マイクロソフトは宇宙ビジネス「Azure Space」の本格展開を発表。
出典:マイクロソフト
10月20日(現地時間)、米マイクロソフトは新たに「宇宙ビジネス」へと進出する、と発表した。
「Azure Space」と名付けられたこの事業のために、同社は航空宇宙業界での経験をもつチームをあらたに召集。さらに、複数の企業との提携も発表した。その中には、テスラCEOのイーロン・マスク率いる気鋭の宇宙ベンチャー・SpaceXも含まれる。
マイクロソフトはSpaceXが開発中の低軌道衛星高速通信ネットワーク「Starlink」も活用する。
マイクロソフトはなぜ今、宇宙へ繰り出すのだろうか?
宇宙に進出するクラウドプラットフォーマーたち
Azure Spaceという名前が示すように、この計画は、マイクロソフトのクラウド事業である「Azure」の一環として計画されている。
現在、衛星のデータ活用は多方面に広がっている。低軌道衛星を中心に打ち上げ数も増大し、コストが下がって民間での取り組みが加速された結果、衛星からの写真などを中心にした活用の機運は高まっている。日本でも「Tellus」のような衛星データプラットフォームも立ち上がっている。
衛星写真などのデータ活用は、災害対策からアグリビジネスなど、多数の活用領域があり、注目が集まっている。
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そうした中で、衛星からのデータ利用そのものの円滑化やデータ通信といった、「直接的に衛星を使う」ビジネスとクラウドインフラの関係は、より近いものになってきている。大規模なデータはクラウドの上で処理するものだし、衛星からのデータを受け取る「基地局」からデータを集積する先もまた、クラウドだからだ。
マイクロソフトは9月24日、人工衛星から直接クラウドへデータ転送するサービスである「Azure Orbital」を発表している。ルクセンブルグの衛星通信会社・SESと提携、同社の中軌道衛星や地球観測網への共同出資も行う。
発表済みの「Azure Orbital」では、衛星をウェブから直接予約し、データ転送などができる。
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こうした取り組みはなにもマイクロソフトのものだけではない。
Azure最大のライバルであるアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)は、2018年にAWSから衛星を活用する「AWS Ground Station」というサービスを提供済み。オーナーであるジェフ・ベゾス氏のロケット開発企業「Blue Origin」とも連携し、アマゾン自身が低軌道衛星を使って通信する衛星インターネットサービス計画「Project Kuiper」の存在もある。
マイクロソフトのライバル・AWSは、すでに「AWS Ground Station」を展開済み。Amazon自身が低軌道衛星インターネットサービス「Project Kuiper」を展開する予定がある。
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Space Xの回線を使って「僻地にもクラウドデータセンター」を実現
SpaceX、SESとの提携を発表する、米マイクロソフト・Azure Global バイスプレジデントのトム・キーン氏。
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自前展開を進めるアマゾンに対し、マイクロソフトが進めるのは「パートナーシップ戦略」だ。Azure OrbitalではSESと連携、さらに大きな計画となるAzure Spaceでは、SESとの提携に加え、インテルサットやヴィアサットなど既存のパートナーシップを強化。そして、新たなパートナーとして、SpaceXを迎えた。
こうしたパートナー網により、世界中どこからでも衛星を使ってクラウドやデータへのアクセスを提供する。
全体構成図。低軌道から中軌道までパートーナーのネットワークを活用し、幅広く展開する。
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SpaceXはBlue Originと並び、現在の宇宙産業を変えつつある台風の目だ。低軌道衛星を使った高速インターネットサービス「Starlink」は、Project Kuiperと対になる存在、とも言える。
では、マイクロソフトはStarlinkを使って何をやりたいのか?
衛星通信でネットにつながる驚きの「コンテナデータセンター」
Azure モジュラーデータセンター。コンテナになったサーバーを直接移動させ、これまではコンピュータパワーの提供が難しかった場所へ「Azure」を展開する。
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同時に発表したのが「Azure モジュラーデータセンター(MDC)」だ。写真を見ればわかるように、データセンターの機能をコンテナに詰めこんで、自由に移動できるようにしたものと言っていい。
コンピュータパワーが必要な場所はどんどん増えている。アーキテクチャとしても、クラウドに合わせて開発する方が効率はいい。
こうした「電源以外何もない原野のような場所」にも、設置することができる。
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だが、一般的にクラウドが満足に使えるのは、回線事情が十分に維持されているときのみだ。同じアーキテクチャーを使い、クラウドの向こうまで接続することなく、すぐ目の前で低遅延にサービスを提供できたら……。それを実現するのがMDCだ。要は、設置地域の自由度が極めて高い、「どこでもデータセンター」と言える。
MDCはセキュリティや耐衝撃性などの条件を備えており、厳しい環境へ持ち込んでも、クラウドの向こうでなくその場所に「Azureのサーバーがある」ように振る舞う。
MDCの中は完全なデータセンター。空調はもちろん、耐衝撃性もあり、外部からの電波の影響も受けない。セキュリティ対策も施されている。
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MDCの内部。ファンらしきものがみえる。
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それでもなお、ネット接続は必要だ。そこで使うのが、衛星通信のStarlinkということだ。衛星でネット接続を提供すれば、完全な「独立したデータセンター」を僻地・極地どこにでも、すぐ展開することができる。
米マイクロソフト・Azure Global バイスプレジデントのトム・キーン氏は、「この計画は、クラウドコンピューティングにとって大きなステップである」と語っている。
その理由は、単に「宇宙に進出する」ということでなく、その結果としてコンピューター・ネットワークがない場所にも、大きな演算能力が必要ならば「直接持ち込み」つつ、ネットワーク接続も行なってしまえるからに他ならない。
(文・西田宗千佳)
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。