前回に引き続き、対談相手は新刊『これからの生き方。』を上梓したワンキャリア取締役の北野唯我さん。これから生きる・働くうえで重要な感覚についてお話しいただいた前編に続き、後編ではさらに、結局どうすればパフォーマンスが上がるのかなどについて語ります。
—— これまで良しとされたものが悪となる。コロナ禍で価値観が逆転するような経験をし、これからはより「ちょっとした違和感を逃さない、古い価値観に呪いのように囚われないことが肝だ」というのが、ここまでのお話(前編)かと思います。では改めて、どうすれば呪いは解け、違和感に素直でいられるのでしょうか?
北野唯我氏(以下、北野):今、その呪いにかかってしまう理由の一つじゃないけど、大事な感覚として抜け落ちているものがやっぱりフィジカル(触感など身体的)な感覚ですよね。
学びもそうですが、仕事や職業も本来もっとフィジカル、頭ではなく身体で感じるもののはずだと思うんですよ。それで今回の本でも、わざわざ準主人公の一人を職人にしました。いわゆるオフィスで働くビジネスパーソンじゃなくて。
山口周氏(以下、山口):ショコラティエの人が出てくるよね。
北野:もちろんフィジカルでなくても仕事は進みます。何ならZoomのおかげで明らかに仕事効率は上がっているし、知的生産者の方がパフォーマンスも高くなっている。そういう人しか生き残れないかもという見解が多く、それも分からなくはないんです。
でも結論からいうと、フィジカルに対するリスペクトを持っていない状態で人間が進化すると必ず飽きとの戦いになって、ろくなことにならないというか。行き着く果ては、それこそ「宇宙を支配しよう!」とかでしょう? 宇宙ビジネスとかね。
山口:その通りだろうね。
北野:世代を越えて支持されているジブリ映画の世界観は、人間中心主義ではなく、いわゆる生命中心主義ですよね。結局、この世は仕事も生き方も人間中心主義と生命中心主義のぶつかり合いなのか、と。
コロナに対するアメリカのトランプ大統領の発言とかももろに人間中心主義じゃないですか。「コロナは敵だ」と言うけど、コロナも生命体ですよね? 山口さんは、今後の生き方とか働き方を考えるうえで、フィジカルの問題をどう考えますか?
山口:フィジカルなものがないと、やっぱり人間はどんどんarrogant(傲慢)になって、頭でっかちの観念の虜みたいになるからね。それで、結局、全体主義みたいなことを言い始めて多様性とは真逆の方向に行く。全くその通りだと思う。
一方で、今のこのコロナによるバーチャルシフトをどう捉えるか。その射程のとり方だけど、コロナでバーチャルシフトが起きたことで、逆にリアルシフトも起こるという考え方もあると思う。
北野:どういうことでしょう?
都市とは、しょせんバーチャルな存在でしかない
山口:今、不動産の動向がすごい乱気流を起こしているよね。僕も不動産屋さんから聞いたのだけど、今まで練馬区とか世田谷区が単純に土地面積が大きくて物件の件数も多いからか、検索件数としても多かった。でも、7月になって都内在住の人からの問い合わせや検索ワードで最も多かったものの一つが「逗子」なんだって。
もう一つは千葉の木更津だったかな。要は、都心に出ようと思ったらそんなに大変じゃなくて、かつ自然もあるエリアの検索数が上がってきている。『天空の城ラピュタ』じゃないけど、やっぱり、人間は土から離れて生きていけないという命題があるのかなと思った。
北野:バーチャルに寄っていくばかりではない?
山口:コロナが起こってから、都市の歴史について調べたのだけど、今風の都市ができてくるのは13世紀ぐらいなんですよ。
封建領主から逃れた人が自治権を作って、その土地で都市を作っていく。各都市に時計塔が整備され始めるのはだいたい14世紀。都市は一つのシステムとして動くから、みんな同じタイミングで始め、休み、同じタイミングで再開する必要があるよね。宗教活動とかね。だから、時計は中世にニーズが高まった。都市全体の動きの効率をよくするために、リズムを揃えなくちゃいけないという要請があったから。
この流れの中で14世紀から今まで700年ぐらい、都市に人が集まり続けるトレンドがずっと続いた。何が言いたいのかというと、都市自体がすでにリアルではないんじゃないか、ということ。
北野:うん?
山口:だって、今、唯我くんがいる都内のオフィスもその窓から見えるビル群も、全部、人間が脳の中で考えたものが物質化されているだけだよね? 都市に自然が作ったものはないじゃない?
北野:ああ、なるほど!
山口:「自然は変化します。情報は変化しません」とさっき(前編)言ったけど、唯我くんがいるその部屋は明日も明後日もずっと同じ。なぜなら、すでにそれらは情報でバーチャルだから。
北野:それは……すごく面白い。オフィスワークだけじゃなくて、僕のいるこの都市の空間そのものが、もうすでにバーチャルだよってことですね。
山口:そう。オフィスワークは元からバーチャルだけど、それ以前にその周りにあるものすべてがすでにバーチャル。
最近、知人の商社の人も熱海とかに住むようになってるよ。すぐ裏山に自然が残っているような場所ね。1日8時間がワークの時間、16時間がライフの時間というのが標準的な比率だとすると、8時間はコロナでよりバーチャルに、ライフの18時間はリアル空間に移り始めている。だとすると、フィジカルなものを感じる機会は、逆に増えるかもという気もする。
Facebookが社員の50%を基本的に在宅勤務にすることをアナウンスしたけど、これももう福利厚生の一環や感染リスクの話じゃなくて、単純に採用戦略だよね。
本社のあるサンフランシスコ・ベイエリアは人口775万人ぐらいだけど、コロナで人口流出が続いている。でもリモートでバーチャル空間にワークの時間を移せば、世界中から人を採用できる。中国だけでも人口は13億人。775万人の中からと13億人の中から採用できるのでは二桁違う。
言語の縛りもなくなり始めた仮想空間
北野:それでもまだリアルとかドメスティックに寄らざるをえないものもあるのでは?
山口:日本の企業は、まだ日本語というバリアがあるからね。でも、先日マイクロソフトを辞めた澤円(さわまどか)さんと話したとき、各国の人が集まるオンライン会議のことを聞いたんだけどすごいですよ。
それぞれの国の母国語で会議に入って皆が母国語で話すのだけど、瞬間的に英語に自動翻訳される。アメリカ人、イタリア人、フランス人、日本人が入っていたら、それぞれの発言内容が聞く側のそれぞれの母国語にすぐさま変換されて出てくる。その変換の時間差が、もうほぼ実用段階まで来ているらしい。
北野:すごい。
山口:仮想空間に入ってしまえば、働く場所も言語もフリーになりつつある。こうなると、純粋に面白い仕事で、報酬水準が良くてという条件を労働市場が求めるようになる。採用やキャリア、組織開発は本質的なものだけ残して、全部一回解体されるのでは? この辺り、まさにHR(人事)の仕事をしている唯我くんはどう思われますか?
北野:それでも、HRはまだドメスティックな部分が強いと僕は思います。GAFAでも入りきれていませんよね。その国ならではの商習慣が根強いですから。GAFAが食い込むのは、ROA(総資産利益率=収益性)やROE(自己資本利益率=効率性)が相当高くないと成り立たない構造のビジネス。
つまり、メガ消費が見込まれる分野しょう? ROAが低くなるようなビジネスは面倒だからやりたがらない。
消費には(1)メガ消費(2)インフラ消費(3)コミュニティ型消費があるけど、コミュニティ型というのは、いわばエモーショナルで互助的につながっているから強い。地方のバーみたいなビジネスのことです。HRはコミュニティ型のビジネスにすごく近い。GAFAより収益率は低いけど、この領域を抑えるのは、生存戦略としてはありだなと思っています。ちょっと、答えになってないかもだけど。
山口:うん。なってない(笑)。でも、言いたいことはわかります。
燃える仕事を見つけられないのは、住宅ローンのせい?
北野:僕、さっきからずっと質問したいことがあって。
山口:ちょっと待って。先にこれだけ質問させて。個々人がより自分にとって面白い仕事を求めるようになるという今の話にもつながるけど、日本経済は事実上、成長してない状態です。今後10年の平均実質成長率も0.7%と予測されている。つまり、一人ひとりの価値を上げないと国も成長できない。
そのために一つ仮説として考えることがあるんだけど、唯我くんの本にも「一番夢中になれることをやるのが、一番パフォーマンスが出るんだ」みたいなことを語るシーンがあるよね?
それぞれが、もう少し労働に対して「一番自分が燃えてやれるな」という感度を上げれば、全体としてパフォーマンスの高い人も増えると思うんだけど、どう? 幸福感受性とかやりがい感受性と僕は言っているんだけど。もうちょい遊びと創造につながるような仕事ね。それを求めるべきだと考えるのだけど。
北野:うん。まさに、そうですね。
山口:本来は、20代や若いときにこそ、いろいろな仕事を試してみて、一番自分のパフォーマンスが上がる文脈や場を見つけることをやってもらわなくちゃいけない。でも、まだ、それが非常にやりにくい社会システムになっているよね。
時計に従うのと同じで、いくつかの社会的なお決まりの習慣、一つは新卒一括採用とか。だいぶ緩んではきたけど、一度入ったら大企業なら特にずっと勤めたほうが正しいみたいな空気がまだある。
それがやっと終わって、世の中や仕事が分かってきて、この仕事辞めたい、もっと自分に合った仕事をしたいというときに、今度はロックインされちゃう仕組みがまだある。住宅ローンね。
北野:分かる。それ、一番分かります。
山口:唯我くんも博報堂とかにいたから分かると思うけど、電通の僕の同期とかも「もう辞められない」という。なぜ辞められないのか。住宅ローンなの。本当に。
北野:本当にそう。
山口:だから、例えば持ち家の価値をもっと上げるか、賃貸に対して国が補助を出すなどで持ち家の比率を下げるのも一つの策。そうすると労働市場の移動率は上がる。労働市場での移動の必要のない高齢者には関係ないからこれが全て正しいわけじゃないけど、ともかく住宅ローンでロックインされる仕組みは何とかすべき。
北野:35年で持ち家ローンみたいなのが呪いを拡大させる。
山口:35年って、ちょうどワーカーとしての賞味期限が切れる期間だよね。それがローンの期間になっているからね。
北野:さらに新築プレミアム(※新築物件に入居した瞬間、市場価値が大きく落ちてしまうこと)が載るじゃないですか。新築プレミアムは、一般的にBS(貸借対照表)で言ったら、20%か30%ぐらい、買った時点で負債が計上されているのと同じことですよ。大きな借金を背負った状態でスタートしている。ちょうど借金が減ってきた頃になって「あれ? もう、自分も住宅も市場価値ないじゃん」という。
ダブルパンチですよ。変化に対しての対応度を著しく下げる要因ですね。さらに、満員電車に乗らされて、生活全般に対するモチベーションも下がり、生産性も幸福度も下げちゃう構造を生み出している。
最近スタートアップでも、中古の賃貸やリノベーション・サービスの事業会社が流行っています。日本にとってはいいこと。売買するマーケットが存在したら、一応は見えますよね。変化に対応できるなと見えてくる。
「わびさび」はなぜカッコ良く感じるのか?
—— 子どもの教育費もロックインする原因の一つだと思います。住宅ローンと教育費と二重ロック。
北野:中高入れたら6年間。さらに大学だと4年間で、私立だともっとだ。
山口:いろいろな仕事を試して腹が固まったら、そこでずっと働けばいい。デンマークでは労働人口の約3分の1にあたる人が1年間に転職する。これに対して日本では1年間のうちに転職する人は労働人口の約10分の1。年々増えてきてはいるけれどね。
北野:雇用の安定性の問題もありますから、単純には言えないけど、改めて、数字でみるとわかりやすいですね。
山口:これをうまくマッチングできたら、ものすごいインパクトがあると思う。じゃあ、最後唯我くんの質問どうぞ。
北野:やっと聞ける(笑)。山口さんは先ほど「オフィス・ビルですら人間の脳の範囲内に収まっている」とおっしゃいました。ということは、人が生み出したものはしょせん自然を超えられないということですか?
例えば、ディズニーランドは人間の想像力によって生み出されて、かなりの人を楽しませている。あれが自然を超えているのかどうか分からないですが、山口さんはどう思いますか?
山口:少なくとも、現時点ではまだ超えてないと思うんですよね。何が一番分かりやすいかって僕、ビット数だと思う。情報量の違いね。
北野:あ、そのビット数の話は僕がこの前、この前、山口さんに教えた話です。
山口:そうだっけ? ごめんなさい(笑)。自然ってやっぱりいつ見ても違う表情を見せてくれる。音も波の音も山に行ったときの葉ずれの音も毎回違う。オーケストラの音とどっちが複雑かといったら、圧倒的に自然のほうが複雑です。
人間が作ったものは情報量が少ない。そもそも自然が持つ情報量の多さを人間が作ったものの中にどう入れ込めるかという営みそのものが、アートの本質ですしね。600年700年とか経って、風化してやっと、わびさびの趣きとかカッコ良さがでてくる。
わびさびは、本来人間が作った情報量の少ないものに自然の作用で変化が起こって、情報量が増えた状態のことをわびさびと言います。「わびてる」というとネガティブなようで、情報量でいえば増えているからポジティブ。だから今の時点で、人間が特に工業製品として作るものは、まだ自然は超えてない気はします。
「スマートシティ」とかもそうだけど、なんかもう、シティという時点でダサい。それなら、腐海(※『風の谷のナウシカ』に登場する、独自の生態系を持つ森のような場所)つくったほうがカッコ良くない?
自然は情報量が多いからこそ心地いい。波の音、風の音、川の音、木のそよぐ音が心地よいのは、その情報量の多い空間の中で人類はずっと生きてきているから。今のほうが不自然なわけですよ。
北野:めちゃくちゃ、よく分かりました。今の話とかもっと突き詰めたい(笑)
(文/構成・三木いずみ、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)
山口周:独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。World Economic Forum Global Future Council メンバー。1970年生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了後、電通、ボストン・コンサルティング・グループなどで経営戦略策定、組織開発に従事した。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識』を鍛えるのか』『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』など。東京に生まれ育つが、現在は神奈川県葉山町に在住。
北野唯我:採用クラウドサービス、株式会社ワンキャリア取締役・著述家。1987年生まれ。神戸大学経営学部卒業後、博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、ワンキャリアに参画。人事・戦略・広報を統括。「職業人生の設計」の専門家としても活動している。著書に『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『これからの生き方。』など。