古典を読み、歴史を学ぶことこそが、教養を身に付ける第一歩だと、佐藤優さんから教えてもらったシマオ。しかし、同様に習慣的な情報収集も社会人にとって必要な行動である。 現代において、良質な情報を選び取るスキルは一朝一夕には身に付かない。シマオは佐藤優さんに情報収集の効率的な方法について聞いた。
情報収集における新聞の利点
シマオ:古典や歴史に学ぶことの重要性はとてもよく分かりました。ただ、実際に仕事とかをしていると、日々のニュースや新しい情報をきちんと取り入れることも大事ですよね? 佐藤さんはどうやっているんですか?
佐藤さん:基本的には普通の人と変わりません。情報や知識を取り入れる手段は、新聞、雑誌、書籍、ネット、そして実際に人と会うことです。
シマオ:インテリジェンスのプロの人たちって、特別な人脈や情報を駆使しているのかと思いました。
佐藤さん:もちろん、それなりの人脈はありますし、重要な情報源です。けれど、だからと言って機密情報を簡単に教えてくれる人なんていませんよね?
シマオ:確かに……。
佐藤さん:私がロシアで外交官をしていた頃は、必要な情報の6割を新聞から得ていました。人的な情報源は1割程度に過ぎません。
シマオ:そうなんですね! 意外です。
佐藤さん:そして、重要な人物と会話をするためには最低限、新聞に出ているような情報を知っておく必要がある訳です。
シマオ:でも、最近の若者ってほとんど新聞を取っていませんよね。かくいう僕も恥ずかしながらそうなんです。だってネットニュースで見れますし、タダだから……。
佐藤さん:そうしたネットニュースの情報源のほとんどは新聞ですし、ネット用に切り取られていることも多い。今の若者であっても、それぞれのジャンルでトップの人や弁護士や医者などの高度専門職の人は新聞を読んでいる人が多いと思いますよ。
シマオ:そうなのか……。新聞とるのは抵抗あるので、電子版になるのかなあ。
佐藤さん:新聞が情報として優れている点は、主に3つあります。情報量、一覧性、比較可能であること、です。
シマオ:詳しく教えてください。
佐藤さん:情報量とは文字通りで、全国紙の新聞の朝刊の文字数はどれくらいあると思いますか?
シマオ:えっ……。本1冊分くらいかなあ?
佐藤さん:新聞にもよりますが一般的に20万字くらいと言われています。これは大体、新書2冊分になります。
シマオ:すごい文字量ですね! でも、それだけあると毎日読むのは大変だな……。
佐藤さん:だからこそ、新聞を隅から隅まで読む必要はないんです。新聞の読み方はざっと見出しに目を通して、必要なところだけ熟読するという使い方で構いません。
シマオ:あ、それならできそうです。
佐藤さん:そしてこれが2つ目のメリットである「一覧性」ということです。政治、経済から文化、スポーツ、事件まで、朝刊を読めば今起きていることが大体分かります。
シマオ:やっぱり、ネットで読むのではダメということでしょうか?
佐藤さん:いわゆる文字情報だけで読まず、ネットを使うなら各紙のオンライン版を購読して、紙面の形で読めるようにしたほうがよいでしょう。見出しの立て方や記事での扱われ方そのものが「情報」だからです。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:そして、3つ目が「比較」です。時間の許す限りで構いませんが、複数の新聞を読み比べると、同じ事実でも見方が異なることに気づきます。
シマオ:あ、何となくのイメージですが、朝日新聞がどちらかといえば左寄りで、産経新聞が右寄りと言ったことでしょうか?
佐藤さん:あまり色眼鏡で見ることはおすすめしませんが、そういった会社の姿勢は社説やコラムから読み取るができます。1紙だけだと、知らず知らず影響されて、自分の見方にバイアスがかかってしまっていることに気づきにくいのです。
シマオ:だから複数の新聞を読み比べるといいんですね。
英語を学ぶのは時間の無駄?
シマオ:情報とともに、また英語の勉強もしたいな、と思っているんです。この10年ぐらい、やろうと思ってはやめてを繰り返しているんですが、仕事に使う訳でもないので全然続かなくて。やはり今からでも語学学習はすべきですかねえ。
佐藤さん:確かに外国語ができるなら、その方が望ましいでしょう。英語でもロシア語でも、人と違う情報源を持つということはそれだけで優位になりますから。
シマオ:やっぱり……。
佐藤さん:ただ、必ずしも英語で読む必要はないんですよ。特に日本は翻訳文化が進んでいますから、例えば「ウォール・ストリート・ジャーナル」でも「ニューズウィーク」でも日本語版が出ています。それらを活用すべきです。
シマオ:え、そうですか? 英語って、僕にとってはもう強迫観念みたいなものなんですけれど。
佐藤さん:そもそも私は、中途半端な英語力をつけるくらいなら、他のことをした方がいいと考えているんですよ。
シマオ:どういうことですか?
佐藤さん:英語が必要だというのは半分間違っていて、これからは「高度な」英語力だけが必要になると言うべきなんです。そうじゃない英語力をつけるのは、むしろ時間の無駄でもあります。
シマオ:日常会話くらいならいらないと?
佐藤さん:そうです。そもそも、旅行でサバイバルするための日常会話なら、40~50のフレーズを覚えれば十分です。家電量販店に行けば簡易翻訳機が売っていますし、さらに言えば今のスマホのリアルタイム翻訳を試してみると分かりますが、日常会話くらいならあれでいい訳です。
シマオ:確かに、スマホの翻訳は年々精度が良くなっています。最新のイヤホンには自動翻訳機能がついているものもあるようですしね。
「語学をどう使いたいかがはっきりしていないと、上達も遅い」と佐藤さんからの指摘。
佐藤さん:最近の英語教育は会話に力を入れていますが、実は重要なのは読む力なんですよ。
シマオ:え? よく日本人の英語は書く、読むばかりで、聞く、話す力が圧倒的に低いと言われているイメージですが。
佐藤さん:私は、4技能と呼ばれる「読む・聞く・書く・話す」の中では、「読む」力がもっとも重要だと思っています。なぜなら、読む力が外国語能力の「天井」になるからです。
シマオ:天井。
佐藤さん:読めないものは聞いたり、書いたり、ましては話したりできる訳はありません。そして、このことは外国語の能力だけでなく、すべてのことに言えるんです。例えば、日本語での論理力もそうですし、専門分野の知識も同様です。最近は発信力を問われることが多いですが、本当に必要なのは読解力のほうなのです。
シマオ:確かに発信力は上の世代より長けているとは言われていますが、読解力と言われると……。僕もそうですが、ネットからの情報摂取に慣れすぎていると、長い文章を読むのが正直面倒くさいなって思っちゃいます。
佐藤さん:新聞はもちろん小説などのフィクション、ルポルタージュまで、ジャンルを問わず幅広く読む人ほど読解力が高いというのは、学習到達度調査(PISA)での調査で明らかになっていることです。紙でもデジタルでもいいですが、読書を習慣にすること。これは英語を勉強するよりもはるかに大事なことだと思っています。
「知る」ことと「理解する」ことの違い
シマオ:佐藤さんのお話を聞いていると、メディアにはそれぞれに適した使い方があるということですね?
佐藤さん:はい。世の中で起きていることを「知る」には新聞が、「理解する」には書籍がよいでしょう。雑誌はその中間で、関心のあるテーマや書き手のものを中心に見ておくとよいと思います。
シマオ:今は雑誌の定額読み放題サービスがありますから、わりと気軽にいろいろな雑誌を読めますからね。佐藤さんは、ネットはあまり見ませんか?
佐藤さん:もちろん見ています。ネットの情報は速報性がありますし、個人の情報発信もバカにはできません。ただ、その分、玉石混交で、必要な情報を探そうとすると余計な時間がかかってしまうこともあります。情報収集のスキルが必要とされるんですよ。
シマオ:確かに、何かを検索し始めたら別のサイトを見ていて、結局時間をムダに費やしてしまった、ということも多々あります。
佐藤さん:そもそも、ネットに掲載されている信頼できそうな情報を辿ると、元は新聞や雑誌であることも多い。「オールドメディア」なんて揶揄されることもありますが、それらが培ってきた編集機能は、情報にとって必要なものでもあるんです。
シマオ:つまり、信頼できるような情報の嗅覚を磨くことが大事だと。正直、僕は今、Twitterから情報を得ることが多くて。情報の良し悪しは別にして、早さだけでいったら、ネットやテレビよりずっとインスタントな情報を得やすい。ある意味、どこの誰かも知らない人のうわさ話を聞いている程度なんですけどね。
佐藤さん:Twitterなんかも私は使っていません。そこに時間を費やすよりも、集めるべき情報は他にあると思っていますので。
シマオ:なるほど。ところで、「知る」ことと「理解する」ことの差はどこにあるんでしょうか? ニュースなんかの解説を読むと知った気になりますが、それはきっと理解したことにはならないんだろうな、と自分でも思うんですよね。
佐藤さん:どんな情報でも、読みこなすためには前提となる基礎知識が必要です。基礎知識がなければ、読んだことの本質を理解することができません。
シマオ:そうした基礎知識を身につける方法はどうしたらよいでしょうか?
佐藤さん:前にも話しましたが、中学・高校の教科書や参考書を読み直してみることをおすすめします。中学レベルなんて、と思うかもしれませんが、全分野が身についているかと見直してみると案外難しいと思います。
シマオ:今じゃ幾何の証明問題なんて解けなさそう……。
佐藤さん:そして、高校については特に文系・理系が分かれてしまうので、より弱い分野がはっきりしているはずです。理系の人でも歴史の基礎知識は持っていたほうがいいし、文系の人でも数学や生物や物理の基礎知識を知っているのといないのでは、現代社会に対する理解度が代わってくるでしょうから。
シマオ:僕、今回の話を聞いて歴史をもう一度勉強したくなりました! 教科書買ってみます。
佐藤さん:繰り返しになりますが、あまり教養をつけなければと強迫的にならないでください。最初に説明したように、教養はそう簡単に身に付けられるものではありません。今、世間で言われている教養とは、ビジネスの上ではアイスブレイクに役立つレベルの知識のことです。ですから教養、教養と思うより、自らの知的好奇心を満たすことを楽しんでください。知的好奇心は人生を豊かにしてくれる、教養の入り口でもあるのです。
※本連載の第38回は、10月28日(水)を予定しています。連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)