撮影:今村拓馬
Business Insider Japanの読者であるミレニアル世代、特に20代にとって、政権と言えば、安倍政権という印象を持つ人も少なくない。日本では稀に見る長期政権は、この世代にどんな影響を及ぼしたのだろうか。一方、彼ら彼女らの意識の変容が長期政権を可能にもしている。
ミレニアル世代のビジネスパーソンや研究者などに聞く2回目は10月に生活共同体「TSUMUGI(ツムギ)」を立ち上げたはしかよこさん(31)。資本主義の限界も指摘される中、「循環型社会」を目指すための場所を、はしさんはなぜつくろうと思ったのか。
10月に生活共同体「TSUMUGI(ツムギ)」を仲間と共に立ち上げました。
ここで実現したいことはもっと暮らしを大事にしたい、自分なりの形で循環型の経済を体験したいという人たちの共同体をつくること。まずは食べることから、と農家や生産者の方と一緒に畑で野菜などを作ってみることを始めました。単なる畑のシェアリングとの違いは、参加者自ら農作業を体験することで、どれだけレスポンシビリティ(責任)を持てるかという点です。
0期の募集はおかげさまですぐに埋まりました。「人間らしい暮らしを取り戻したい」「本当の豊かさについて考えたい」という人は増えていると感じています。
社会のシステムは“モノクロの世界”だった
社会は“モノクロ”に見えた。違和感を持っていた就活は1度説明会に行ってやめた。
撮影:今村 拓馬
私は資本主義社会に対する違和感や生きづらさを抱えながら生きてきました。昔から表現することが好きで、文章を書いたり、ロックバンドをやったり。大学の途中では美大に編入することも考えました。そんな大学時代を過ごしていたため、就活する意義も全く見出せませんでした。
当時の私から見た社会のシステムは“モノクロの世界”。父が自営業だったこともあり、会社員の生活が具体的にイメージできなかった。大学4年になってやっとスーツを着て採用説明会に行ったものの、どうしても就活を続ける気になれず、すぐにやめてしまいました。気付いたらニート。さすがにこれではいけないと、派遣のアパレル店員として働き始めましたが、本当にやりたいことが分からない。
その後、インドやデンマークを旅したり、フィリピンに語学留学したりするうちに世界1周への思いが芽生え、時間と場所の制約なく働けるエンジニアに転向しました。
インドで出会ったおじさんとのエピソードをnoteに綴ると大きな反響が。
撮影:今村 拓馬
旅の中、インドで出会った宿屋のおじさんにこう言われたんです。
「君は仕事はしているかもしれないけど、生活はしていない。生活をサボっちゃダメだ」
エンジニア時代の私はいわゆるワーカホリックな働き方をしていたのですが、この言葉でよりよく暮らす、ということに目が向くようになりました。
コロナが問い直した「働くことの意味」
撮影:今村 拓馬
安倍政権の間に就活事情はよくなり、雇用も増えたと言われてきました。だけど、その雇用って本当にみんなが望む働き方なのか。世の中に必要な仕事なんだろうか、と考えています。世の中にはいまだに「ブルシット・ジョブ(無意味な仕事)」が溢れています。コロナによって、仕事の無駄が顕在化され、より多くの人が家族や生活の大切さに気付きました。
むしろコロナは、「働くことの意味」や「本当の豊かさ」を問い直す機会になると思います。人生の貴重な時間を使うなら「意味のあること」をやるほうがいい。もっと暮らしを大切にするべきでなないか。そう思ったのがTSUMUGIにつながっています。
資本主義はいろんな可能性を眠らせてしまう
目的のために人のつながりを作るのではなく、人のつながりからの可能性を信じていると、はしさん。
撮影:今村 拓馬
もう一つ、私たちは「縁」という考え方を大切にしています。資本主義の世界は、Aという原因があってBという結果があるという“因果の世界”。一方、縁の世界は、複合的な要素が相まっている世界です。
例えば、ひまわりの花を咲かせるためには、季節、栄養、日照時間など、さまざまな環境要因が関係してきます。人間も良い縁の中にいれば、自然と自分の可能性を開花させることができる。花を咲かせる種はみんな持っている。でも、縁がなければ花は咲かない。資本主義は、いろんな人が持っている可能性の種を眠らせてしまっているシステムだと思います。
やりたいことをやる、ありたい姿でいる、自分の時間を生きる、自らの可能性を開く。資本主義社会の中だとこのような態度を貫き通すのは非常に難しい。これらの態度を、資本主義の上で表現するために、MIKKE(ミッケ)というアートコレクティブでも活動しています。
MIKKEは、人の可能性を育てる土壌のような場所。フランスの人類学者レヴィ=ストロースの「ブリコラージュ(寄せ集めて作る)」という概念を体現している集団です。ここにはライターやカメラマンなどクリエイティブな仕事がしたいという人が集まっていて、メンバー一人ひとりが個人として活動しながらも、ネットワークとしてゆるくつながっています。
目的のために人を集める(因果)のではなく、人の欲求や可能性、その時の偶然性があいまってプロジェクトが勝手に動いていきます(縁起)。いい人が集まると、周りに巻き込まれて、いい作用が循環していくのです。
地域に信頼できるコミュニティを持つ
自ら生産に加わることで責任感が生まれる、という。
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資本主義を乗り越えるうえで大切なのは、公でもなく私でもなく、「共(コモンズ)」。今後、モノを一人占めする時代は終わるでしょう。ここ数年、シェアリングサービスも普及していますが、みんなが心の底で求めていたことが可視化され始めていると思います。
コロナで多くの人が食生活の大切さに気付いたけれど、東京の食料自給率はカロリーベースで1%。東京の人の生活は、土台をアウトソーシングして成り立っているのです。私たちはコモンズによって消費の在り方を変えることで少しでも生産に加担できないかと考えたことが、冒頭のTSUMUGIにつながっています。東京にいながら、どのように暮らしを大切にできるかがいまのテーマです。
例えば、コロナで食生活が見直されたことで、無農薬の野菜が人気になりました。しかし、そのような状況下で、とある農家さんが輸送にかかるエネルギー消費や地産地消の観点から、他地域の消費者に販売しない方針を取ったことを耳にしました。そういう話を聞いて、今後生き抜くためには、信頼できるコミュニティをローカルで持つこと、消費者であり続けるのではなく、生産に加担することが重要になってくると感じました。
縁があれば少ない収入でも生きていける
「円」よりも「縁」に価値を見出したいとはしさんは言う。
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ポスト資本主義について私は200〜300年という長い時間軸で考えています。今すぐは変わらないけれど、全てをお金で手に入れるという世界観は徐々に変わっていくのではないでしょうか。良い縁のコミュニティに所属していれば、ネットにはない価値ある情報が得られます。今後お金だけでは手に入らないものは増えてくるでしょうから、「円」の代わりに「縁」を使う時代は必ず来ると思います。
安倍政権時代、老後の資金として夫婦で2000万円が必要と言われました。でも信頼できるコミュニティを複数持つだけで生活の不安は軽減される。
撮影:今村 拓馬
現在、私には夫がいますが、夫婦だけではなく、共通の友人と3人で暮らしています。また、TSUMUGIのみんなも頼れる仲間です。いつも「子どもが産まれたら、一緒に育てよう〜」と話しています。いざというときに助けてくれる人が身近にいるだけで心強いですし、全てにおいて境界があいまいな世界の方が生きやすいと思っています。
ただ、現時点ではコモンズだけで生きていくことはできません。資本主義との共存が不可欠です。そこでTSUMUGIでは、会費の6割をコモンズとして使い、残りの4割は運営費としていただいています。
レヴィ=ストロースは、「人間は“交換する生き物”であり、交換のシステムが社会である」と述べています。これは贈り物に対してお返しをする「贈与論」にもつながってきます。家族間では日常的に贈与が行われ、家事の対価としてお金を支払うことはありません。
家族のような信頼関係が拡大していけば、「円」と「縁」の二重構造で収入は少なくても生きていけます。私も貯金はないけれど、「いまの私は幸せだ」と自信をもって言えます。
(聞き手・浜田敬子、構成・松元順子、浜田敬子、写真・今村拓馬)
はしかよこ:株式会社TSUMUGI取締役 / Capital Art Collective「MIKKE」。 1988年、東京生まれ。循環型経済・ポスト資本主義・東洋発のウェルビーイングなどをテーマにCapital Art Collective「MIKKE」として活動。2020年より「Well-Being starts from the table / 食卓から、善い暮らしを。」をコンセプトとする生活共同体「TSUMUGI」の立ち上げに参画。