「国民のために働く内閣」を掲げて9月に発足した菅政権。増え続ける政府の負債をどう解消するのか、課題は山積だ。
Pool New/REUTERS
2020年9月に発足した菅政権は、前任の安倍政権を継承する形で多くの“レガシー”を引き継ぎました。自民党内の強い支持基盤や世論の高い支持率といった正のレガシーもあれば、前政権やそれ以前からの積み残しとなっている負のレガシーもあります。負のレガシーの中でも、とりわけ日本という国のお金の収支である財政問題は深刻です。
そこで今回は、日本政府がこれまで先送りにしてきた“宿題”とは何なのか、これから取るべき道筋とは何かを考えていきます。
国民の経済活動以上の負債
前々回、前回と2回にわたって検証してきたとおり、日本の財政は長らく“借金漬け”です。2019年度末の一般政府(中央政府+地方政府+社会保障基金)の負債は1323兆円、資産と負債の差額も709兆円にのぼります(図表1、2)。
(出所)日本銀行「資金循環統計」より筆者作成。
(出所)日本銀行「資金循環統計」より筆者作成。
この政府の負債が、一国の経済活動の大きさを示す名目GDPに対してどのくらいあるかを表すのが「対名目GDP比」です。名目GDPと比較して見ると、2019年度の一般政府の負債は239.6%、資産・負債差額で見ると128.4%と負債がGDPを上回っています(図表3)。経済活動の規模に比べて、政府が多額の負債を抱えているということです。
(出所)内閣府「国民経済計算」、日本銀行「資金循環統計」より筆者作成。
失われた10年と呼ばれたバブル崩壊後の経済状況の悪化や、1997年から始まる金融危機、2000年代初頭のITバブル崩壊などの長いトンネルを抜けて政府の負債増がようやく一息ついたのが2004年ごろのこと。しかし2008年にリーマン・ショック、2011年には東日本大震災が発生し、一般政府の負債は対名目GDPでさらに増加してしまいました。
その後、2019年度までは幸い国難級の災害に見舞われることもなく、一般政府の負債対GDP比はほぼ横ばいで推移してきました。この間、経済成長率は均して見ればほぼ実力通りの数字でした。
ほぼベストな状況でも財政再建できず
実際の経済成長率は景気の好不調に左右されますが、そうした要因を取り除いた経済成長率を「潜在成長率」と言います。2013〜2019年度の経済成長率(実質GDP)は幾何平均で0.95%。潜在成長率は推計する機関によって差はあるものの概ね0.7~1%程度ですから、0.95%という数字は良い出来だったと言えるでしょう。
また、この期間は異次元緩和による低金利で国債の利払い費が抑えられたこと、消費税増税が寄与していることも考慮する必要があります。
そう考えると、こうしたプラス要因があったにもかかわらず、一般政府の負債対GDP比は横ばいを保つのがやっとだった、という見方もできます。
今のところ、異次元緩和によるマイナス金利、YCC(イールド・カーブ・コントロール:短期金利から10年物までの国債金利を誘導する金融政策のこと。詳細は前々回参照)が効いて、国債金利は低位安定していますし、貸出金利も低水準。国や企業は利払いが抑えられて助かっています。
しかし一方で、低金利は金融機関、特に収益源が限られている地方銀行や信用金庫といった地域金融機関の経営を圧迫しています。
菅首相は就任後初の記者会見で、地銀再編の必要性について言及していました。菅政権になって地銀再編が加速すると見られているのも、もともとは地銀のビジネスモデルが原因です。
地銀再編の必要性について、菅首相は「地銀の数が多すぎるため」と説明していますが、実際のところは安倍政権時代に政府・日銀がとった低金利政策が地銀のビジネスモデルを機能不全に追いやったことで、再編せざるを得ない状況に陥ったと見るほうが正確でしょう。
低金利で金融機関の経営が厳しくなると、融資に慎重になって景気に悪影響を及ぼしたり、リバーサル・レート(金融緩和が行きすぎて貸出に支障を来すほどの低すぎる金利のこと)の問題が生じて金融システムが不安定になる恐れが出てきます。
日本銀行が発行する銀行券と日銀当座預金、それに硬貨を合計した「マネタリーベース」は、2020年9月の平均残高が587兆円と先月から15兆円以上増加、9月末の残高は600兆円を突破しました。10月には平均残高でも600兆円を超えます。2020年度、2021年度の予算を考えると、この増加傾向は今後も続きます。
(出所)日本銀行「マネタリーベース統計」より筆者作成。
「低金利」という政策は政府や企業の資金繰りを支える一方で、地域金融機関の経営を苦しくするなど金融システムに負荷をかけています。金融システムの安定を図る信用秩序維持政策と異次元緩和政策が、そろそろ齟齬を来しているのです。
だからといってすぐには金利も上げにくい状況です。マネタリーベースが積み上がった結果、大量の資金がダブついているからです。つまり、今の日本は金融政策の自由度が損なわれている状態です。
結局のところ、中央銀行が財政を支えようとすれば、金融政策や信用秩序維持政策にしわ寄せが来てしまう……。残念ながら安易な解決策はない、というのが今の日本の財政に対する評価です。
日本にも「キャピタルゲイン課税」がやってくる?
政府の負債が増加する一方で、意外かもしれませんが、家計の金融資産は増加を続けています。
日本銀行「資金循環統計」によると、家計が保有する金融資産は2000年3月末〜2020年6月末の20年間で1401.1兆円から1882.7兆円へと481.6兆円増加しました。
その内訳を見てみると、この20年間で現金・預金が285.8兆円、保険・年金・定型保証が158.5兆円、株式等・投資信託受益証券が70.8兆円増加しています。この間に中高年の人口が増えていますから、取り崩さず老後資金として蓄積しているという事情もあるでしょう。
(出所)日本銀行「資金循環統計」より筆者作成。
マネタリーベースも、中央政府や金融機関以外が保有する現金や預金であるマネーストックも既往ピーク。マネーストック(M3)の9月平均残高は1660兆円となり、1年間で101兆円も増加しました。そして家計金融資産も既往ピークの水準です。
家計金融資産を日本の人口で割ると、国民1人当たり平均1500万円弱を保有していることになります。つまり、あるところには潤沢にお金があるのに、それがうまく回っていないということです。
金融資産の格差は所得格差よりも大きいため、常にカツカツの人もいれば、何不自由のない人もいます。富裕層ほど金融資産の配当や売却益が多くなり、所得に占める税率が低くなります(「逆進性」があります)。
アメリカの大統領選では、バイデン候補が富裕層へのキャピタルゲイン課税を最大で現行の20%から39.6%まで引き上げると主張しています。こうした海外の動向に影響されて、日本もコロナ禍を乗り越えて経済が正常軌道に乗った際は、消費税増税だけでなく金融資産への課税強化(例えば、キャピタルゲイン課税の強化)が議論されるかもしれません。
キャピタルゲイン課税で税収が実際にどの程度増えるかは未知数ですが、低所得者層へのケアや教育機会の拡充に用いる財源が増えれば、長期的には経済の底上げも期待できるでしょう。
高齢化社会に備えた改革は急務
日本の最大の課題は「高齢化」です。政府はすでに膨大な負債を抱えていますが、この負債を借り換えられるよう、財政収支のバランスを改善しながら、さらに将来に備えなければなりません。
日本の人口構成の将来予想を見ると、65歳以上の人口の伸びは緩やかですが75歳以上の人口増が目立ってきます。なにより問題なのは、15~64歳の生産年齢人口が減少し続けること。現時点ですでに消費税以上に年金保険料の負担が大きくなっていますが、年金保険料は今後下がる余地はほとんどないどころか、さらなる引き上げも起きうる状況です。
(出所)内閣府「令和2年版高齢社会白書」をもとに編集部作成。
また、高齢者の介護や医療にこれまで以上に労働力や設備を割く必要が出てきます。移民を大規模に受け入れるのでなければ、65歳を超えても働くようにしたり、生産性を上げるなどの工夫が必要です。
アベノミクスでは「第一の矢(金融緩和)」によって先行して金利を引き下げましたが、本命である「第三の矢(成長戦略)」はどこへ飛んでいったのか行方不明のまま。就任してまだ日が浅い菅政権の動きを見ていると、行方知れずの三本目の矢を慌てて取り戻そうとしているようにも見えます。
コロナが浮き彫りにした日本の課題
ここまで見てきたように、日本の財政は文字通り課題山積です。しかし楽観論に立てば、遅れている分野こそキャッチアップによる伸びしろが大きいとも言えます。
コロナ禍でテレワークが普及したことにより、働き方や社員教育のあり方、ITスキルやインフラ環境など、さまざまな課題が浮き彫りになりました。
こうした課題を解決するだけでも、個人とマクロ経済、双方の成長につながります。特に社員教育のあり方は「労働寿命」の長期化にも効いてくるでしょう。
以前から、「日本人は社会に出ると自発的に勉強しなくなる」と指摘されてきました。特に大卒文系の場合、新卒一括採用は一般的にポテンシャル採用のため実務的なスキルは重視されず、入社後のOJTで鍛えられていくケースが多いと思います。
職業訓練や社会人教育、リカレント教育などといった方面への公的関与が弱いと、どうなるか。仮に新卒時の就職活動がうまく行かなかったり、新卒入社後に何らかの理由で失職してしまった場合、生涯年収やスキルの蓄積に大きな格差が生まれてしまいます。
こうした問題を解決するためにも、政府は失業保険や雇用調整助成金の給付だけでなく、労働力の質を高めるための支出を増やす必要があるでしょう(個人にとっては、自学自習が求められます)。
また、ビジネス環境の整備も急務です。IMDが毎年公表している世界競争力ランキングを見ると、日本は2020年に63カ国中34位。前年の30位からさらに順位を下げました。ちなみに、お隣の中国は20位、韓国は23位ですから、日本は東アジアの中でも振るわない順位です。
失業率の低さや物価が安定していることなどから、「経済パフォーマンス」の評価は11位と高いものの、「政府の効率性」(41位)や「ビジネスの効率性」(55位)が足を引っ張っています。
ちなみに、「起業家精神」や「企業の俊敏性」は最下位(図表8)。「デジタル技術のスキル」や「大企業の効率性」、外国からのアイデアへの開放性を指す「国の文化」でも下から2番目というさんざんな評価です。
2020年9月に発足した菅政権は、行政改革やデジタル庁の新設、中小企業施策などの改革路線を掲げています。具体的な施策はまだ見えていないものの、新政権のこうした動向は日本の弱みの改善につながるのではないかと期待できます。
コロナ禍ではどうしても「困難を耐え忍ぶ」という守りの発想になりがちです。実際、財政政策や金融政策も、これまでのところ既存の企業や雇用を守るための施策がほとんどでした。
しかし一方で、超高齢化社会は目前に迫り、財政再建も考えなければいけません。国のリーダーが交代したこのタイミングで、そろそろ「攻め」に当たる改革にも着手し、安倍政権が積み残した宿題の片付けに本腰を入れてくれるよう期待したいところです。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
鈴木卓実:たくみ総合研究所・代表。エコノミスト、睡眠健康指導士。元日銀マン。新潟生まれ、仙台育ち。2003年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。日本銀行にて、産業調査、金融機関モニタリング、統計作成等に従事。2018年、独立・開業。経済・金融や健康のリテラシー向上のため、セミナーや執筆等を通じて情報を発信。既存組織に属さないフットワークを活かし、ポジショントークのない活動を行う。