撮影:鈴木愛子
Business Insider Japan読者にも多い「30代」は、その後のキャリアを決定づける大切な時期。幸せなキャリアを歩むためには、転職にまつわる古い“常識”にとらわれず、刻々と変化する転職市場のトレンドをアップデートすることが大切です。
この連載では、3万人超の転職希望者と接点を持ってきた“カリスマ転職エージェント”森本千賀子さんに、ぜひ知っておきたいポイントを教えていただきます。
このところ、「メンバーシップ型からジョブ型へ」というフレーズをよく耳にします。
「メンバーシップ型」とは、基礎能力や人物的素養を評価して人を採用し、仕事を割り当てる、旧来の日本型雇用。「ジョブ型」とは、担当職務・報酬・勤務地などの労働条件を細かく定めた「ジョブディスクリプション(職務記述書)」に基づき、その職務を遂行できる人を採用するもの。欧米では主流である型です。
2019年、経団連が「日本型雇用はこれからの時代に合わない」と表明。2020年に「全従業員対象にジョブ型の人事制度導入」を発表した日立製作所をはじめ、資生堂、富士通、KDDIなど、大手企業が「ジョブ型雇用」を打ち出していることから、にわかに注目を集めています。
そこで、ジョブ型への転換が進む雇用市場において、個人はどのように意識を変え、備えておけばいいかをお伝えします。
ジョブ型雇用が広がっても、「欧米型」にはならない
私の専門は「中途採用」「転職」ですので、その観点からお話ししましょう。
ジョブ型雇用への転換は「新卒一括採用」という日本の慣習を打ち破るものですが、中途採用においては、現在のあり方が大きく変わることはないと思います。
なぜなら中途採用とは、もともと「ジョブ型雇用」だから。
「第二新卒」が対象である場合、新卒と同様にポテンシャル重視で総合職を中途採用しますが、それを除けば、「このポジションでこのミッションを担ってほしい」という前提で募集・選考が行われます。
では、欧米で根づいているジョブ型雇用のように、「このポジションで採用するので、そのポジションで成果を出せなかったりポジション自体が不要になったりすれば即解雇します」となるかというと、そんなことはないかと思います。そもそも日本には、正社員として採用した場合、簡単には解雇できないルールがありますから。
また、採用選考においても、日本企業は欧米ほどドライな判断をしません。
その業務を遂行できるスキルさえあればよいというわけではなく、「カルチャーフィット」「人柄」を重視して総合的に判断します。そうした価値観は、今後も変わることはないでしょう。
それに、積極的に大人数の中途採用を行う「成長中のベンチャー企業」では、短期間で戦略が変わったり、新規事業が生まれたりするもの。1人ひとりの担当職務範囲について明確に枠を定めれば、柔軟性が損なわれ、スピーディに展開していくことができません。
ですから、状況に応じて業務委託や副業(複業)者をスポット的に「ジョブ型雇用」することはあっても、正社員に導入するのは現実的とは言えないでしょう。
ちなみに、ある大手企業で、まさにジョブ型雇用といえる「業務委託スタッフ」の採用を拡大した際、その人事責任者は「すごく大変だった!」と話していました。
ジョブディスクリプションの作成にあたっては、どんな職務を担ってもらうのかを厳密に明記しなければならない。しかし現場の責任者は多忙で、作成している余裕がない。人事がヒアリングしてまとめるのにかなりの負担がかかる。さらには、「この業務の報酬はいくらが妥当なのか?」で一悶着……。
その体験談からも、ジョブ型雇用を日常的に運用していくことのハードルの高さを感じます。
これらの事情からも、中途採用市場が今後ジョブ型雇用一色に塗り替わるようなことはないと、私は思っています。
ジョブ型雇用時代に備えたい3つの能力
ここまでお話ししてきたとおり、ジョブ型雇用の波は、中途採用や転職にただちに影響を及ぼすことはないかと思います。
しかしながら、影響力が強い大手企業が方針を打ち出したことで、社会全体がこの流れに乗っていくことでしょう。
そんな時代に、個人はどのようにキャリアを考え、構築していけばいいのでしょうか。
キーワードは、「希少性」「市場性」「再現性」。この3つが揃っていることが重要です。
希少性
「誰もができること」ではなく、自分にしかできない経験・スキルを持つということです。ただし、誰もが希少な経験を積めるわけではありませんよね。
自身の経験を「希少価値があるもの」にするためには、「掛け合わせ」を増やすことを意識してください。
仮に、「A」という仕事の経験者が100人いる状態だとして、「A×Bの経験者」は30人、「A×B×Cの経験者」なら10人、「A×B×C×Dの経験者」となれば1人……というように、掛け合わせが増えるほど「希少人材」になれます。
ですから、「自分の専門はこれ」と決めつけて閉じるのではなく、新しい経験を積極的に積んでいくことが大切です。転職するだけでなく、社内異動や新規プロジェクトに率先して参加するだけでも、「掛け合わせ」の素材を増やしていくことができます。詳しくはこの連載の第4回も参考にしてください。
市場性
いくら高度なスキルを磨き上げても、市場が求めていなければ、望むポジションを手に入れることはできません。つまり「世の中のニーズ」をつかむ必要があります。
例えば、現在では「DX(デジタルトランスフォーメーション)」や「働き方改革」などを推進するスキルを持つ人は引く手あまた。一方、AIやロボットの導入により、ニーズが消えていくスキルもあります。
例えば、ある「エクセルの達人」が、それまで1カ月を要していたデータ集計を数時間で完了できるようになったことで業務がなくなり、別部署に異動になった事例もあります。
常に世の中のトレンドにアンテナを張って、ニーズが高まりそうなスキルを身につけていくことを意識してみてください。
再現性
「再現性」とは、これまで成果を挙げてきた戦略・手法や、それによって身につけたスキルを別の場所でも再現できることです。言い方を変えれば、「今の会社で評価されている能力が、他社でも通用するか」ということですね。
特に、大手企業に長く勤務している方は、今のご自身の存在価値を見つめ直してみることをお勧めします。
管理職以上にもなると、仕事の中心が「社内ネットワークの活用」「社内の関連部門・関係者との調整」になっている方も多いのではないでしょうか。
言うまでもなく、その能力は社外に一歩出れば活かす場がありません。実際にそれで転職に苦戦する方が大勢いらっしゃいます。
社内ネットワーキング力ですら、これからの時代は不要になるかもしれません。
昨今、従業員のスキルや経験を一元管理し、人材戦略に活用する「タレントマネジメント」の手法やツールが進化しています。新たなプロジェクトを立ち上げる際、AIが自動的に最適なメンバーを選んでチームを組成するといったシステムも、すでに登場しています。
大手企業が「ジョブ型雇用」を打ち出したからには、タレントマネジメントを効率化するツールがさらに進化し、従来の管理職層が担ってきた役割を奪っていくことになるかもしれません。これまでの経験の「再現性」がどんどん失われていくというわけです。
「今の会社で評価されている能力やスキルは他社でも通用するだろうか、と日頃から意識することが大切です」と森本さん。
撮影:鈴木愛子
以上、3つの観点を踏まえ、自己分析を継続していくことをお勧めします。
単に「どんな仕事をしてきたか」をまとめるだけでなく、「人より優れている強みは何なのか」「どのように貢献できるのか」をしっかり整理・言語化し、それが「ポータブルスキル(=会社や業種・職種の枠を越えて持ち運びできる能力:連載第7回を参照)」になり得るのかを考えましょう。
そして、同時に「何がやりたいのか」「何を目指すのか」も明確にしておきたいものです。
やりたいことを実現するために必要なスキルが今の会社で身につけられるのか、それができないならできる場所はどこにあるのか、常に意識しておいてください。
※転職やキャリアに関して、森本さんに相談してみたいことはありませんか? 疑問に思っていることや悩んでいることなど、ぜひアンケートであなたの声をお聞かせください。ご記入いただいた回答は、今後の記事作りに活用させていただく場合があります。
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※本連載の第38回は、11月2日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。