撮影:今村拓馬
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。ではそのために何を学び、どんなアクションを起こせばよいのでしょうか?
この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔法政大教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
偉大な経営者はなぜ本を読み漁るのか
はじめまして、田中研之輔と申します。タナケンで覚えてくださいね。大学でキャリア論を教える傍ら、企業顧問を21社歴任しています。それ以前は、カリフォルニア大学バークレー校とメルボルン大学で計4年間在外研究員をしていました。
在外研究時に強く感じたのは、アカデミックな理論と、ビジネスシーンでの経験とのダイナミックな関係性の大切さです。研究者と実務家が共通テーマについてディスカッションを交わす公開セッションも毎週、開催されていました。
そうしたセッションに参加するたびに、「アカデミックな理論は、現場では役立たない」とか、「現場の経験は、理論には抽象化できない」といった、日本ではよく耳にするアカデミックフィールドとビジネスシーンとの「断絶」こそ、それぞれの既得権を守るために「創作された境界」に過ぎないことを痛感したものです。
机上の空論はアカデミックナレッジの欺瞞に過ぎません。
いま必要なことは、まったく逆の世界。「断絶」ではなく、「連続」です。アカデミックな知見とビジネスシーンでの一挙手一投足は、つながっているのだということを、改めて評価し、理解し、実践していくことなのです。
ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス、孫正義……偉大な経営者は、誰よりも本を読みます。アカデミックの古典から最新の理論までを、専門領域に固執することなく縦横無尽に、読み漁ります。知識をむさぼり習得しているのです。なぜ彼らがこれほどまで貪欲に知識を吸収するのか。
それは、イノベーションが、オリジナルの産物からは生まれないことを知っているからなのです。イノベーションとは、過去のありとあらゆる経験や知見を融合し、目の前の現実を見極め、創出したい未来を徹底的に考え抜くことで生み出されるからです。だから、学び続けるのです。
彼らは特別だ、で片付けては困ります。私たちにもできることはある。やるべきことはあるのです。私からは今、皆さんと共有したいことを専門的な知見を交えながら伝えていきますね。この連載を起爆剤にして、一緒に考え抜きましょう。
「創作された境界」を確信犯的に侵犯せよ
理論と経験。両者が緊張関係であれ、調和関係であれ、いずれの場合にも、アカデミックな理論とビジネスシーンをつなぎ合わせ対話すること。「断絶」ではなく「連続」として捉えていくこと。
本連載では、知識習得の学習機会ではなく、習得した知識をベースに考え抜く実践的なソリューションを導き出していきます。オープンな対話を重ねながら、これからの未来を創り出すダイナミズムの萌芽となるような新たな実践的なナレッジを共有していきましょう。
そこで皆さんとのよりダイレクトなコミュニケーションとして、Twitterを運用します。ハッシュタグは「#プロティアン」とします。
#プロティアン で投稿されたTweetは、すべて読ませていただきます。質問には順番に回答していきます。
私のアカウントは @KennosukeTanaka になります。もし、見つけられない場合は、検索サイトに「田中研之輔 Twitter」と入力してみてください。
なぜ、このようなダイアログの場を設定するのか。それは、私自身もまだ、キャリア形成の只中にいて、皆さんと一緒に学び、成長していきたいと強く感じているからです。
この連載の最終目的地は、あえて設定していません。皆さんとの化学反応を通じて、この連載自体が、プロティアン(変幻自在)な機会創出になっていくことを私自身も楽しみにしています。
プロティアン思考術、キックオフ
本連載のテーマを「プロティアン思考術」とした理由を2点述べておきますね。
1つ目は、コロナパンデミックを経験した今、本質論的な問いを皆さんと正面から捉え、考えていきたいから。さまざまな加速度的な変化に直面するニューノーマルを生きる私たちは、「何をすべきなのか」、「どうあるべきなのか」、そして「何ができるのか」。目の前の課題や問題の突破口を1つひとつ見つけ出していきたいと思っています。
その手がかりは、もう1つの理由にも関連します。
2つ目は、ニューノーマルを生きる私たちは、これからの働き方に関するキャリア論を基礎リテラシーとして習得し、自ら主体的にキャリア形成していく思考術を身体化しなければならないと考えるからです。
詳しくは連載の中で触れていきますが、日本型雇用が制度転換するプロセスで働く私たちには、今、組織内キャリアから自律型キャリアへの変身(=トランスフォーム)が不可欠であることを理解しなければなりません。
この2点を乗り越えていくための具体的なアプローチが、「プロティアン」という最新のキャリア理論です。そして先に述べたように、単に理論を学ぶのではなく、理論を習得し、使いこなすのです。
ちなみに、プロティアンの語源は、ギリシア神話に出てくるプロテウスの神です。姿を変幻自在に変えるプロテウスの神。ウィズコロナを生きる私たちは、今、変化への適合力が問われています。
変えるのは組織か、個人か
撮影:今村拓馬
さてさっそく考えてみたいのは、「ニューノーマルに適合するために、組織を変えるのか? 個人を変えるのか?」という問いからです。
組織と個人の両方の視点から見て、問題が1つもない企業は、存在しません。事業フェーズに応じて、さまざまな問題が浮上します。その問題に向き合い1つひとつ解決していくことが、企業経営にとっては欠かせません。経営者とコミュニケーションを図りながら、組織開発、人事制度改革、諸々の「働き方」改革に取り組んでいかなければなりません。
しかし、組織を変えることは難しい。たとえ組織が変わるとしても、時間がかかる。これは誰もが感じていることですね。そんな時にできることは、何か。具体的なアプローチとは?
それが自らのキャリアに向き合うことなのです。自らのキャリアに向き合い、働き方や生き方をより良くしていく。キャリア・オーナーシップを持ち、自らを変えることは可能なのです。
現状の不安や不満があれば、なぜ、そう感じるのか。そこから目を逸らしてはいけません。あなた自身の環境を俯瞰し、いかなる状況や環境にあるのかを分析するのです。
必要なのは、現状を自らよりよくしていくという意思と覚悟です。
プロティアン・キャリアは、そんなあなたの背中を押してくれます。キャリアに悩んだ時、そこから抜け出す処方箋になります。つまり、先の質問——ニューノーマルに適合するために、組織を変えるのか? 個人を変えるのか?——への私の解答はこうです。
「組織を変えることは不可能ではない。ただし、組織を変えるには時間を要する。組織が変化するまでの時間をただ呆然と待ち続ける訳にはいかない。そのためには、まず個人である自らを変えていくことから始めよう」
そんなことは当たり前だと感じたあなたも、今一度、これからのキャリアを考えてみることにしましょう。
その1つとしてお勧めなのが、ワーク・アイデンティティの再確認です。自分らしく働くとは、どんな働き方か。それは、今、どの程度できているのか。隙間時間でいいので、じっくりと考えてみてください。
よくライフ・アイデンティティとワーク・アイデンティティを混同している人がいます。自分らしく生きることと、自分らしく働くことの同一化です。もちろん、望ましいのは、自分らしく働くことが自分らしく生きることでもある状態です。ただ、その状態にたどり着くには、問題を分けて考える方が得策です。
そこであえて、ワーク・アイデンティティのみを、見つめてみるのです。
あなたらしく働く上で、あなた自身のキャリア開発のブレーキになっている要因は、何か? 他人事ではなく、自分事として、「自分を俯瞰してみること」。
まずは、そこからスタートです。ひょっとしたら、苦手意識を感じるかもしれません。
というのも、あなたが日本型雇用に長年守られ、働き続けてきたビジネスパーソンの一人であれば、組織の中で、ましてや組織の外で、自らのキャリアを語ることはタブーだったからです。もうそんな時代じゃない。
本連載では、あなた自身になじみ込んだ組織への強張りを解いていきます。
組織への依存からあなたを解放していくのです。
しかし、勘違いは禁物です。組織からの解放とは、組織へのアンチではありません。キャリアオーナーシップを持ち、自ら主体的に、自分らしく働くことが、組織への貢献にもつながるのです。
これからご一緒していくプロティアン思考術とは、今、あなたの目の前に起きている極めてアクチュアルなイシューに対して、実践的な解決策を組織レベルにおいても、個人レベルにおいても導き出していく問題解決の思考術(=テクニック)です。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
それでは、次回を楽しみにしていてくださいね。
(撮影・今村拓馬、編集・常盤亜由子、デザイン・星野美緒)
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。社外取締役・社外顧問を20社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員。著書は『プロティアン』『ビジトレ』をはじめ25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。