撮影:今村拓馬
さて、新連載プロティアン思考術、本格的にキックオフです。初回の最後に、プロティアン思考術については、次のようにまとめました。
プロティアン思考術とは、今、あなたの目の前に起きている極めてアクチュアルなイシューに対して、実践的な解決策を組織レベルにおいても、個人レベルにおいても導き出していく問題解決の思考術(=テクニック)です。
プロティアン思考術で皆さんが考えてみたい問題があれば、Twitterのハッシュタグ「 #プロティアン 」で投稿してください。こちらの連載でもテーマとして適宜取り上げ、ダイアローグを重ねていきます。
ジョブ型キャリアの行方
ではさっそく、イシューを1つ取り上げてみたいと思います。今回取り上げるイシューとは、「ジョブ型キャリアの行方」についてです。
「ジョブ型」。
最近、毎日のように耳にしますよね。よく「メンバーシップ型からジョブ型へ」と謳われるとおり、ジョブ型の取り上げられ方は、その多くが雇用契約の制度的転換に着目したものです。
しかし今回は視点をやや変えて、これを働く方の視点から見ていくことにしましょう。
ジョブ型を雇用契約ではなくキャリア形成の視点から捉えてみると、今、起きていることは「メンバーシップ型キャリア」から「ジョブ型キャリア」への変化だと言えます。
なぜ、このような変化が生まれたのか。それには次の3つのドライビングフォース(動力源)が関連しています。
1つ目は、政府主導の働き方改革。働き方改革は、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」や「育児や介護との両立、働く方のニーズの多様化」などの問題に対して、働く人がより良い将来の展望を持てることを目指したものだとされています。
キャリア論の知見から要約すると、「働き方改革とは、さまざまな分野で生産性を上げ、個々人のキャリア展望を可能にする」ことだと言えます。
つまり逆説的に言えば、今の働き方を続けていては、キャリア展望を描くことができない人が多いということでもあります。
2つ目は、経済界による「日本型雇用の制度転換」です。
「終身雇用を維持するのは難しい」——2019年10月に経団連の中西宏明会長とトヨタ自動車の豊田章男社長の2人が、それぞれの記者会見において「日本型雇用の制度疲労」について述べました。
この時、終身雇用や年功序列といった日本型雇用を支えてきた、いわばメンバーシップ型の雇用制度をこれ以上維持することは難しいということが社会的に認知されたのです。
そして3つ目は、新型コロナ・パンデミックによる働き方の変容。オフィスでの対面ワークからオンラインでのリモートワークへ、働き方が変化しました。今の動きを見ていると、オフィスとリモートを併せていく、ハイブリッド・ワークがこれからの働き方のトレンドになっていくでしょう。
これら3つの歴史的変化に同時に向き合っているのが、現在の働き方です。そして、これまでの働き方からこれからの働き方へ、未来への希望を背負う言葉が、「ジョブ型キャリア」なのです。
ジョブ型キャリアに必要な「プロティアン思考」
私はメンバーシップ型からジョブ型への制度変更を、単なる雇用契約の転換と捉えてはいけないと考えています。メンバーシップ型に何ら問題がなければ、ジョブ型は不要なのですから。何らかの問題があるから、打開策としてのジョブ型がいま注目されているのです。
いくつかの問題はすでに露呈しています。年功序列型制度では、人件費が高騰化する傾向にあります。また、簡単に解雇はできない上、長期雇用がさらに延長される傾向にあります。
なかでも、メンバーシップ型キャリアの最大の問題として捉えられているのが、「集団内フリーライドによる生産性の低下」です。長年同一組織に勤めながら生産性を上げ続けることは、想像以上に難しいことなのです。
それに対して、ジョブ型キャリアとは「集団内のプロフェッショナル化」を推奨していく制度です。それぞれの得意分野を磨き、スキルを向上させていく訳です。
そこで必要なのが、プロティアン思考です。
プロティアンとは、社会変化に適合し、自ら主体的にキャリア形成していく働き方です。伝統的なキャリアに対して、プロティアン・キャリアでは、自律型のキャリア形成に重きを置きます。
そしてプロティアンとは、ただ変化に応じてキャリアを変幻させるだけでなく、それにより新しい「キャリア資本(Career Capital)」が蓄積されると考えます。
キャリア資本は、ビジネス資本・社会関係資本・経済資本の3つの資本から構成されます。このキャリア資本の蓄積をもとに考えると、次のことが言えます。
これまで主流とされてきたメンバーシップ型の働き方を通して蓄積されるのは、主に「社会関係資本」、特に社内で構築される社会関係資本でした。
もちろん、業務に必要なビジネス資本は形成されますが、メンバーシップ型の働き方を続けていると、新たなビジネス資本は蓄積されにくい。だからこそ、意識的計画的にビジネス資本を自ら蓄積していく必要が出てきます。
計画的にビジネス資本の蓄積を
これに対してジョブ型の働き方では、「ビジネス資本」が蓄積されていきます。ビジネス資本が蓄積されることで、結果的にキャリア資本も増えていくのです。
大切なことは、ビジネス資本を蓄積していく働き方を、自ら計画的にマネジメントしていくことです。ビジネス資本の蓄積には時間がかかります。例えばビジネス英語に関して、「明日から英語でプレゼンできるようにしておいてください」と打診があったとします。不可能ですよね?
いかなるビジネス資本であれ、準備期間が欠かせないのです。ビジネス英語が必要なら、そのような環境に身を置く。環境がないなら自らつくり、鍛錬を続けていく。そうした日常的な取り組みを通じて、ビジネス資本は蓄積されていくのです。
ひとつ誤解のないように付記しておくと、メンバーシップ型キャリアにおいても、プロティアンキャリアの形成は可能です。ひとつの組織で働き続けながら社内資源や組織を利用する、イントレプレナー型のプロティアンキャリア形成もあるからです。
しかし、長年ひとつの組織で働き続けてきたビジネスパーソンの間では、モチベーションや生産性の低下が見られることが少なくありません。
ただなんとなく目の前の業務をこなすだけになる「キャリアプラトー(停滞)」の状態にある人が、かなりの割合で存在しているという事実から目を背けることは、できません。
実は私自身も、大学勤務3年目でキャリアプラトー状態に陥りました。何らワクワクがない状態。このまま働いていていいのだろうかと、何度も自問しました。
しかしそうやっていつまでも組織内にこもっていたのでは、現状維持はできても、新たな挑戦をすることは困難です。
幸い私はプロティアンという考え方に出会い、意識と行動を変え、そして組織の外へと足を運ぶようにしました。企業経営者や他業種で働くビジネスパーソンの方々と会い、今の働き方やこれからの働き方について考える機会に参加してきました。
そうした学びを通じて、大きな変化がありました。今は働くやりがいを強く感じる日々を過ごしています。
撮影:今村拓馬
では、メンバーシップ型キャリアからジョブ型キャリアへの変化を形式的なもので終わらせないためには、何が必要か。
まず、ビジネスパーソンそれぞれが自らのキャリア形成のオーナーシップを持つこと。そして、雇用されている組織や社会への貢献を常に意識しながら、ビジネスパフォーマンスを向上させていくこと。
キャリア開発はいつからでも、何歳からでも可能です。キャリア開発に「定年」はないのです。
「働く」こととは、「経済資本」を得ることがすべてではありません。ビジネス資本の形成を意識していくと、仕事のやり方や成長を自分自身でも感じることができます。これこそ、組織に働かされるキャリアではなく、自ら主体的に働くキャリアと呼ぶべきものです。
変化し続け、成長し続ける。
今まさに、プロティアンな思考と実践が求められているのです。
(撮影・今村拓馬、編集・常盤亜由子、デザイン・星野美緒)
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。社外取締役・社外顧問を22社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員。著書は『プロティアン』『ビジトレ』をはじめ25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。