2020年夏、台湾海峡は軍事的緊張に包まれた(写真は2019年、東シナ海上空を飛行する中国のH-6爆撃機)。
Reuters
台湾海峡で米中の軍事緊張が高まる中、米大統領選後に予想されるアメリカの政治的混乱のスキに乗じ、「中国が台湾で軍事挑発をエスカレートさせるリスクが高まる」という観測が出始めた。日本にも直接の影響が及ぶ「台湾有事」は起きるのか、その可能性を検証する。
米高官訪台に空軍機「越境」で報復
2020年夏、台湾海峡は確かに、危機と呼んでもおかしくない軍事的緊張に包まれた。主な動きを挙げると、
- アザー米厚生長官の台湾訪問(8月9~12日)に対し、中国空軍戦闘機が8月10日に台湾海峡の中間線(1950年代に米軍が設定した“停戦ライン”)を越境。中国軍は11日から台湾海峡南北端で「実戦的演習」を実施。
- 米国防総省は8月26日、中国軍が同日、青海省と浙江省から、「グアムキラー」「空母キラー」と呼ばれる中距離弾道ミサイル4発を発射と発表。
- クラック米国務次官が李登輝元総統の葬儀参列のため訪台(9月18~19日)。中国側は18、19日、13機の空軍戦闘機が中間線を越境。
中国機の越境のたびに、台湾側は空軍に「スクランブル」(緊急発進)をかけたが、衝突には至らなかった。
「総統府上空をミサイルが飛ぶ」
米政府高官の訪台が続くなど、アメリカとの関係を強める台湾の蔡英文総統。
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一方、米軍機の台湾海峡付近の飛行も頻繁化している。
6月9日、沖縄の嘉手納基地を飛び立った米軍輸送機「クリッパー」が、台湾北部と西部の「台湾領空」を通過した。台湾領空通過は極めて異例で、中国が主張する「一つの中国」原則を踏みにじる挑発飛行と言える。
次いで8月16日、B-1B重爆撃機2機がグアム空軍基地を離陸、台湾東空域を経由して中国防空識別圏(ADIZ)内を飛行。「中国が台湾を攻撃するなら、米軍もいつでも対応できる」というサインだろう。
1の「実戦的演習」の意味について中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は8月14日付け社説で「米台の挑発を決して座視しない」と「報復」であることを明確にし、「これは台湾攻撃の実戦的演習だ」と強調した。
さらにクラック国務次官訪台の際、同紙(9月19日)は「国務長官や国防長官が訪台すれば、今度は解放軍戦闘機が台湾島上空で直接演習し、我々の弾道ミサイルが総統府上空を通過する」と、リアルな警告をした。
アメリカの政治・憲法危機に乗じ
再選が危ぶまれているトランプ大統領。民主党政権になった場合、米中関係は中台関係にどんな影響を及ぼすのだろうか。
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10月に入り台湾海峡での緊張は低下したように見えるが、トランプ政権は10月21日、台湾に空対地ミサイルなど18億ドルの武器売却を承認し、中国が「核心利益」とみなす台湾介入を継続している。
そんな中、
「中国はアメリカの今の政治的混乱に乗じて11月か12月に台湾に対し何らかの行動を起こし、国際情勢が深刻な事態に陥るリスクがある」
と懸念するコラムが出た。筆者は、英経済紙フィナンシャルタイムズのコメンテーター、ギデオン・ラックマン氏。
ラックマン氏は「中国の台湾に対する言動は攻撃性を高めている」とし、
「11月3日の大統領選の投票日以降こそ、(中国は)行動をとるチャンスとみるかもしれない。特に選挙結果を巡って勝敗が法廷闘争にもつれ込み、アメリカが政治と憲法の危機に陥ればなおさらだ」
と書く。
ただ、中国軍の行動は台湾海峡を渡る大規模なものではなく、
「小規模な軍事的、経済的、心理的な介入を何度も繰り返して、台湾の士気と自治能力をくじいていく戦略に出る可能性」
が高いと見る。
西側メディアではこのほか、米歴代政権が続けてきた、台湾防衛の意思を鮮明にしない「戦略的曖昧」を放棄すべきと主張する論文が、9月の米外交誌に掲載された。さらにトランプ政権が「台湾国家承認を検討」という“虚報”が10月、日本のネットメディアや台湾で報じられた。
中国の反応は「受動的」
中国は経済力だけでなく軍事力でも台頭している(写真は中国建国70周年パレード)。
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中国の台湾に対する武力行使への「疑念」は何に根差すのか。
第1に、中国軍機がこの夏、台湾中間線を越境し、台湾海峡南北端で「実戦的演習」を行い、1996年の台湾総統選挙の際の「第3次台湾海峡危機」に匹敵する軍事緊張が起きたこと。第2に中国軍が空母を保有するなど、軍事能力を飛躍的に向上させたこと、などがある。
そして上記のようなメディア報道は、中国が台湾問題で妥協できない「レッドライン」がどこにあるかを探り、「値踏み」する狙いもある。
中国にとって台湾統一は、列強によって分断・侵略された国土を統一し、「偉大な中華民族の復興」を実現する建国理念の重要な柱。しかし武力行使は、アメリカとの軍事衝突、場合によっては核戦争を覚悟しなければならない巨大リスクになる。
さらに台湾人の大半が中国との統一を望まない現状で、仮に中国が軍事的に勝利したとしても、その後の「台湾統治」のリスクは果てしなく大きく、統一の果実などない。今、武力統一に動く客観的条件は全くない。
この7月、筆者が中国の学者とのオンラインフォーラムに参加した際、中国軍と関係のある研究者が、
「日本では中国外交は攻撃的と見られているようだが事実ではない。アメリカ側の攻撃に対する状況対応型」
と答えた。受動的という意味だ。確かに2018年の貿易戦争以来、高関税合戦、ハイテク冷戦、香港、台湾をめぐる米中対立をみれば、中国側の対米行動の大半が、アメリカの「制裁」に対する「意趣返し」だった。
「戦略的曖昧」は維持へ
国家主席の任期を撤廃した習近平氏は、自らの手で台湾統一を目指している、とも言われる。
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中国もまた、トランプ政権の台湾政策の変化に「疑念」を抱く。歴代米政権の台湾政策の柱は、台湾への武器輸出を通じて台湾の軍事力を維持しようとする「台湾関係法」と、先に触れた「戦略的曖昧」にあった。
しかしトランプ政権下では2018年、米台高官の往来を政府に促す「台湾旅行法」が議会で成立。トランプ政権も高官をたびたび訪台させ、「一つの中国」政策を踏み外しかねない際どい台湾政策に出た。
「戦略的曖昧」の維持は、中国に対しては「一つの中国」政策を維持する「安心感」を与え、一方台湾に対しては「武力で台湾を守るのを否定しない」ことによって、北京の武力行使を抑止するという「ダブル効果」がある。
米外交専門誌にこの戦略を放棄するよう主張する論文が掲載されたが、ポンペオ国務長官は10月21日の記者会見で、「我々の台湾政策は変わっていない」と述べ「戦略的曖昧」を維持する姿勢を確認した。
アメリカの台湾政策のより本質的な問題は、グローバルリーダーから退きつつあるアメリカの、台湾防衛と東アジア同盟防衛に向けた本気度にある。蔡英文政権は、対米傾斜を強めて、中国に対抗する姿勢を鮮明にしてきた。
だがトランプ政権との過度な連携が、台湾の長期的利益になるかは疑わしい。トランプ氏の切る台湾カードは、台湾を「取引の道具」とみなし、その一貫性と本気度には疑念が残るからである。
いまのところ米中両国は共に、衝突回避の自制は保っている。思い出すのは、2001年4月1日、沖縄・嘉手納基地を飛び立った米軍電子偵察機EP-3が、海南島上空で中国戦闘機と接触し海南島に緊急着陸した事件。
この時は、米政権が中国に「お詫び」を表明したのを受け、中国側が拘束した乗員24名を引き渡して全面衝突は避けられた。
あれから20年、中国軍の能力ははるかに向上している。偶発的衝突の危険もそれだけ増している。
(文・岡田充)
岡田充:共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。