれからはデータ活用の時代だという意識がありましたが、自分たちにまだ十分な実績が無く、またデータ活用の重要性が今ほど浸透していなかったこともあり、実際のものづくりの現場では懐疑的な見方もありました。しかし、実際に具体的な成果を出せたことや、データ活用の教育・普及活動の成果もあり、製造現場に限らず、AIやデータの活用に対して全社的にかなり前向きな姿勢になってきました」(阪田氏)

パナソニックを始めとする製造業のビジネスは従来、製品を作って、それを売って終わりだった。しかし「これからはそれでは十分ではない」と阪田さんは語る。

これからの時代に大切なのがソフトウェア的な価値。パナソニックの製品にソフトウェア的な価値をつけていく上でAIとデータ分析が重要になる。最終的に提供したいのは一人ひとりの暮らしが良くなるということ。製品は「くらしをアップデートする」ための媒介といえる。

「最終製品でどう使われるか」までが一つのサービス

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GettyImages

その実例の一つが、電池の使いこなしだ。パナソニックにとって電池は非常に大きな事業の柱の一つだが、これまでは電池そのものを販売するビジネスだった。しかし、これからは単に販売するだけでなく、「その電池が最終製品でどのように使われるのか」までを一つのサービスとして提供していくことが求められる。

「例えば、リチウムイオン電池は中の状態が見えません。ということは、その電池がどれくらい劣化しているのか、あとどれくらい使えるのか正確に分からないということなんです。リチウムイオン電池は電気自動車に使われることもあって、より高精度な残量推定が求められるようになってきていますが、電池が劣化すると理論値から乖離していきます。そこで、データに基づいてモデルを構築する機械学習を使えば、劣化などの変化にも追従でき、結果として残量推定が高精度にできるのではないかと仮説を立てて検証してきました。

その結果、従来に比べて高精度に電池残量を推定する技術を開発することができました。電池の内部状態が高精度に推定できれば、例えば電池が劣化しないような使い方をユーザーに提案したり、機器自体が電池を劣化させないよう制御を変えることができるようになります。

このように、AI・機械学習で得られる知識をユーザーにフィードバックすることで、人の行動や機器の制御をアップデートしていく、そういう姿を目指しています」 (阪田氏)

データをもとに仮説を立て、推定していく。その結果、新たな価値が生まれる。

「今はようやく、その目的のためのデータが集められるようになった段階です。我々の製品を使って何をどうしているか、そんなデータが世界中から何十億タグ、といったレベルで蓄積され始めています。これからそれらをどういう価値に結びつけていくのか、具体的な形にしていくのが課題です」(阪田氏)

機械学習のコミュニティ「Kaggle」で問題解決の手法を鍛えた

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すでにさまざまな実績を生み出している阪田さんだが、最初からデータサイエンス やAI 領域について詳しかったわけではない。大学院修了後の2012年にパナソニックに入社。当時配属されたのが希望していた情報システム部門だった。

「もともと学生時代にプログラミングを通じて情報技術に興味を持ち、情報システム部門を希望しました。就職活動する中でパナソニックを選んだのは、創業者である松下幸之助さんから引き継がれている『お客様、さらには世の中を良くしていくんだ』という考えに共感したことと、尊敬できる方に数多くお会いできたからです。入社後は情報システム部門で働く中で、データ活用に関してのスキルを磨く機会を経たこと、そして独学で機械学習に関する技術を学んだことが、現在の業務につながっています」(阪田氏)

阪田さんは会社での業務とは別に、個人的な興味から、データサイエンスと機械学習の世界的なコミュニティ「Kaggle(カグル)」に参加し、データ分析のスキルを身につけていった。「Kaggle」には世界中の企業や研究機関などからさまざまな課題が出され、その分析精度を競い合うコンペの仕組みがある。阪田さんは積極的にコンペに参加。数多くのコンペで上位の成績を残し、2019年6月に、日本では9人目となる「Grandmaster」の称号を得た。

「『Kaggle』を通じてさまざまな課題とデータと技術に接することで、多彩な経験を重ねることができました。なかにはパナソニックの社内からは出てこないようなデータもあります。そういったデータに触れた経験と、そこから得られた知見が業務上でも役に立っています。それは単なる知識や技術の習得だけでなく、問題解決へのアプローチ、ノウハウのような感覚を育ててくれています」(阪田氏)

AI・機械学習はパナソニックを大きく変化させていく。パナソニックには製品開発、製造、流通、そして販売までさまざまなデータがある。さらにIoT時代になり、一般家庭や企業などで実際に使われている状態のデータの取得も始まっている。このデータの活用が今後の企業活動の重要な要素となっていく。

「企業の活動というのは基本的に意思決定の連続でできています。どういう商品を作るのか、どういう機能を持たせるのか、そしてどうやって売るのか。この意思決定をAI・機械学習がサポートできます。ものづくりの現場、そして世の中の仕組み、その両輪をデータ分析でアップデートしていきたい。そのためにAI・機械学習をどのように使っていくのか、という課題に取り組んでいます」(阪田氏)

パナソニックはこのAIの活用を「DAICC(ダイク=Data & AI for Co-Creation)」というキーワードで説明している。この言葉には「AIの大工」と意味もあるという。AIという道具を使ってパナソニックのビジネスを進化させることを考えているようだ。


パナソニックについて詳しくはこちら。

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