消費動向が示す「Go To トラベル」のリアル ── 東京追加で押し上げ、マイクロツーリズム浸透か

Go To キャンペーン

観光業や宿泊業を支援する「Go To トラベルキャンペーン」。

撮影:吉川慧

新型コロナウイルスの影響で壊滅的なダメージを受けた観光業や宿泊業を支援すべく実施された「Go To トラベルキャンペーン」に国民の関心が集まっている。

SNSを見ていても、同キャンペーンを利用したという投稿がキレイな景色や美味しそうなご飯の写真と一緒に投稿されており、実際にかなり利用されている印象を受ける。

しかし、政策の効果は印象ではなくデータに基づいて語るべきだ。データから見た同キャンペーンの効果がいかほどかという分析をしていきたい。

羽田空港

Go To キャンペーンの効果はどのぐらいあったのか、データで見てみよう(写真は9月撮影の羽田空港)。

撮影:小林優多郎

国や公的機関が発表するデータは1カ月以上のタイムラグが発生するため、本稿ではJCBグループ会員のうち、匿名加工された約100万会員のクレジットカード決済情報をもとにJCBとナウキャストが算出した、現金を含む消費全体を捉えた消費動向指数「JCB消費NOW」を主に使用する。

従来は経済指標として使われていなかったクレジットカードの決済情報やSNSの投稿データ、衛星画像などを利活用することが世界的なトレンドとなっている。これらは「オルタナティブデータ」と総称されている。

それほどの効果は認められない?

消費指数(全体・旅行・宿泊、前年同月比、2020年)

出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費Now」のデータをもとに筆者作成。

7月22日から始まったGo To トラベルキャンペーンは対象地域から東京が外れており、10月からようやく東京が含まれたのだが、まずは東京追加前の9月末までにどれほどの効果があったのかを見てみよう。

JCB消費NOWにおける項目別指数(旅行、宿泊)を月次推移で見てみると、緊急事態宣言が発令された4、5月を底として、回復傾向にあったことが分かる。

しかし、そもそも消費全体が宿泊や旅行と同様に4、5月を底に回復傾向にあることや、宿泊は7月以降、回復速度が鈍化していることなどを勘案すると、同キャンペーンの効果があったとは言いがたい。

全体の傾向と乖離している点があるとすれば、9月に入って旅行の回復速度が上昇したことだけだろう。

東京追加が効果を一気に押し上げる

消費指数(旅行・宿泊、前年同月比、2020年)

出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費Now」のデータをもとに筆者作成。

オルタナティブデータを使うメリットは、冒頭に述べた「速報性」以外に、「更新頻度」も挙げられる。JCB消費NOWは毎月2回データが発表されるため、1カ月を前半と後半に分けることが可能だ。

宿泊と旅行について、それぞれ1か月を前後半に分けたうえで、7月から9月までの期間の推移を見てみると、やはり7月後半から始まったキャンペーンの影響は確認できない。

パンフレット

旅行代理店の店頭に並ぶ首都圏発の旅行パンフレット。

撮影:吉川慧

しかし、気になることが1点ある。「9月に入って旅行の回復速度が上昇した」と前述したが、1カ月を前後半に分けたことにより、特に9月後半から旅行が急回復したことが明確になった。

これにはひとつの仮説が立てられる。

東京がキャンペーン対象になるのは10月からだが、実は国土交通省は9月18日の正午から予約を開始できると発表していた。

ここでいう“宿泊”にはホテルで直接決済したケースが、また“旅行”には代理店を通じて決済したケースがカウントされる。そのため、まずは9月後半から、東京が対象となる旅行の予約決済が多くなり、続いて10月に入ってからホテルでの現地決済が増えることになる。

9月末までのデータ上で、宿泊が旅行ほど回復しなかったように見えるのには、そんな理由があるわけだ。

このことから、東京が対象となるまではキャンペーンの効果がそれほど確認できなかったものの、東京追加によって一気に効果が出る可能性が高いことが、9月後半の旅行の急回復から期待できる。

マイクロツーリズムがメインとなる

消費指数(鉄道・航空、前年同月比、2020年)

出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費Now」のデータをもとに筆者作成。

その他の項目も見てみよう。移動手段としては鉄道と航空という項目があるが、先程の宿泊と旅行同様に見ていく。

上記のグラフからも、特にキャンペーンの効果は認められない。むしろ8月は、感染が拡大して第2波を形成したことによる外出自粛があったことが確認できる。

観光庁はGo To トラベル事業における7月22日から9月15日までの利用実績を発表しており、利用人泊数が少なくとも約1689万人泊、割引支援額が少なくとも約735億円となっていることから、キャンペーンを利用した旅行は同期間において確認されている。

ここから推察されるのは、不特定多数の人と密な環境になりやすい鉄道や空港は避け、自家用車で近場への旅行が増えていたということだ。

奇しくも、5月に星野リゾートが提案していた「マイクロツーリズム」が浸透しているのかもしれない。

「Go To トラベル」は決して万能薬ではない

Go To キャンペーン サイト

出典:「Go To トラベル」公式ページ

最後に「Go To トラベルキャンペーン」に関する間違った考え方が散見されるので、正しい考え方を書いておこうと思う。

「生活困窮者は旅行に行く余裕などないのだから、不公平な政策だ」という批判があるがそれは間違っている。

冒頭にも書いたが、このキャンペーンは新型コロナウイルスの影響で壊滅的なダメージを受けた観光業や宿泊業を支援すべく実施されたものだ。

また、旅行に行く余裕がある人たちの間でも不公平感は生じている。なぜなら、制度設計上、宿泊単価が高いホテルに泊まった方がお得感のある制度だからだ。

実際に観光庁が発表している「宿泊旅行統計調査」を見れば、リゾートホテルの稼働率が、キャンペーン実施期間に他のタイプの客室に比べて段違いに回復速度が上昇していることからもわかる。

宿泊施設タイプ別客室稼働率の推移

出所:観光庁「宿泊旅行統計調査」のデータを基に著者作成。

全体的な景気浮揚策としては、消費減税や期間限定の現金給付のほうが望ましく、本キャンペーンにそれを求めるのは間違っている。

総務省統計局が発表した人口推計によれば、2020年1月1日現在の概算値では、日本の総人口は1億2602万人。東京都が発表した同年6月の人口は約1400万人。つまり、東京の人口は日本の総人口の約11%に過ぎない。

それでも、9月後半における旅行の急回復を見ると、10月以降は東京追加によって観光業や宿泊業に強力な追い風が吹く可能性がある。次のデータ更新が楽しみだ。

(文・森永康平)


森永康平:証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。現在はキャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOも兼任している。​著書に『MMTが日本を救う』(宝島社新書)や『親子ゼニ問答』(角川新書)がある。日本証券アナリスト協会検定会員。

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