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シルバーテツヤ・父への新聞広告で話題。気鋭のクリエイターは「電通大好き」【クドウナオヤ1】

ミライノツクリテ クドウナオヤ

その日、父は長い教員生活の最後の朝を迎えた。40年近く教壇に立ち、本来なら同僚や教え子に労われ、惜別や感謝の言葉を受け取る節目の日だっただろう。だが、コロナ禍で3月初旬から一斉休校となっていた。職場を去る日にもかかわらず、退任式や送別会は見送りとなった。予想外の最後の朝だ。

出勤前、父はいつものように地元紙である北羽新報の朝刊を広げた。ぱらぱらとめくっていくうちに、見覚えのある手書きの文字に出くわし、驚愕した。

新聞紙面全面にデカデカと書かれていたのは、東京に暮らす息子からの手紙だったのだ。

「今日、教師を引退する父へ」と題した手紙には、父を労うこんな言葉がつづられていた。

「教師というお父さんの職業。正直、子どものころは、もっとおもしろい仕事の家族がよかったなと思っていたりもしました。でも、僕も新人や学生を指導する立場となり、“教える”ということが、どんなに大変で、素晴らしい仕事かわかるようになりました」

「広告」のお陰でもっとハッピーな日に

クドウナオヤ 新聞広告 父への手紙

3月31日の北羽新報。思いついて秋田県能代市の新聞社に電話したのは掲載前日。急な出稿の申し出を担当者はおもしろがり、クドウは東京から手書きしたA4の紙をスマホで撮って広告部にメール。わずか数時間で入稿完了した。

提供:クドウナオヤ

日中、父のもとには新聞広告を見た知人や教え子から連絡が相次いだ。

息子は深夜、照れながらこんな言葉をFacebookに記していた。

「今、他にも、楽しみなイベントが中止になったり、結婚式が延期になったり、がんばったひとへの労いが行えなかったり、と辛い自粛が相次ぎますが。やっぱり、僕たちのような“コミュニケーション”を生業とする、広告で培われたアイデアのチカラは、もっと価値があるぞ。と、この状況だから思うんです。どんなに悲観的な状況でも、絶対、マイナスをゼロどころかプラスまで持ってく突破口を開けるんだぞ、と。

僕の、そこまで仲いいとは言えない親父はふつーにいったらこのまま、コロナとかいうやつのせいで、しょんぼりな退任の日だったかも知れません。でも、(味噌屋が開けるくらいの手前味噌上等でいうと、)今日「広告」のチカラのお陰で、コロナなんてなかった退任の日よりも、もっとハッピーな日になったのかもしれません」

新聞広告というオールドメディアに込めたのは「人の心を動かす」という広告の核心。それは不安と恐怖で硬直しかけていた人の心を揺さぶった。

仕掛け人は「シルバーテツヤ」を生んだ電通社員

SLVR.TETSUYA POP UP exhibition「敬老モード」

本取材も、伊勢丹新宿店本館2階=TOKYOクローゼット内にて2020年9月16日~9月22日に開催されたポップアップ、『SLVR.TETSUYA POP UP exhibition「敬老モード」』で行われた。

企んだのはクドウナオヤ(31)。昨年、85歳の祖父に自分のハイファッションの服を着せた写真に #シルバーテツヤ をつけてインスタに投稿。一晩で2万フォロワーが着くという騒動が起きた。あの“シルテツ”を生んだ孫だ。

父への手紙を掲載したくだんの新聞広告は、9月、味の素、サントリーホールディングスなどの大企業と並んで新聞広告賞を受賞した。個人が広告主となって受賞した事例は珍しい。

2019年秋には表参道で #シルバーテツヤの展覧会を開催。2020年3月にはフォトエッセイ『テツヤ85歳、孫の服を着てみたら思ったよりイケてた。』まで出版してしまった。

私的な企みで相次いで世の中をバズらせたクドウの本業は電通社員だ。クリエーティブ局に所属し、名刺の肩書きはCMプランナー/ コミュニケーション・デザイナー。

「シルテツとか新聞広告とか、個人の活動はコソコソとやってます」

と本人は言うが、こんなにのびのびと社外活動をしながら、電通社員を続けることができている。

電通大好き。辞めようと思ったことさえない

電通本社ビル

汐留に位置する電通本社。社外での活動も目立つクドウだが、退社しようと思ったことはないという。

Manuel Ascanio / Shutterstock

電通といえば、中興の祖・吉田秀雄の『鬼十則』で知られる、仕事へのコミットが熱湯のような会社だ。ヒエラルキーが厳密な組織で競争は激しく、ひたすら結果を求められる。

ここ数年は就労環境に関する世論を巻き起こしたが、必ずしもポジティブな話題ばかりではない。かつて就活人気ランキングのトップには必ず登場した電通だが、これらが影響してか、ここ数年はランキングのランク外だ。『鬼十則』は2016年には社員手帳から削除されるなど、社内での位置は移ろった。

そうした報道から知る電通と、髪を青くカラーしユニセックスなハイファッションに身を包んだ自由度の高い社員(クドウ)は、像を結ばない。

辞めていく社員もいる中、電通以外の活動が目立つクドウは、周囲からすれば、辞めそうな筆頭社員に見えるらしい。まだ電通にいたのか!と驚かれることもある。

ところが、クドウは辞めようと思ったことがないという。

「冷静に考えて、電通の外に出た方ができる仕事が増えるかっていうと、僕にとっては電通にいることでできる仕事の方が多いんです。対クライアントもですけど、オリンピックのような国家プロジェクトにも関わることができるのもそうですし」

「電通、大好きです」とさえクドウは言った。

曰く、電通には「専門家」がたくさんいる。仕事に関係することだけではない。見渡せば、公私を問わずマニアな領域にいたるまで常識知らずの「物知り」揃い。自分の知らないことへの飽くなき好奇心を携えた大人たちから受ける刺激。子どもの頃から憧れたクリエーティブ職で、先輩たちとアイデアをぶつけ合い、生み出す興奮。

これまでに参加したクライアントワークは資生堂、日清食品、トヨタをはじめ、多数。

仕事の過程には延々と地味な作業が続く。成果の陰に捨てたアイデアは山のようにある。就業規則の変更に加えてコロナ禍でリモートワークとなったが、徹夜で迎える朝や休めない週末は織り込み済みが日常だった時期もある。

それでも「電通の仕事は楽しい」と、クドウはにっこりした。

短パンで面接、緑色の髪で内定式に出席

ツクリテ クドウナオヤ 経歴

この春、クドウは2020年入社の新入社員の研修担当に指名された。クドウの班には金髪の新人女性がいた。人事部からは「それとなく(金髪を)注意してくれ」と言われたが、クドウも8年前、緑色の髪で入社内定式に出ている。遅刻してしまい、最前列の真ん中の席に座る羽目になり、登壇した役員と10秒ほど目が合うというハプニングに耐えた。

そもそも2011年6月の入社試験の面接では、東日本大震災後で節電が在京企業の課題だったなか、会社からの「クールビズ推奨」との指定に、「これは涼しげ選手権だな」と、短パンにジャケットで面接に乗り込み、他の学生が全員リクルートスーツという状況に冷えきった。

8年の電通社員生活では、髪の色はシルバー→青→緑→金髪→赤などと何周か変遷し、現在は青。ハイファッションを奇抜に組み合わせた出で立ちは、およそ会社員には見えない。

「きれい」より「奇抜」を狙い、着倒す。「人と違う格好」がクドウのファッションの命題だ。

クドウは秋田県の海沿いの町で育った。町内にはケータイの電波がギリギリ届かないところもあった。町村合併前の人口は4000人ほどで、通った小学校は1学年12人だった。実家は祖父母、両親とも教師という公務員一家。教師にだけはなるまいと心に決め、小中高と学年1位の成績を保つ代わりに、人と違うことをしても許される状況をつくった。

多感な中高生の頃、流行りのウォレットチェーンの代わりに道で拾ってきた鎖を腰に巻いたことも今ではネタに昇華したが、テレビやテレビCMから想像する東京に激しく憧れた。

ウォレットチェーン

道端で拾った鎖をウォレットチェーンにしていたというクドウは、今も自身を「中二男子」と表現する(写真はイメージです)。

Kirill_ak_ white / Shutterstock

当時から31歳の今に至るまで、奇抜なファッションに身を包み、広告への憧れを保ち続けている。クドウは「中二男子」のまんまだ。

だが中身は公務員一家の血を受け継ぐ真面目な性格なのだという。

「自己主張が強くて人と折り合いをつけにくいタイプと受け取られがちですが、社内でもクライアントとの仕事でも調整型だと思います」

85歳の祖父とハイファッション。先端表現に挑むクリエイターと新聞広告。クドウの創造する楽しさは、「正反対」の組み合わせが多い。

そしてクドウ自身も、ファッションで強烈な存在感をアピールしておいて、意外な真面目さや控えめで常識的な言動で驚かせる。

おまけに「実は秋田の公務員一家なんですよ」と出自を話すとなぜか好感度が上がる。

だがスルスルとここまできたわけではない。

電通では新入社員の配属先は、全員を集めてひとりひとり発表される。その日、同期140人とともに発表の場にいたクドウは、自分の名前と部署が読み上げられたときうまく聞き取れず、隣に座っている同期に尋ねた。

「俺、いま、なんて言われた?」

すると同期からはこう返ってきた。

「私もよく聞き取れなかったけど、カタカナが多かったね」

配属先はダイレクト・マーケティング・ビジネス局。希望していたクリエーティブ局ではなく、インターネット広告を取り扱う部署だった。なお、電通では入社時にクリエーティブ局に配属されなかった社員がのちにクリエーティブ局に異動するケースは決して多くない。道が閉ざされても不思議ではなかった。

(敬称略・第2回に続く)

(文・三宅玲子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒、撮影協力・伊勢丹新宿店本館2階=TOKYOクローゼット)


三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ「BillionBeats」運営。

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