2017年に起業し、2020年には3億円の資金調達を決めた「DINETTE」27歳創業者の原点とは?
撮影:今村拓馬
国内コスメ市場はここ10年、拡大の一途を辿り、2019年には2兆8000億円規模に達している。
コロナ禍によって、全体としての需要の落ち込みはあるものの、オンライン販売(EC)シフトには拍車がかかっている。ブランドやメーカーによるオンライン直販の市場規模は2020年に前年比1%増の3845億円を見込む(富士経済のデータより)。
注目集まる「コスメEC」の分野でひときわ脚光を浴びるのが、設立からわずか3年の「DINETTE(ディネット)」。創業者は元モデルの経歴を持つ、27歳の尾崎美紀さんだ。ポーラやマルイなどの大企業も注目する新鋭ブランドを作り上げた女性起業家の“勝算”は?
「不良少女からの成り上がり起業家」に憧れた
大学時代、大手企業から内定を得ながらも、なんとなく「ワクワクしない」想いを抱えていた、と尾崎さんは振り返る。
東京・渋谷にある「DINETTE」のオフィスを訪れるとまず目についたのは、無造作に積み上げられたダンボールの数々だった。
予想外の“スタートアップ感”にやや驚いていると、乱雑なメモ書きの走っているホワイトボードの前に立っていた尾崎さんがくるりと振り返って「すいません、ごちゃごちゃしていて!」と笑った。
美容メディア「DINETTE」、そしてコスメD2Cブランド「PHOEBE BEAUTY UP(フィービービューティーアップ)」 —— 未経験から1年で月商5000万に成長したコスメ企業を立ち上げた尾崎さんの原点は、大学を卒業する頃に偶然出合った、実在する女性起業家の半自叙伝的小説『Girlboss(ガールボス)』にある。
サンフランシスコ出身の不良少女がECサイト「ナスティ・ギャル」を立ち上げ、年間の売り上げが100億円を超えるビジネスに成長させていくというサクセス・ストーリーが、勝ち気な尾崎さんの心に火を点けた。
Netflixで2017年にドラマ化された、実際の女性起業家をモデルにした小説『Girlboss(ガールボス)』。
Netflix
アパレル系の動画メディア企業でインターンしながらSNS運用を学びつつ、個人でも美容アカウントを開設。PDCAを回しながら何が当たるのかを探っていくと、フォロワーは約半年で3万人ほどになった。手応えを感じ、インスタグラムの美容メディアから事業をスタートさせることに決めた。
初期はスポンサーからの広告受注や、インフルエンサーのイベント起用といった事業で売り上げを伸ばした。
ニッチなまつげから攻めた理由
まつげ美容液、フェイスパック、毛穴美容液、洗顔パウダー……商品ラインナップは“ニッチ”を狙う。
「今やるしかない」 。尾崎さんの起業家としての嗅覚は、コスメ第1弾の商品開発のエピソードにも現れている。
2017年当時、盛り上がりを見せていた動画メディアを皮切りに事業を成長させようと考えていたが、競合が多く資金調達も難しかったことから、ピボット。銀行融資に奔走しながら「資金のほとんどを1プロダクトに突っ込んだ」 。ギリギリの綱渡りを経ながらも2019年2月に生まれたのが、コスメブランド「PHOEBE BEAUTY UP」だ。
ラインナップをまつげ美容液、フェイスパック、毛穴美容液、洗顔パウダーと広げてきたが、その選定にも明確な戦略がある。
「ユーザーの声を聞くこと、市場規模が大きいこと、自分が戦えるニッチな市場であること」
矢野経済研究所のデータによると、2兆5000億円規模(2017年時点)の国内コスメ市場のうち、約半分はスキンケアのカテゴリ。尾崎さんによるとそのうち「まつげ美容液」の市場規模は50億円ほどだが、誰もが知る競合もまだ出ていなかったという。
「未経験の大学生がいきなり(競合の多い)リップから始めても(勝つのは)難しい。メディアから始めた理由も同じで、差別化と信頼を作るために、まずはコミュニティから、と」
ユーザーと直接つながれるメディアを持っていたことも強みになった。
初動ロットは自社ECのみ、プロモーションはインスタグラム投稿のみで完売。SNSで口コミが広まり、スタート1年目からロフトやPLAZA、アットコスメストアなどでの卸販売も開始した。
投資家「まつげ美容液って何に使うの?」
「クラシックバレエに合唱部など、幼少期からスパルタな活動ばかりやっていて、“勝って当たり前”な感覚が身につきました(笑)。『やるからには(1位を獲りたい)』という想いは、ありますね」
昔から悩むことはあまりない、これと決めたら一直線に進むタイプだ —— と自らを分析する尾崎さん。ビジネスをやるからには大きくしたいと考えるのも自然なことだった。
しかしそのために取った“ニッチ戦略”が、資金調達の際にハードルとなったことも。男性が大半を占める投資家たちに、商品そのものを理解してもらえなかったことだ。
「『まつげ美容液ってまずなに?』とゼロから説明しなければならないこともありました。次に作りたいモノを言っても『それはなに?いつ使うの?需要あるの?』そして『あなたがやって本当に売れるの?』と」
それどころか、ある投資家からは性差別的な対応を受けたこともあったという。
「本当にあなたが代表ですか? 肩書きだけなんじゃないの?」
2020年の帝国データバンクの発表によると、国内の女性社長の割合はわずか8%で、圧倒的なマイノリティである状態が続いている。こうした現状が変わればもっとビジネスのチャンスも広がるはず、と尾崎さんは声を強める。
「実は、泥臭くちゃんとやっている。そこを『女性だから』と分けてほしくないし、だからこそ(noteで書いたように)数字もちゃんと出していく」
IPOにM&A……女性起業家の成功例示したい
「私の強みは巻き込み力」と語る、尾崎さん。
世界を見れば、コスメ分野での女性起業家たちの活躍は顕著だ。
韓国・ソウルでECサイトとして生まれ、コスメブランド「3CE」の大ヒットによって、ロレアル・パリに400億円で買収された「NANDA(ナンダ)」。2014年にニューヨークで始まり、2018年にユニコーン企業となったコスメ企業「Glossier(グロッシアー)」……。創業者はいずれも女性だ。
「IPOを目指すのかM&Aにするのかは、こだわっていませんが(好きなことで起業して)エグジットできるんだという事例を大切にしたい。女性起業家としての成功モデルを示したいんです」
「(自分の起業家としての強みは)人を巻き込む力だと思います」とくしゃっとした笑顔で語る尾崎さんに、大手企業も熱視線を送る。
丸井グループの子会社「D2C&Co」は2020年、第1号案件としてDINETTEへの投資を決めた。その理由として「SNSを活用したブランドのコミュニティ形成と商品への反映プロセス」を挙げている。同じくコスメ企業のポーラも、同ラウンドでの出資を決めた。
日本発の「女性ビリオネア起業家」は、もはや夢物語ではなくなっている。
(文・西山里緒、写真・今村拓馬)