映画「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が空前の大ヒットになり、社会現象を起こしている。アニプレックスによると、10月16日の開初日から3日間の興行収入は46億2311万7450円、動員数は342万493人だった。同社によると平日、土日に公開された映画でいずれも歴代1位という。
「鬼滅ヒット」に大手シネコンも歓喜
「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」は空前の大ヒットとなっている。
撮影:大塚淳史
新型コロナウイルスの影響で、映画館の経営は大打撃を受けていたこともあって、鬼滅のヒットは大助かり。全国でシネコンを展開するイオンシネマの担当者は、動員数は明かせないとしつつも、「多くのお客さまがご来館頂くことは非常に光栄です」と喜ぶ。
また、同じく大手シネコンのTOHOシネマズの担当者は「鬼滅の刃に関するメディアからの問い合わせが殺到していまして全てお断りしています・・・」とあまりの反響で対応しきれず、申し訳なさそうに答えた。
今回の記録的数字のすごい点の一つは、大手シネコンが必ずしも全座席を全て開放していない状態で達成している点だろう。
政府のイベント規制緩和を受けて、全国興行生活衛生同業組合連合会が9月下旬に、ガイドラインを改訂。これまでの座席数の50%までの間引き販売から、全座席を販売可能となった。ただ、やはり感染リスクも鑑み、対応は映画館によって異なる。
イオンシネマは間引き販売を継続している。
「安心して見られますとの声を頂いています」(イオンシネマ担当者)
一方で、TOHOシネマズは、ガイドラインの改訂に合わせて、10月から食事禁止の全席販売を週末を中心に実施し始めた。
「都心を中心にすぐ満席になることが発生してたので、スクリーン内の食事を全てお断りをする形で、全座席数を販売します(飲み物は可)。
『鬼滅の刃』の公開から3日間は全席販売しました。(基本的にはガイドラインに従っている為、金曜を除く)平日は、座席数50%で販売しています」(TOHOシネマズ担当者)
東京や大阪にある一部のスクリーンでは、平日でも全席販売している。
絶妙のタイミングだった公開時期
TOHOシネマズ錦糸町では劇場版『鬼滅の刃』に完全にコミットしていた。
撮影:大塚淳史
このような状況下での記録的数字は、なぜ達成できたのか。
アニメがヒット、原作漫画も累計1億部を超えるメガヒット作品だったとはいえ、ここまで数字が積み上がるとは意外だ。映画評論家の平野秀朗さんは「色んな要因が絶妙に合わさって、まさにこのタイミングだったから達成した数字」と分析する。
「この映画は今だから大ヒットしたんです。公開時期が夏頃だったら、まだ皆、コロナが怖くて行かなかったでしょう。逆に、お正月映画にしていたら、ちょっとずれている。さまざまなブームの一番ピークが10月にぶち当たった」
まだ感染者は出ていて油断はできないものの、Go Toトラベルなどが実施され、心理的な警戒感が夏頃より下がっているのは事実だろう。
TOHOシネマズが毎月公開している映画興行部門の興行成績速報でも、緊急事態宣言まっただ中だった5月は、映画館自体が休止していたので興行収入は前年比0.9%で、そこから6月は同13.5%、7月は29.7%、8月は39.1%、そして9月は64.2%と回復しつつある。
さらに新作本数不足による、鬼滅の刃の公開スクリーン数が多かったのも大きいと平野さんは指摘する。
「現在、映画館で公開できるハリウッド映画の新作がほぼありません。アメリカ本国でディズニーや007など公開を軒並み延期してしまったゆえに、日本も公開延期となってしまい、公開できる新作がない。
その結果、バック・トゥ・ザ・フューチャーなど旧作をかけるくらいしかない状況になっていた。だから、鬼滅の刃を上映できるスクリーン数が、信じられないくらい確保できました」(平野さん)
ハリウッド作品だけでなく、ドラえもんやエヴァンゲリオンなど確実に興行収入が見込める人気邦画作品も次々と公開延期となっていった。
緊急事態宣言直前や直後の上映スケジュールは過去のアカデミー賞作品や過去の名作だらけで、SNS上でも話題になっていた。一方、今回の鬼滅の刃のあまりの公開回数の多さも、一部には電車の時刻表みたいだと話題となっていた。
「一日でも早く観たいと願うお客さんが鬼のように押し寄せる。一人でも多くの熱意に応えようと映画館も全集中の体制で迎える。タイミングと、需要と供給のバランスこそが、大ヒットの柱」(平野さん)
平野さんは、『鬼滅の刃』主人公・竈門炭治郎の師匠、鱗滝左近次のように力強く話した。
巣ごもり×サブスク動画配信で鬼滅視聴者が爆増?
さまざまな店舗やメーカーが、鬼滅の刃とのタイアップグッズを出した。
撮影:大塚淳史
ただ、鬼滅の刃の大ヒットには、コロナ禍という背景が大きい。
「鬼滅の刃自体は、2019年末のNHK紅白歌合戦に、主題歌を歌うLiSAが出演しているように、既に火はついてはいました。しかし、まだ世の中は、今ほどは知らなかったのではないか。名前を聞いたことがあっても、見ていなかった(人も多かった)」(平野さん)
『鬼滅の刃』連載開始から、劇場版公開後1週間までのGoogleTrendsの結果。アニメ放映後の2019年末時点で一定の知名度は得ているが、その後、巣ごもり時期の連載終了にかけて一段高いレンジへと盛り上がっていることがわかる。
出典:GoogleTrendsをもとに編集部作成
そこへ降りかかったのが、世界中が混乱に巻き込まれた新型コロナウイルスだった。
「コロナで巣ごもりが始まり、そのタイミングで、Amazonプライム、ネットフリックスなどで見られるようになったアニメ鬼滅の刃を、皆が家で見始めました。『これめっちゃおもろいやん!』となったのが春先。その影響もあってか、その頃は漫画が売れていました」(平野さん)
平野さん自身、巣ごもりでアニメ版鬼滅の刃を見始めてハマってしまったひとりだ。
5月には漫画を連載していた週刊少年ジャンプで最終回を向かえ、大きくニュースとなると、いよいよ誰もが目を離せない存在となった。当然タイアップグッズも出てくる。
「春先の話題を受けて、メーカーが慌ててタイアップグッズを開発し始めた。春ごろはまだ鬼滅グッズを見なかったでしょう? そして企画して、グッズが(本格的に)表に出てきたのが(ローソンタイアップ商品が出た)6月頃から。その後夏から秋にかけて急増した。そしてこの映画のタイミングでした」(平野さん)
10月22日午後2時頃、都内のローソンで発売されている、鬼滅の刃とのタイアップ商品、からあげくん焦がしバター醤油味を買いに来たが「売り切れです」と店員に伝えられた。
撮影:大塚淳史
映画「鬼滅の刃」の快進撃はいつまで続くのか。
「これだけの瞬間最大風速は、多分そこまで長くはないでしょう。2週間ほどでおさまるのでは。でも、売れる時に売る(のはビジネスの王道)。
需要と供給のバランスが奇跡的に一致したというのが、今の鬼滅のヒットです」
記録的数字はどこまでいくのか。少なくとも、鬼滅の刃は、映画館を覆っていた厚く黒い雲を切り裂いてくれたのは確かだ。
(文・大塚淳史)