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「血がつながらないからこそ、語り合う」“養子”描いた映画『朝が来る』原作者・辻村深月さんインタビュー

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Business Insider Japanの取材に応じた直木賞作家・辻村深月さん。

撮影:今村拓馬

特別養子縁組をテーマにした映画『朝が来る』(河瀬直美監督)が、2020年10月23日に公開された。

原作となった小説の作者は、直木賞作家の辻村深月さん。不登校の子どもを描いた『かがみの孤城』(本屋大賞受賞)や、地方に生きる女性の葛藤などを描いた『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』などの作品でも知られる辻村さん。『朝が来る』で描いたのは、血のつながっていない家族の形だった。

なぜ特別養子縁組を小説のテーマに選んだのか? 辻村さんに語ってもらった。

特別養子縁組:生みの親との法的な親子関係を解消し、実の子と同じ親子関係を結ぶ制度。普通養子縁組では、戸籍上「養子」「養女」となり、生みの親とも法的な親子関係は残る点などが異なる。親と子どものマッチングは児童相談所や、民間のあっせん事業者が行っている。特別養子縁組の成立数は年間約600件。

古いフィクションの刷り込み

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『朝が来る』は2015年に刊行された。

撮影:今村拓馬

—— 2015年に刊行された『朝が来る』は、不妊治療で子どもを授かれなかった夫婦を中心にストーリーが展開される。栗原夫婦は特別養子縁組で子どもを引き取るが、ある日、生みの母親を名乗る女性から「子どもを返してください」と電話がかかってくる。しかし夫婦の前に現れた女性は、夫婦が記憶していた女性ではなかった……。

2012年に直木賞を受賞したあたりのタイミングで、担当編集者から「辻村さんに書いてほしいテーマがある」と言われ、「不妊治療をしていた夫婦が養子をもらう話を」と提案されました。

不妊治療については、いずれ書くことがあるかもしれないと思っていたのですが、養子についてはまったくテーマとして考えたことがなかったので、最初は驚きました。

とはいえ、私も血のつながりだけが家族の形だとは思わないし、養子についても先入観はないと思っていたのですが、資料を調べていくうちに、「先入観がない」と思っていることこそが先入観だと気づいたんです。

例えば、養子であることは周囲には極力隠すのではないかとか、その子に真実を話すのは大人になってからだろうな、とか、そうしたことを漠然とイメージしていた。そう思ったきっかけにはこれまで描かれてきた古いフィクションによる刷り込みの影響も大きかったと思います。

「新しいフィクションを書きたい」

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『朝が来る』には多くの反響が寄せらせたという。

撮影:今村拓馬

特別養子縁組を仲介する団体では、子ども自身の知る権利なども考慮して、幼年期など早いうちに、その子に養子だと告げる「真実告知」を勧めています。

また私が驚いたのは、特別養子縁組における産みのお母さんの存在です。育てる側の両親にとっては、血のつながった産みのお母さんは、ライバルや嫉妬の対象なのではないかと無意識のうちに考えていました。

でも養子を迎えたご家族の中には、「産みのお母さんがいたからこの子に会えた」と、産みのお母さんも家族の一部のように捉えているご家庭が本当に多かった。

特別養子縁組をめぐる状況について、古いフィクションによる刷り込みが強いなら、私がそれに代わる新しいフィクションを描けないだろうか、と思ったんです。

作品への反響は大きかったです。大阪でのサイン会の時、小学校3年生ぐらいのお子さんとお父さんが一緒に来てくれて、お父さんの方が「面白かったです」と言ってくれました。その後で、息子さんを振り返って「この子は特別養子縁組でうちに来たんです」と。

当事者の方にとっては、現実と違う部分もきっと多くあったろうと思うんです。だけど、それでも小説を通じてその人たちの心に届く部分があったのかもしれないと思ったら、とてもうれしかったです。

ヨーロッパの反応「なぜ仕事を辞めるのは女性?」

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「10代を主人公にした小説では、父親の影が薄いことがありました」と話す。

撮影:今村拓馬

小説『朝が来る』を発表してから5年が経過していますが、今の時代であれば「養子の話を」と提案されても、当時ほどはもう驚かないと思います。

特別養子縁組について耳にする機会も増えましたし、フィクションの世界でも、疑似家族や血のつながりのない共同体で子どもが育つ物語の存在が多くなった気がします。

不妊治療についても、よりオープンに話せる環境になりつつあるように感じますが、ただ、それでも日本と欧米の違いを感じます。

河瀬監督から聞いた話ですが、この映画を見たフランスの人たちの中からは、男性側の不妊治療が当たり前ではないことや、両親のどちらかが仕事を辞めて家庭に入るとき、「なぜ母親なのか?」という疑問の声もあったそうです。

私自身、10代の子を主人公に小説を書くと、家庭の中にお父さんの影が消えてしまうことがよくあります。

昔は自分が父親を描くことが苦手だからなのかと思ったこともありましたが、ある時期から、そうではなくて、日本で子どもを描くと家庭の中での母親の存在感が圧倒的だからなのだと気が付きました。

だから『朝が来る』では、父親としての栗原清和がどう物語にかかわるのかを特に意識して、男性側からの不妊治療や育児について描いています。

河瀬監督のお膝元・奈良県に舞台を変更

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映画のワンシーン。養子を迎え入れた栗原夫婦を、井浦新さん(左)と永作博美さん(右)が演じた。

(c)2020「朝が来る」Film Partners

映画『朝が来る』では、中学生で子どもを出産するひかりの描かれ方も印象的です。壮絶な人生を歩むことになるひかりですが、彼女は特別な子ではなく、あくまで普通の中学生。

河瀬監督もそんな彼女をどう撮るか、細部まで心をくだいてくださいました。中学生のひかりが過ごした時間はどんな時間だったのか。ひかりが大好きな男の子と過ごす時間を、得難い青春として描いてくれたことにも感謝がこみあげました。

原作でひかりの実家は栃木県という設定ですが、映画では奈良県になっています。奈良県は河瀬監督の暮らす、いわば監督のお膝元。監督が景色も風土も何もかも知り尽くしている場所に、ひかりを迎え入れてくれたことを頼もしく感じました。

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映画『朝が来る』の完成報告会見に参加した河瀬監督(中央)と出演者。

(c)2020「朝が来る」Film Partners

映画には、映画オリジナルのいいセリフも多数登場します。

たとえば、夫婦が特別養子縁組の説明会に参加したあとで、父親役の井浦新さんが「佐都子、俺、やっぱり家族を作りたい」と口にしますが、これは原作にはないセリフです。

ただ、原作で描きたかった「家族を作るということを自分で選ぶ」「自分で親になることを選択する」という彼らの意思がはっきりと伝わるシーンになっていました。

河瀬監督に伺ったら、そのセリフは台本にもなくて、役になりきった井浦さんの中から自然と出てきた言葉だったそうです。映画の中の多くの場面がそんなふうに、役の人物についてすみずみまで理解して自分のものにした俳優の皆さんから生まれていったと聞いています。

フィクションの持つ強さとは?

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「家族の問題は居場所の問題」と辻村さんは話す(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

今、家族の問題を考えたとき、大切なのはそこが「自分の居場所」と感じられるかどうかだと感じます。血のつながりがあったとしても、家族がかならずしも居場所にならないこともたくさんあります。

『朝が来る』で言えば、生みの母である中学生のひかりが育った家は、親が頭ごなしに子どものその後を決めてしまう。血のつながりがあるからこそ、親は最初から親だし、子どもは子どもという考えが強く、ひかりの言葉や意思はそこでは尊重されません。

対して、「親になること」を自分たちで決意した栗原家は、迎えた子ども・朝斗(あさと)と常に対話をします。血のつながりに甘えない分、相手を理解しようと、朝斗の「居場所」になるため言葉で話していくんです。

この「自分で選ぶ」という選択肢自体が与えられないからこその苦しさが現実にもたくさんあります。作中のひかりもそうです。

あとから振り返れば、誰かがどうにかできなかったのだろうかと思っても、ただ中にいる当事者はもうそれだけしか選べなかったという状況の中で、気持ちが追い詰められてしまう。

現実に存在する問題を扱うとき、どれだけデータや数字を羅列してみても伝わらないことが、誰かひとりの強い物語として描けば、第三者に「自分の問題」として届くことがあります。

それこそがフィクションの持つ強さだと思うんです。

コロナで「初めて足が止まった」

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コロナの影響で「これまでの活動を振り返る時間ができた」と話す。

撮影:今村拓馬

—— 映画『朝が来る』は2020年6月に上映が予定されていたが、新型コロナの影響で公開が10月に延期された。コロナ禍では辻村さん自身も、対談イベントや取材などのイベントが一斉に中止になったという。

これまで特に意識していなかったのですが、コロナで初めて足が止まったことで、自分がデビューしてから何年もずっと走り通しだったことに気がついたんです。

作家としては、オファーをいただけるのがありがたいという気持ちで書き続けてきたのですが、それがいつの間にか、テニスのラリーのように仕事を打ち返す感じになっていた。

もちろんその勢いがあったからこそ生まれた小説もたくさんあるのですが、一度立ち止まったからこそ、自分が今何を書きたくて、どんな方向性で、これから先どんなものを書きたいのか。長期的に考える時間になりました。

『朝が来る』は見えないところでの人と人とのつながりが描かれた作品。河瀬監督とも話したのですが、コロナ禍の春、夏を経て、いま公開されることで、より響く部分があると思っています。

20代で書ききったテーマ、40代でもう一度

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これまでは同じテーマの小説を書くことは避けてきたという。

撮影:今村拓馬

—— 2019年に刊行された『ツナグ 想い人の心得』は、これまで書かれることがなかった辻村さんにとって初めての“続編”小説。2011年の『ツナグ』は、依頼すれば死者と一度だけ面会できるというストーリーの小説で、映画化もされ大きな話題になった。2019年にデビュー15周年を迎えた辻村さん。今後はどんな作品に挑戦していくのか?

「同じことはやりたくない」という気持ちがこれまでは強かったんです。どうなるかだいたい予想ができるし、と。

ただ40代になって、20代で書いたテーマでも、違うアプローチができるかもしれないと思い始めるようになりました。

最初の『ツナグ』を今書いたとしても、今の私ならきっと違う書き方になると思います。

前作では、依頼人の登場人物たちは、今目の前にある自分の問題を解決しようとすることが多かった。ですが続編の『ツナグ 想い人の心得』では、依頼の内容が、どちらかというと、自分が生きてきたこの人生でよかったかどうか、死者と会うことで確認したいという話に変わってきた。

意識して書いたわけでなくて、書き終えてから振り返って気づいた変化ですが、そんなふうに同じテーマを扱っても、そのときの自分の思いや変化が自然と出るのが小説を書く上でのおもしろさだと思います。

『ツナグ』に限らず、一度書ききった、と思ったテーマに再び挑むこともこれからは増えるかもしれません。

これまで書いてきた小説の直接の続編として予定しているものもあるので、皆さんには引き続き見守っていただけたら、とてもうれしいです。


辻村深月:1980年生まれ。山梨県出身。2004年「冷たい校舎の時は止まる」で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。『ツナグ』は、映画化され大きな話題に。2012年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞を受賞。2018年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞した。著書に『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『東京會舘とわたし』など多数。最新刊は2019年『ツナグ 想い人の心得』。

(聞き手・文、横山耕太郎

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