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ルース・ベイダー・ギンズバーグ氏の死去によって空席となった最高裁判事の後任に、事前の予想通りエイミー・コニー・バレット氏が承認された。
上院司法委員会では、多数派である共和党議員は1人を除いて全員が承認の票を入れ、民主党議員たちはこのプロセスを「茶番」であるとし、全員で採決をボイコットした。彼らの座席には代わりに、オバマケアのおかげで助かった人々の写真が置かれた。バレット判事の任命によって国民皆保険を目指したオバマケア撤廃の可能性が高まるからだ(トランプ大統領も、そうなることを望んでいると言って憚らない)。
11月3日に投開票される大統領選の前にバレット判事は着任する。全てトランプ大統領が望んだ通りの展開だ。
彼女が就任すれば、トランプ大統領は3人もの最高裁判事を任命したことになる。4人の判事を任命したレーガン大統領に次ぐ多さで、しかもトランプ氏の場合、3人ともが明確に保守の判事だ。最高裁判事は保守系6人・リベラル系3人となり、決定的に右傾化するだろう。そしてこれがトランプ氏の最大かつ最も長期的な「功績」となるかもしれない。最高裁判事は終身で、トランプ氏が任命した判事たちはまだ50代なので、今後20−30年は安泰だ。
強引さとダブルスタンダードにボイコット
ギンズバーグ判事(前列右から2番目)が亡くなる前の最高裁判事。ギンズバーグ判事の代わりにバレット氏が任命されたことで、保守系6、リベラル系3となった。
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9月18日、ギンズバーグ判事の訃報が流れた時、トランプ氏は即座に後任の指名に動き、選挙前に承認を終わらせると表明した。選挙までたった7週間で最高裁判事を承認するという強引さには、民主党だけでなく、共和党支持者の中からも疑念が表明されていた(歴代の最高裁判事承認には平均70日かかっている)。
2016年2月に保守派のアントニン・スカリア最高裁判事が亡くなったとき、当時のオバマ大統領は、後任としてメリック・ガーランド判事を任命しようとしたが、上院共和党の指導部は「選挙の年だから、国民の意をくんで、選挙後まで待つべき」と主張。判事の席は1年近く空席となり、2017年1月、大統領に就任したトランプ氏が保守系のゴーサッチ判事を任命した。
今回共和党は早急に承認を進めた。この暴力的な進め方、ダブルスタンダードに対する怒りが、上記の民主党議員たちのボイコットの背景だ。
2016年のトランプ氏当選から今日まで、アメリカではあまりにも多くの異常なことが起きすぎており、我々の感覚も相当麻痺してきているが、今回の最高裁をめぐる状況を見ていて、「ここまできたか」という思いを強くした。
トランプに屈した共和党有力者たち
上院司法委員会議長のリンゼイ・グラハム氏。トランプ反対派から態度を一転させた。
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トランプ氏が行政を牛耳り、議会の共和党議員たちを好きなように操っても、アメリカにはまだ三権分立が成立し、少なくとも司法の独立は厳格に守られていると信じていた人も多かっただろう。実際、トランプ氏が2017年に連発した大統領令のうち、例えばオバマケア撤回、DACA(若年移民に対する国外強制退去の延期措置)廃止などは、最高裁で止められている。
バレット氏を承認した上院司法委員会のチェアマンを務めているのが、リンゼイ・グラハム氏だ。グラハム氏はサウスカロライナ州の上院議員で、共和党の有力者だ。
2016年の選挙の前には、「Never Trump(トランプだけはあり得ない)」と力強く言い放っていたが、トランプ当選後は一番の「enabler (誰かの目的達成を可能にする人)」として知られるようになった。「太鼓持ち」と呼んでもいいかもしれない。グラハム氏の名前とNever Trumpで検索すれば、選挙前、彼がトランプを痛烈に批判しているビデオが多数出てくる。今それらを見ると、同じ人の言葉とはとても思えない。
この4年間、トランプ氏と同等かそれ以上に私が疑問に思い、情けないと感じてきたのは、グラハム氏をはじめとする共和党の有力議員たちの従順ぶりだ。なぜ政治のプロである彼らがみすみす党を乗っ取られ、アメリカが大事にしてきた多くの理念とかけ離れたトランプ氏の言動を擁護できるのか。
これはグラハム氏だけではく、上院院内総務のマコネル氏(共和党内での最大の権力者)など多くの共和党議員たちに言えることだ。トランプ氏が共和党の大統領候補に決定した途端、表立って批判する議員はパッタリと消えた。反トランプの代表格だった議員、ジェフ・フレーク氏やボブ・コーカー氏はすでに引退し、最も尊敬されたベテランの1人、ジョン・マケイン氏は亡くなってしまった。
「取り残された人々」をつかめなかった民主党
2016年米大統領選挙で敗北したヒラリー・クリントン氏。
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2016年、トランプ氏がヒラリー・クリントン氏を破って大統領に当選すると、メディアや政治評論家たちの多くは「民主党のリベラル・エリートの敗北」と評した。彼らは国民の経済的不満や格差の深刻さを察知できず、「取り残された人々」の心をつかむことができなかったのだと。民主党はかつては労働組合に代表されるブルーカラー(ワーキングクラス)に支持される党だったのに、現実離れした個人主義的なエリート集団になってしまったと言われた。
この批判はある部分正しい。都市部やアメリカの東西海岸に集中するエリートは、それ以外のアメリカの現状を理解できていなかった。私や私の周囲も含め、ニューヨークやワシントンやカリフォルニアにいる人々の大多数は、クリントン当選を疑っていなかった。「リベラル・バブル」の中にいたからだ。
でも、それは「共和党が勝利した」ことなのか。2016年の選挙で、共和党はトランプ氏にハイジャックされ、「トランプ党」になった。「共和党が勝った」というより、共和党リーダーたちは生き残るためにトランプ氏に屈服し、取引をした。トランプ氏に投票した人々の多くは共和党ではなく、トランプという個人を選んだのだから。
ワシントンの政治家は信頼しない
コロナ禍でもトランプ集会には多くの支持者が集まる。
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2016年の大統領選は「共和党」対「民主党」の戦いではなく、「エスタブリッシュメント(エリート)」対「反エスタブリッシュメント」の戦いだった。
トランプ支持の人々には数種類のタイプがいるが、その一つが「大卒でなく、グローバリゼーションで得をしていない、田舎や郊外に住んでいる白人」(またの名を「取り残された人々」)だ。
彼らがトランプ氏に投票したのは、彼が「政治家」ではなかったからだ。彼らはリベラルだろうが保守だろうがエリートが大嫌いで、信頼していない。ワシントンの政治家はうまいことばかり言って自分たちを利用し、騙してきたと感じていた。トランプ氏はその不満を敏感につかみ、プロの政治家たちと民衆の間にできた裂け目に自分をねじこむことに成功した。
前回の大統領選の予備選が始まった時、共和党からはトランプ氏を含めて17人が出馬した。究極の泡沫候補と思われていたトランプ氏とベン・カーソン氏(脳神経外科医)以外は、共和党内で最も支持されるピカピカの15人だった。
結果的には、全員がディベートでトランプ氏に見るも無惨にズタズタにされ、世論調査の支持率も伸びず、次々に脱落した。どの候補もトランプ氏にまともに反論もできず、顔を真っ赤にして怒るだけだった。
トランプ氏はワシントンのエリートとは違い、誰にでもわかるシンプルな言葉で喋る。とても知的とは言えないが、彼がターゲットにする層には刺さりやすい。トランプ氏がとんでもないことを言い、ライバルたちをおちょくるほど視聴率は上がり、彼の言動をカバーするテレビ局が増えた。
宗教右派が期待した保守系判事の任命
トランプの支持者の中核を占める保守的な価値観を維持している宗教右派、福音派の人々。
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トランプ氏は伝統的な共和党のポジション(小さな政府、均衡財政、自由貿易、世界におけるアメリカのリーダー的役割など)を完全に無視した独自の路線をとった。「トランプ主義」は、社会的保守に訴えかけるメッセージと経済的ポピュリズムの奇妙なミックスで、民主党的でも共和党的でもない。貿易に関する保護主義的な考え方だけ切り取ると、やはりアウトサイダー的な左派のバーニー・サンダース氏と近い部分すらある。
「取り残された人々」に次いでトランプ氏に投票したのが、いわゆる伝統的な共和党支持者である富裕層やビジネスパーソン。彼らは、富裕層に対するトランプの減税、法人税の減税を重視する。ニューヨークの金融業界などにも、このタイプの支持者たちは予想以上にいたと私は思っている(選挙の後でわかった)。
そして宗教右派を中心とする、保守的な価値観を重視する人々だ。ワシントン・ポストによると、2016年の大統領選では、エヴァンジェリカル・クリスチャン(福音主義)と呼ばれるキリスト保守層の約8割がトランプ氏に投票したという。これは、マケイン氏やロムニー氏が大統領候補だった時よりも高い得票率だ。
彼らが期待したのは、トランプ氏が大統領になれば、自分たちの価値観に合う保守系判事を任命してくれるだろうということだった。実際、トランプ氏はこの4年で連邦裁判所の判事として200人以上の保守系判事を任命している。
信仰心の厚いクリスチャンであるペンス副大統領の存在は、宗教右派の支持を得る上で重要だ。
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トランプ氏の憎悪を駆り立てるような諸々の言動、人種差別を否定しない発言、女性に対する侮蔑、数多くのセクハラ訴訟などを考えると、信心深いキリスト教信者たちは自分たちの価値観とどう折り合いをつけているのだろうと疑問に思う。その最たる例が、敬虔なクリスチャンであるペンス副大統領だ。
2016年の大統領選で興味深いのは、トランプ氏がヒスパニック系の票の3分の1近くを獲得していたことだ。これはテキサス、フロリダ、ネバダ、アリゾナなどの州で重要な決め手となった。メキシコ人を「殺人犯」「強姦犯」と呼ぶ人物にヒスパニックの支持が集まるのは理解し難いが、ヒスパニックには、宗教(カトリック)や社会的価値観で保守的な層がいる。加えて、キューバやベネズエラからの移民には社会主義に対する嫌悪が強いので、「民主党は極左の社会主義」というトランプ氏の煽りは効いただろう。
公民権法で逆転した共和党と民主党
歴史的に共和党は「リンカーン大統領の党」と呼ばれる。
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トランプ氏の当選後、多くの共和党の元関係者たちが、なぜ党がトランプに乗っ取られたかを分析している。
最近では、ロムニー氏のキャンペーン・ストラテジストを務め、現在では反トランプのスーパーPAC「リンカーン・プロジェクト」のコンサルタントであるスチュワート・スティーブンス氏の「It Was All a Lie: How the Republican Party Became Donald Trump」という本が出た。その中で、彼は過去約50年にわたる共和党の歴史を振り返り、党の矛盾と欺瞞は1960年代から積み重なってきたものだと指摘、芯のない空っぽな党だったからトランプ氏のような人物に乗っ取られたのだと述べている。
共和党は、長年「信心深く、伝統的価値観、ファミリー・バリューを大切にする党」という路線でやってきた。が、スティーブンス氏は、(ケネディ暗殺後の)1964年の大統領選で共和党から出馬したバリー・ゴールドウォーター氏(経済的自由を強調するリバタリアン政治家のはしり)が公民権法の成立に反対していたことから始まって、現代の共和党には常に人種差別的な傾向があったという。
共和党は「リンカーン大統領の党」と呼ばれるが、19世紀、リンカーンが所属した当時の共和党は北部を基盤とする新興の党だった。かたや民主党は南部を基盤とし、奴隷農園などの地主たちが支持者だった。20世紀になってもそれは続き、ジム・クロウ法による人種隔離(差別)政策を支持してきたのは、南部の民主党だ。
しかし民主党と共和党の立場は、1960年代、公民権運動を境に逆転する。民主党がマイノリティを支持基盤として、差別を解消しようとする側の党となったのと同時に、共和党は南部で人種差別を容認する志向の強い人々を支持基盤とする党になった。
1970年代、ニクソンらによる共和党の南部戦略は、貧しい白人たちの差別意識に巧みに訴えかけ、保守系白人の票を取り込もうとした。奴隷を解放した共和党が、差別を容認する傾向の強い、白人優位主義的な価値観を持つ人々の党になったという皮肉だ。
もともと共和党には、2つのグループがある。一つはプロ・ビジネス、富裕層、経済的自由を強調するリバタリアンからなるグループ。二つ目は、社会的保守、宗教右派を中心とする白人中産階級だ。この二つ目のグループは、レーガン時代、政権を支える一つの有力な勢力として台頭し、ブッシュ父子時代にさらに党内での重要な位置を占めるに至った。
トランプ誕生の素地となったティーパーティー運動
2001年の9.11同時多発テロは、アメリカの多くの人たちに排外的な考えを喚起させた。
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アメリカのポピュリズムにはいくつかの特徴があるが、そのうち二つは、トランプ大統領誕生に大きく関わっている。一つ目が東部エリートに対する不信感。二つ目が、排外主義だ。2000年代最初の10年を振り返ってみると、これらを刺激するいくつかの決定的な出来事があった。
2001年の同時多発テロは、排外主義の感情を爆発的に刺激した。このトラウマからアメリカは完全には回復していないと思う。2008年にはリーマン・ブラザーズ破綻に端を発する金融危機があり、オバマ大統領という黒人大統領が誕生した。あの時、「アメリカは遂に黒人の大統領を生み、人種の壁を超えた」と思った我々は、今思えば甘かった。黒人エリートが大統領であることをどうしても受け入れられない人たちがいるということを、まだあの時は想像できていなかった。
保守派のポピュリスト運動、「ティーパーティー運動」の象徴的存在だったサラ・ペイリン氏。
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2008年に起きたもう一つ重要なことがある。共和党の大統領候補ジョン・マケイン氏が、副大統領候補としてアラスカ州知事サラ・ペイリン氏を選んだことだ。振り返ると、あれが、今日のトランプ現象につながる種だったと思える。
マケイン氏は党派を超えて最も尊敬される議員の一人だった。彼と意見が合わない人ですら彼の政治家としての働き、軍人としてみせた愛国心は認めざるを得ないような、そんな人物だった。
そのマケイン氏が、政治家としての実績も経験も乏しいペイリン氏を選んだのはなぜか。それはキリスト教福音派の影響力の増大に気付いていたからだ。福音派のペイリンなら宗教右派の票をとれるだろうと見込んでの人選だった(マケイン氏の葬儀には、故人の遺志により、トランプ氏とペイリン氏は招待されなかった)。
マケイン氏は敗退したが、ペイリン氏はその後ティーパーティー運動(2009年から始まった保守派のポピュリスト運動)の象徴的存在となる。ティーパーティーの主張は、オバマ政権の自動車産業や金融機関救済への反対、医療保険制度改革などにおける「大きな政府」路線に対する抗議、個人の自由、保守的な憲法解釈などが中心だ。
2010年の中間選挙で民主党は大敗、共和党は上院で6、下院で63も議席を増やした。2008年大統領選でオバマ氏が勝った従来保守的な選挙区が共和党支持に戻り、無党派の多くが共和党支持に流れたことが原因とみられているが、この選挙で躍進したのがティーパーティーの支持する候補たちだった。
グローバリゼーションの恩恵ない白人中間層
2010年、有権者たちの一番の関心事は経済だった。ティーパーティーは、自分たちのターゲット層が民主党への反感だけでなく、共和党主流派への不満ももっていることに気づいた。彼らは、「政府は金持ちと大企業を優遇している」「マイノリティや移民の利益ばかり優先して、(白人である)我々のことを考えてくれない」「白人はマイノリティになりつつある」という不満や危機感を煽って、うまく票に結びつけた。トランプ氏が2016年にやったのも同じことだ。
グローバリゼーションが進む中、アメリカの中間層の実質所得は、特に低学歴層にとっては、1970年代から下がりっぱなし、一方で富はますます集中している。「自由貿易」「世界のリーダーたるアメリカ」などという共和党の伝統的な信条は、こうした中間層にとって何の魅力もないどころか、自分たちをさらに損な立場に追い込むものとしか思えないだろう。
それを見抜いたトランプ氏は、そこに訴えかける「アメリカ第一主義」「再びアメリカを偉大な国にしよう」というメッセージを送り続けた。政治のプロではない自分だからこそ、この状況を変えられるのだと。
10月27日、日本で「バイデン氏なら訪米見送り トランプ氏なら早期にお祝い」という報道があった。4年前のトランプ氏当選時、安倍首相が真っ先にニューヨークに駆けつけたことを考えると興味深い。
日本人のビジネスパーソンや政府関係者には、共和党に対して好感を持っている人がいまだに多い。ただそれは、古き良き共和党、ブッシュ父くらいまでの共和党を前提にしているからではないかと思う。今の共和党は、すっかり変わってしまった。その変化は実はトランプ登場の前から長い時間をかけて進んできていたのだと思う。
高齢者の党になった共和党
若者から支持を得ているのは民主党。今後、有権者に占めるミレニアル、Z世代の割合が高くなることは、共和党にとってはマイナス要因だ。
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この4年間ですっかり「トランプ党」になってしまった共和党は、今後党としてどう軸をとっていくつもりなのだろうか。
共和党が近い将来直面するであろう人口動態上のチャレンジは既に広く認識されている。
今日の民主党は、「若者(とくにミレニアル世代とZ世代。現在18歳から39歳の層)の党」になってきている。一方、共和党は、60歳以上、特に1945年以前に生まれた世代(現在75歳以上)に支えられている。当然今後、若者の有権者は増え、老人の有権者は減っていく。どこかで共和党が若者に訴えかけるような党に変わらない限り、党としての将来は厳しい。
共和党に有利な選挙制度
共和党が今のままの路線を取るなら、移民が増え、人口に占める白人の割合が減り、価値観が多様化するにつれて、共和党の支持基盤は弱まっていくだろう。この人口面での変化に対してこれまで共和党は、ゲリマンダリング(恣意的な選挙区割)、投票妨害(マイノリティの有権者登録や投票を阻むさまざまな障害)などの手段で優位を保とうとしてきた。
上院は、人口規模にかかわらず各州2人の議員が選出されるので、人口の少ない南部に基盤を持つ共和党に有利なシステムだ。2018年の中間選挙では、上院議員の総得票数だけで言えば共和党は民主党に負けたが、上院の議席数はむしろ増やしている。
ただし今回、従来「赤い州」と言われる州のいくつかが「紫」になってきており、苦戦を強いられている共和党議員たちが出てきている。サウスカロライナ、ノースカロライナ、ケンタッキー、アリゾナなどだ。南部でさえももはや保守有利と決めつけることはできず、場所によっては、人口のリベラル化が進んでいる。
選挙秒読みのアメリカでは、「トランプ後の共和党はどうなるのか」「共和党議員たちはトランプに足を引っ張られることを恐れている」という記事が目につくようになってきた。10月16日のニューヨーク・タイムズには、「血みどろの戦になることを恐れる共和党上院議員たちが、トランプから距離をおこうとしている」という記事が掲載されている。
ニューヨーカー:The Republican Identity Crisis After Trump(トランプ後の共和党のアイデンティティ危機)
ニューヨーク・タイムズ:RIP GOP(共和党よ、安らかに眠れ)
ニューヨーク・タイムズ:Fearing a ‘Blood Bath,’ Republican Senators Begin to Edge Away From Trump(血みどろの戦になることを恐れる共和党上院議員たちが、トランプから距離をおこうとしている)
共和党内でも目立ってきたトランプ批判
トランプ政権におけるコロナ感染に対する失政も、批判の種の一つだ。
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共和党内部からのトランプ批判もこの数カ月目につくようになってきた。
以前このコラムでも書いたリンカーン・プロジェクトは、2019年12月に設立されたスーパーPACで、発起人には、マケイン故上院議員やケーシック元知事のスタッフたちも含まれている。そのミッション(使命)はシンプルだ。
「Defeat President Trump and Trumpism at the ballot box.(トランプ大統領と、トランプ的なものを、投票所で敗北させる)」
彼らはトランプ氏が真の共和党メンバーではないと主張し、トランプ追放のためバイデンに投票するように、と訴えている。「奴隷制度を廃止し、南北の亀裂を修復したリンカーンの党である共和党、その元々の理念を取り戻そう」という想いがプロジェクト名に込められているという。
夏には、歴代の米共和党政権で安全保障政策に関与した元高官ら約70人が、バイデン支持を表明する意見広告を8月21日付のウォールストリート・ジャーナルに出した。元CIA長官、元FBI長官、知日派で知られる元国務副長官のリチャード・アーミテージ氏らも含まれる。彼らは、トランプ氏が世界のリーダーとしてのアメリカの役割を著しく傷つけたことなど、具体的なダメージを挙げ、厳しく糾弾した。9月末には、米軍元高官約500人がバイデン支持を表明している。
2016年の共和党予備選で指名を争ったケーシック元知事など少なからぬ数の共和党の政治家たちもバイデン支持を表明。彼らは、「政治に dignity(尊厳)と decency (品性)を取り戻そう」と言う。それがこの4年の「Trumpism」によって最も損なわれたものであると。
分断修復のためにリーダーに求められるもの
共和党の重鎮だった故ジョン・マケインのシンディ夫人が、党派を超えてバイデン支持を明らかにした。
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最近ではジョン・マケイン夫人が、党派を超えてバイデン支持を表明したことが話題になった。それだけでなく、バイデン氏が当選した場合の Transition Team (政権交代をサポートするチーム)のアドバイザーまで務めるという。リンカーン・プロジェクトが作ったビデオの中で彼女は、生前のマケイン氏とバイデン氏が、政策についてはしょっちゅう口論していたが、お互いを尊敬し、信頼しあっていたことを述べている。
意見が違う相手と激しく議論しても、互いへのリスペクトは失わない。お互いの愛国心は疑わない。相手を人間として侮辱したりしない。それがプロの政治家だったはずだ。マケイン夫人のこのメッセージは、今日のアメリカ政治がそこからどんなに遠い場所に来てしまったかを痛感させる。
トランプ氏が敗北しても、トランプ的な価値観を信じる人たちはいなくならないし、アメリカの分断はおそらく長期間にわたって続くだろう。ただ、それを「しょうがない」とは言っていられない。南北戦争後のリンカーンのように、誰かが分裂を修復するリーダーシップを取らなくてはならない。
最近、バイデン氏は自分が当選した場合、政権に共和党からも閣僚メンバーを入れる可能性があると述べている。もしそれができたなら、それだけでも今ある亀裂を修復する重要な第一歩になるだろう。
(文・渡邊裕子)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパン を設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny