撮影:今村拓馬、イラスト:Singleline/Shutterstock
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。今回のテーマは「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。DXは日本のイノベーションにも必要不可欠と言う先生。いったいどういうことでしょうか?
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デジタル庁新設。DXが不可欠な本当の理由とは
こんにちは、入山章栄です。
いま日本のビジネスで最も話題になっているキーワードが、DX(デジタル・トランスフォーメーション)です。実は僕も、DXをテーマに講演依頼をいただく機会が急激に増えています。Business Insider Japan編集部の横山耕太郎さんや常盤亜由子さんは、DXの必要性についてどのように感じているのでしょうか?
菅政権下で、デジタル庁の担当大臣はこの分野に明るいと言われる平井卓也さんになりましたし、期待したいところですよね。
さきほども言ったように、僕は最近DXをテーマにした講演やイベントに呼んでいただいたり、取材していただいたりすることが多くあります。そこでいつもお話しするのが、「DXはこれからのビジネスに不可欠だ」ということです。
なぜなら、DXそのものが重要というよりも、DXを進めた結果として会社がよりイノベーティブになる可能性があるから、というのが僕の説明です。
つまりDXを通じて、今後はAIや、RPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション:ロボットによる業務の自動化)などが日常の仕事に入ってくる可能性が高い。
この連載では何度も言っているように、これからの時代、企業はイノベーションを起こして新しい価値を生み出していかなければいけません。でも口で言うのは簡単ですが、実際にイノベーションを起こすのは大変なことです。なぜならそれには、この連載で僕が何度も取り上げてきた「知の探索」という、手間と根気のかかる行為が必要だからです。
本連載で何度か述べていますが、イノベーションとか新しいアイデアというのは、既存の知と既存の知の組み合わせで生まれます。けれど人間の認知には限界があるから、どうしても目の前の知だけを組み合わせてしまう傾向がある。そのため遠くまで知を探索するのではなく、近くだけを深掘りして効率化するようになる。つまり「知の深化」のほうだけをやりがちになる。
効率性を求めるという意味ではこれでもいいのですが、それだけでは中長期のイノベーションが枯渇してしまいます。だからこれからの時代は「知の深化」ではなく、「知の探索」にも力を入れていかなければいけない。それが僕のよくいう「両利きの経営」(Ambidexterity)です。これは僕のオリジナルではなく、世界の経営学では非常に重視されている考え方です。
さて、ここで考えてみてください。よく考えると、実は「知の探索」に必要なことは、すべて「人間にしかできないことばかり」であることに気づくはずです。遠くまで見渡して、大変でも離れた知と知を組み合わせること、そして失敗してもいいからそれを続けることは、人でないとできません。
AIが得意なのは知の深化。イノベーションに必要な知の探索は、むしろ人間の得意領域だ。
Alexander Limbach/Shutterstock
それに対して「知の深化」のほうは、すでに組み合わさったものを改善して、エラーを減らしていくということです。したがって、実はAIやRPAが最も得意とするところなのです。逆に、AIは知の探索は苦手です。なぜなら、AIとはある意味で「失敗をしない」ようにしていく仕組みだからで、「失敗してもあえてやる」ことは一番苦手なのです。
ということは、今後みなさんの会社がDXを進めていけば、「知の深化」はAIやRPAが代わりにやってくれるのです。逆に言えば、それまで深化に使っていた優秀な人材や従業員の時間を、「知の探索」に振り向けることができる。
もうお分かりでしょう。DXは実は、知の深化から人を解放し、より人間らしい「探索」を促すためのインフラと捉えられるのです。僕は、だからこそDXは不可欠と主張しています。
先ほどの横山さんの経費精算の伝票処理も、今後はAIやRPAにやらせればいい。そうやって空いた時間で、横山さんは今まで行けなかったような遠くに取材に行ったり、大勢の人に会ったりして知と知を新しく組み合わせ、より興味深い、誰も書けないような記事を書けるようになるはずです。だからDXが重要なのです。
DXで50代の営業パーソンの給料が上がる理由
さて、このように経営理論を思考の軸にすれば、DXは不可欠だと言える訳ですが、とはいえ「デジタルに慣れているのは若い人たちで、デジタルの苦手な年配にはDXはやはり脅威に感じてしまう」という意見が多いのも事実です。しかし僕は、必ずしもそうとは限らないと思っています。
みなさん、少し前までタレントの照英さんが登場するテレビCMをやっていた、ベルフェイスという会社をご存じでしょうか。照英さんがズボンの裾をまくり上げて、「営業は足が命!」とふくらはぎのヒラメ筋を自慢すると、「It’s OLD営業」というメッセージがかぶさるCMです。
そのCMを流している営業DX推進企業のベルフェイスの西山直樹さんと、才流という会社の栗原康太さん、Kaizen Platformという会社の坂藤佑樹さんと、あるDX関連イベントでお話をさせてもらう機会がありました。
この3人はデジタル営業を推進・支援する最前線にいらっしゃる方々ですが、彼らによれば、実はいま営業に従事する人の数が減っていて、この10年ほどでなんと約130万人も減ったそうです。営業という仕事のかなりの部分が、デジタルで置き換えられるからに他なりません。
そこで僕が、「もしかしたら、これから営業そのものが完全になくなるんですか?」と聞くと、3人とも「絶対にそんなことはない」と言う。
そこで僕はさらに、「では世代別ではどうでしょう? 若い人は大丈夫でも、これからの営業に50代以上は必要ないのでは?」と意地悪な質問をしてみました。すると彼らの答えは、
「いやいや入山先生、それこそDXが進めば50代の方こそ給料が上がりますよ!」
というものだったのです。
DXが進むと、意外にも50代営業パーソンの価値が上がるという。その理由とは?
撮影:今村拓馬
彼らによると、20代、30代のビジネスパーソンはもちろん素晴らしい方も多いけれど、50代に比べればビジネスの経験値が低い。持っている顧客の数も少ない。それよりは50代のほうが人脈も顧客も多いし、経験値もあり、かつ顧客が必要とするポイントを見抜く洞察力をその豊富な経験から持っている可能性が高い訳です。
つまり、「人間にしかできない能力」に関しては、経験と人脈の豊富な50代のほうが高い。50代はデジタルを使いこなせないという理由で「いらなくなるのでは?」と思われているだけで、よく考えたらそういう50代の方がひとたびデジタルに習熟することさえできれば、無敵になるというのです。
「DXで“知の深化”の部分は機械化し、これまでの経験値を生かして人間にしかできない能力をどんどん発揮していけば、50代以上の方々の価値は上がる。DXによって営業の仕事をする人たちの数は減るかもしれないけれど、人間にしかできない能力を開花させた50代以上の営業パーソンはめちゃくちゃ給料が上がるのではないか」
西山さんがこんなふうにおっしゃっていたのが印象的でした。年配の方には勇気づけられる話ですよね。
これからは50代の営業パーソンの中に眠っている暗黙知のような経験値を、うまくデジタルと掛け算できるかどうかが企業の大きな課題になるのではないでしょうか。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
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この連載について
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理します。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか? 参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。