浅井氏を告発したアップリンクの元従業員たち。
撮影:大塚淳史
映画配給やミニシアターの運営を行うアップリンクの取締役社長である浅井隆氏を、パワーハラスメントで告発し提訴していた元従業員5人は10月30日、告発用に開設しているSNS上で浅井社長と和解したことを発表した。
同時にアップリンク側も公式ホームページ等で声明文を発表した。しかし、元従業員側に改めて取材すると、和解は「苦渋」の選択だったという。
決して「円満」ではない和解
アップリンクの元従業員たち5人は、6月16日に告発会見を開き、浅井氏の日常業務における、言葉や行動を伴うパワハラの数々を告発し、損害賠償を求めて提訴していた。
ところがその後、10月30日に元従業員たちがTwitter上で和解協議で合意に至ったと報告した。
Tweetで書かれていた主な合意内容は次の通り。
●浅井氏は、アップリンクの株式の一部を社外の者に譲渡し、株主が複数となること取締役会を設置し、取締役のうち最低一名は社外の者にすること
●取締役会とは別に独立した第三者委員会を設置し、社外の者が委員となり、ハラスメントなど職場環境について調査し、必要に応じて取締役会に提言することができ、取締役会は提言を遵守すること
●謝罪の場において原告らが浅井氏及びアップリンクに対し述べた書面について、期間限定で各事務所に閲覧用のPCを設置し、スタッフが閲覧できる状態に置き、スタッフにメール等を用いて周知すること
この中で、第三者委員会の設置は、既に実現には至ったという。
一方、アップリンク側も10月30日、公式ホームページで「和解協議に関するご報告」と題した浅井社長名義の文書を公開した。
「今回提訴した元従業員の方々、そして、そのほかの元従業員のみなさん、現在勤務している従業員のみなさんに対して、これまでの私の対応によって傷つけたことを深く謝罪いたします」(浅井氏)
冒頭に謝罪し、ハラスメントに対する具体的な対応や対策についてて公表した。
直接謝罪の場で拭えなかった浅井氏への不信感
アップリンクの浅井隆社長。
提供:アップリンク
ただ、元従業員たちによると、和解した今もなお、浅井氏への不信感があるという。
告発会見からの約1カ月後の7月末、東京都内で元従業員4人(1人は浅井氏との対面を望まず欠席)、アップリンク側は浅井氏と、他に元従業員側にパワハラを行ったとするベテランスタッフ6人、そして双方の代理人が出席し、直接謝罪の場を設けられた。3時間にも及んだ。
まず、元従業員たちがおのおの、自分たちが受けた苦痛や苦しみ、思いを浅井氏らに伝えた。その後に、浅井氏らは謝罪の言葉を伝えていたという。
しかし、出席した元従業員たちによると、浅井氏は元従業員たちの発言の途中で遮るように持論をかぶせてくるなど、その態度は「とても謝罪や反省を感じさせるものではなかった」という。
ベストよりベターを選ぶことで環境改善を願う
アップリンクの映画館運営スタッフで、原告の一人の錦織可南子さんは、和解をしたものの無念をにじませる。
「(浅井氏と7月末に直接)対面した時も、本当に反省してないんだなというのが伝わってきた。自分のしたことがどれだけ多くの人を傷つけてきたのか分かっていない。今も多分、分かっていない。『和解』という言葉を使わないといけないのが悔しい」
さらに錦織さんはメディアの報じ方にも疑問を呈した。
10月30日正午頃、双方から声明文を発表し、その直後から報道されているが、「和解」という部分だけ強調した形になった内容のものが多かったという。
「私たちの(Twitter上での)声明文を読めば、円満でもないし、『和解』に満足もしてないことが分かるはずなのですが、『和解』だけ切り出されてしまい、SNS上の反応も『これで解決したから、またアップリンクに行ける』といった反応まで目にして悔しく思いました。声明文の内容をしっかり読んで欲しいなと感じました…・・・」(錦織さん)
また、錦織さんは告発後も動きの鈍い映画業界に対して、残念な思いを思っていたことを明かしていた。
今回告発した原告の一人で、宣伝部門で勤務していた浅野百衣さんも、和解発表したものの、全く納得していなかった。
「浅井さんは本来社長を辞めるべきだとは思います」
ではなぜ和解したのかという声も当然届いたという。
「裁判で徹底的にやりあっても(パワハラを)認諾されてしまうだけで終わってしまう可能性もあると言われ、第三者委員会への設置など和解の道を探った方が良いとなった。これ以上、同じような被害が出ないことが私たちの願いでもあるし、そのために協議を選んだ」(浅野さん)
そして、アップリンクで働いている人たちはじめ、関わる人たちが、声を上げられるような道を模索したという。
「浅井氏は同じことをまた繰り返す可能性はあります。裁判でできることと和解でできることの限界を感じたが、ベストが追求できないのであればベターを選ぶ道を模索し、今働いている人たちが、より良い環境、声を上げられる環境になるような道を選びました」
錦織さん、浅野さんたち元従業員は10月31日に、改めてTwitter上で約2分間の動画を5本投稿する予定だ。
今回の和解に対する思い、アップリンクに対して、そしてパワハラ告発後も変わる気配の見えない映画業界に対しての意見を述べるという。
(文・大塚淳史)