テレワークで目標を「明確化」することの落とし穴……安易な“ジョブ型雇用”に待った

ビル群

コロナ禍によって一気に進んだテレワーク。もう完全に後戻りすることはないだろう。

撮影:今村拓馬

コロナ禍により、テレワークが一気に進みました。商談や社内での会議、採用面接など、以前はリアルな場で行っていたことを、Zoomなどのオンラインコミュニケーションツールで代替することも、ほぼ定着したと言えるでしょう。

もちろん、オンラインコミュニケーションでは、「情報は伝わりやすいが感情は伝わりにくい」などの特性があるため、人々はいろいろ工夫して慣れなくてはなりません。

それでも、スマホや速やかに浸透していたように、早晩(あるいは既に)「ふつうのこと」になり、完全に後戻りすることはないでしょう。

マネジメントの全体像を作り変えるステージに

パソコンで仕事

従来のマネジメントシステムではテレワークに対応していない点が多々あるため、システムの全体的な考え直しが必要となる。

Getty Images/kazuma seki

このような環境を前提として、企業経営者や人事は、それに対応した「マネジメントシステム」を作り出す必要がでてきました。テレワーク……つまり時間的・空間的に「離れている」状態でもチームワークで仕事すること……に対応したシステムです。

具体的には、新しいプロジェクトマネジメントや、人材育成、評価、動機づけ、一体感や組織文化の醸成などの手法を全体的に考え直さなければならないということです。

現在のマネジメントシステムはすべて「そばにいる」ことを前提として作られています。それゆえに「離れている」状態では通用しない(うまく機能しない)ことが多々あります。

日本で「ジョブ型」がすぐできるとは思えない理由

悩むサラリーマン

そんな中台頭してきた「ジョブ型」雇用。ジョブ型には、仕事内容を明確に定義した「職務記述書」が必要だが、これまで曖昧でよしとしてきた企業にとって、職務記述書の作成はなかなか難しい。

Shutterstock/wavebreakmedia

最近、半ばバズワードと化しつつある「ジョブ型」雇用なども、それに応じて出てきた代表的な施策でしょう。

これまでは、みんなで「そばにいる」状態で仕事をしていれば、その時々に応じて、柔軟に役割を変えて、うまくメンバー全員の能力を引き出しながら、チームの生産性を最大化することができました(いわゆる「メンバーシップ型」雇用)。

これが「離れている」と、お互いの様子を伝え合うのにコミュニケーションコストがかかるために、同じようなことはできなくなります。

そこで、これまでよりも各人の仕事内容やその目標(ジョブ)を事前に明確化しておくことで、ずっとコミュニケーションを取り合わずとも仕事ができるようにしようというわけです。

会社によって、各人の仕事の独立性・自己完結性が高いような場合は、ジョブ型はある程度機能するかもしれません。しかし、これまでべったりとメンバーシップ型で柔軟にやってきた多くの日本の会社が、そう簡単にジョブ型へ適応できるとは、私には思えません。

まず、ジョブ型で最初に必要な、仕事内容を明確に定義した「職務記述書」(ジョブディスクリプション[JD])ですら、もともと曖昧にやってきた(悪いことではありません)わけですから、いきなり書けずにつまずくことでしょう。

外資系企業などで長年JDを書いてきた人ですら「大変だ」「実際できていない」というものが、そんな簡単にできることではないでしょう。

「明確化」は必ずしも良いことではない

このように「そもそもできない」と思っているのですが、私は「できないから止めよう」と言いたいのではありません。

むしろこれまでの日本企業は曖昧な状態で柔軟にできているという方がすごいことであり、それが日本企業のある種の強さだったのに、それをあっさり捨てようとするような動きがあることを危惧しています。

素朴に「曖昧より明確な方がいい」と思う人は多いと思うのですが、本当にそうでしょうか。

「明確」であること自体に価値はありません。要は、一緒に働く人々がやりがいを持って働き、能力を発揮して成果を出し、評価や報酬に納得していれば、「明確」でなくとも問題はありません。

拙速に「明確化」すると何が起こるか

現実のビジネスの世界はとかく曖昧なものです。そういう「本当は曖昧なもの」を言葉上だけで明確化すると逆に問題が起こる場合があります。

例えば、等級制度などはわかりやすいのですが、「この等級は、こういう役割期待で、こういう能力を持っている人とする」と明確に決めると、それに当てはまらないのにその等級にいる人は非難されるでしょうし、「その定義だったら、自分もその等級に昇格して欲しい」という話も出てくるでしょう。

また、「自分はこの等級なので、こんな重い役割をやる必要はない」とか「これは自分の仕事ではなく、あの人がやるべき仕事だ」とか、明確にしたがゆえにこのような仕事の押し付け合いも起こってしまうかもしれません。

こういった明確化のデメリットを超えるメリットを作ることは難しいでしょう。

「オール・オア・ナッシング」で考えるのをやめませんか?

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いきなり、「ジョブ型」とかにいくのではなく、オンラインコミュニケーションを取る努力で解決する方が現実的・建設的ではないだろうか?

撮影:今村拓馬

私は、最終的にジョブ型がやりたければやってもよいと思います(一部IT企業など、やるべき企業もあるでしょう)。

しかし、前述のように、多くの場合はお勧めしません。テレワークをするに当たって、ある程度は仕事や目標を今までよりも明確化せねばならないのは当然ですが、いきなり「ジョブ型」にというように、All or Nothingで行く必要はありません。

よいバランス、よい塩梅でいけばよいのです。最初に大体の役割や方針を示し、適宜コミュニケーションを取りながら、それを柔軟に変更していくというのでよくないでしょうか。

「離れている」と「そばにいる」よりも、上司や部下、同僚間のコミュニケーションが取りにくいのは承知の上です。

しかし、だからといって、「ジョブ型」などにいくのではなく、普通に、取りにくいオンラインコミュニケーションを取る努力で解決する方が現実的・建設的ではないか、と思うのです。

可能な限り「曖昧さ」に耐えよう

歩く人

ジョブ型への移行を検討する前に、1on1ミーティングの頻度を増やしたりなど、ギリギリまで「土俵際」で耐えることをお勧めする。

撮影:今村拓馬

要は、私の意見は、「オンラインでリアルと似たような綿密なコミュニケーションを取ることは難しい。それでもできるだけギリギリまで頑張ってみましょう」ということです。

今までやっていなかった朝会を開いたり、オンラインでよいので1on1ミーティングの頻度を増やしたり、手数は増えるかもしれませんが日報を書いてもらったり、テキストチャットなどを多用していつでも報・連・相ができるような体制を作ったり……できることはいくらでもあります。

それでもマネジメントがなかなか成立しないということであれば、そこで初めて本格的な「ジョブ型」を検討する覚悟をしても遅くはないと思います。それまでは是非「土俵際」で耐えてみることを私はお勧めします。

(文・曽和利光


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曽和利光:京都大学教育学部教育心理学科卒業。リクルート人事部ゼネラルマネジャー、ライフネット生命総務部長、オープンハウス組織開発本部長を歴任し、2011年に株式会社人材研究所設立。人事歴約20年、これまでに面接した人数は2万人以上。近著に『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』。そのほか『コミュ障のための面接戦略』、『人事と採用のセオリー』などの著書がある。

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