FacebookはARについてのアプローチを発表している。
出典:Facebook
複数の大手IT企業がARデバイスの開発をしているのは、もはや秘密でもなんでもない。
すでに業務用として「Hololens」を発売しているマイクロソフトが一歩リードしているが、それ以外で一歩抜け出しているのがアップルとFacebookだ。
アップルはいまだ製品計画を発表していない。おそらく、製品になるまで公開しないだろう。
一方でFacebookは、研究開発の方向性と計画の一端を外に公開しつつある。9月16日(現地時間)に開催された同社のVR関連開発者イベント「Facebook Connect」では、方向性についてかなり明確な発表をしている。
奇しくも、アップルの新製品発表と、Facebookの新VR機器「Oculus Quest 2」の発売日は、10月13日・14日に重なる。アップルがARデバイスを発表することはないと予想されるが、あえてこのタイミングで、「ARに向けて進むテックジャイアント2社」の違いを分析してみたい。
シンプルな「スマートグラス」と研究プロジェクト「ARIA」の二本立て
2021年にルックスオティカと組んで「スマートグラス」を展開。ただし本格的AR機器ではないようだ。
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FacebookはARについて、3つのアプローチを発表した。そのうち2つを先に紹介しよう。
まず、「レイバン」ブランドなどで知られる国際的アイウェアメーカー・ルックスオティカと提携し、2021年にスマートグラスを発売するということだ。
ただし、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOは、「この製品は、みなさんが考える、いわゆるARグラスではない」と釘を刺した。
ARというと、視界にCGが統合された、以下のような映像をイメージするだろうが、どうやらそういうものではないらしい。
FacebookはARグラス開発計画「Project ARIA」を発表しているが、ルックスオティカと組んだ「スマートグラス」はこういったものではないらしい。
出典:Facebook
詳細は明らかになっていないが、もう少し初歩的だが、移動しながら人々の情報活用を助ける、文字通りの「スマートなメガネ」を想定しているのかもしれない。
その上で、「現在研究を開始している」と明かされたのが、より本格的なより本格的なARグラスに向けた開発計画である「Project ARIA」だ。
「Project ARIA」はリサーチデバイスとして登場する。
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ではこちらはいつ発売……と考えたくなるが、ARIAは販売やコンシューマでの利用を目的としたデバイスではない。
本格的なARグラスの開発を目的とした「リサーチデバイス」だ。実は画面表示機能も備えていない。
「Project ARIA」のようなデバイスやリサーチプロジェクトが必要である理由は、周囲の立体的な構造を把握することが必要だからだ。Facebook社員の一部が会社の周囲で利用するところからスタートするという。
「Project ARIA」で使われる試作型グラス。眼鏡型のデバイスの中に、周囲のデータを集めるためだけの機能が搭載されている。
出典:Facebook
地形を立体として把握するのはもちろん、建物やその内部、そして「中にある家具」などを把握する必要がある。
人間はそれらを自然に認識しているが、機械はそうではない。データ収集と活用の手法を編み出すためにも、まずはちゃんとリサーチするところから始める、ということだ。
そこからの製品化は、どんなに早くとも2022年、おそらくはさらに先のことになるだろう。
「アップル版ARグラス」の布石は、実はFacebookより進んでいる
現行のLiDAR内蔵iPad Proのカメラ部。
撮影:西田宗千佳
では、アップルはどうか?
冒頭で述べたように、アップルはまだ製品に関する計画を一切公開していない。
アップルは「販売計画が定まっていない製品」について詳細を発表することはないので、このまま製品に直結する計画が確定するまで、発表がない可能性が高い。
だが、「アップルのARグラス」がどうなるかを考えると、ハードウェアとアプリ環境に関してなら、むしろFacebookよりも先に進んでいる。
アップルは2017年以降、iPhone用のOSである「iOS」に「ARKit」というフレームワークを搭載している。また、2020年春に発売された「iPad Pro」には、距離計測・空間把握精度の高速化・高精度化に使えるLiDARセンサーが搭載され、ARKitの高度化が進んでいる。
10月13日に発表されると予想される「次のiPhone」にも、LiDARの搭載が噂されているが、真偽のほどは定かではない。
周囲の空間を3次元的に認識する「LiDAR」内蔵iPad Proのカメラと、それを生かしたAR。こうしたことが「今すでにできる」のがアップルの強み。「オブジェクトが階段の上に載っている」ことをリアルタイムに表現できるのは高度なセンシングが必要だ。。
撮影:西田宗千佳
アップルがARグラスをつくるとして、そこでARKitを使うのは明白だ。iPhoneやiPad上では、ARアプリはまだ「おまけ」の域を出ない。
しかし、LiDAR搭載のiPadやiPhoneでアプリ開発を進められれば、結果的に将来のARグラスでのアプリ開発のノウハウになる。
ARで重要になる地図・地域情報も、自らマップサービスを展開し、データ収集した上で構築を進めている。これらを使えば、比較的早期から「現実空間と連携するARアプリ」を開発可能になる。
iPhoneがプラットフォームとして大成功した理由の1つは、アプリのエコシステムが回ったことにある。ARであっても、アプリやサービスのエコシステムは必要。それをつくり上げるための環境づくりを始めておき、いざというときに備えている……と考えればわかりやすいだろう。
なにしろ、ARでどんな操作体系がいいのか、どんなアプリが望まれるのかは、まだ誰も答えを持っていない。試行錯誤を早期に進められる方がいいに決まっている。
製品が出たら速やかに利用環境を整え、「多くの消費者に役立つ」ものにする。それがアプリやサービスのビジネスを加速し、ひいてはアップルという企業の成功に結びつく……。それが同社の発想なのではないか。
現在のARは、普及前夜の「1970年代のPC」に似た状況にある
Facebook Researchのチーフサイエンティストであるマイケル・アブラッシュ氏。
出典:Facebook
一方で、Facebookがリサーチ結果を先出しするのも、操作体系も必要な要素も、まだまだ定まっていないからだ。アップルがARKitやマップサービスで整備している内容で十分、とは限らない。
Facebook Researchのチーフサイエンティストであるマイケル・アブラッシュ氏は、次のようなグラフを示して、コンピューターのインターフェイスはマウス+GUI(Graphical User Interface)の次のフェーズに入っている、と説明する。
現在はパーソナルコンピュータにとって、1970年代に続く「第2の発明の時期」だとFacebookは主張する。
出典:Facebook
ダグラス・エンゲルバードが1960年代にマウスを開発した時や、1970年代にゼロックス・パロアルト研究所などで進んでいたGUIに関する研究と同じくらい困難で、新奇性のあるアプローチが必要、と彼らは判断しているのだ。だから「Project ARIA」のような、一見、遠回りとも思える手段を採る。
どちらのアプローチが正解、というものではないが、現在コンピューターがどのように進化しようとしているのかを考えると、興味深い違いと言える。
Oculus Quest 2を「どこでもオフィス」に変える「Infinite Office」
Facebookの新VR機器「Oculus Quest 2」を10月13日に発売する。
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とはいえ、Facebookには「すぐにやる」ビジネスもある。それが「仕事のためのAR活用」だ。
Facebookは、10月13日に新しいVR機器「Oculus Quest 2」を発売する。日本でも家電量販店などでの販売を予定しており、かなり大々的な展開となる。詳しくは弊誌掲載のレポートを併読いただきたい。
Oculus Quest 2はあくまで「VR」のためのもの。現状、主たる用途はゲームやフィットネスだ。だが、ハードウエアが備える機能を生かし、「AR的」な要素での活用も視野に入れている。
それが、Facebookが現在開発中の「Infinite Office」だ。
出典:Facebook
詳しくは動画を見ていただくのがわかりやすい。
VR空間内にウェブやメッセンジャーなど、仕事をするために必要な要素を配置しつつ、Oculus Quest 2が位置把握に使うセンサーを活用してモノクロで周囲の映像を「少し」重ねて見せることで、現実に存在するキーボードを使ったり、部屋を移動しつつ色々な場所で仕事をしたり……というコンセプトだ。
「Infinite Office」のデモ画面。現実がうっすらモノクロで見える中にウェブなどが表示され、空中という広い空間を生かした「どこでもオフィス」の実現を狙う。
出典:Facebook
VRとARは違うものに見えるが、本質は「全てをつくり上げた映像にする」のか「現実の風景と重ねるのか」という違いでしかない。VR機器でもカメラを生かして映像を重ねればAR的になる、ということは、開発している人々にはよく知られたことだ。
その要素を使い、低価格なVR機器を「どこでも集中できる、空間を無限に生かしたオフィス」にしようとしているわけだ。
出典:Facebook
こちらはまだ開発中であり、Oculus Quest 2を買っても初日から体験できるわけではない。だが2020年冬には、試験的機能として実装が開始される。
当然、こうした要素はARグラスでアップルも狙ってくるだろうし、すでにHololensを販売しているマイクロソフトなども指向している。Facebookは自らが「ゲームのために普及させるデバイス」を持っている強みを生かして、いち早く訴求しようとしているのだ。
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(文・西田宗千佳)
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。