撮影:今村拓馬、イラスト:Singleline/Shutterstock
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理する。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
9月に菅政権が発足しました。就任早々、解散総選挙の時期をめぐって噂が飛び交うあたり、過去に短命政権が続いた日本らしいとも言えますが、さて菅首相はどんなリーダーシップを発揮するのでしょうか。今回は「リーダーシップ」をテーマに、入山先生が経営理論で読み解きます。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:9分17秒)※クリックすると音声が流れます
安倍総理の在任期間7年8カ月は、まだ短い?
こんにちは、入山章栄です。
9月に菅新政権が発足しました。さっそく、「菅(直人)さんと同じ漢字で紛らわしい」とか、内閣の顔ぶれが「ザ・おじさん」でダイバーシティがないとか、いろいろ言われているようですね。今は学術会議任命問題が話題です。
経営学者の僕が政治についてどうこう言うのは畑違いですし、おこがましいことだと思っています。とはいえ本連載の趣旨は「経営理論を思考の軸として、さまざまなイシューを考えてみる」というものなので、今回はあえて経営理論の思考の軸を政治にも応用してみることにしましょう。
実は僕がいつも気になっているのが、総理大臣の「任期」です。
ご存じのように、菅さんの前の安倍政権は7年8カ月続きました。この在任期間は戦後最長だそうです。実を言うと僕は、たかだか7年8カ月で「最長」と言われることに対して、個人的に強い違和感を持っているのです。
こう言うと僕が安倍さんを支持していたと思われるかもしれませんが、僕は別に安倍政権には賛成でも反対でもありません。素晴らしい成果を出したところもあれば、残念に思うところもあります。ただし任期に関しては、7年8カ月が「長かった」とは思っていません。
アメリカの大統領は1期の任期が4年で、最長2期までなので、計8年間です。実際、多くの大統領が2期8年まで務めます。オバマもW・ブッシュもクリントンも8年間、大統領を務めました。しかし日本ではそれより短い7年8カ月でも「最長」と話題になる。
ところで僕はよくこんな質問をされます。
「日本の会社が変われない最大の理由は何だと思いますか?」
そのたびに僕が答えるのは、「経営者の任期が短すぎる」ということです。
統計分析が少々古いものの、アルバート・カネラという海外では大変著名な経営学者が2002年に『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』というトップ学術誌に発表した論文があります。
このアメリカの経営者のデータを使った統計分析によれば、「次の世代において利益率を上げられる前任の経営者の最適な任期は14年」という結果が出ているのです。
もちろんこれはひとつの統計分析の結果ですので、鵜呑みにする必要はありません。しかし、一般に日本の経営者の任期は短く、アメリカの優良企業の経営者の任期が長い傾向にあることは疑いありません。
「伝説の経営者」と称された故ジャック・ウェルチは、1981年から2001年まで20年にわたってGEの会長兼CEOを務めた。
Joe Raedle/Getty Images
例えばGE(ゼネラル・エリクトリック)は、130年近くの歴史を持つ企業です。近年、経営がガタガタになってからは経営者が短期間で交代していますが、2017年にCEOがジェフリー・イメルトからジョン・フラナリーに代わるまでの歴代CEOの数は合計9人。約130年の歴史の中で9人ということは、平均して1人14年以上はトップの座に就いているということになります。
かたや日本の大手上場企業の経営者の任期は、別に任期が法律で定められているわけでもないのに、2年2期、あるいは3年2期のことが多い。僕はこれが、日本の大企業が好業績が残せない理由だと考えています。
20年、30年先を考えなければ変化は起こせない
経営学を思考の軸にすれば、経営者が長くトップを務めるほうがいい理由は次のようなものです。
まず重要なのは、いつもこの連載で取り上げる「知の探索」です。繰り返しですが、企業の持続的な成功には、新しい価値を生み出し続けること、すなわちイノベーションが不可欠です。そしてイノベーションとは根本が既存の知と知の組み合わせなので、イノベーションを起こすには、人・組織は多様なものに広範に触れ、新しいことにトライする必要があります。
しかしそれには失敗がつきものなので、組織のメンバーになぜそれをするかをセンスメイキング(腹落ち)させなくてはならない。そのため、経営者は自分のビジョンを語り続けて、メンバーに納得してもらう必要があるわけです。これはこの連載で繰り返し述べてきたことですね。
でも考えてみてください。「未来に納得しながら、多様な広範囲なことに触れ続け、トライを続けて変化を起こす」のは、とても2年でできることではありません。
結局、経営とは未来をつくることです。まだ来ていない遠い未来に向かって、小さな投資を繰り返して未来を変えていく。ということは最低でも10年先、理想を言えば20年、30年先を見られる人でないと、経営者には向いていない。来年のことを考えるのは「知の探索」でも何でもありません。
しかし社長の任期が暗黙的に4年とか最長6年と決まっていたら、その人が20年後に向けた手を打つことは、まずないでしょう。そのころ自分はもうこの会社にいないのですから。
もうひとつの理由は、いわゆる「雇われ社長」よりも、「オーナー社長」のほうが大胆なことができるということです。
実は経営学やファイナンス分野の統計分析の結果を見ると、日本の上場企業で業績がよい会社といえば、そのほとんどが、創業者がまだトップを務めている会社か、あるいは同族企業であることをご存じでしょうか。
創業者がトップを続けている企業の代表は日本電産、ソフトバンクなどですし、同族企業の代表はユニ・チャームの高原豪久さん、僕が社外取締役を務めるロート製薬の山田邦雄さん、今はコロナでちょっと業績が厳しいけれど、星野リゾートの星野佳路さんなどもそうです。優れた経営者は2代目、3代目であることも多い。
日本では同族企業をネガティブにとらえる傾向がありますが、自分がいなくなった後の20年、30年後のことまで社長が真剣に考えられるのは、同族企業ならではの強みなのです。
さてここまではビジネス・経営の話でしたが、ここでようやく政治の世界に話を戻すと、安倍さんの前の首相の在任期間は、福田康夫さんが365日、麻生太郎さんが358日、鳩山由紀夫さんが266日と、非常に短命でした。
もちろん、この方々は結果を出せなかったので短期政権であった、ということかもしれません。しかし、「首相が常に1年程度の任期で終わる」という風潮が続けば、どの首相も短期思考になりがちで、とても国家百年の計を考えて、腹落ちさせ、さまざまなトライを続けることなどできないでしょう。
「独裁社長」「老害社長」のクビを切るのがコーポレートガバナンス
日本では、会社経営でも政治でも、同じ人が7年くらいトップを務めると、周りから「独裁」と言われ始めます。安倍さんも「安倍一強」とか「独裁」とか言われていました。
そこはすごく重要なポイントですね。先に述べたように、アメリカでは民間企業のトップの任期も長い傾向があります。
ここで問題になるのが、どれほど優秀な経営者であっても人間である以上、いつかは「老害」になるかもしれないということ。だからこそ必要なのが、コーポレートガバナンスなのです。
コーポレートガバナンスの最大の役割のひとつは、結果を出せなくなった社長のクビを切ることです。僕はコーポレートガバナンス改革には大賛成ですが、それは「社長の任期の長期化を認めること」とのワンセットだと思っています。つまり、結果を出している限りはその社長が長く務めたほうがいい。
ただあまりにも長くトップの座にいることで権力が強くなりすぎて、何か悪事を働いたり、あるいは年齢を重ねて意思決定が鈍ったりするかもしれません。そんな時には、取締役会に社外取締役たちが入り、指名委員会を使って社長のクビを切らなければいけない。普段は社長を応援していてもかまわないけれど、「この人は社長にふさわしくなくなった」と判断したら、容赦なく解任するのが社外取締役の仕事です。
僕もいろいろな会社の社外取締役を務めていますが、「この人は優秀な経営者だ」と思える限り、全力でサポートします。ただし一方で、もし本当に結果が出せなくなったら、いつでも退いてもらう体制をつくらなければいけないとも思っています。
しかし日本の会社はその点が中途半端で、取締役は社長に長年仕えてきた部下であることが多い。このような人が社長のクビを切ることは難しいでしょう。
したがって社長のクビを切るためには、いわゆる指名委員会設置型の会社にして、理想的には社長以外の取締役全員を社外取締役にする必要があります。海外企業の取締役が一般的に全員社外取締役なのは、この理由からです。
つまり、欧米の企業はCEOの任期が長いことを許容する一方で、社外取締役がにらみを効かせていて、CEOが結果を出せなくなったら最後は取締役会でCEOを交代させればいいようになっているのです。
逆に言うと、社外取締役にはそれだけの覚悟が必要です。学者の僕が言うのもなんですが、学者や弁護士や会計士がお小遣い稼ぎでやるべき仕事ではありません。
人柄より政策で判断を
この考えを政治に当てはめれば、菅首相も、もし結果を出すことができるなら、長く首相を務めてもらってかまわない。ご高齢ではありますが、菅さんご自身には80過ぎまでやるぐらいの気持ちで臨んでほしいと、僕は思います。ただし結果を出せなくなったら、速やかに次の人に代えられる仕組みが必要です。
そう考えると、メディアの役割も非常に重要です。どうも日本のメディアは、政治家としての能力よりも人柄に注目するようなところがあって、菅さんが秋田の農家出身の苦労人だとか、集団就職で上京して働きながら大学の学費を貯めたとか、そういうところにばかり焦点を当てる。
しかしそういうことよりも、掲げた政策がどの程度実現したかとか、どのような長期ビジョンを持っているのか、それを腹落ちさせられるように語り、また実行しているのかということを報道してほしいものです。
その結果、菅さんの政治家としての能力をメディアが認めるのであれば、長期政権をサポートするような報道をしてもかまわないと思いますし、結果が出せないと判断したのならば、そこは正論で批判するという姿勢が重要でしょう。それは野党にも求められることでもあるし、我々国民にも求められていることだと思います。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:17分01秒)※クリックすると音声が流れます
回答フォームが表示されない場合はこちら
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。