フードデリバリーの増加で、ゴーストレストランの競争が激化している。
撮影:横山耕太郎
客席がなく、キッチンのみの「ゴーストレストラン」が急増している。コロナショックの影響で拡大するデリバリーだけに絞った飲食業態だ。
から揚げ専門店や、一つのキッチンでいくつものブランドを展開する店舗も続々登場。ゴーストレストランは少ない初期投資で開業できることから、小規模なものが主流になっている。その一方でイタリアンのチェーン店「カプリチョーザ」の運営企業も参入するなど、競争は激化している。
デリバリー大手の出前館では、ゴーストレストランの拠点となる、月額制で出店できるクラウドキッチン施設を新設するなど環境整備を進めている。いま、ゴーストレストランの最前線で何が起きているのか。現場を訪ねた。
六本木・オフィスビル6階の「客席のないレストラン」
ゴーストレストラン「WE COOK」。キッチンの横には注文を表示するタブレットが並ぶ。
撮影:横山耕太郎
東京・六本木のとあるビルの9階。一見するとごく普通のオフィスが入居するありふれたオフィスフロアだ。実はその一角に、「客席のないレストラン」はある。
オーブンにコンロ、揚げ物をつくるフライヤーなど、レストランと同様の設備が揃ったキッチン。調理場の隣には「Uber Eats」「出前館」「menu」からの注文を知らせるディスプレイが並ぶ。部屋の隅には、料理を提供するための使い捨て容器が詰まった段ボールが大量に積まれていた。
このゴーストレストランを運営しているのは国内でハードロックカフェやカプリチョーザなどを運営するWDI社だ。
コロナ禍の影響で、WDIグループの6月の国内売上高は前年比56%と、一時大きな打撃を受けた。
そこで目を付けたのが、ゴーストレストラン事業だった。海外のレストランブランドを調査する一環で、WDIは約2年前からニューヨークで増加していたゴーストレストランについても情報収集していた。将来的な事業化を考えていたが、コロナで一気に事業化を進めた。
ニッチなメニューで勝負
Uber Eatsで六本木エリアを検索。多様な飲食店がデリバリーに参入している。
Uber EatsのHPを編集部キャプチャ
ゴーストレストランの「店舗」として整備されたのは、これまで実店舗のメニュー開発やスタッフの研修に使っていた一室だ。研修の中止が相次いだため、ゴーストレストランとしての活用を決めた。
「保健所の審査はスムーズに進んだのですが、Uber Eatsなどの登録に約1カ月かかりました。現在は申請が増えているので、登録までにさらに時間がかかると聞いています。開店準備を進めていた5月は、配達用の容器を手配するのも大変でしたね」
WDIでゴーストレストラン事業を担当する購買・共創部の福島民也部長はそう話す。
Uber Eatsを開くと、ずらりと並ぶ大量の料理…。当然、居並ぶ競合他社との差別化も意識する。WDIのゴーストレストラン「WE COOK」は、一人用の火鍋や、つけ麺タイプのフォーなど「ニッチな料理」で勝負している。魅力をアピールするための工夫にも余念はない。
「『とがったメニュー』を開発しようと。レストランで活躍しているシェフたちに、世界の料理を楽しんでもらえるメニューを考えてもらいました」(福島氏)
プラットフォーム頼みに「もどかしさ」
ゴーストレストランはデリバリー業者に依存する側面もある。
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コロナ禍の飲食業界で拡大したゴーストレストラン業界だが、もちろん課題もある。
まず、デリバリーを請け負うプラットフォーム側に支払う手数料だ。この手数料は料理の価格に転嫁される。そのため、料理の価格は通常の実店舗で注文するより約3割以上割高になってしまう。
宅配エリアの決定はUber Eatsなどのデリバリー業者が届けられる範囲に制限されてしまう点も課題だ。
「六本木の街を歩く人はコロナ以降に激減しましたが、キッチンが六本木にある以上は遠くまで届けてもらうことはできません。キッチンから数キロ以内という制限の下で勝負するしかありません」(福島氏)
また、マーケティングの要となる顧客のデータを取れないという不自由さもある。
「注文者の情報として得られるのはニックネームと注文回数だけです。どんな属性の方が注文しているかが分かれば、マーケティングに役立つのですが……。
注文の予想がつかないので急に注文が入ったり、逆に雨が降ると配達が止まってしまったり、また日によって配達エリアが変更されたり。デリバリー業者頼みになってしまい、もどかしい思いもあります」(福島氏)
新メニュー簡単に試せるメリット
WDIでゴーストレストラン事業を担当する福島氏(右)と大林氏。撮影のためにマスクは外してもらった。
撮影:横山耕太郎
それでも、WDIはゴーストレストラン事業に手ごたえを感じている。眠っている施設や人材を活用できるだけでなく、新メニューを試す実験室としても役立てている。
「反応を見ながらメニューを簡単に変えられるのはゴーストレストランならでは。通常のレストランと違って、例えば賃料の安い地下の狭い物件であっても、ゴーストレストランは開業できる。好評なゴーストレストランは、新しいブランドの店舗型レストランとして独立させることも視野に入れています」
同社マーケティング部の大林鈴氏は、ゴーストレストランの可能性についてそう話す。
2020年10月8日からは、これまでのフォーや火鍋に加えて、六本木の同じキッチンで「カプリチョーザ」のゴーストレストランも始め、事業を拡大している。
「ニューノーマルの時代に消費者のレストラン利用の仕方も変化する。ゴーストレストランが、一つの事業の柱に育つ可能性に期待しています」(大林氏)
出前館が仕掛ける「月額18万円」のゴーストレストラン
コロナ禍で急成長を遂げている出前館。クラウドキッチン事業を拡大する。
撮影:横山耕太郎
加盟店が3万5000件(2020年9月時点)を超える「出前館」では、ゴーストレストランのためのキッチン施設(クラウドキッチン)を11月下旬に開く。
江東区大島でオープン予定の施設には3つのクラウドキッチンが備えられ、配達スタッフの拠点にもなる。
飲食店側は月額18万円の利用料を払えば、ゴーストレストランを開業でき、宅配も出前館に任せられる。
「約10社、50~60ブランドから応募がありました。出前館にとって飲食店は大事なパートナー。飲食店と協力して、新しい事業を展開していきたい」
デリバリーコンサルティング本部長の清村遙子氏は、ゴーストレストラン事業についてそう話す。
有名店監修メニューをクラウドキッチンで提供
出前館の清村遙子氏。「飲食店は大事な大事なパートナー」と強調した。
撮影:横山耕太郎
出前館ではすでに、八丁堀(中央区)と学芸大学駅(目黒区)の近くにクラウドキッチン施設を保有している。
八丁堀のキッチン施設では過去に、飲食店未経験者によるゴーストレストランの運営と独立を支援。学芸大学駅の施設では、有名店との「コラボレーション」事業にも着手した。
麻布十番の人気イタリアン「ラ・ブリアンツァ」とコラボし、レストラン側がメニューを監修し、出前館のスタッフがクラウドキッチンで調理して販売する取り組みも始めた。
大島で11月から稼働予定の新施設でも、飲食店を支援や有名店とのコラボレーションを検討している。
「弊社には20年以上のデータの蓄積があります。大島の施設でも、どのメニューが売れるかという商圏データを生かし、飲食店側のメニュー開発にも協力していきたいですね」(清村氏)
ここでも激化する「プラットフォームの競争」
大島に11月24日に開設される施設。3つのキッチンと、デリバリーの拠点機能を備えている。
提供:出前館
Uber Eatsだけでなく、新規参入の事業者も続々とあらわれ、プラットフォームの覇権争いは激しさを増している。
出前館がクラウドキッチン事業に乗り出す狙いは、他社との差別化だ。
出前館が運営するクラウドキッチンを利用したゴーストレストランは、出前館以外のプラットフォームへの出品はできないため、メニューの差別化に直結する。
清村氏は「クラウドキッチン事業で収益を上げるというよりも、プラットフォームとしての魅力につなげたいと思っています」と話す。
出前館が飲食店側から徴収しているのは、販売価格の10%の「サービス利用料」や販売価格の30%の「配達代行手数料」だ。コロナ禍での出店者支援として、5月~12月の期間は配達代行手数料を23%に減額している。
「飲食店側が倒れてしまえば、私たちも倒れてしまいます。サービス利用料を確保するのはプラットフォームとして重要だと思っていますが、プラットフォームとして成長することで、飲食店の負担の軽減にもつなげられると思っています」(清村氏)
クラウドキッチン、全国での展開視野
コロナを機にフードデリバリーは一気に普及した。
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こうした取り組みが功を奏し、出前館は急成長を遂げた。
出前館によると10月現在、配達機能を持たない飲食店の出前を可能にするサービス「シェアリングデリバリー事業」の売り上げは、コロナ前の約4倍に。飲食店の出店希望数も約4.5倍に増加したという。
「コロナ前までは、飲食店に営業しても“デリバリーは面倒だ”とか“イートインで十分”という反応が多かったのですが、コロナでその状況が変わりました。
食べログに登録されるような、イートインをメインとしたお店は約60万店ありますが、フードデリバリーに対応しているのは約3万店。まだまだ加盟店は増やせると思っています」(清村氏)
今回のクラウドキッチン事業は、全国的での事業化もにらんでいる。
「まだ飲食店が少なく、フードデリバリーが浸透していない地域でも、複数のゴーストレストランを展開できるモデルは可能性があると感じています。その地域にあった展開ができれば」(清村氏)
コロナ禍で増え続けるゴーストレストラン。激しい競争を勝ち抜くのはどんな飲食店なのか。飲食店側もプラットフォーム側も試行錯誤を続けている。
(文・横山耕太郎)