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- 日本のソフトウェア企業は、業界を席捲し続けるフェイスブック、マイクロソフト、グーグルといったアメリカの競合に後れをとっている。
- しかし近年、ユニコーンの台頭、ベンチャーキャピタルによる出資の増加、起業家の急成長が日本のスタートアップの道筋を示している。
- これまで日本企業が後塵を拝してきた原因は何なのか。日本のテック文化に最近見られる変化とは何か。専門家や関係者らに話を聞いた。
かつて、欧米のテックジャイアンツにとって、ソニーは見上げるような存在だった。最盛期のソニーは、最先端のデザインとクールなイメージから、日本で最も有名なテック企業だったといえる。
アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズは、ソニーのノートパソコンVaioからインスピレーションを得てMacbook Airを開発した。ソニーのウォークマンやCDプレーヤーはiPodの先導モデルとなった。
しかし、2007年夏にiPhoneが初登場すると、両社は異なる道を歩み始めた。
アップルは、独自のソフトウェアとエコシステムを開発。モバイル機器に搭載されたMacOSとiOSが同社のハードウェアに付加価値を与えた。
一方ソニーは、ゲーム事業を除きハードウェアに専心した。電子書籍技術を活用した事業では、ソニーが先行して2004年に電子書籍端末「リブリエ」を市場に投入。しかし、リブリエのソフトウェアは直感的に操作できるとは言いがたかったし、簡単にダウンロードできる書籍も揃っていなかった。
2004年にリリースされたソニーの電子書籍端末リブリエ。アマゾンのKindleストアが日本でオープンしたのはこの8年後の2012年のことだ。
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一方のアップルは同社製デバイス専用プラットフォームを開発し、今日では消費者向け事業の分野ではソニーを凌駕している。
このソニーとアップルの運命の差は、日本と他国のテック企業の差を象徴している。
ソフトウェア業界において日本企業は、フェイスブック、マイクロソフト、グーグルといったアメリカのテック企業、そして中国の競合にも後れをとっている。
中国では、バイトダンス社のTikTokやテンセントのWeChatが両社合わせて20億人近くのユーザーを惹きつけている。
日本のテクノロジー産業に精通する専門家は、日本は伝統的な職人的価値観と時代遅れの働き方に縛られていると指摘する。
しかし新しい企業の中には、この呪縛からの解放の兆しも見られる。日本でも興味深いスタートアップが台頭し、ソフトウェア企業への投資も急増してきた。AI、ロボット工学、センサーの分野では、日本は世界を牽引する技術を持っている。
日本のソフトウェア産業は、イノベーションを起こし、海外の競合に追いつくことはできるのだろうか。あるいは、もう追いつけないほど後れをとってしまったのだろうか。著名な投資家、起業家、学者に話を聞いた。
問題は専用プラットフォーム
日本が開発する技術は、海外では成功しないことが多い。ダーウィンがガラパゴス諸島で発見した固有種になぞらえて「ガラパゴスシンドローム」という言葉が生まれたほどだ。この言葉は、世界中で入手可能な製品が日本で世界標準から隔絶された独自開発の過程をたどることを表している。
日本とアメリカでコンピュータサイエンスの教鞭を執ってきた元日本IBM幹部の上村務によると、問題のひとつは日本の巨大IT産業にあるという。日本企業はいずれも独自のプラットフォームを持とうとし、それがイノベーションのニーズを減退させている。日本のIT企業は、毎年のようにカスタマイズされたソフトウェアの開発に追われ、それが利益率の低下につながっている。
三菱電機顧問の伏見信也は、こうしたIT企業と顧客との密接な関係を「非常に受動的なビジネスモデル」と呼ぶ。伏見によると、日本では、ソフトウェアは顧客に付加価値を提供するツールではなく、事業活動を改善するための手段とみなされているという。
これとは対照的に、マイクロソフトはWindowsのライセンスを数百万本販売し、その収益を研究開発に投資したり、スタートアップ企業に投資したりすることで、そのオープンプラットフォームの魅力を高めている。
マイクロソフトはWindows OSを世界中のPCに標準装備させるプラットフォーム戦略で成功した(写真は2009年、Windows 7発売時の様子)。
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完璧主義的でハードウェア志向の文化
日本には昔から職人の伝統がある。ラーメンの出汁であろうと侍の刀剣であろうと、それを完璧なものとしようとするこだわりがある。しかし伏見は、この完璧主義的姿勢は、ソフトウェアの世界には「無用の長物」だと言う。
欧米の開発者たちはソフトウェアのベータ版を、たとえバグがあろうとリリースする用意がある。そうすれば上市が早まるからだ。
一方、日本のIT企業経営者は「QCD」、つまりQuality(品質)、Cost(費用)、Delivery(納入)を重視する。そのため、プログラミングはたいてい人件費の安いインドや中国に外注する。また、完璧主義でバグを嫌うため、開発サイクルが長期化する。それが動きの速いソフトウェア業界では大きな弱みとなる。
カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールのロバート・コール名誉教授は、この問題に関する有名な論文を著した。日本には、スタートアップと新しい人材を支援する制度的枠組みと文化が欠如しているというのだ。
アメリカでは、法律家、不動産会社、政府、銀行、ベンチャーキャピタリストが協力して支援することで、スタートアップが成長しやすい環境が整っている。また、アメリカのテック企業は頻繁なM&Aの恩恵も受ける。上村がIBMのニューヨーク本社に務めていた2000年から2002年にかけて、同社は毎月のように企業買収を行っていたという。
世界的なベンチャーキャピタルファンド、フレスコキャピタルのゼネラル・パートナーである鈴木絵里子は、日本とアメリカのスタートアップにいくつかの相違点を見出している。
1つ目は、アメリカには幅広い経歴を持ち、才能あふれるエンジニアや起業家が数多く存在すること。2つ目は、資金量だ。アメリカでは年間500億ドルがスタートアップに投資されるのに対し、日本ではわずか30億ドルだ。
日本で最も積極的な投資家であるソフトバンクでさえ、国内企業を支援することはほとんどない。IT業界に注力する同社のビジョン・ファンドは、その1000億ドルのほとんどをアメリカ、中国、インド、東南アジアのスタートアップに投資している。
台頭するスタートアップ
変化の兆しはある。2018年、ベンチャーキャピタルによる出資は50%増加し、3457億円(30.9億ドル)に達した。日本は、ドイツなど経済規模の似た国との差を縮めつつある。ちなみに、2019年におけるドイツのベンチャーキャピタルの出資は、過去最高の62億ドルだった。
2016年、ECアプリ企業メルカリは、日本発のユニコーン(企業価値10億ドル以上のスタートアップ)となった。メルカリが運営するオンライン・フリーマーケットは、1500万人のユーザーを持つ。そのほとんどは日本国内だが、同社は近年、アメリカにも参入を果たした。
業界専門家らは、スタートアップ気質を育てるうえで東京大学が果たしている役割を評価している。同大学は、起業やその制度的支援に関する講座を提供している。
しかし、東大工学部でコンピュータサイエンスを教える上村によると、東大出身のエリートの多くはアップルやグーグルなどアメリカ系大手への就職を希望するという。
東京でプログラミング教育事業を立ち上げた外国人起業家もいる。アメリカ人のヤン・ファンは、ハーフの日本人ビジネスパートナーと共同で、企業の従業員にコーディングを教える会社コードクリサリスを立ち上げた。
日本は今でもロボット工学やAIにおいて優位性を持っている。日本最大のユニコーンは、ディープラーニングとAIに特化したプリファード・ネットワークスだ。
プリファード・ネットワークスの企業価値は、33.3億ドルと推定される。東京に本拠を置く同社は、ケミカル、ゲーム、化粧品、自動運転自動車など、幅広い業種に関心を持つ。直近の投資先は教育事業だ。塾と共同で、プログラミング講座を開講した。
しかし日本は、まだやり残していることがある。日本政府は、2023年までに日本発ユニコーンを20社生み出したい意向だ。
世界のユニコーン・ランキング「Hurun Global Unicorn index」によると、アメリカには233社、中国にも既に227社のユニコーンが存在する。人口では日本の半分ほどに過ぎないイギリスでも24社と、3位につけている。4位はインドで21社、5位は韓国で11社だ。日本には3社しかなく、イスラエル、スイス、インドネシアの後塵を拝している。
東京に本拠を置くスタートアップであるシナモンの平野未来CEOは、日本で数少ない女性起業家のひとりだ。東京大学でコンピュータサイエンスを専攻した平野は、2006年に政府系の事業から2500万円の助成金を得て、若くして起業家となった。
シナモンの平野未来CEO。
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平野は「私が起業した当時、友人たちにはクレージーだと思われていました。それが今では、起業はカッコいいものと見られます」と語り、日本での変化を実感している。平野とその事業パートナー堀田創が専門とするAI事業が、シナモンの柱だ。
平野によると、スタートアップのためのエコシステムにとって問題なのは、資金や投資ではなく、インスピレーションを与えるモデルの欠如だという。「日本は今でも世界第3位の市場として十分に大きな規模を持っています。しかし、学生や起業家が共感するモデルが不足しています」と言う。
東京に本拠を置くベンチャーキャピタルであるコーラル・キャピタルの創業パートナー兼CEOのジェイムズ・ライニーによると、東京はスタートアップにとって魅力的な都市だという。国内に競合する都市はなく、1400万人という巨大な市場にアクセス可能なうえ、質の高い生活が送れる。ライニーは言う。
「日本は世界第3位の経済大国であり、企業向けソフトウェア市場の規模では世界第2位。そのソフトウェア市場の大半を占めるのは、システムインテグレーターによるカスタマイズされたオンプレミスのソフトウェア構築です。
しかし、スタートアップと投資家の数が増えるにつれてSaaSが市場シェアを獲得しつつあり、大きな機会となっています」
日本は今でも製造業大国だ。1990年代後半、政府は「ものづくり」という言葉を生み出し、経済の柱としての製造業強化を目指した。
アメリカや中国がソフトウェア業界を席捲し始めるなか、日本はものづくりに固執している。それは、起業のスキルを持つ人材が数多く登場し、この発想に変化をもたらす日まで続くのかもしれない。
変化の動きはたしかに始まっている。平野のような起業家が道を拓き、ライニーのような支援者が舵をとる。しかし問題は、その変化が十分に速いかどうかだ。
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)