幸せなキャリアを歩むためには、転職にまつわる古い“常識”にとらわれず、刻々と変化する転職市場のトレンドをアップデートすることが大切です。この連載では、3万人超の転職希望者と接点を持ってきた“カリスマ転職エージェント”森本千賀子さんに、ぜひ知っておきたいポイントを教えていただきます。
今回は読者の方からお寄せいただいたご相談にお答えします。テーマは、「1つのことを極めていくキャリアはどうか?」です。
高度スキルすら陳腐化し得る時代
「自分はこれ」と決めた道で努力し、スキルを磨いて極めていく——そんな生き方も、とても素敵だと思います。それが「ダメ」ということは決してありません。
ただし、「リスクがある」ということを認識しておいてください。
AI(人工知能)やロボットの進化によって、これまで人間の手で行ってきた仕事がこれらに取って代わられる、しかも代替してより高効率となる……という話は、Aさんも耳にしたことがあるのではないでしょうか。
「それは、単純作業やルーティンワークのことであり、高度な専門性を要する仕事はやはり人間がやらなくちゃいけない」と思っている方もいらっしゃいますが、そうではありません。
難易度が高く、複雑で時間がかかる業務ほど、テクノロジーによって効率化しようとする取り組みが活発。1つのシステムが完成した瞬間、特定の専門職が存在価値を失うことも十分に起こり得ます。
例えば、新薬の開発。以前は高度な知識を持つ研究者たちが医薬品の原料候補となる化合物を何年もかけて探索していたのが、AIの活用によって数カ月で完了するようになっています。今後さらに期間が短縮されるでしょう。
それだけが原因ではありませんが、近年、製薬会社の研究職の方々が異業界や異職種に転職する事例が数多く見られます。
こうした動きは今後、あらゆる分野に広がっていくでしょう。仮に、Aさんが今10時間かけている仕事を、スキルアップによって5時間でできるようになったとして、ある日、同じ仕事を10分で完了させるシステムが登場する可能性もあります。それは10年後であるかもしれないし、1年後であるかもしれません。
もちろん、AIやロボットの台頭以外の要因で、突然思いがけないパラダイムシフトが起こる可能性もあります。新型コロナウイルスの発生による社会の変化も、誰も予想しない出来事でしたよね。
コロナ禍によって、この数年高まり続けていたインバウンド需要があっという間に消えたように、市場のニーズがどう変わっていくかは誰にも予測できないこと。どんな職業も、この先何十年も価値を持続できるかどうかは分かりません。
変化に対応できるようにトレーニングを積もう
大きな変化に直面した時、「1つのことだけに集中して極めてきた」人は、なかなかスイッチを切り替えることができないものです。その環境に慣れきってしまうため、変わることに抵抗感を抱いてしまいます。
ですから、今の仕事を極める努力はそのまま続けていただくとして、「変化」に対応する心構えと準備をしておくことをお勧めします。
「変化対応力」を身につけるためには、極めたい分野以外のことにも、同時並行で取り組むトレーニングをするのが有効です。
例えば、人事職であれば「採用のスペシャリストを目指しているけれど、労務管理や人事制度設計の知識も勉強しておく」、ITエンジニアであれば「今の仕事では使わない開発言語も学んでおく」といったようにです。
可能であれば、他部門のサポートをしたり、新規プロジェクトに参加したりするなどして、少しでも実務経験を積むのが望ましいですが、セミナーや書籍で勉強してみるだけでもきっかけをつかむという意味では十分です。
要は、「意識」と「行動」を素早く切り替えられる自分になっておくことが大切なんです。
コロナ禍を機に、「副業」を探す人が増えました。それは単に下がった収入を補おうとする目的だけではありません。「これまで当たり前だった前提がなくなれば、自分の仕事は必要ないものになる」という体験をし、危機感を持ったのです。
そこで、新たなスキルを身につけられる場所を探し、副業へ向かっているという訳です。
私は転職エージェントとして多くの求職者の方とお会いしてきました。一時期は優秀な人材として高く評価され、自信とプライドに満ちていた方が、それを打ち砕かれて途方に暮れるケースを山ほど見てきました。
「必要とされなくなる」ことが、人にとっていかに苦しく、虚しいものか——それを目の当たりにしてきたからこそ、Aさんもいつかそんな思いを味わうことになってほしくないと思うのです。
「知っている」「できる」が増えれば相乗効果も
私は日頃から皆さんに、「できること」を増やして掛け合わせていくことで、キャリアの幅が広がる……とお伝えしています。
そうするメリットは、いつか訪れるかもしれない「変化」に対応できるようにしておくためだけではありません。
「知っている」「できる」ことが複数になれば、それらは「相乗効果」を発揮するようになるのです。
分かりやすいのが、お笑い芸人さんの例です。
どんなに「笑い」を極めようとしても、売れっ子になること、頂点に立つことはなかなか難しいですよね。
ところが、お笑いだけでなく、「演技がうまい」「歌がうまい」「司会がうまい」「小説が書ける」「絵が描ける」、あるいは「○○に詳しい」となると、タレントとしての魅力が増し、価値がアップします。
「『◯◯×お笑い』で活躍している芸人さんたちには学ぶところが多い」と森本さん。
撮影:鈴木愛子
番組に呼ばれる確率が高まり、そこでお笑いのセンスを発揮することで、さらに多くの声がかかるようになります。こうして現場の場数を踏み、芸人としてのスキルが磨かれていきます。
あるいは、何らかの領域の専門知識をつけることで、それを漫才やコント、トークのネタに使い、「笑い」をブラッシュアップすることもできますよね。
最近では、ヒロシさんや「バイきんぐ」の西村さんが「キャンプ芸人」としてブレイクしました。コロナ禍で、芸人さんたちは演芸場の舞台に立てない、ロケができない状態でしたが、世の中では「密」を避けられるアウトドアレジャーに人気が集まり、彼らのキャンプ動画がアクセス数を伸ばしました。
こうしたことは、ビジネスパーソンにも当てはまります。
「この道で行く」と決めて、それを突き進みながらも、プラスアルファを身につけることで、「掛け合わせ」の効果を狙ってはいかがでしょうか。
「キャリアの掛け算」については、この連載の第4回でも詳しくご紹介していますので、併せてご覧ください。
※転職やキャリアに関して、森本さんに相談してみたいことはありませんか? 疑問に思っていることや悩んでいることなど、ぜひアンケートであなたの声をお聞かせください。ご記入いただいた回答は、今後の記事作りに活用させていただく場合があります。
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※本連載の第39回は、11月16日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。