家から歩いてすぐのところに海がある。海は、幼い頃には家から海パンを履いて海岸へ出て、ひとしきり泳ぐと裸で家に帰ったというほど近かった。日本海に面した秋田県山本郡八森町(現在は町村合併により八峰町に)がクドウナオヤ(31)のふるさとだ。
家の裏手には白神山地のブナの原生林が広がる。祖父の“シルテツ”こと、シルバーテツヤは、地元の中学校で理科を教える教師だった。校長を経て八森町教育長を務めながら、NACKS-J(日本自然保護協会)が認定する自然保護観察指導員の資格をとり、白神山地のボランティアガイドを始めた。
白神山地は1995年に世界遺産に登録されている。祖父は子ども向けに開催する自然観察教室にクドウを連れ出した。祖父に付き合ってやっている気持ちだったが、代わりに祖父を作文のネタに使うなど、お互いに気の合う仲だったとクドウは振り返った。
祖父を通じて知った自然の美しさ
家の裏手がユネスコ世界遺産の白神山地という恵まれた自然環境でクドウは育った。
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祖父との思い出をクドウはこんな風に話した。
「虫のことを教えてくれたのは祖父でしたし、祖父の部屋には鉱物の標本があって、いろんな色をした石を見るのがとても好きでした」
3人兄妹の中で理系が得意なのはクドウだけ。兄も妹も両親も祖母も文系。理科教師のテツヤと理系が得意なナオヤは小さい頃からウマが合った。
米どころ秋田で生まれ育った幼少期のクドウ。
提供:クドウナオヤ
蛇の抜け殻が気に入っていたクドウのために、畑で見つけると必ずとってきたのは祖父だった。小さなクドウは祖父の部屋にあるビーカーや試験管などの実験器具にときめいた。鉱物の標本のキラキラと光る石をこっそりと祖父の部屋から持ち出してベッドの下に隠したこともあったらしい。少年期のクドウは好きなときに海で泳ぎ、祖父を通して自然物の純度の高い美しさに触れた。
「絶対に教師にはならない」と決めていた
だが思春期にさしかかる頃から、家では必要最低限しか話さない口数の少ない次男坊になっていく。
「人と違う格好」も「外弁慶」も、教師一家に育った反発なのではないかと思ったが、反抗期というほどのこともなかったとの返事が返ってきた。それでも、小さなコミュニティで「かたい家」が息苦しくもあったことは、こんな言葉から想像された。
「学校で会うのも教師なら、家で顔を合わせるのも教師。大人といえば教師しかいないような環境はまずいと気づいたのはだいぶ早かったと思います。絶対に教師にはならないと決めてました」
小学校から学校の成績は1番しかとったことがない。工藤三兄妹は揃って勉強ができたが、中でも次男坊・ナオヤの神童ぶりは突出していたようだ。
作文にしても読書感想画にしても、大人がどんなことを期待しているかを考えて期待に合わせて成果物を出せてしまう。クドウ曰く、「いやらしいガキ」だったという。
そのクドウは、大人の求める成績は出す代わりに自由にさせてくれよと言わんばかりに、「人と違うこと」へと振れていく。
けれど外弁慶な顔を親には知られたくない。部活が終わって高3の秋に仲間とバンドを組んで文化祭に出る時も、友達の親づてに知ったクドウの両親が見に来ようとするのを「お願いだから来ないでください」と断った。
のちに電通に入社してしばらく経ったあるとき、久しぶりに実家に帰ったクドウは、パソコンを使い慣れないはずの家族が「工藤尚弥」の名前で検索している形跡を見つけて焦った。東京で遊びと仕事の境目のない伸び伸びした毎日を送っているが、どんな仕事をしているのかも、どんな発言をしているのか、家族に知られるのは恥ずかしくてしょうがない。カタカナにすれば「外弁慶」を知られずに済むと思った。これが、名義をカタカナ表記に変えた理由だ。
ヒット連発の裏にアイデアのストックとマッチング
日清食品のバズ動画でADFESTを受賞した際の一枚は、翌年の同賞の招待状のデザインにも使用されることになった。
出典:ADFEST公式サイトより
クリエーティブ局に所属してからはヒットを連発した。
2016年には故郷秋田の観光キャンペーンで秋田犬アイドルをデビューさせた。2017年には日清食品チキンラーメンのバズ動画「侍ドローン猫アイドル神業ピタゴラ閲覧注意爆速すぎる女子高生」がADFESTで入賞。イラストレーター宇野亜喜良を起用した資生堂・マジョリカ マジョルカの「マジョリ画」はウェブ・インターネット界で最も権威あるWEBBY AWARDを受賞した。
さらに、トヨタのキャンペーン「Start Your Impossible」はカンヌライオンズ2018のFilm Lions、PR Lionsで入賞した。
2017年3月に行われたADFEST(第20回アジア太平洋広告祭)の表彰式では壇上で選考委員長と肩を組んで挑発的なカメラ目線で写真に収まった。そのやんちゃな表情は同賞の運営事務局に刺さったらしく、翌年の同賞の招待状のデザインに使われてしまった。
華やかすぎる外見や物怖じしない振る舞いとは裏腹に、自己分析は「左利きのAB型に憧れる、右利きのO型」。
「何も努力していないように見られたいんですけど、天才ではないので、そこは埋めていくしかないんですよね」
日々の仕事では、海外の賞を含め、いいなと思った仕事について、なぜこれが面白いのかを因数分解して自分なりに引き出しとして持っておくように意識している。
「僕らはアーティストではないので、0→1で何かを生み出すということではありません。クライアントから示される課題をどうアイデアで解決していくかというときに、引き出しからアイデアをいくつも出して、マッチングさせます。その試行錯誤の取っ掛かりとして引き出しの中にしまっている材料を使うことが多いです」
広告には社会課題を解決する可能性がある
さらに意識しているのは、社会課題だとクドウは言った。クライアントの商品を売ることを前提とした上で、商品と社会との関わり方次第で、その広告活動はなんらかの社会課題の解決にも寄与しうる。一見クライアント自身も気づいていない、そのポテンシャルを提案していくことも広告の役割だという。
広告と社会問題が結びつくとは、どういうことなのだろう。
実際に社会課題への提言につながった事例として、クドウは2017年に始まったトヨタのグローバルキャンペーン「Start Your Impossible」を挙げた。
「わかりやすく言えば、トヨタはもう単なる車の会社ではないということです。一つレイヤーを上げて、前へ進もうとする人を応援する機能としての企業のあり方を示すことを目指したキャンペーンです。オリンピック機運に向けて、全世界でいろんな困難がある中で頑張っている人たちを世界に発信しようということで、ドキュメンタリーシリーズを始めました」
社会課題を見出すために意識して接触しているのは、新聞やテレビなどのニュースよりも、2ちゃんねるやTwitterなど、匿名性の高い本音の意見だという。ニュースで取り上げられるような出来事や意見を見ながら、同時にひとりひとりの個人的な思いが吐き出されているところに、ニュースに言語化されていないインサイトやヒントがあるとクドウは考えていた。
皮肉なことだが、ここ数年は電通がきっかけで顕在化した社会問題もある。電通への逆風はクリエーティブにどのように影響しているのだろう。
(敬称略・明日に続く)
(文・三宅玲子、写真・伊藤圭、撮影協力・伊勢丹新宿店本館2階=TOKYOクローゼット)
三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ「BillionBeats」運営。