出典:Peloton
こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。今日は、コロナ禍で急成長した業界の一つ、オンラインフィットネスについて考察したいと思います。
スポーツの秋ですが、皆さんは運動をしていますか。私はちょうど去年の10月にPeloton(ペロトン)バイクを購入し、1年間で480以上のサイクリングのクラスをコンプリートしました(一つのクラスが10〜60分と色々あるのでコンプリート数が多く見えるところもやる気の維持に繋がります)。
カリフォルニア州ベイエリアでは、山火事の影響で屋外でランニングなどの有酸素運動ができない時もあり、今以上に自宅で運動ができる環境を作ることの大切さを実感したことはありません。このペロトン、ビジネスモデルがフィットネス×テクノロジーの注目企業として、いま熱い視線を浴びています。
株価350%増。Pelotonと、アップルやテスラの共通点
ペロトンの直近半年の株価の値動き。1月に約30ドル、3月時点で25ドル前後だった株価は、コロナ禍とともに右肩上がりで上昇し、直近の最高値は10月15日の136ドルとなっている。
出典:Yahoo!ファイナンスよりキャプチャ
Pelotonは、コロナで株価が350%以上上昇し、今最も注目されているオンラインフィットネスカンパニーです。室内でいつでも気軽に運動ができるサイクリングマシンはヨガマットに収まる大きさで、音もうるさくありません。バイクにセンサーがついており、リアルタイムで速度や負荷、その2つを合わせた出力値である「アウトプット量」が数値化されます。
数値化されたデータを可視化し、オンラインコミュニティとしてユーザーに見せているのが22インチのスクリーンに映し出される「リーダーボード」です。
例えば、ペダルの負荷を高めたら、その都度リアルタイムで自分のアウトプット値が上がり、同時に受講している何万人にもおよぶ他のユーザー間での自分の順位が動的に変化します。
出典:Peloton
自分より上位に位置するユーザーを抜かすことでやる気が出るタイプの人には、この「リーダーボード」機能はとても大事になってきます。
リーダーボード機能を作るには、オフラインのデータをオンラインで一元化するコネクティッドプラットフォームを開発する必要があります。ペロトンではバイクやトレッドミルの開発・製造と同じくらい、ソフトウェアの機能拡充に力を入れています。
そういう意味では、ハードとソフトが同じだけ強い、テスラやアップルに似ています。iPhone同様に、ペロトンのソフトウェアも定期的にアップデートされ続けます。
ビジネスモデルとしては、バイクやトレッドミルの販売だけではなく、「フィットネスアプリのサブスク」があります。
毎月39ドルのサブスクリプションフィーを払い続けなければいけないのがネックですが、インストラクターの授業がいつでもオンデマンド、またはリアルタイムで受講できます。
現在、ペロトンバイクを所有している「コネクティッドユーザー」は2019年の同時期と比べ100%以上増加し100万人以上、バイクを持たずアプリだけを毎月12.99ドルでサブスクしているユーザー(ジムなどで自分のIDを使います)を入れると300万人以上。最近の発表によると、ユーザーは月に平均して25回はバイクを利用をしているとのことです(2019年は月平均12回)。
フィットネスxサブスクの強さを垣間見る3つのポイント
ペロトンの強みはなんでしょうか。私が考察するのは、以下の3つの点です。
1. スターインストラクターを中心としたコミュニティー
YouTubeでもフィットネスは強いコンテンツの1つですが、ペロトンのユーザーはコミュニティー内でのみアクセスできる個性豊かなインストラクターに惹かれています。
ペロトンを知らない人は驚くかもしれませんが、ペロトンインストラクターはコミュニティーの中では非常に有名人です。中でも経営陣の1人でもあるロビン・アーゾン氏(上の動画に出演している女性)はインスタグラムのフォロワー数も59万人、ForbesのUnder40に選ばれたほど。
また、コミュニティーの交流はインストラクターのみとの繋がりが強く(アイドルとファンの構図に似ています)、Facebookのようにユーザー同士の横の繋がりが大きくないことも、特徴として挙げられます(知らないユーザーからハイタッチなどもらうことはありますが、その程度のやりとりです)。
これは、コミュニティーの価値が最大限生かし切れていない領域とも考えられ、伸び代だとも言えるかもしれません。
2. 「範囲の経済」。離脱率は5%以下
ペロトンのスマホ版アプリの画面。サイクリング以外にも、ランニング、ヨガ、筋トレ、ストレッチ、瞑想などの9つの運動カテゴリーが用意されている。
出典:Peloton
インストラクターがコンテンツの中核をなしているものの、プラットフォーマーとしてのペロトンの強みは「範囲の経済」にあると考えます。
授業の種類はサイクリングだけでも13種類(HIIT、坂道、タバタ式トレーニングのようなものから軽い強度のもの)、時間も短いもので10分から、長いもので60分ほどのクラスを、その時の気分や体調で選べます。
また、オンデマンドで用意されているコンテンツの数の多さはフィットネス版ネットフリックスを連想させます。提供するコンテンツの範囲が広がれば広がるほどコンテンツ生産コストも抑えられ、同時にユーザーのロイヤリティ向上や離脱抑止もできて、結果的に毎月のサブスクリプションの離脱率は5%以下になっています。
3. オンラインとオフラインの融合型コネクティッド・フィットネス
ペロトンは実はリテールショップにも力を入れています。
米国では大規模なショッピングモールの中に、アップルストアやテスラのショールームがあり、その近くにペロトンショップがあることも少なくありません。ペロトン店内ではサイクリングマシンやトレッドミルの試乗ができ、認知度向上に役立っています。
また、ニューヨークの本社にはインストラクターが授業を放送するスタジオがあり、コロナ前は多くの人が足を運んで、リアルタイムに授業を受けていました。
やりとりをファンがインスタグラムなどに公開し、ファンがファンを呼ぶ「WOMマーケティング」で新規顧客獲得もしています。
フィットネステックに近く「ルルレモン」の動きにも注目
出典:MIRROR
同じようなオンラインとオフラインの融合が、コネクティッド・フィットネスプロダクトにも当てはまります。
サイクリングマシンのセンサーから集まる速度や負荷、アウトプットのデータをオンラインでリアルタイムに一元化、可視化し、数万人規模で同時に受講しているユーザー全員のリーダーボードのユーザーに同時にコンテンツを届けるシステムを構築するのは一朝一夕ではできません。
そしていま、注目しているのが、ペロトン同様に、オンラインとオフラインの融合とコネクティッド・フィットネスを強みに、新しいフィットネス2.0体験を生み出そうとしているのが「ルルレモン」です。
ルルレモンはフィットネス系のアパレル製造販売に特化した製造小売でしたが、2020年6月に、ミラーというコネクティッド・フィットネスのスタートアップを5億ドル(525億円)で買収し話題になりました。
コロナでカーブサイドピックアップで成功したアパレル企業の一つでもあるルルレモンが、店舗という不動産資産を活用してオンラインフィットネス(オンラインとオフラインを組み合わせたヨガなどの授業)に参入するのは、非常に理にかなっていると言えます。
ルルレモンの興味深い動きについては、またの機会に解説できればと思います。
アップルの「Fitness+」はコネクティッド・フィットネス参入の前触れ
出典:アップル
アップルが先日のアップルWatchシリーズ6発表時に発表したオンラインフィットネスプログラム、「Apple Fitness+(アップルフィットネスプラス)」は2020年後半にリリースされる予定です。
この動きは、上記2社を踏まえると非常に興味深いものがあります。ペロトンがインストラクターを中核に形成されたコネクティッド・フィットネスコミュニティであり、ルルレモンがアパレルを中核に形成されたコネクティッドフィットネス・コミュニティだとしたら、アップルが狙っているのは、「AppleWatchというデバイスを中核に形成されたコネクティッド・フィットネスコミュニティー」の構築ではないでしょうか。
Apple Fitness+はApple Watchユーザーでないと加入できないプログラムであり、最大の売りがWatchと連動して心拍の変化やパフォーマンスなどをトラッキングできることです。
今後、アップルがペロトンのようにセンサー付のトレッドミルやサイクリングバイクを開発するかもしれませんし、アップルストアの敷地面積を活用してフィットネスクラスを展開するかもしれません。
いずれにせよ、物理的タッチポイントとなるデバイスの価格は競争が加熱し、低価格になり(実際にペロトンも低価格のバイクとトレッドミルの販売を発表しました)複数のデバイスを横断的に超えて受講できるフィットネスアプリケーションの高品質化、高範囲化が進むと考えます。
デバイスやマシンとのコネクト機能をもたないフィットネスコンテンツアプリに関しては競争力を失い、いつかはトップ数社に集約されていくかもしれません。
オフライン店舗はよりショールームとしての機能化が進み、O2Oのコミュニティー形成がブランド認知にとって大事になってくるでしょう。
アメリカにおけるオンラインフィットネス利用者の割合は、コロナ前で10%だったのが、現在14%まで増加しています。また、コロナが終わったあとも、ジムに戻らずに、オンラインフィットネス機器を使って運動をしたいと思っている人が既存利用者の53%を占めているというデータもあります。
多くの人が自宅で運動をすることが身近になる時代は、もうすぐそこまで来ています。
(文・石角友愛)