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猛暑、ゲリラ豪雨、台風による甚大な被害、そして冬の雪不足。日本に暮らしていても気候変動の影響を実感することが増えている。
一方世界に目を向けると、ここ数年、国家レベルで「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」への取り組みが次々と始まっている。
サーキュラーエコノミーとは何か、なぜ今企業でも関心が高まっているのか。さまざまな角度からサーキュラーエコノミーについて取り上げたい。
連載第4回は、複数の企業や自治体にアドバイザーとしても関わる、一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパンの代表理事の中石和良さんに、日本の先進事例などを聞いた(以下、中石さんの談話)。
サーキュラーエコノミーへの大きな誤解
撮影:小林渓太郎
「サーキュラーエコノミーとは何か?」
私は松下電器産業(現パナソニック)や富士通などを経て2013年に独立し、2018年にサーキュラーエコノミー・ジャパンを設立した。
まさに冒頭のテーマでセミナーや講演を行うことが多いが、参加者のほとんどの方に、サーキュラーエコノミーについての誤解があることが分かってきた。
日本は2000年に公布された「循環型社会形成推進基本法」に則って、3R(Reduce・Reuse・Recycle)を核にした循環型社会に取り組んできた。この3Rは廃棄物が排出されることが前提になっているのに対し、サーキュラーエコノミーは、まず廃棄物と汚染を発生させないことを前提としている。
両者は似て非なるものだが、従来のリニア(直線)型経済の延長線上にサーキュラーエコノミーを捉えている人が多いのだ。
国際的なサーキュラーエコノミー推進機関として有名な「エレン・マッカーサー財団」(本部・イギリス)は、サーキュラーエコノミーの3原則として、以下を挙げている。
1)廃棄物と汚染を生み出さないデザイン(設計)を行う
2)製品と原料を使い続ける
3)自然システムを再生する
この3原則を実現するための循環の仕組みを図式化したのが、「サーキュラー・エコノミー・システム・ダイアグラム」、いわゆる「バタフライ・ダイアグラム」と呼ばれるものだ。
下図がそれを表したもの。蝶の羽のように左右2つに循環が広がっていて、右は石油や石炭など枯渇資源を循環させる「技術的サイクル」、左は植物や動物など再生可能な資源を循環させる「生物的サイクル」となっている。この2つのサイクルは、分けて考えることが大切だ。
どちらのサイクルも外側になればなるほど環境への負荷が大きくなるため、それぞれのサイクルはより小さい円を回していくことに価値がある。
技術サイクルでは、製品の価値を維持し再販売できるように設計する必要がある。これは、数年利用したら壊れる製品を販売するモデルからの脱却を図ることを意味する。そして、大きな円として機能するリサイクルは最後の手段として利用される。
「バタフライ・ダイアグラム」の図解。左は「生物的サイクル」、右は「技術的サイクル」。
出典:エレンマッカーサー財団
戦略コンサルティングファームのアクセンチュア・ストラテジーは、サーキュラーエコノミー型のビジネスモデルを5つに分類している。
この中では、サービスとしての製品(PaaS、Product as a Service)が最も注目されているが、実は最もハードルが高いモデルである。これは従来の製造方法で作られた製品を、ただシェアリングすれば良いという話ではないからだ。
まずは上に挙げた3原則を基に製品を作ること。3つの原則のうち、複数を実現できると良い。その上で、企業側と利用者側の双方にメリットがあるような仕組みを設計することが求められている。
双方のメリットは以下のようなものだ。
利用者側のメリット:体験価値が高まる/可処分所得(コストダウン、所有しなくなることでスペースが空くなど)が増える/自分用にカスタマイズされた製品・サービスを使える
企業側のメリット:顧客と継続的なエンゲージメントができる/所有権を持てるために商品を回収できる/製品の長寿命化、分解容易性、再利用性を高めることができる
掃除機のレンタルサービス
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例えば、ストックホルムに本社を置く家電メーカー・エレクトロラックスは、2019年から消費者に掃除機をレンタルし、掃除した面積に応じて料金を請求するサービスを始めている。それによって、消費者は掃除機を所有せず部屋をきれいにできるという価値が手に入る。
企業は掃除機の所有権を持つ。そして、消費者への価値提供のためのデータ処理機能やメモリー機能を内蔵したインテリジェント・センサーから、消費者の行動データを把握し、次の製品開発に生かすことができる。
この例で分かるように、鍵を握るのはデジタル化だ。サーキュラーエコノミー型のビジネスモデルは、IoTやAI、ブロックチェーンを活用するデジタルによるビジネスの再構築と変革、いわゆる「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」とセットになっている。
EUの気候変動対策「欧州グリーンディール」でも、デジタルトランジションとグリーントランジション、これを両輪として新しい産業を生み、競争力をつけていくことを明言している。
日本企業の事例11選
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サーキュラーエコノミーの実践例は、日本の企業にもある。緊急性が高く、取り組みが進んでいるのは、プラスチックを原料として使う産業、ファッション業界、食品業界だ。
1.ダイキン工業(空調メーカー)
従来から展開している法人向けの定額課金(サブスクリプション)事業に加え、アフリカのタンザニアで、サブスクリプション方式によるエアコンのサービス実証実験を行っている。初期費用は、本体価格の10分の1の取り付け工事代と保証料のみ。エアコンを使う際は、スマホアプリで使用料を前払いし、パスワードを入力することで、その分だけエアコンが使える。故障したときの修理にも対応している。
2.ブリヂストン(タイヤメーカー)
2050年以降を見据えた環境長期目標に、製品の原材料の100%サステナブルマテリアル化を設定。軽量化や長寿命化で「使用する資源を減らす」、再生ゴムなどで「資源を循環させる」、天然ゴムの生産性向上技術などで「再生可能資源の拡充・多様化」といった3つのアクションを進めている。
さらに、サーキュラーエコノミー原則によるモノづくりに、「サイバーフィジカルシステム」(CPS、現実世界でセンサーシステムが収集した情報をサイバー空間でコンピューター技術を活用し解析。経験や勘ではなく定量的な分析をあらゆる産業へ活かそうという取り組み)を加えた最先端の事業戦略を進めている。
3.ミツカングループ(食品メーカー)
「ZENB(ゼンブ)」は、トウモロコシの芯や枝豆のさやなどの素材をまるごと原材料として使うことで廃棄物を減らすブランド。原材料は残留農業基準を個別に調査している。エレン・マッカーサー財団が2019年に立ち上げた「フード・イニシアチブ(Cities and Circular Economy For Food)」に日本企業で唯一参画。
4.三菱ケミカル(総合化学メーカー)
2020年4月1日付で「サーキュラーエコノミー推進部」を新設。本業の中でサーキュラーエコノミーに取り組む経営方針に舵切り。
5.リコー(事務機器・光学機器メーカー)
2050年環境目標、2030年環境目標を据えて、3年ごとに環境行動計画を策定。製品の小型化や軽量化、リサイクルしやすい製品設計など「製品を作る段階」、消費者が長期使用できる製品の提供など「製品やサービスを利用する段階」、使用済みの製品を回収し、リユース・リサイクルを行う「製品使用後」の3つのステージで、それぞれ資源を効率的に循環させる取り組みを行っている。この取り組みを世界に先駆けて1994年から行っている。
6.イワタ(寝具メーカー)
無漂白、無染色、蛍光増白剤不使用の素材のみを使った「アンブリチード(unbleached)」を発売。メンテナンスや仕立て直しを前提とした原材料選定から使用しなくなるまでのライフサイクルをサーキュラーデザインで行っている。世界最高水準の安全基準「エコテックス100」の認証を取得。自社工場や本店の電力は、100%再生可能エネルギーを使用している。
7.goof(グーフ、印刷業)
「Print of Things」は、デジタル技術を駆使して、適切な量の紙の印刷物を刷るサービス。毎月平均80万通のダイレクトメールを配布していたアパレル企業が、顧客データを分析し、購入確率の高い買い手だけに配布したところ、15万通で同じ売り上げが達成できたという実証実験もある。印刷物はクラウドで全国各地の印刷会社につながるため、配送コストも不要に。紙と印刷の無駄、CO2の排出を削減しながらプリントメディアの可能性を追求するサーキュラーエコノミー最新モデル。
8.アトリエデフ(住宅メーカー)
サーキュラーデザイン住宅。バタフライダイアグラムの循環に基づき、化学合成の新建材や接着剤は一切使わず、国産木材や土壁など自然素材を使った循環型の家づくりを手掛ける。アルミサッシやボードといった廃棄物も、再利用できる循環型の部材を研究開発中。
9.ユニクロ(アパレル製造販売)
2019年8月期の決算発表会で柳井会長が「サステナブルであることはすべてに優先する」と語った。回収したユニクロの服から再び服を作る循環型プロジェクト「RE.UNIQLO」をスタートし、2020年秋に自社のダウン商品を再生・再利用した新商品を発売。
今後は商品のライフサイクルを通じて余分な廃棄物やCO2排出量、資源使用量をさらに削減していくとしている。エレン・マッカーサー財団が主導するイニシアチブ「メイク・ファッション・サーキュラー」に参加。
10.丸井グループ(小売り)
2016年、環境への配慮、社会的課題の解決、ガバナンスの取り組みがビジネスと一体となった“共創サステナビリティ経営”を行うためESG推進部を新設。2030年までに再生可能エネルギーを100%にする目標を掲げる。さらに、「お客さまに無駄なものを売らない、買わせない」がD2Cやシェアリングの本質と考え、自前でできない部分はファブリックトウキョウのようなスタートアップに投資もしている。2050年までにサーキュラーエコノミーによる収益を50%にする目標を設定。
11.みんな電力(エネルギー)
発電所を指定して直接取引を可能とする独自のブロックチェーン P2P電力取引システム「ENECTION2.0」を開発。ブロックチェーンを活用して、世界で初めて「電力トレーサビリティ」システムを商用化した。サーキュラーエコノミーの前提である再生可能エネルギー100%を実現できる。
マーケット志向からビジョン志向へ
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現在、サーキュラーエコノミーの動きが最も活発なのは欧州連合(EU)諸国だが、カナダやアメリカも国や自治体、企業がタッグを組んで取り組みを進めており、中国、インドネシア、インド、台湾といったアジア各国も国家戦略として進めている。
日本でも海外売上比率の高い企業は先進的に取り組んでいるものの、全体として見れば世界に遅れをとっている。その理由には次の二つが考えられる。
一つは日本の消費者がそこに価値を認めていないこと。環境や社会課題の解決のために自己負担することへの拒絶感のような価値観が依然としてあり、そのため企業は変革する緊急性がない。
二つ目は、日本企業のマーケット志向だ。これまで企業は消費者の趣向に合ったものを作るというマーケティングをしてきた。これからは企業がどのような世界を作りたいのかといったビジョンこそが起点となるべきだ。
そのためには、1~3年といった短期ではなく10~30年というスパンで戦略を立てていく。そしてマーケットの反応を待たず、企業がリードした製品・サービス開発を行うことだ。
学校教育の中でSDGsやフェアトレードを学んできたミレニアル世代やZ世代は、上の世代とは明らかに意識が違う。彼らがお金を使えるようになる数年後、市場はかなり変わるだろう。企業は5年後に動き始めても間に合わない。イノベーションを起こすなら今だ。
中石和良:一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパン 代表理事 松下電器産業(現パナソニック)、富士通・富士電機関連企業で経理財務・経営企画業務に携わる。その後、ITベンチャーやサービス事業会社などを経て、2013年にBIO HOTELS JAPAN(一般社団法人日本ビオホテル協会)を設立。2018年に「サーキュラーエコノミー・ジャパン」を創設し、2019年に一般社団法人化。
(文・池田純子、写真・小林渓太郎、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・高阪のぞみ)