わいせつ行為の罪に問われているキッズラインの登録シッター、荒井健被告の公判が10月19日に行われた(写真は今年9月撮影)。
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わいせつ行為の罪に問われているキッズラインの登録シッター、荒井健被告の公判が10月19日、開かれた。
公判を傍聴した人への取材によれば、荒井被告は、別の時期にキッズラインでシッティングを担当した別の女児の身体の一部を撮影したことがあったと認めたという。この件については証拠も残っておらず、本人からの発言がなければ明らかになることはなかった。
被害届を出した家族がたまたま気づいてなければ、荒井被告は今も逮捕されておらず、シッターを継続していたかもしれない。求刑は3年、判決は10月30日だ——。
4月、6月にキッズラインに登録していたシッターが預かり中の子どもに対するわいせつ容疑で相次いで逮捕されたことをきっかけに、国をあげてベビーシッターを巡る議論が急速に進んでいる。
これまでにあった3つの動きについて整理しよう。
1. 犯罪歴のデータベース共有
8月末、厚生労働省の社会保障審議会児童部会「第11回子どもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」で、キッズライン関連報道を受けて「認可外の居宅訪問型保育事業者がわいせつ事案等を起こした場合の対応」についてが議論された。
議事録によれば、1つの大きな論点として、再犯防止策として 事件を起こしたシッターの情報をデータベース化し共有することが議論にあがり、その後、田村憲久厚生労働大臣が言及するなど、本格的に検討されはじめた。
海外でも例えば、イギリスの犯罪歴チェックシステムDBS(Disclosure&Barring Service)では、ボランティアなどを含めて子どもに関わる全ての領域でデーターベースへの登録が義務付けられており、そのためには犯罪の通報時点で記録がされるDBSの証明書が必要になる。
日本でも、シッター以外にもこの動きは広げることができるのか。また、公開の範囲や、 どの段階で犯罪歴を登録するのかなどが議論がされる見通しだ。
再犯率の高さなどを踏まえれば、データベースの検討は大きな前進だ。しかし、データベースはあくまでも再犯を防ぐためのものだ。
2. 登録や管理でハードルを上げて抑止につなげる
事業者がシッターに対し、指導監督や管理を行い厳重に審査することが必要となってくる(写真はイメージです)。
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初犯をどのように防いでいくかについても、活発な議論が始まっている。
前述の社会保障審議会児童部会専門委員会でも、議事録を見る限り、議論の後半はデータベースの話から「入口でどう防ぐか」に論点が移っている。委員からは次のような意見が相次いだ。
保育を考える親の会・普光院亜紀委員「やはりできるだけ不適格な人を排除できる仕組みを新たに導入することによって、もしかして悪しき意図を持ってベビーシッターになろうとしている人がいたとすれば、その人が、いや、なかなか入れないぞと思うような心理的ハードルを上げる ということが今は必要だと思います」
労働・子育てジャーナリスト・吉田大樹委員「やはりマッチングサイトが登録するベビーシッターに対してどのようにアプローチしていくのか、研修を含めてどうそれを積み上げてスキルを上げていくのかという、冒頭あったような、その入口の議論を、やはりしっかりしなければいけないのではないかと思いました」
10月19日の公判の傍聴人によれば、荒井被告は、4月に別のシッター橋本容疑者が逮捕されていたことについて、次のように答えた。
被害者の代理弁護士「今年4月、キッズラインで男性が逮捕されました。それを知ったのは事件の後ですか? 前?」
被告人「よく覚えてません」
被害者の代理弁護士「事前に知ってたら、事件を起こしてました?」
被告人「想像ですが、止められてたかも」
荒井被告の事件で被害届をだした被害者家庭は当初から、キッズラインに対して「どうして1件目の逮捕について早く周知してくれなかったのか」と訴えてきた。
事業者が厳しい措置を取ること、犯罪をおかせば必ず明るみに出て罰を受けるということを周知させることが、加害抑止という意味でも必要ではないか。
同社会保障審議会児童部会専門委員会では、 補助金支援事業の認定や一時停止措置の判断に関わる協会からは下記のような厳しい見方も出た。
全国保育サービス協会「事業者がそのシッターに対しての面接をおろそかにしていたとか、そのシッターの背景などを著しく確認していなかったとか、著しく指導監督や管理をしていなかったということになると 事業所に対する処分ということも起こってくると思います」
ベビーシッターの利用については現在、内閣府や自治体が補助金を出していることもあり、補助金を利用する事業者については、今後政府の監督が厳しくなる可能性がある。
3. 評価システムについて内閣府が介入
登録シッターに不穏な動きがあった場合に、感知できることも重要だ。
CtoCサービスでは通常、利用者同士の評価があり、それが質を担保する1つの手段とされているが、キッズラインの事件発生以来、悪い評価を書くと報復される懸念があるため、良い評価ばかりになりがちである ことが指摘されてきた。
9月28日、内閣府は「企業主導型ベビーシッター利用者支援事業の実施について」の要綱を改正し、マッチング型に対しては、下記のように一歩踏み込んだ記載をしている。
「サービス利用後のサービス利用者による評価を実施し、当該評価内容を全て保存すること。評価内容については、投稿者が特定されないようにマッチング型割引券等取扱事業者において適切な処理を行い、速やかに他にサービス利用者に対して開示すること」
つまり、 支援事業の対象になりたければ、 利用者レビューを匿名などに加工して利用者に提供するよう事実上義務付けたということだ。
9月28日、内閣府は企業に任せきりになってきたサービスの選考や評価システムの構築へ踏み切った。
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内閣府担当者への電話取材によれば、これは「マッチング型については利用者の評価が次のシッターを選ぶ判断をする上で重要なので、気になっていることがあるにもかかわらず、良い評価ばかり書かれているということでは使われる方の不利益にもなり得る」という主旨で入れられたものだ。
とはいえ匿名であっても即日公開や利用内容の具体性によっては書き手が特定されてしまう可能性がある。
内閣府としては「適切な処置」ととどめているが、たとえばマイナス面については何件か集まるようであれば、どの利用者から寄せられた意見か特定されない形で箇条書きにしていずれかのタイミングで表に出す、指標化するなどの方法を各事業者が工夫することになる。
本来、審査プロセスや評価システムはCtoCビジネスの肝で、各社がしのぎを削るところである。しかし、ここで行政が企業に任せきりになってきた選考や評価システムの構築について、一気に踏み込みはじめた。
内閣府としては逮捕事案があったことも踏まえ、本条項に限らず、今年度中に取り組み状況をフォローしていくという。10月21日、キッズラインもこれに従い、レビューシステムの変更を発表した。
行政と企業でできることを
行政も企業も一丸となりできることから整備していくのが第一歩である。
撮影:今村拓馬
CtoC等で市場に委ねることは、福祉領域にはそぐわないという議論は従来からある。今回ようやく一定程度の行政の介入がされることになったと言えるだろう。
規制ばかりあっては前に進まない領域もあろうが、一部のCtoC事業者からは、利用者も働き手も顧客であるという状況で個人情報の扱い方が難しい面もあり、ある程度行政が主導することには歓迎の声もある。
子どもの安全にかかわる領域については、行政も企業も一丸となってできることを整備していってほしい。シッターによるものだけではなく、他の保育・教育領域での議論も進むことを願う。
また、長い目で見れば、加害者治療 プログラムの整備や加害者をうむトリガーになる環境の改善によって被害を減らしていくことも考える必要があるだろう。
起きてはならないこととは言え、キッズラインのシッターによる一連の事件は、ここ数年で子どもの預け先の量的拡大が一気に進んだことの質的な弊害を浮き彫りにした。
データベースを構築するとともに、事業者への 指導や監督を強めることで、事業者が審査等のハードルを上げ、見抜くことは難しいとしても犯罪の抑止につながることを祈る。
(文・中野円佳)