2020年は、「食」にまつわるライフスタイルが、一気に変わる起点の年だった ——。そんなふうに後世に語られる日が来るのかもしれない。
新型コロナウイルスの影響で多くの人が「ステイホーム」を経験し、日常の衣食住を見つめ直すきっかけとなった。SNSのタイムラインには、「料理を始めました」と写真付きで投稿する人が男女共に増え、健康管理への関心も高まった。
店舗での買い物がしづらい時期が続いたことで、「食品宅配」の需要も増加。苦境に立たされる地方の生産者を支援する動きも盛り上がっている。
そんな流れの中で、「自分で立ち上げた事業の意味を再確認できた」と語るのが、ベースフードCEOの橋本舜(32)だ。
新卒で入社したディー・エヌ・エー(DeNA)を退社して、「完全栄養の主食」を提供するD2Cサービスを4年前に立ち上げた。
「主食をイノベーションし、健康をあたりまえに」
橋本が語るビジョンは壮大だ。
でも、それは決して夢物語では終わらないと、彼自身が確信している。
「なぜなら、そのための知識も技術も人類はすでに手にしているから。あとは、それを進める判断をするだけなんです」
物語を進める先頭に立つ決意を、橋本はしているのだ。
ご飯の楽しみそのままに。だから主食革命
ベースフードの商品ラインナップはパスタとパン。食感と風味の異なる2種類をそれぞれ揃える。
ベースフードの商品第1号は「BASE PASTA」。26種のビタミン・ミネラル、たんぱく質、食物繊維など、1日に必要とされる栄養素(厚生労働省が推奨する栄養素等表示基準値に基づき、脂質・飽和脂肪酸・n-6系脂肪酸・炭水化物・ナトリウム・熱量を除く全栄養素で、1日の基準値の1/3以上を含む)を麺に練り込んだ。
さらに2年後には、同じく栄養をギュッと詰め込んだパン「BASE BREAD」を発売。現在は、8食3000円程度の宅配を基本としたサブスクリプションモデルでユーザーを増やしている。
この開発に至った孤独な苦労は後で詳述するとして、とにかく橋本は「普段の食事で馴染みのある“主食”の形」にこだわってきた。完全栄養食というと、「ながら作業」と相性のいいグミ型やゼリー型、ドリンク型の商品はすでにあり、それぞれの支持者もいる。
しかしながら、橋本はより開発のハードルが高く、コストもかかる主食を選び、これからもそれを変えることはないと言う。そこには、譲れない思想があるからだ。
「同じ機能であってもどういう形をしているかは、開発する側の“思想”が宿るものだと思うんです。例えば、『寸暇を惜しんで研究に没頭する人を応援したい』という思想からは、自然とそれに合った形の商品が生まれるんですよね。
僕の場合は、『食事は省くものではなく、生活の中心として楽しみたいもの』という思想がある。健康を当たり前にするために、今の暮らしの豊かさを諦めたくないんです」
例えば、未来の人類が健康になったとしても、ビーフシチューとパンを食べる食文化が失われたら寂しいじゃないかと、橋本は考える。食文化を維持しながら、現代人がより手軽に健康になれるソリューションは何か。その答えとして、商品を開発してきた。
一人暮らしで知った食のパワー
毎晩寝る時から、明日の朝ご飯が楽しみにしている「根っからの食いしん坊」。原点には、料理好きだった母の手料理がある。寮暮らしだった大学生活でも、栄養バランスのいい食事を寮母さんが作ってくれた。ところが社会人になって一人暮らしを始めると、一気に食生活が乱れた。体調の変化に、食のパワーを思い知らされた。
個人としての実感を伴う体験に加え、冷静なマーケティング視点からも、橋本はベースフードの事業に大きな可能性を感じている。
「起業家輩出企業」として知られるDeNAで新規事業を複数担当した経験で培った視点だ。
「人口減少で全体としては縮小している食品市場で、伸びているのがECと健康食品です。このどちらもカバーするプロダクトを提供していることが僕たちの強みですし、コロナによって需要はさらに加速したと感じています」
こども食堂への無償提供や医療従事者への寄付といった社会貢献はもちろん喜ばれたが、通常のプロモーションも強化した。休校によって給食という栄養補給の機会が失われたり、免疫力を上げる食習慣に注目が集まったり、ベースフードの提供価値は高まったからだ。
追い風ばかりとは言えない。実はこの間、橋本は資金調達を予定していたが、コロナ禍で苦戦した。また、流通網の混乱によって、素材の確保にも腐心した。
「大変だったでしょう?と後から言われることもあるのですが、僕は苦労したとは全然思っていなくて。これが苦労だと感じるくらいなら、主食のイノベーションなんて起こせない。
人類の長い歴史をつくった主食に手を加え、人類の『健康を当たり前に』という悲願を叶えようとしているんですから。失敗するとしたら、盛大に失敗したい」
IT企業に勤めていた28歳の若者が、壮大なる人類の課題に挑んだのはなぜか。東大卒という学歴や、スマートな雰囲気からは意外なほどの泥臭い試行錯誤のプロセス、そしてその目に映る未来を語ってくれた。
(敬称略、明日に続く)
(文・宮本恵理子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。