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中国は10月1日から8日まで国慶節・中秋節の8連休だった。例年の国慶節連休は7日間だが、今年は中秋節と重なり1日長かった。
中国のもう一つの大型連休、春節(国慶節)直前に新型コロナ拡大が公にされ、1~2月まで全土で外出制限が敷かれたため、2020年で最初かつ最大の大型連休となった国慶節。例年なら多くの中高所得者層が海外旅行に出かけるが、今年は世界中がコロナ禍で入国制限を続けており、国内を旅行するしかない。オンライン旅行大手シートリップ(携程)は9月下旬、国慶節連休で約6億人が国内旅行をすると予測した。実際にはどうだったのか。政府や各企業のデータを紹介する。
同じ宿に7連泊が7割増、ホテルへの郷土料理出前も
国慶節連休に行楽を楽しむ中国人観光客。10月2日、北京市の後海。
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日本の観光庁に相当する中国文化旅行部は10月8日夜、国慶節連休8日間の国内旅行者が前年同期比79%ののべ6億3700万人、国内観光収入が同69.9%の4665億6000万元(約7兆3600億円)に達したと発表した。
2019年の国慶節は約700万人が海外旅行に出かけており、例年なら海外で落とされる金も国内で消費されたはずだ。それでも旅行者、観光収入ともに前年を下回っているのは、そもそも各施設が「3密」を避けるために入場制限をしていることと、コロナ禍によって人の行動様式が変化しているためだ。
データからは興味深い変化がいくつか見られる。シートリップが8日に発表した「中国国慶節旅行ビッグデータ報告」によると、同じ宿に5連泊した人が35%、7連泊した人が70%増えた。
中国の旅行スタイルは数年前まで、「いくつもの観光スポットを効率的に回る団体旅行」が中心だったが、この数年で若年層による個人旅行、小グループ旅行が増え、今年はコロナ禍によって「1カ所に長く滞在し、地元の人と同じような生活をする」旅行が明らかに増加している。
フードデリバリー中国首位の美団(Meituan)は、10月1日から5日までに、人気観光地での出前注文数が前年同期比200%増加したと発表した。調査によると、注文の3割が個人旅行者によるもので、ホテルへの配達は国慶節前に比べて150%増加。さらにその半分が「郷土料理」を注文した。
検索ポータル最大手のバイドゥ(百度)によると、9月28日までの1週間で、「国内旅行」での検索数は23倍に増え、「近隣旅行」「ドライブ」も増えた。一方で、「海外旅行」「ツアー」の検索数は大きく落ちた。文化旅行部も、国慶節のレンタカー予約数が前年同期比50%増え、過去最高になったとのデータを公表した。
人気旅行地4位にパンデミック発生の湖北省
武漢市の観光名所「黄鶴楼」は国慶節期間の夜間に初めてライトアップした。
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コロナ禍によって主要観光施設の事前予約・決済が浸透したため、人気旅行先のビッグデータもより集めやすくなった。美団がまとめた施設予約数によると、上海市が最も多く、北京市、江蘇省、湖北省、四川省が続いた。
ここで注目したいのは、4位にパンデミックの中心となった湖北省が入っていることだ。世界で最初にロックダウンが行われた武漢市を中心に、湖北省各都市は官民共同で観光キャンペーンを展開し、消費者の間でも“応援旅行”の動きが広がっている。
1800年の歴史を持つ楼閣「黄鶴楼」は1985年の一般公開後初めて、夜間のライトアップを実施。湖北省の30カ所の観光施設の1、2日の入場者は前年並みののべ31万1000人、観光収入は前年比85.5%まで回復した。
中国の3大通信キャリアの1社、チャイナモバイル(中国移動)は湖北省だけのユーザー移動データをまとめたが、それによると10月1~8日、省外在住の927万人が湖北省を訪れたという。ただし同データによると、湖北省在住のユーザーは「安・近・短」を選んでいることも分かる。湖北省の人口は約5900万人だが、2354万人が地元での行楽を選び、526万人が省内の他都市に旅行。湖北省外に出たのは394万人。海外旅行者は6000人強だった。
長いロックダウンが明けて旅行意欲は高まっているものの、約1100万人の全住民がPCR検査を受けた武漢市では、まだ感染への警戒感が残っている。武漢市の大学職員(30代)は、「多くの武漢市民は、武漢が一番安全と思っている」と話した。
ステイホーム消費者の家電購入も増加
コロナ禍が収束した中国では、政府が経済を回すため、遠方への国内旅行を推奨しており、多くの観光地が入場料の減免を打ち出している。とはいえ、人々の行動様式・価値観は確実に変わっている。北京の外資系企業で働く女性(30)は、「海外の思想に興味が高まり、国慶節期間はキリスト教の教会巡りをしました。礼拝にも1度参加しました」と話した。
コロナ禍を機に、生き方や働き方を再考する人も少なくなく、また、経済状況や職業上の事情で遠方に旅行できない人もいる。学生や教師、公務員などは、職場から遠出を控えるよう要請されているケースも多い。
国慶節でもステイホーム状態の人が相当いるためか、ラオックスを傘下に持つ家電量販店大手の蘇寧易購によると、国慶節期間中は食器洗浄機、フットバス、マッサージチェアの販売が数倍に増えたという。
航空利用者、搭乗率は前年並みに回復
国慶節期間の航空利用客は前年並みまで戻った。北京市で9月25日撮影。
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国を挙げて旅行が推奨されているが、全体を見れば、「安・近・短」を選ぶ人が多い。
一方で、例年海外旅行に出かけていた人は「海外」感のある辺境地域に旅行すると期待されていた。特にコロナ禍で壊滅的な打撃を受けた航空会社にとっては、旅行意欲が活発な中高所得者層が頼みの綱だ。航空業界は国慶節でどの程度回復したのか。
民間航空行政を管轄する民航局によると10月1~8日、航空旅客数はのべ1326万人で、1日当たりの旅客数は2019年国慶節期間の91.7%に回復した。平均搭乗率も78.64%で前年並みに戻ったという。
ネパールやブータンと国境を接し、民族色豊かなチベット自治区のラサ・クンガ空港の搭乗率は90%を超えた。シートリップの9月末の調査でもラサ市の宿泊予約件数が前年同期比6倍に増えたことが判明しており、「海外情緒」「民族情緒」を体験でき、かつ3密を避けられそうな観光地の人気ぶりがうかがえる。
巨額の負債に加え、香港のデモ、新型コロナウイルスの影響を受け、地元の海南省政府が経営再建に関与している航空コングロマリット海航集団(HNAグループ)は、傘下航空企業の国慶節8日間の旅客数が220万人に達し、1日あたりだと9月比で20%増加したと発表した。7日だけでのべ30万人が搭乗し、1日当たりでは新型コロナ拡大以降最大となった。国内路線の搭乗率は86%で、2019年の国慶節並みに回復したという。
値上げの宿泊施設に不満の声も
複数のプラットフォームのデータでは、ハイエンド消費ほどコロナ禍からの回復が早いことが報告されている。日本ではGo Toトラベルキャンペーンの恩恵が高級施設に集中していることが課題になっているが、中国の場合はコロナ禍でさらに広がった経済格差によって、ハイエンド消費が広がっているようだ。
世界遺産にも指定されている雲南省の麗江古城は、地理的にも以前から海外旅行と同等の観光地として人気だったが、今年の国慶節は高級宿泊施設から予約が埋まっていったという。
また、今年特有の現象として、宿泊料金の値上がりがSNSや宿泊予約サイトのレビューなどで指摘されている。中国は4月から観光・旅行が徐々に再開され、夏休みから省をまたいだ旅行の動きが活発化した。
観光業者からすれば2020年前半には瀕死の危機を経験し、秋・冬には第2波のリスクもある。再び外出自粛が起きたときに備え、海南省、雲南省といった辺境の観光地は、国慶節を2020年最大の稼ぎ時ととらえ、料金を値上げした。その結果、消費者側からは「料金に見合わないサービス」「施設側の人手不足で満足できなかった」といった批判も多く寄せられた。
国内新作が7作品公開された映画業界
国慶節の結婚披露宴や記念写真撮影の価格は例年より大幅に値上がりしているという。
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中国では2月にスーパーなどのライフライン、3月に飲食店など、段階的に商業施設が再開されていったが、最後まで再開が許されなかったのが映画館だ。映画館の再開が認められたのは7月中下旬。当初は入場者数を定員の30%に制限し、段階的に引き上げ。現在は定員の75%まで入場できるようになった。
半年の休業で巨額赤字を出している映画業界にとっても国慶節は重要なイベントで、同時期に合わせて国内制作の7作品が公開された。
業界団体によると8連休中の興行収入は約40億元(630億円)。過去最高の興行収入(44億4600万元)を打ち立てた昨年の国慶節に比べれば少ないが、入場制限を考慮すると健闘したと言える。特に10月1日に公開された大作「我和我的家郷」の興行収入は18億7100万元(約290億円)、「姜子牙」は15億元(約240億円)を突破し、関係者を安堵させた。
国慶節期間(1-7日)の映画興行収入の推移(単位は億元)。2020年は1日追加され、40億元で着地する見通し。
商業数据派まとめ
世界の先進国をコロナ禍が襲う中、2020年は中国が世界最大の映画市場になると見込まれている。ただし現地メディアによると、撮影が進んでいないため、2021年夏ごろまで国内作品の公開は例年の3分の2程度、ハリウッドなど海外作品の公開はさらに減る見通しだ。北京や上海での大都市ではハリウッド作品の人気が高いため、公開作品数の減少は、引き続き映画産業への逆風となりそうだ。
同じく感染リスクが高いとして、営業再開が遅かった舞台公演に関するデータも発表されている。
中国演出業界協会によると、国慶節期間に演劇など舞台パフォーマンスが7500カ所で開催され、観覧者数は約480万人。チケット収入は8億6000万元(約140億円)だった。劇場や屋外舞台の観客数は約180万人で平均チケット価格は200元(約3000円)、チケット収入は3億6000万元(約57億円)。観光施設での観客数は300万人、平均チケット価格は166元(約2600円)、チケット収入は約5億元(約80億円)だった。
同協会の発表は前年との比較が出されていないが、エンタメチケット販売サイトの「大麦網」では、比較可能なデータが出ている。国慶節に開かれた舞台の中では音楽関連の増加が最も活発で、開催数は前年同期比130%、収入は同113%増えた。音楽イベントの参加者の6割以上が、他地域からの来場者だったという。また、ライブハウスの開催回数は同68%増え、興行収入は同208%増加した。
第2波とニューノーマルの備えはこれから
国慶節期間の消費データは決済、自動車販売など他にも多数出ているが、おおむね好調で、「経済回復」を感じさせるものだった。政府系旅行シンクタンク中国旅行研究院は10月10日、国慶節の状況から2020年は観光業界がU字回復する見通しを示した。
だが前述したように、水際以外ではほとんど感染者が見られなくなった中国でも、なお第2波の懸念はくすぶっており、連休中はどこも割引クーポンを発行したり入場料を割り引いて、「稼げるだけ稼ぐ」動きが強く出ていた。
一方で、コロナ禍によって消費者の行動様式は確実に変化しており、観光業界は今後、第2波とニューノーマルの両面対応が求められていくだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。