窮地のジョンソン英首相は折れるか?EU離脱問題、欧州委員長が強気の姿勢に転換「犠牲には限度」

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新型コロナウイルス第2波の状況について記者会見するジョンソン英首相。EU離脱問題でも窮地に……。

Leon Neal/Pool via REUTERS

イギリスの欧州連合(EU)離脱問題が依然として騒がしい。

10月15~16日に行われたEU首脳会議は確たる結論には至らず、むしろ両者のミゾは深まったようにすら見受けられる。

10月8日付の筆者寄稿では、首脳会議のプレビューをかねてQ&A方式で論点を整理したが、会議後のレビューを求める声を複数いただいたので、今回はこれに応えたいと思う。

【Q1】首脳会議でEUはどんな「結論」を出したのか?

EU首脳会議は「今後数週間の協議継続をイギリスに要請すること」ならびに「協議妥結に必要な措置をイギリスに求めること」という方針を示して閉幕した。

フォンデアライエン欧州委員長は会議後、「最善は尽くすが、どんな犠牲を払ってもというわけではない」とツイートしている。

こうした「合意が望ましいが、合意なしでもかまわない」という姿勢は、他のEU首脳の言動からも確認されている。

EU首脳会議が示した方針は、あくまでイギリス側に譲歩を求める内容だったが、事前に報じられていた声明文の草案はもっと穏当な内容だった。

「集中的な協議を行う」との表現が用いられ、合意に向けて努力をするというEU側の意思表示だと理解されていた。

実際、首脳会議前のフォンデアライエン委員長とジョンソン英首相の電話会談後、イギリス政府が発表した声明文には「ミゾを埋めるために集中的な協議を行う」とあり、首脳会議の声明文の草案と同じく「集中的な(intensive)」という単語が使われていた。

ところが、実際に発表された声明文では「協議を続ける」という簡易な表現が使われた。イギリスへの譲歩要請と合わせて、EUの交渉態度が硬化したシグナルと理解される。

合意に向けた最後のチャンスだったはずの首脳会議を経て、両者のミゾはむしろ深まった印象だ。

【Q2】首脳会議後、イギリスの交渉姿勢に変化は?

EU首脳会議の声明文を受け、イギリスのフロスト首席交渉官は「失望した」「EU側がもはや『集中的に』協議を進めるつもりがないことに驚いた」とツイート。

さらに「合意に至るためのすべての動きがイギリス側から出てこなければならないというという提案にも驚いた」と連投している。

声明文から「集中的な」の言葉が抜け落ちた問題は、相応に根が深かったことがうかがい知れる。

首脳会議直後の10月16日、ジョンソン首相は声明文を発表してこう述べている。

「EUが真剣に交渉することを拒否した。EU首脳会議がはっきりとカナダ型合意(=自由貿易協定[FTA]にもとづく貿易関係)を排除してきたことを踏まえ、私は2021年1月1日をもってオーストラリア型合意に近い、より簡素な自由貿易合意(=世界貿易機関[WTO]ルールのみにもとづく「合意なき離脱」)の準備をすべきだとの結論に至った」

ジョンソン首相の声明文には協議継続への意思も見え隠れするが、それでも「EU側のアプローチに根本的な変化がない限り、カナダ型合意が難しいことは、EU首脳会議を見る限り明らか」と対抗姿勢は崩していない。

やはり、首脳会議は両者のミゾをさらに深める機会になってしまったようだ。

ジョンソン首相の声明文は協議を継続するとも打ち切るとも断言しなかった。

しかし、EUのバルニエ首席交渉官が10月21日の欧州議会でイギリスの主権の重要性を強調したことを受け、イギリス首相官邸は交渉を再開させる意思表明をしている。

ジョンソン首相の声明文には「仮に合意に至るのだとすれば、双方からの歩み寄りが必要」とあり、明らかにEU首脳会議の声明文への当てこすりのような箇所が見受けられる。

交渉を再開するのは、まさにその「双方からの歩み寄りが必要」という点をEU側が受け入れたから、というのがイギリスの立場だ。

イギリスの交渉再開の意思表明を受け、まずは10月22〜25日に、首席交渉官を筆頭とする事務方の協議がロンドンで始まる模様だ。

【Q3】EUは「合意なき離脱」でもいいと考えているのか?

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EU首脳会議後に記者会見するマクロン仏大統領。この後、「漁業権問題」で不退転の決意を示すことに。

Kenzo Tribouillard/Pool via REUTER

終わりの見えないコロナ禍のもと、実体経済の大きな負担となる「合意なき離脱」を回避したいのはEUもイギリスも同じだ。にもかかわらず、EU側の一連の挙動を見ると、かなり高圧的な戦術に舵を切ってきている雰囲気がある。

イギリス政府は9月、「国内市場法案」を提出して離脱協定の中で合意済みのアイルランド問題を蒸し返しているが、法案は下院こそ通過したものの、上院採決は10月に入ってからも先延ばし中。また、企業への補助金問題についても譲歩の姿勢を示していた(この経緯は以前の寄稿で詳しく書いたので割愛する)。

こうしたイギリス政府の動きは、「ここで譲っておけば、もうひとつの大きな争点である漁協権問題で、EU側が譲歩してくれる」との期待があったからだと思われる。

ところが、そうはならなかった。漁業権問題は当事国の漁民にとって死活問題だからだ。

イギリスの排他的経済水域(EEZ)で漁業を継続したいEU加盟国の代表はフランス。EU首脳会議直後の10月16日、マクロン仏大統領は強硬な姿勢を示している。

イギリスのEU離脱のために、われわれの漁業従事者が犠牲になることはあり得ない

協議の末、正しい条件を見いだせない場合、将来関係について合意なしという事態にも備えができている

イギリスのEEZで漁業を継続したいスペインやオランダも事情は同じだ。

とはいえ、こうしたEU側の強硬姿勢の結果、交渉決裂に至った場合、これまで10得られていた漁獲高が本当に0になってしまう結末もあり得る。

普通に考えれば、5や6で折り合いをつけようという話になるはずだが、いまは交渉戦術として強く出ておこうというのがEUの方針と見受けられる。

深読みすれば、そうした強気の戦術が奏功すると期待されるほどに、いまのジョンソン政権は弱っていると、EU側は認識しているのかもしれない。

これまでジョンソン政権は断続的に「合意なき離脱」をちらつかせ、瀬戸際外交で譲歩を引き出そうとしてきたが、今度は立場が入れ替わって、EU側がそのような交渉姿勢に出始めているように見える。

土壇場で優勢に立ったのは経済規模に勝るEUだった、ということになろうか。

【Q4】今後はどうなるのか?

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ベルギー・ブリュッセルでのEU首脳会議に参加するフォンデアライエン欧州委員長。

Olivier Hoslet/Pool via REUTERS

年内合意に向けた最後のチャンスとされたEU首脳会議を終えても、この先に待ち受けるシナリオは相変わらず、以下の3通りしかない。

(1)年内に「新たな関係」で合意する

(2)移行期間を延長して協議継続する

(3)「合意なき離脱」で腹をくくる

10月8日付の寄稿では、コロナショックで各国が疲弊するなか、(3)を選ぶほど当局者は愚かではないと論じた。

しかし、本稿で示したように首脳会議後にEU側の強硬姿勢が若干ながら強まったと考えるならば、(3)の確率はやや上がったと見るべきなのだろう。

変則的な意思決定をするジョンソン首相の個人的気質も踏まえれば、万が一の展開は否めない。それでも、基本的には「(1)と(2)を足して2で割る」という妥結シナリオが選ばれる可能性が、依然優勢だろう。

言い換えれば、部分的に合意した上で、それ以外は協議継続という流れだ。

現時点では一応、イギリスとEUは「仲直りした」格好になっている。【Q2】で書いたように、10月22日からはロンドンで、その後はブリュッセルで協議が重ねられ、どこまで両者のミゾを埋められるかを模索することになる。

最終的な意思決定にはEU首脳会議とイギリス政府の合意が必要だが、11月はEU首脳会議の公式開催は予定されていないため(次回は12月10~11日)、臨時首脳会議を11月中旬に開催し、年内合意と手続き完了にギリギリ持ち込めるかどうかというところだ。

EUのバルニエ首席交渉官は前述の欧州議会での証言で、「両者が建設的に取り組み、譲歩して数日以内に対立点を解消できれば、合意は手の届くところにある」と語っている。

この発言が金融市場ではポンド急騰を促した経緯もあり、期待は膨らんでいる。イギリス側もそれを望んでいるはずだ。

ただ、イギリス首相官邸はEUとの交渉再開を認めた声明文(前出、10月21日)で「交渉決裂の可能性も十分ある」と書くことを忘れていない。

同声明文の最後は「合意があろうとなかろうと、変化は近づいている。イギリスの企業、輸送業者、旅行客は能動的に移行期間の終了に備えることが不可欠だ」と物騒な表現で締めくくられている。

直感的には、本当に手の届くところに合意があるようには思われない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔)


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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