5月11日、正式再開当日の中国・上海ディズニーランド。世界最初の感染拡大国となったが、強靭な回復力を示し、結果論ではあるが、世界経済が奈落の底に突き落とされるのを防いだ形だ。
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コロナで世界はどのように変わったか。まず、世界中でデジタルトランスフォーメーション(DX)が急加速したことは、読者の皆さんも体験的にわかるだろう。
では、日本経済の変化はどうか。
2020年第2四半期(4〜6月)のGDP(国内総生産)速報値は前期比7.8%減、年率換算で27.8%減(その後発表された改定値は前期比7.9%減、年率換算で28.1%減)だった。
日本のメディアには「戦後最悪」との見出しが並んだが、グローバルメディアはむしろ逆で、例えば、英フィナンシャル・タイムズは「Japan’s GDP decline less severe than US and Europe」と題し、アメリカが前期比9.5%減、ドイツが10.1%減だったのに比べると良い結果、と評している。
産業分野に目を向けると、トヨタ自動車は2020年第1四半期(4〜6月)決算で1588億円の最終黒字。国内外の自動車メーカーは軒並み赤字にもかかわらずだ。
5月14日、半導体大手ルネサス・セミコンダクタ北京工場。マスクや体温測定、従業員どうしの距離確保など対策を充実させ、2月10日には再稼働。世界がパンデミックの脅威を認識しはじめた頃の話だ。
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トヨタの好決算の要因としては、得意の原価低減も挙げられるが、やはり中国市場での販売好調が大きい。
新型コロナウイルスの感染拡大が世界で最初に始まったのは中国だが、強権的ともいえる徹底的な封じ込めを行ったことで経済はいち早くプラスに転じ、4月には自動車市場も前年同月比4.4%増と回復。トヨタは6月に単月で過去最高の販売台数を記録している。
自動車産業のみならず日本経済全体にとっても、中国が早期に回復基調に入ってくれたことで救われた面があるのは否めない。
混乱のアメリカ、回復力示すも敵増やした中国
コロナ感染後、治療4日目でウォルター・リード米軍医療センターを退院したトランプ大統領。完全回復かどうかはもちろん、11月の大統領選挙に与える影響は未知数だ。
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次に、地政学的な変化はどうだろう。
何より注目すべきはアメリカの動き。新型コロナ感染拡大で20万人超という世界最多の死者を出し(10月5日時点)、トランプ大統領まで感染という異常事態だ。側近にも感染者が複数出ており、わずか1カ月後に迫った大統領選挙には不利な状況と言わざるを得ない。
ただ、このコロナ禍にあっても、トランプ大統領による中国批判と米中経済の「デカップリング(切り離し)」は徹底して押し進められた。
「中国製造2025」の旗印のもとで進む中国ハイテク産業などの追い上げを、アメリカの経済あるいは国家安全保障への脅威とみなし、通信大手ファーウェイ(華為技術)を排除、動画共有アプリ「TikTok」は配信禁止とした(ただし、アメリカ連邦地裁は大統領による禁止措置の一時差し止めを命じる判断を示している)。
アメリカの中国叩きは、民主党のバイデン候補が大統領選で勝ったとしても変わらないだろう。むしろ民主党は人権問題への対応が厳格なので、トランプ大統領以上に厳しい中国批判が行われる可能性もある。
コロナ禍を通して中国に厳しくなった国はほかにもある。6月に中国との国境付近で衝突し、複数の死亡者を出したインド。また、「中国はコロナ発生のルートを明確に示すべし」と世界に訴え、中国から逆ギレ的な批判を受けた上に、自国の在中国ジャーナリストを拘束されたオーストラリアなどだ。
コロナによる地政学的変化について大雑把にまとめるなら、アメリカが大きな混乱に陥り、中国は経済的強靭さを世界に示したものの、敵も増やしてしまった、といったところだろう。
再生可能エネルギー分野で欧州と組むべき
中国浙江省・寧波市にある太陽光発電パネルの工場。低廉なコストを武器に大きなシェアを占める。
Zhejiang Daily via REUTERS
こうした世界の変化を受けて、日本経済はどこに向かうべきか。筆者は、日本は欧州の連携を強化することが重要と考える。その理由を3つ挙げたい。
まず、7月21日に欧州連合(EU)首脳会議で合意された2021~27年の中期予算案(1.824兆ユーロ=約230兆円)と、コロナ禍に対する復興基金案(7500億ユーロ=約92兆円)に着目してみたい。
中期予算のうち30%を気候変動対策に充てるという。EUは2050年に域内の温暖化ガス排出量を実質ゼロにする目標を立てている。その中間目標として、2030年に1990年比で55%減らす方針を表明している。再生可能エネルギーや電気自動車(EV)の拡大などに予算を振り向けるのだろう。
日本経済にとって、この欧州の動きは大きなビジネスチャンスだ。
英エコノミスト誌(9月17日号)によれば、世界のソーラーモジュールの70%は中国製で、リチウム電池のコンポーネントの77%は中国が占めるという。基本的にはコストの安さがシェア拡大につながっている。
同記事は「このまま中国が再生可能エネルギーなどで覇権を握ることは、地政学上の問題を生むのではないか」と指摘する。
だとすれば、日本と欧州が共同で、中国を上回るコスト競争力を持つ再生可能エネルギー関連プロジェクトを複数立ち上げてはどうだろうか。欧州、日本の双方にとって大きなメリットがある。
EVは、日産がルノーと提携しており、欧州での販売増を狙えるポジションにある。ソーラーモジュールやリチウム電池についても、技術・品質面で強みを持つ日本企業が存在する。トヨタとパナソニックが共同設立した電池会社プライムプラネット・エナジー&ソリューションは注目に値する。
米中欧とバランス良くつき合う
米テキサス州ヒューストンにある中国総領事館前で行われた中国共産党への抗議デモ。「アメリカか、中国か」の踏み絵は、両者との健全な貿易を望む日本や欧州にとっては厳しすぎる選択だ。
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次に、トランプ政権の主導により、過激かつ感情的に進んでいる米中デカップリングを「論理的な議論に発展的移行」する仲間として、日本と欧州がタッグを組むアイデアも有効だろう。
国家安全保障などの理由で一定の貿易規制が設けられるのはやむを得ないとしても、サプライチェーン全体が米中陣営で二分されるというようなことは、世界経済にとって比類なき打撃となる。世界各国は「アメリカか中国かの踏み絵」を迫られることになりかねない。
日本にとっては日米同盟が外交の主軸であるわけだが、中国との経済関係維持も譲歩できない死活問題だ。そして、EU加盟国もドイツとフランスをはじめ(国によって若干の差はあるものの)日本と同様のポジションにある。踏み絵は困るはずだ。
安倍政権下で自由貿易推進のために設置され、世界からも高い評価を得た日EU経済連携協定(EPA)の枠組みを活用して、米中デカップリング問題を多国間枠組みでの議論へと導くことはできないだろうか。先に述べた再生可能エネルギーに関する協力についても、この枠組みを活用できるはずだ。
さらに、日本経済の対外依存に関する「バランスシフト」の視点も、欧州と連携すべき理由の1つだ。
日本経済はいまのところ、アメリカと中国への依存が高い。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を通じて、アジア・環太平洋地域との経済関係も強化されつつあるが、購買力の高い欧州との経済関係を量質ともに強化し、米中欧の三極に対しバランスをとっておくことが21世紀のリスクマネジメントとして重要だ。
コロナ禍を通じて世界は大きく変わろうとしている。1年先を見据えるだけでも、アメリカ大統領選、東京オリンピック・パラリンピック……日本の将来に大きな影響をもたらす、それでいて不透明なイベントがいくつも並ぶ。
世界の潮流を捉え、21世紀の日本経済、企業のあり方をじっくり考えて取り組まねばならない。
(文:土井正己)
土井正己(どい・まさみ):国際コンサルティング会社クレアブ代表取締役社長。山形大学客員教授。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。2013年までトヨタ自動車で、主に広報、海外宣伝、海外事業体でのトップマネジメントなど経験。グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年よりクレアブで、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。